シャイン








「座ってくれねぇかな」








「・・・どういうつもりですか」






「練習台になるっつただろ。それだけさ」





「・・・」









微笑む晃になんだか心を見透かされそうな気がする。







(なんか・・・尺に触る笑いだな・・・。でもまぁ約束したし・・・)





光は複雑な表情を浮かべつつ
散髪台に腰を下ろす。





(・・・)





目の前の鏡。




真正面から自分の顔と向き合ったのは久しぶりだ。




昔は・・・鏡が怖かった。






「鏡が嫌いか?」




(・・・)




自分の気持ちが読み取られたかと光は思った。







「大丈夫だ・・・。あんたはきっと自分を好きになれる
きっと」









「・・・」






自信に満ちた笑み






”自分を好きななれる”




そんな安っぽい言葉は嫌いだけど・・・






不思議に晃が言うと不快感はなくきこえた・・・





「あの・・・。目、閉じてていいですか?」







「・・・構わない」






シャキ・・・




肩まである光の髪に綺麗に磨かれたハサミの刃がはいる・・・。








シャキ・・・







切り落とされていく髪





大理石の床にパサパサと落ちる・・・







シャキ・・・






リズミカルな刃の音が静かな店内に響く・・・






シャキ・・・








晃の長く細い指が




光の黒い艶やかな髪を少しずつ掬(すく)う・・・






頬に晃の指が少しあたる・・・







少しくすぐったい・・・









人に触られるのは嫌だ




でも・・・






晃の指は不思議に心地いい・・・






光は鏡の中の変わっていく自分の姿と同時に



優しい温もりがする晃の指先を強く意識していた・・・










シャキ・・・











「・・・仕上がった・・・。目・・・開けていい・・・」













(・・・)











光はゆっくり目を開ける・・・














「・・・」










肩まであった髪は耳が少しかかるほどの長さにみじかくなり・・・






頬を隠すように長かった前髪にシャギーが入って
光の顎のラインが綺麗に出ている・・・













「・・・。黙ってるなよ。何か一言欲しい・・・」














「・・・」











震える光の手が静かに火傷でおった水ぶくれの痕を覆った。













「・・・。昔・・・。学校のカウンセラーが私にこう言った。
”ありのままの自分でいましょうね”って・・・」









中学のとき。



痣のことでクラスメートに散々からかわれたときだ





さも”私は貴方の味方よ。ありのままのあなたは素敵”

そんなことを言わんばかりに






「私はそんな安っぽい言葉・・・。散々言われてきた・・・。でも嘘だって思った
だってそうでしょう・・・?有りの侭でいられるわけがない・・・。
みんな、どこかで本当の自分を抑えて、操縦して、耐えて生きてる・・・」








「・・・」








「真柴さん。貴方に分かりますか・・・?本当の私がわかりますか!?
この痣で”食事がまずくなる”そう言われた私の姿が・・・っ」







「・・・」











「分かるはずない・・・。ハサミ一本で私を変えられるなんて
思い上がりもいいとこだ・・・っ!!貴方の美容師としての自己満足
の糧になんてなりたくないッ!!!馬鹿にするな・・・ッ!!!!!」













頬の痣を・・・









透明な雫が一滴流れる・・・








感情が・・・



爆発してしまった





(私・・・。すごく酷いこと言った・・・)



自分が放ってしまった言葉にすぐ、自己嫌悪が湧く・・・





晃は自分を助けてくれた恩人なのに






晃はただ・・・厚意でカットしてくれただけなのに




だけど抑えられなかった








曝け出された頬の痣の鮮明さに




耐えられなかった・・・



晃はただ黙り・・・






光の言葉を受け止める・・・










そしてハサミを静かに置き、鏡の中の光をただじっと見つめた・・・















「・・・オレが。オレが美容師になった理由はある女の子
に助けられたからなんだ」









「・・・?」










突然語り始めた晃。








無表情だった晃の顔が・・・どことなく柔らかく
穏やかに変わった気がする光・・・









「ガキの俺はいつも・・・何かに怯えてた・・・。人に・・・怯えてたんだ」










「・・・」







”人に怯えていた”




そのフレーズに光の心は物凄く反応する・・・




晃の言葉が深呼吸するみたいに
心に入ってくる








「見るもの全部。憎かった。憎くて憎くて・・・。人の優しさも
何もかも汚くみえた」










「・・・」











はさみを握る晃の手が震えているのに・・・
光は気がつく・・・












「ガキの頃・・・。オレはしょっちゅう、火遊びをしてた・・・」








「・・・!?」






突然の告白に驚く光。









「・・・新聞紙に火をつけて・・・。燃える炎が堪らなく快感だった・・・。
付けては消し、付けては消し・・・。学校の裏でやってた・・・」










「・・・」









「2つめの転校先でもオレは・・・。同じ事をした・・・。
つるんでた中学生と・・・」







「!?」






どこかで聞いた話・・・




光の脳裏に幼い頃の光景が蘇ってくる・・・










すごくきつく哀しい冷たい瞳の転校生・・・







人間に虐げられた捨て犬のような・・・












「オレの唯一の”ダチ”だと思ってた中坊の奴とオレは・・・
”その日”も体育館の裏でマッチすってたんだ・・・」


















光の脳裏に蘇った少年。






薄暗い体育館の裏。







黒い学生服の少年とランドセルの少年。







映画のスクリーンのように鮮明に思い出される・・・











「でもオレが・・・。もう火遊びは嫌って言い出したら・・・
そいつは激しく怒り出した・・・。そして・・・吸ってた煙草で・・・」








ガクランの少年がランドセルの少年の腕に
たばこの火を近づける・・・








激しく怯える少年にガクランの青年は恐ろしい顔でこう言った・・・







”オレを裏切るなら・・・。燃えちまいな・・・”












「そのときだ・・・。髪がショートの女の子が飛び出してきたのは・・・。
今のあんたと同じ髪型だ・・・」














「・・・!」











光が髪を伸ばし始めたのはこの火傷を負ってから・・・








いつも冷たく寂しい目をした転校生・・・






その瞳が・・・鏡の中の晃と・・・





今




重なった・・・













「”やめなさいよっ!!!!”そう言って・・・。あんたは・・・
自分よりも体格が倍あるそいつに体当たりしてきたんだ・・・」












だが・・・。払いのけた拍子に・・・






火のついた煙草は・・・





少女の額の上に落下した・・・








”あ・・・熱いよーーーーー・・・っ”











少女の叫びが





静かな体育館に響いた・・・






熱さで地面に蹲る少女・・・






光。




ガクランの少年は青ざめ、そして逃げた・・・










”熱い・・・。痛い・・・”









「オレは足が震えた・・・。痛がるあんたの姿にオレは・・・」









蹲る光。



晃はとっさにすぐ横の水道まで走りハンカチを水で濡らし

火傷した部分を




冷やした・・・









”ごめんね・・・ごめん・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・”









泣いているのは晃。





呪文のようにごめんなさいを唱える・・・














「あんたは・・・。泣きじゃくるオレの手を握ってこう言ったよな・・・」











”もう・・・。火遊びしちゃ駄目・・・。絶対駄目・・・。今度は
君が燃えちゃう・・・”









「笑ったんだ。あんた、笑ったんだ・・・。火傷で痛い筈なのに・・・。
笑ったんだ・・・」








そのとき初めて・・・







自分がしていたことの愚かさに気がついた・・・





学校に来るたび





来て光の顔にのこった痕を見るたび







胸が締め付けられた







「転校してもオレは・・・あんたの笑顔がオレは・・・
忘れられなかった・・・。ずっと・・・ずっと・・・」











晃は光をまっすぐ見つめる・・・









しかし・・・光はスッと晃から視線をはずした






「・・・。だから・・・何?」








「・・・。光・・・」







「気安く呼ぶな・・・っ。罪滅ぼしで私の髪切ったっていうのか・・・!??
笑顔を忘れられなかった・・・?ふざけるな・・・っ。あんたはただ
自分の負い目を晴らしたかっただけだろ・・・!?」







「違うっ。オレは・・・っ。オレはずっとあんたを見てきたんだ・・・!」







鏡に映る晃。





必死に光に訴える・・・







「アパートの隣に越してきたのも・・・」







「保護者にでもなったつもりだっていいたいの・・・!??
それともストーカー!??冗談じゃない!!あたしの気持ちはどうなる・・・!?
忘れたかったことを突然、ほじくりかえされ、その上・・・『同情』で
励まされて・・・」







「・・・光・・・」








「・・・ボランティア精神で謝らないでよ・・・。あたしは・・・っ。あたしは・・・っ」











感情がぐるぐる回る






怒りなのか憎しみなのか




何なのか分からない・・・







「光・・・。オレ・・・」




「何も聞きたくないッ・・・」







光は両耳をふさいだ







「私・・・。あんたが言った・・・”自分を信じろ”
その言葉・・・。嬉しかった・・・」













両手を広げ







自分を受け止めてくれる・・・







だから飛べた・・・









「・・・。でももいい・・・。髪、切ってくれてありがとう・・・。
さようなら・・・っ」









「光っ」







晃はぐっと光の手を掴んだ。










「・・・。光・・・。お前にオレは・・・
救われたんだ・・・。お前がオレを助けてくれたから・・・オレは・・・オレは・・・」








「・・・」









「オレを憎んでいてもいい。でも・・・自分の勇気だけは・・・信じてくれ・・・。捨てないでくれ・・・
本当のおまえ自身を・・・」













光は晃の手を払い










店を出て行った。













”罪滅ぼしだなんてたくさんだ!”










ハサミの刃の切れ味より






光の言葉は晃の心を突き刺す。












「・・・違う・・・。同情なんかじゃ・・・」










ずっと忘れられなかった







転校しても




中学に入っても







”今頃・・・あの子はどうしているだろうか”











ずっと見ていた。






中学のときの光のことも




昼間の普通高校に通うことができなった光。



人目を避けるためにわざと夜間を選んだことも










ずっと見ていた。












ずっと・・・












中学時代から現在まで。



晃は光のことを遠くから見ていた。





光が高校生になっても、自分もわざわざ近くの高校を選んだ。




高校を卒業し、現在に至るまで。



晃は光を見守りながら美容師になるため学校にも通った。





”いつか・・・。彼女の心に自信をもてるきっかけを
つくってあげたい・・・”





「・・・自信を奪ったこのオレが言うことじゃねぇけどな・・・。
光・・・。オレは・・・。もう一度・・・お前の笑った顔がみたいんだ・・・」







静かな美容室







晃は白い封筒を事務室の机の上に置き、一礼して出て行った・・・






封筒には






『退職届』とあった・・・