シャイン
〜最初の一歩〜
光が合格した。 明日は入学式だ。 「ふぅ・・・」 光は寝付けず、ベットの中で何度も寝返りを打つ。 (・・・入学式なんて・・・。何年ぶりのイベントだろう・・・) 広い場所に沢山並んで座って・・・ 目を閉じて浮んでくる・・・ 入学式なんて・・・ほとんど下を向いていた。 高校のときも。中学のときも。 顔を上げれば見える・・・ずらりとならぶ生徒たちの背中。 その全員が振り返って光を好奇な視線で見つめる・・・ そして呟くんだ・・・ ”化け物・・・!!!” 「・・・わ・・・ッ」 額に汗をかいて起き上がる光。 (夢・・・か・・・) 入学式だけでこんなに不安になるなんて・・・ (大丈夫・・・!きっと大丈夫・・・) ハンガーにかけられた新しく買ったジャケットとスカート・・・ (・・・何があっても逃げない・・・。前に・・・前に行かなくちゃ・・・) 変わらなくちゃ 後ろを見ない強さを持たなくちゃ・・・ 光は・・・ 晃から貰ったお守りを握り締めたまま・・・眠りに付いたのだった・・・
たまにしかはかないスカート姿の光。 「うん。やっぱ、お姉ちゃん背、高いからスカート似あってる 。ってか足、すごく綺麗・・・」 「・・・緊張を解そうという気持ちだけ受け取っておくよ。ありがと」 「もう。ホントにそう思ってるのに・・・」 玄関で靴をはく光。 「頑張ってね・・・!アタシ、応援してるから〜」 といいながら、まつ毛の手入れをする妹・一恵。 「・・・はいはい。応援ありがとね。ところで・・・。母さんは?」 「あ、なんかね、お仏壇参ってたよ。お姉ちゃんのことお願いしてたんじゃないかな」 (母さん・・・) よし! 光は・・・ まぶしい太陽のなか・・・ 歩き出した・・・
大きく広い講堂。 建築されて新しいのか、天井は全てガラス張りのアーチ型の天井。 木造建築で、木の香りがとても心地いい。 入学式というから光はなるべく控えめな色のスーツを選んだできたのだけど。 (・・・服より・・・。髪の色の方が派手なヒトが多い(汗)) 黄色や紫のヘアーの若者たちが勢ぞろい。 光はただ、圧倒され、やはり顔を俯けて緊張で体が強張っていた。 (だめだ・・・。夢と同じ光景・・・顔を上げるのが・・・。怖い・・・) 膝小僧を両手で抑え、背中を丸めて座る・・・ 人の視線と・・・ 人の多さの息苦しさと・・・ 光の胃液を過剰に分泌させて吐き気となって 光を襲う・・・ 「ねぇ。貴方。大丈夫?」 (!!) 隣の女の子の声にビクッとする光。 「え・・・。す、すいません・・・大丈夫です・・・」 光が顔を上げると女生徒は一瞬、顔を引きつらせる。 「あ、そ、そう・・・。保健室なら二階だって・・・」 「あ、ありがとうございます・・・」 光が軽く会釈してお礼を言うと、女生徒はその隣の女生徒と ”ねぇ、見てみなよ。なんかすごい・・・” といわんばかりに視線を送った。 (・・・) 奥歯を噛み締める光・・・ 胃が痛くなる・・・ でも・・・ 何か悔しい。 どうして自分がこんなに小さくならなくてはならない・・・? おかしい。 おかしい。 小さくなる必要なんかない・・・!! (・・・私は何も悪いことはしていない・・・。堂々としていれば いんだ・・・!堂々と・・・!!) 光は顔をまっすぐあげて・・・ ステージの学長を見捨てた・・・ 光の少し周囲の者達が チラッと何人か光の視線を送ったが 光は俯かずに背筋を伸ばした。 (・・・痛くない・・・。怖くない・・・。怖くない・・・。 私は自分に負けないって決めたんだ・・・決めたんだ・・・) 周囲のかすかな視線を背中に 感じながらも  光は入学式の間、ずっと顔を俯けることなく背筋を伸ばして 真直ぐ一点を見つめていた・・・ 自分のクラスが割り当てられる。 一年次の者のクラスは3クラスあり、光は2クラス目に割り当てられた。 一クラス人数25名。 さほど多くはないというものの・・・ (・・・やっぱり私より若い世代が多いな・・・) 10代、20代の時の5歳以上の年齢差というのは、感覚的な違いが 割と大きい。 高校出たての18,9歳位のまだあどけない少年少女が半分以上。 爪はピンクに花模様、耳には赤いピアスとビーズのピアス。 少し光が苦手とするタイプが2クラス目には集まっていた。 「ねぇねぇ。アンタ、幾つ?」 「え!?」 突然隣の机の紫と黄色のメッシュの前髪の少女が声をかけてきた。 「・・・23ですけど(汗)」 「へー。んじゃアタシより5歳ババアか」 「・・・」 少女は携帯をバックから取り出してカチカチメールチェックをしながら話す。 「ところでさ。あんた、その顔って・・・。新しいメイク? それともギャグ?」 「・・・。どっちでもないです」 馴れ馴れしい物言いとあまりに失礼な言葉の連発に 光は腹立たしさも萎えていく。 「んでもさ。よく”それ”で外歩けるよね。あたしだったら 絶対生きてけない。リストカットもの」 少女の言葉に周囲の生徒達がくすっと一瞬笑った。 (・・・) 「・・・あ、ごめん。怒った??ねぇねぇ怒った?」 少女はわざとらしく光の瞳を覗き込む。 「でもアタシ、あんたのことすげぇって思ってんだ。 だってさ。そんな顔でよく生きてルナーって。ホントだよ?ねぇ 他の人もそう思うでしょー?」 他の生徒にも意見を扇ぐが、流石に皆、応えに困り 二人を見ないふり。 「なにあれ。チョーカンジわるぅ。でさ。なんならアタシと つるんで・・・」 バン!! 光は思い切り机を叩いた・・・ 他の生徒も驚いて・・・ 「な・・・なに。キレちゃった・・・?」 「・・・敬語で話してください」 「え?」 「年上も年下も関係ないけれど・・・。私は馴れ馴れしいのは大っ嫌いです。 それに貴方、携帯電話、マナーモードにしてないんですか?」 「え。あ、でも別に今、担任いないしぃ・・・」 「突然かかってきたらどうするんです。耳障りです。今すぐ電源切ってください」 光は少女を鋭くにらんで見下ろした。 少女は少し怯んで電源を切った。 「それから・・・。私の顔のことですが、噂話のネタにするなり なんなりするのは勝手だけれど他所でしてもらえませんか。 そのくらいの気遣い、いや、マナーはないんですか」 光の啖呵に今度は他の生徒にウケてくすっと笑いが起きた。 「・・・今年19歳というけれど。どんな言葉を使ったら相手が傷つくか、 分からないというなら貴方は19歳じゃなくてただの5歳児だ。」 「・・・説教ババア。うるせーよ」 涙目の少女はぼそっと言い返した。 「年上ですから。一応」 パチパチパチ。 担任が拍手して入ってきた。 「いやー実に清清しい説教だった。聴いていてすかっとしたねぇ」 (あ、あの人は) 面接のときに光に失礼な質問をした教員だ。 確か名前は佐藤と言ったはず。 「公共のマナーもまともに守れず、他人を中傷して笑い転げる 人間が新しいメイクなど目指す権利もない。」 「・・・」 「最近はカリスマなんとかって下らんキャプションが一人歩きしているが、 大切なのは相手の要望にどれだけこたえられるか。流りのファッション雑誌なんか 教科書にするな。”当たり前”のことだ出来ない人間が、誰かの何かを変えるなど 笑止千万。この学校での当たり前とは携帯禁止。煙草も禁止。食堂以外での飲食も禁止。注意事項はこれだけだ」 佐藤の啖呵にクラスは静まり・・・ 「ほーい。んじゃ教科プログラムの計画書配るから記入して・・・」 (・・・あの先生は・・・。助っ人されたんだろうか・・・) だが、それ以降、佐藤から何も言われず・・・ それからクラスメート達は光に対しては無視を決め込んだようで 必要以外の事はやりとりをしない、 何だかそんな雰囲気が既に作られていた。 「さよなら、〇〇さん」 「あ・・・さ、さ、さよなら・・・っ」 帰り、光が教室で声をかけたけど、一瞬顔をしかめて 逃げるように教室を出て行った。 (それならそれでいい・・・。目的は勉強が第一。そのうち もしかしたら・・・。仲良くなれるきっかけが見つかるかもしれない・・・) 始ったばかり 順風満帆からのスタートなんて あるわけがないけれど・・・ (たった一人の”親友”が見つかるかもしれない) 夕暮れの校舎に背を向けて光は 門を通り抜ける・・・ (あ・・・) 「・・・光・・・。お帰り・・・」 晃が車を止めて待っていた・・・ 「晃・・・どうして・・・」 「・・・。ごめんなんかやっぱり心配で・・・」 晃は少し申し訳なさそうに頬を指でかいた。 「・・・晃・・・」 「心配性ってまた言われそうだけど・・・。光。その・・・。 辛いことなかったか・・・?上手く・・・やれそうか・・・?」 晃の優しい低い声が 光の疲れた体に染みこむ・・・ 「・・・光・・・?」 「・・・」 必死に張り詰めていた糸。 緊張と不安の糸が・・・ ぷつっと・・・ 切れて・・・ 体の力も同時に抜けていく・・・ 「・・・ひ、光・・・!?」 フラリと体のバランスを崩す光を抱きとめる晃。 「・・・ご、ごめん・・・。なんか・・・気が急に 抜けて・・・」 「・・・光・・・」 心の疲れが 体の疲れとなって重くする・・・ 今日、一日中・・・ 何十人の人間の視線と心の波動に晒されて・・・ 残るのは疲労感しかない・・・ 「・・・光・・・」 晃は光に肩を貸して助手席に乗せた。 「家まで送るよ・・・。光は着くまで寝ていいよ」 「ありがとう。晃・・・。ごめん・・・ありが・・・とう・・・ありが・・・」 光は助手席に座るなり1分も経たないうちに眠って・・・ (光・・・) 晃は自分のジャケットを光にかけ、シートベルトを締めさせた。 その時、光が手に握っていたものが 座席のシートに脇に落ちた。 (これ・・・。オレが渡したキーホルダー・・・) ”ずっと肌身離さず持ってる。ご利益ありそうだ。ふふ” 光はそう言って嬉しそうに受け取ってくれた・・・ (・・・。ホントに持ってたのか・・・?こんなの・・・ずっと・・・) 晃の心の奥で響く想い。 弦が擦れるように 激しく けれど温かに響いて・・・ 「・・・。光・・・。大丈夫。何があってもオレは 光の味方だからな・・・」 はかない想いと 拭いきれぬ罪悪感と 混ざり合う心。 だが今願うのは 光が目指す道が少しでも茨の棘がないよう 「”ガンバレ”は言わない・・・。もう沢山頑張ってる光に・・・。 言うことは・・・」 少し伸びた前髪を・・・ 晃はサラッとすくう・・・ 「お疲れ様・・・。光・・・」 光の寝顔が夕陽を浴びる。 優しい夕陽。 晃は 光が起きないように 静かに静かに 車を走らせたのだった・・・