シャイン

〜珈琲の淹れ方〜
「光!見てくれ!」 晃がはしゃいでいる。 真新しいワゴン車。 晃は仕事専用の車を新たに買ったのだ。 そのワゴン車には理容専用のの座椅子と鏡が設置され、 ミニ美容院・・・といった内装だ。 「すごい・・・!これ、どうしたんだ!?」 「はは。ちょっと奮発して特注したんだ・・・。これなら どこででもカットできるだろう?」 晃は嬉しそうに車のステッカーの部分を撫でる・・・ シャインというロゴの部分を・・・ 「晃・・・」 「少しずつ・・・。少しずつだけど・・・夢が”形”に なっていくのって・・・。嬉しいよな・・・」 「うん・・・。そうだな・・・」 真新しく光る真っ白の車・・・ まだまだ現実的な”利益”はないけれど・・・ もっと得られているものがある・・・ 「晃。聞いていいか?」 「ん?」 「・・・なんで・・・っていうの変だけど”シャイン”に したんだ・・・」 「・・・わざわざ聞くのか・・・?ふふ・・・」 晃は頬を染めた。 なんとも初々しく・・・ (・・・な、なんでそこで照れるんだ(汗)しかも爽やかに) 光もつられて頬を染める。 「・・・オレにとって・・・”光”って名前は・・・。特別なんだ・・・」 (なっ・・・なんでドキっとしなきゃいけないんだ! 私の心臓!妙なときめきはとまれ!とまっちまえ!) 光は一人で押し問答。 「誰にだって・・・。どんな人にだって”光り輝く”ものが 何かあるはずなんだ・・・。それとオレは出会いたい・・・って ちょっと気障だったか?」 光は、晃の語りを他所に頭をポカポカたたいてなにやら自問自答している模様・・・ 「な、何やってんだ・・・?」 「え、あ、い、いやぁー・・・あ、頭の体操だよ。こ、こうやったら 頭がよくなるんだって。えいえいえい!」 「・・・?」 一休さんがとんち中のようにぽっかぽっか叩く。 「・・・ふ。ははは。変な光・・・」 「えい!えい!えい!!私の頭、よくなれ〜。なれ〜」 (・・・ああ。なんか私・・・ほんとに馬鹿かもな・・・(汗)) くすぐったいこの気持ち・・・。 (・・・なんか・・・。こんにゃくが口の中で転がってるみたいに ってどんな表現なんだか(汗)) ただ・・・ 会社の名前が・・・ 『シャイン』 ということが・・・ 嬉しいのは確かで・・ 「光!車のロゴマーク・・・もっと明るい色がいいよな!」 「あ、ああそうだな」 嬉しそうにペンキを塗る晃・・・ 「て、手伝うよ」 何故だか声が一オクターブ上擦る。 (ど、どうしちまったんだ!どうしちまったんだ!) 自分の不可思議な異変に混乱する光。 「・・・光。鼻にペンキついてるぞ」 「え?」 光はサイドミラーで自分の鼻の頭に赤色くなっていることを 確認。 「・・・あ、赤鼻のトナカイ・・・(汗)」 「・・・季節違いのな。ふはははは・・・!」 晃は笑いながらタオルで光の鼻の頭を拭く・・・ 光と至近距離で晃は見つめる・・・ 「・・・か、顔・・・まっすぐ見ないでくれ・・・」 「あっ・・・。ご、ごめんっ」 光は顔を逸らしてしまう・・・ 逸らしてしまったのは 顔を至近距離で見られることの抵抗感もあったが・・・ (それだけじゃなくて・・・。真っ赤なトナカイが 顔中まっかな”お猿”の私になりそうだからだ・・・) 「あ、晃、気にしないでくれ。これ、塗っちまおう!!」 「そ、そうだな・・・」 トクントクントクン・・・ 心臓が 一生懸命に鼓動をうって・・・ 何かを伝えようと している・・・ (・・・私は・・・何も感じない・・・。感じちゃいけないんだ・・・) 否定しても 光の心臓は・・・ いいようのない温もりを感じずにはいられなかった・・・
その話は突然舞いこんだ。 「え?取材?」 「ああ。昨日電話があったんだ。街のミニコミ誌に若者たちの 特集ってのがあって・・・取材させて欲しいって」 晃が机の上においてあったそのミニコミ誌を光に手渡す。 ぺらぺらめくってみると この街の情報誌だ。色々な話題や、店の広告等・・・ 特に若者向けの内容が目立つ。 「・・・オレは正直こういうの、あんまり好きじゃないんだけど・・・」 「でも勿体無いよ。断るのは。折角だから受けてみたらいいんじゃないか?」 「・・・。光が賛成してくれるなら・・・。ただ・・・一つ気になることが。 オレ達の”写真”も撮りたいっていうんだ・・・」 (写真・・・) 光は賛成したものの少し戸惑いを感じた。 「光。やっぱり断ろうか?」 「・・・。いや、でもやっぱり勿体無いよ。写真はさ、ほら・・・。 晃だけ撮ってもらうことにすればいいんだよ。っていうか 私なんて撮る方も遠慮するだろうし・・・」 「光・・・」 (あ、いかん。また晃を暗い顔にしてしもうた) 光は慌てて晃を和ます。 「あ、晃はさ、ほら、社長、なんだし、なんてったって ”イケメンカリスマ美容師”だったんだから・・・うん。 写真写りもいいに決まってるって」 だが、さらに晃の顔は曇ってしまった。 (や、やばい・・・。逆効果な和ませだったか(汗)) 「・・・そんな呼ばれ方は俺はしたくない・・・。美容師が目立っても意味がないんだ。 ”カリスマ”なんて言葉は嫌いだ」 「晃・・・」 雑誌なんかに一度でも載ってしまえば言葉だけが独り歩きして 勝手にキャプションつけられてしまう。 美容師としての自分ではなく・・・。容姿の良し悪しだけが評価されてしまう。 「晃・・・ごめん」 「どうして光が謝るんだ?」 「私は・・・。晃のこと、ただ流行の”カリスマイケメン美容師”だなんて 思ってないよ。晃の手は・・・。人を笑顔にする魔法の手だって 思ってる。だから・・・。元気出してくれ」 (光・・・) 「・・・。光がそう思ってくれていたら俺はいくらでも 元気になれるよ。ありがとう」 光が少しでも好意的な言葉を発すると・・・ すぐに心が躍ってしまう。 「光は何も気にすることないさ。取材はオレだけが受ける。 光は、今、自分がすべきことに集中してくれ。な!」 ポン!と光の肩を叩く晃。 「うん・・・」 写真一枚、撮られることへの抵抗に負けてしまう自分が 情けない。 前向きな自分をいつも目指したいけど・・・ やっぱりまだ・・・。完全じゃない。 (晃。ごめんな・・・。気を使わせてばかりで・・・。私、 早く技術身につけて晃の役に立つようになるから・・・なるからな・・・) 心の中でそう誓う光。 そして取材は翌週の週末に決まり・・・ ミニコミ誌の記者一人とカメラマン一人、晃宅を尋ねた。 「私、ミニコミ誌発行元〇〇編集部の竹中と申します」 「真柴晃です」 名刺を受け取りあう記者と晃。 ちょっと厚化粧の女性記者と少し小太りのカメラマンの2人。 「真柴さんは以前、雑誌で取り上げられたことの在るあの 真柴晃さん・・・ですよね?」 早速そこをついてきたかと晃は思った。 「・・・ええ・・・。でもそれはもう昔のこと。今の僕とは関係ありませんので」 「でも勿体無いなー。あのまま元のビューティサロンに残っていたら もっと・・・」 「・・・。それが取材なんですか?お応えする気が失せますね」 むっとした晃に女性記者は戸惑いつつも インタビューが始った。 最初はお客とのコミュニケーションについてや 様々なエピソードなど 淡々と応えていく。 カシャ。カシャ・・・ カメラのフラッシュが晃の周りで鳴り響く・・・ 光はその様子を台所で珈琲とクッキーを用意しつつ インタビューされる晃をみつめていた。 フラッシュをたかれる晃・・・ (・・・やっぱりなんか・・・。違う世界の人間みたいだな・・・) 艶々したカラーの雑誌に載っていた晃。 かっこいいだけじゃなくて何か、オーラを感じさせるほど・・・ (それに比べて・・・) 珈琲カップに映る自分の顔・・・ フラッシュを焚かれるはずもない。 リアルな痕だけが 映るだけ・・・ (あー!いかんいかん!自己嫌悪虫、どっかいけ!) 光は頬を叩いてマイナス思念を追い払う。 (あ・・・。インタビュー終わったのかな・・・) 雰囲気を見計らって光は静かに珈琲を運んでいった。 「あの・・・。よろしかったらどうぞ・・・。インスタントなんですが・・・」 「あ、ありがとうございま・・・」 テーブルの上に珈琲を手をつけようとした女性記者。 光と目が合った。 「・・・あ、あの・・・何か?」 「い、いえ・・・。べ、別になんでも・・・。い、いただきます・・・っ」 引きつった笑いで誤魔化す女性記者・・・ 光と初対面の人間のリアクションは大体こんなもので 慣れてはいるもののやぱり不愉快な気持ちになる。 (・・・ま、いいけどな・・・) 「あ、あの・・・。貴方は・・・」 「私はえっと、単なるあ、アシスタントです・・・」 「そうなんですか。へぇー・・・雑用係りさんなのね」 女性記者は口には出さないものの ”あたりまえよねぇ”という台詞が表情から読み取れる。 「雑用なんかじゃありませんよ。オレの大切で頼りになる仲間です。 失礼な物言いはよしてほしいですね」 「晃、あの、いいから・・・」 「良くない。記者さんたち、珈琲飲んでみてください。インスタントでも 淹れ方でちがってきます」 女性記者とカメラマンは珈琲を一口飲んだ。 「・・・!おいし・・・」 「・・・お客様へにお出しする珈琲一つ、彼女は手を抜きません。 これを”雑用”というならばあなた方の味覚も感覚もおかしいでしょう」 ”参りました・・・” といわんばかりに女性記者とカメラマンは ずずっと珈琲を飲み干した・・・ (晃・・・) やっぱり晃は凄い・・・ 普通の人より何か、”秀でる”、何か凄いものを 持っている人間だと光は実感する・・・ (・・・凄いよ・・・。晃は・・・) 「で、あの・・・。真柴さんホームページのことなのですが 今、とてもネット界では話題になっていますよね」 「沢山のメールを貰って、彼女が丁寧に応えている・・・。 だからそれが伝わっているんじゃないかと思います」 優しい視線を光に送る晃。 (・・・そういう意味深な視線を送るなって(汗)) 「いいですね!それ・・・!」 「え?」 女性記者が何かを思いついたようにメモ帳にペンを走らせる。 「”自分のコンプレックスを糧に他の誰かを助けたい”うん! 逆境に負けない女の子ってフレーズでいいかもしれないわ。 ねぇ!光さん」 「え、あ、あの・・・」 「写真一枚撮らせてくださる?」 カメラマンが強引に光にフレームを向ける。 まるで睨まれているような 気持ち悪さを感じる光。 「やめろッ!お前らッ!!」 記者の態度に晃の怒りは爆発した。 晃はカメラマンからカメラを取り上げ、フィルムを引き抜いた。 「な・・・何をするんです・・・!」 「それはこっちの台詞だ・・・。面白半分の取材するなら帰れッ!! 興味本位の記事しか書けないのかッ!!!」 晃の剣幕に記者は慄く・・・ 「晃・・・。もういいって・・・」 「よくないだろ・・・!!!」 「いいよ・・・。怒ってくれるのは有難いけど・・・。 私のことで晃の評判が落ちるなんてその方が辛い」 「光・・・」 光は晃が奪ったカメラとフィルムをカメラマンに返した。 「・・・ごめんなさい。でも晃・・・。いえ社長には悪気はなくて・・・。 仲間を大事に思ったうえでのことなので・・・どうぞ穏便にお願いします」 女性記者とカメラマンに頭を下げる光・・・ 「・・・。い、いえあの・・・。私たちも貴方に失礼な申し出をしました」 「あのそれで記事のほうは・・・」 「ちゃんと書きます・・・。私たちが感じたままを本誌に ご紹介したいと思います」 光はほっと胸をなでおろすが・・・ 「おい・・・。光のことを馬鹿にするようなこと一言でも 書いてみろ・・・。オレはあんたらゆるさねぇぞ・・・」 まだ怒りが収まらない晃。 「信じてください。小さなミニコミ誌だけど・・・。 私たちにも信念があります」 「・・・」 女性記者とカメラマンは深々と光に何度も謝って かえったいった・・・。 「・・・何が信念があります・・・だ!所詮、雑誌なんて 上辺だけしか書かないんだ・・・」 「晃・・・」 晃のマスコミ嫌いは前から知っていたが これほどとは・・・ 「・・・晃。でも私は晃のことをもっとたくさんの人に 知って欲しいよ」 「え?」 光は座布団に座り、椅子に座る晃を見上げて話す。 「晃の美容師としての技術・・・。何より信念を知って欲しいと 思ってる・・・」 「光・・・」 「・・・写真を未だに怖がってる私が偉そうなこといえないけど・・・。 晃にもっと知って欲しいよ・・・。晃は・・・凄い力と存在感を持ってる 人だから・・・」 光の言葉・・・ 褒められている言葉なのに 自分と距離を置かれているような気持ちになる。 「そんな・・・。オレはそんな大層な人間じゃ・・・」 「ううん・・・。晃は・・・。新しい何かを作り上げる そんな・・・。だから・・・」 「違う・・・ッ!!」 「!」 ボリュームが大きくなった晃の声に肩を一瞬びくっと震わせる光。 「オレは・・・特別な人間じゃない。普通の・・・ 不器用な男だ・・・」 「・・・晃が不器用?違うよ。美容師さん不器用だなんてこと・・・」 「そういうことじゃなくて・・・。そういうことじゃなくて・・・」 晃は光の手を握って訴える・・・ 晃が訴えるのは・・・ (あ、晃・・・) 「光・・・」 光に”何か”求める晃の瞳・・・ (・・・晃・・・) 動揺する ただ どうしたらいいのか どう返したらいいのか・・・ カメラのフレームをむけられるより・・・ 心が震えて・・・ 「・・・。こ・・・珈琲カップ片付けてこないとな・・・っ」 逃げるように。 台所へ姿を隠す。 ポチャンポチャン・・・ 水道から漏れる雫 光は必死に混乱する心を押さえる。 (・・・何も感じてない。何も・・・) 珈琲カップをスポンジで洗う。 こびり付いた垢を落とす。 力ずく・・・ (光・・・) 光の背中を・・・晃は見つめる。 近くて遠い・・・ 距離をカンジながら・・・ 数日後。 ミニコミ誌が光達の元に送られてきた。 「晃。ほら。見てくれ。すごく素敵に書かれてあるよ」 ミニコミ誌の表紙が晃の写真。 次のページにインタビューの記事が乗せてあり・・・見出しはこうだ。 『社名の通り、”シャイン”代表の真柴さんは優しく光っていた』 「・・・」 だが晃はただ黙って読んでいる。 「ったく。晃も強情だな・・・。な、最後の方の文章、 すごく私、好きだよ」 「え?」 『アシスタントのHさんが淹れてくれた珈琲。インスタントだといわれ差し出された 珈琲を飲んだ。不思議な力があるようで、綺麗になった気がした。 他者への細かい気遣いと思いやりが込められているからだと、真柴さんはおっしゃっていた』 「・・・。あの女記者・・・。”味覚”だけは悪くなかったんだな」 光が入れた珈琲を飲みながら晃は言った。 「・・・。ホントに強情だな。ふふ・・・」 マグカップに珈琲を入れる光。 光の笑顔が 晃には何より寛いで・・・ 「光」 「ん?」 「・・・珈琲、本当に美味しいよ」 「あ、ありがとう・・・」 「・・・ずっと・・・光の珈琲が飲めたらな・・・。ずっと・・・」 (・・・晃・・・) 時々 呟かれる晃の想い・・・ 「・・・こ、こんな拙い珈琲でよかったら何杯でも。こ、珈琲屋さんに 転職しようかな。アハハ」 「じゃあオレが常連になるよ。安くししといてくれよな」 笑いで光は戸惑う気持ちを濁す・・・ (・・・晃・・・) ただ・・・。 晃の疲れを癒す珈琲を入れてあげようと思う・・・ 今はまだ・・・それしかできないけど・・・ (早く私も晃の力になれるだけの人間にならなくては・・・ね) 淹れる珈琲の味が いつか・・・恋という味になる日まで・・・