シャイン

〜瑠璃色の着物〜
「お姉ちゃん見てみて〜」 一恵が突然光の部屋を訪れた。 なんとも艶やかな姿で。 「・・・七五三か?もうとっくに過ぎただろうに」 「お姉ちゃん。寒いボケはやめてよ。成人式よ。成人式♪」 机に向かう光の後ろで着物を持ってうろちょるする一恵。 「成人式って・・・。あと2年早いだろ?」 「そーだけど。んふ。これ、近所の山田さんから貰ったんだって。 お母さんが」 「・・・ほー。それはよーござんした」 「ね、私、き、れい、♪」 真後ろでポーズをとる一恵。 「あーはいはい綺麗綺麗。だから自分の部屋でファッションショー しておくれ」 「もう。お姉ちゃんだって成人式・・・。あ・・・」 一恵ははっと口を抑えた。 「ごめん。お姉ちゃん・・・」 「別にいいよ・・・。一恵」 一恵のおでこを撫でる光・・・ 成人式。若い二十歳の女の子は綺麗な着物を着て、写真をとったりする。 でも光はなにもしていない。 ・・・いや、出来なかった・・・ 「・・・写真が嫌いっていうのもあったけど・・・。あの頃はまだ自分に着物が 似合う自信がなかったから・・・」 「じゃあさ、今度、一緒に着ようよ!」 「えー?でも着物がないよ・・・。私サイズでかいし・・・」 「あ、そっか・・・」 光は一恵の着物を丁寧にたたみなおす。 「私のことはいいから・・・。一恵は可愛く写真とっておいで」 「お姉ちゃん・・・」 一恵は幼い時から、一緒に光と写真を撮ったことがない。 写真がどうしても苦手な光に無理に一緒にとって欲しいとも言えず・・・ (でもお姉ちゃん、私、お姉ちゃんの着物姿みたいよ。 写真はいいからおねえちゃんの着物姿・・・) 光がこの話を晃にすると・・・ 「光。オレのばあちゃんの着物・・・。もしよかったら 着てみないか?」 「え?」 晃は床の間にある桐ダンスから、着物を取り出してきた。 「ばあちゃんがじいちゃんのところへ嫁にきたときの着物で・・・。 ほら。きちんと保管されていたからそんなに痛んでない・・・」 晃が持ってきた着物は 白生地で、柄は一面桜が舞い散っている。 「凄い綺麗・・・。こんな素敵なの、いいよ」 「いや・・・そのオレが持ってても着ることはないし。それにほら。 ばあちゃんが言ってたんだ・・・」 「なんて?」 「あ・・・だから・・・」 ”晃のお嫁さんにいつか着て欲しい” 「・・・って・・・」 晃は少し照れながら話す・・・ 「・・・そ、そうなんだ・・・」 「お、おう・・・」 ちょっとだけ・・・こそばゆい空気が流れる・・・ 「で、でもさ、私、背、高いし、肩幅広くて碇型だから 着物、似合わないよ」 「大丈夫。ばあちゃんも結構身長で高かったし・・・。箪笥の中で眠らせて おくのも寂しいし、光、貰ってくれないか・・・?」 「・・・でも・・・」 「あ、ばあちゃんの言葉はきにしなくていいから」 本当は気にしてほしい晃。 「・・・わかった・・・。じゃあちょっと仕立て治すよ。 針と糸あるか?」 「え!?い、今ここで!?」 「うん。そんなに時間掛からないと思う」 晃が裁縫箱を持ってくる、光はなれた手つきで着物の縫い目に糸を通し始めた。 「・・・すごいな・・・。光」 「母さんに洋裁和特に叩き込まれたんだ。自分に自信がなかった ワタシを励まそうとして・・・」 「たくましいお母さんだな。ふふ」 「うん。逞しくて・・・厳しくて・・・。でも・・・。自慢の母さんだよ」 光の強さはきっと お母さん譲りなんだなと晃は思った。 「よし・・・。袖丈は大体できた・・・」 「・・・。折角だから着てみたらどうだ?」 「え・・・」 「あ、ほ、ほらさ、ばあちゃんも見てるし」 仏壇を指出す晃。 晃の祖母の写真が笑っている・・・ (・・・。なんだかなぁ・・・。でも晃のおばあちゃんの大切な 着物だしなぁ・・・) 「わかった。ちょこっと羽織ってみるよ」 光は隣の部屋に行って上着の嵩張るセーターだけ脱いで 着物を羽織った。 (・・・着付けなんて上手にはできないから適当に・・・) 祖母の三面鏡の前で襦袢を着て、帯を締める・・・ (着物ってやっぱ着るの、難しい・・・) 帯を違う場所に通したり、やり直す光。 淡い薄いグリーン。 瑠璃色に近い着物には桜の花びらが優しく舞っている。 (・・・。着ては見たもの・・・。着物は綺麗だけど人間がね・・・(汗) ・・・肩幅広いし・・・碇型でジーンズ似合えど着物は・・・) 鏡の前の布を下ろす光。 (でも・・・晃のおばあちゃんの着物だし・・・。このまま箪笥の中っていうのも 寂しいよな) 光は少し不安げに 晃のいる居間の襖を開けた・・・ 「・・・。こんな・・・結果とあいなりました・・・(汗)」 「・・・」 晃はただ、無表情で光をただ見つめて・・・ 「・・・。ごめん。やっぱり似合わないよね。綺麗な着物が私なんかに 着られちゃかわいそう・・・」 「あ、ち、違うよ!あんまりばあちゃんの若い頃に似ていたから 驚いて・・・」 「・・・そ、そんなこと・・・(汗)」 「本当だって。ほら、これ、ばあちゃんの若い頃の写真・・・」 仏壇の引き出しからモノクロの戦前の頃の写真が・・・ 兵隊の格好をした隣に、着物を着たすらっとした女性が・・・ (・・・。に、似てなくもないけど、晃のおばあちゃんの方がずっと綺麗(汗)) 「な?似てるだろ・・・?びっくりした。ばあちゃんが若返ったのかと 思った」 「・・・そ、それはどうも・・・」 祖母のことを話すときの晃は本当に子供に戻ったよう。 おばあちゃん子だったことがうかがえる。 「晃、おばあちゃんの事ホントに好きだったんだね・・・」 「・・・はは。照れくさいけどな・・・。」 写真に写る若い二人。 撮られるのに緊張しているのか少し表情が固い。 でもそれがまた初々しく・・・ 「・・・オレじいちゃんの気持ちわかるな・・・」 「んー?何が・・・?」 「じいちゃんはばあちゃんの着物姿に ノックアウトだったんだってさ・・・」 (・・・晃・・・) 晃は何か言いたげに光に視線を送るが・・・ 光はやはり晃の視線から逃れる。 「・・・。私は晃のおばあちゃんじゃないよ・・・」 「あ、ご、ごめん・・・」 最近・・・ こういうくすぐったい空気が 晃との間に流れる瞬間が多くなった気がする・・・ 「・・・。じゃ、私、おばあちゃんにお参りするな・・・」 光は仏壇に正座して手を合わせる・・・ (光・・・) 求めるものは・・・手を伸ばせばすぐそこにいるのに (・・・近いけど・・・遠い・・・) 大好きだった祖母がいる天国より遠い・・・。 「・・・光。襟が曲がってるよ」 「え、ああ・・・」 立ち上がった光。 着物の襟を晃が整える。 「せっかく着たんだから・・・。きちんと着ないとな・・・」 「・・・。晃、もしかして着付けとかも出来るのか?」 「まぁ・・・基本的なことはな。あ、帯止めはもっと真ん中の方がいい・・・」 目の前に晃の顔が・・・ 晃の瞳を見上げる。 光も身長は高いほうだけど・・・ (晃の方が高い・・・) そう意識して胸がざわめくのは・・・ 慣れない着物を着たせいだろうか (ううん・・・。晃が・・・”男の人”だからだ・・・) 「ん?どした」 「い、いや・・・。き、着物調えてくれてありがとう。成人式の時、 写真嫌いでとってなかったから、何だかとっても記念に鳴ったよ」 「・・・。じゃあオレが撮っておく」 (え?) 晃は指で四角を作ってカメラを持ったフリをする。 「はい・・・チーズ・・・!パシャリ!」 「晃・・・」 「・・・。今、オレの心のカメラで光の成人式をばっちり 記録しました。永遠に消えることはありません・・・って ちょっと気障だったかな?」 自分を元気付けようとしてくれている・・・ 晃の気持ちは光にも伝わる。 (だけど・・・) 「・・・光。すごく似合ってる・・・。本当だよ」 「・・・」 「ばあちゃんの宝物の着物・・・。光に着てもらって嬉しい・・・。 本当に嬉しいんだ・・・」 「あ、ありがとう・・・」 晃の微笑みは・・・ 光の心をくすぐる そして揺さぶる・・・ (・・・だから・・・。まっすぐ見ないでほしいのに・・・。 私は・・・私は・・・) ざわざわする気持ち・・・ ふわふわする気持ち・・・ (誰かにドキドキしたりする自分の姿なんて・・・想像できないのに・・・) 晃の言葉に 心は反応してしまう・・・ 「あ・・・晃、着物皺になるといけないから、着替えるよ」 光は逃げるように隣の祖母の部屋に・・・。 鏡の布をめくり・・・ 鏡の中の自分と向かい合う・・・ ”光、似合ってる・・・本当だよ・・・” 晃の言葉にドキドキするのに・・・ 右頬にまだ残る痕のリアルさが・・・ ドキドキを消してしまう・・・ (・・・。まだ・・・。今はまだ・・・。全部の自分を受け入れられない・・・) 光は静かに着物を脱いで・・・ 丁寧に畳、包みに戻す・・・ (でも・・・いつか・・・) 瑠璃色の着物・・・ 艶やかな生地を・・・ 光は優しく撫でる・・・ (・・・。晃に本当のカメラで撮ってもらおう・・・。 自分自身を信じられる私を・・・) ”ハイ、光、笑って・・・!ハイ、チーズ!” 晃の笑顔に・・・ まっすぐ笑顔で返せるように・・・ (いつか・・・。可愛い笑顔の・・・私に・・・なりたい・・・な) そして・・・ 瑠璃色の着物は 光の部屋の箪笥に大切に仕舞われた。 いつかの日のために。 光の希望と一緒に・・・