シャイン

〜みにくいアヒルの子は永遠に〜
雨が降っている。 光の家の前で晃の車から傘を差して光が降りてくる。 「晃。ありがとう。わざわざ送ってくれて・・・」 「いや。こんなこと何でもないよ」 晃はまっすぐ光を見つめていった。 (・・・まっすぐ見ないで欲しいのに・・・) 照れではなく、戸惑い・・・。 学校で、晃の罪悪感と自分のマイナス思考を埋めてきたあの日から・・・ 晃の光に対する想いが込められた視線や言葉が増えた。 恋愛感情という気持ち。 晃と一緒に居るとドキドキすることもあるけれど、 一回でもドキドキしたらそれが恋、になってしまうのか? (まだ・・・。恐い。何か・・・恐い) 醜いアヒルの子は、美しい白鳥に恋をしてもいいのだろうか? (私の中のアヒルの子は・・・まだまだ白鳥にはなれない) 戸惑いを隠せない光。 「じゃあまたな」 「あ・・・」 エンジンをかけようとした晃を呼び止める光。 「あの・・・。お茶でも飲んでいかないか?」 「え・・・。でも・・・俺は・・・」 「・・・。母さんも妹も・・・。もう大丈夫。っていうか・・・ 仲良くしてほしいんだ。晃とこれからずっと付き合っていく 上で・・・」 「ずっと・・・つきあっていく・・・?」 「あ、い、いや、あの、変な意味じゃなくてだな、 し、仕事をしていく上でというか・・・」 あたふたする光。 そんな光が可愛いくて仕方ないと言わんばかりに晃は 微笑んだ。 「と、とにかく・・・会ってほしいんだ。ってなんか 彼女を親に紹介するみたいな台詞だな・・・」 照れくさそうに光は鼻の頭をぽりぽりかいた。 その微笑ましさが晃の中の蟠りを溶かす。 「・・・じゃあ・・・。少しだけ・・・」 「狭い家だけどまぁ入ってくれ」 ガラガラ・・・ 昔風の引き戸をあけると・・・長い廊下が目に入った。 壁は砂壁でどこか懐かしい。 「・・・あのあんまり見ないでくれ。築30年の家なんて」 「俺んちなんて築50年」 「そりゃ恐れ入った。はは・・・」 居間につくまでそんな小話をして・・・ 「どこにでも座っててくれ」 台所へと続く暖簾をくぐって光は言った。 (・・・なんか・・・。あったかい・・・な) 畳の真ん中にこたつがあって・・・。部屋の隅にテレビがあって・・・ (この部屋は・・・家の中心・・・家族の心の中心・・・) 光が育った家・・・ (光の心が育った理由がわかるな・・・) 温いちょうどいい温度のこたつ・・・ 「ごめん。饅頭しかないんだが、つまんでくれ」 光は丸い紺の漆のお盆に湯のみ二つとお皿に大福2つ入れて運んできた。 「純和風だな。光の家は」 「そうか?ま、フローリングの家も嫌いじゃないけど私は 畳がいい」 (どんな会話してんだろうか(汗)) ドキドキしつつどこか、心が落ち伝居る。 (恋とは・・・なんぞや。やっぱりようわからんな・・・) 「あ。そうだ。父さんにも饅頭をあげなければ」 光はたんすの上の小型の仏壇に饅頭を小皿に入れて供える。 「光のお父さんか・・・?」 「うん。私が幼稚園のときに・・・妹がうまれてすぐ・・・」 晃は写真たてを手に取った。 「・・・光に似てる・・・な」 「私は父さん似らしい。だから男っぽいのかな。あはは」 「そうじゃなくて・・・。綺麗な瞳が似てるな・・・って・・・」 「・・・。あ、晃・・・表現方法変えてくれないか。リアクションに困るんだが・・・(照&汗)」 照れる年頃の娘に光の父親が写真の中で笑っている。 「・・・お参りさせてもらうよ」 晃は仏壇の前に立ち、手を合わせた。 目を閉じて、深く長く・・・ 光は暫しその神妙な晃の横顔に心停めた。 「ん?何か?」 「いや・・・な、なんでもない」 二人は再びこたつに入り、何気ない話をする。 「あ、そうそう。この間、○さんちのおばあさんがな・・・」 晃は不思議な感覚だった。 というか信じられない・・・ 晃がこの家に来たのは2度目だ。 いや・・・晃ではなく・・・晃の祖母が・・・ ”孫が・・・うちの孫が・・・申し訳ありませんでした・・・” 腰が曲がった年老いた晃の祖母が 玄関の石に頭をこすりつけ背中を丸めて土下座する・・・ 火傷のショックで部屋にこもった光だったが 階段の手摺から、晃の祖母の小さな背中が記憶に残っている・・・ そして晃も・・・ 「・・・何だか・・・。やっぱり奇跡みたいだ・・・」 「え?」 「光とこうして一緒に居られて・・・。子供のころは入れなかった 光の家に居れて貰えて・・・。なんか・・・奇跡だよ。本当に・・・」 「晃・・・」 息を溜めて吐き出すような晃の言葉・・・ (奇跡だなんて・・・。どうしてそこまで思い込んで・・・) 「・・・奇跡か・・・ふふ。こうして、 晃と茶を啜る・・・。それが奇跡ってんならなんともあまーい奇跡だな」 饅頭をぱくっとほお張る光。 「光・・・」 重苦しい言葉を吐いた晃のことばを光が柔らかくしてくれた。 光が自分をいたわってくれるなんて・・・ (それこそ本当に奇蹟だ・・・) 「・・・光。あんこ、口元についてるぞ」 「え」 晃が指でひょいっととってくれた。 「・・・そっそういうことは、彼氏と彼女がするんだろ(照)」 「・・・。しちゃ・・・いけないか?」 想いを込めて光を見つめる・・・ (し、真剣な顔をするなっちゅーんだ(汗)) 「あ、あの・・・」 「光・・・」 甘い香りが せつな思いを部屋を満たす・・・ 「たっだいまー!」 (!!) 切ない空気を破って一恵が制服姿で帰ってきた。 「あれ?おねーちゃん。その人・・・」 一恵ははっとすぐ気がつく・・・ (真柴晃・・・。お姉ちゃんの火傷の原因・・・!) 一恵の顔が引きつった。 「・・・あ、え、えっと・・・。しょ、紹介するよ・・・」 「しなくていいよ。分かってる。お姉ちゃんをひどい目に遭わせた 男でしょ!!」 一恵は興奮して声を上げる。 「一恵!よせ!もう私は・・・」 「いいんだ。光。妹さんの言うとおりだ・・・。初めまして。 真柴です」 晃は深々と頭を下げた。 「・・・どういうつもりかしらないけど・・・。 私は許せない。お姉ちゃんの今までの痛みを・・・」 「・・・」 晃はただ黙って・・・ 「大体貴方、自分のやりたいことにおねえちゃん引きずり込んで 都合のいいように遣ってるんじゃないの!?」 「おやめ。一恵」 「お母さん!」 スーパー袋を両手に抱えた登世子が立っていた。 「おやめ。一恵。でかい声だしてんじゃないよ。お前は台所に行って夕食の準備してな」 「だって・・・!」 「いーからいきな。ったく。きゃんきゃん煩い」 どさっと一恵に荷物を渡す登世子。 チラっと晃に視線を送った。 「あの・・・。初めまして。真柴晃です。いつも光さんにはお世話になっています」 「こちらこそ。娘が色々お世話になってます」 登世子は晃に握手を求めた。 晃は少し緊張した面持ちで握手を交わす・・・ 「あの・・・。お母さん・・・。すみませんでした!」 晃は登世子に頭を下げた。 「僕のせいで光さんに・・・遭わせなくてもいい痛みを 抱えてしまうことになってしまって・・・」 「遭わせなくてもいい痛み・・・。真柴さん。貴方がそんな言い方をしたら ”今”の光を否定することになりませんか。少なくとも 光ならそういうはず・・・」 「・・・はい・・・でも・・・」 「私は母親として子供の貴方を体を張って守ろうとした 娘をなんら、恥じておりません」 登世子は晃をまっすぐに見据えた・・・ 堂々とした面持ちで・・・ 「真柴さん。光をよろしくお願いします。不器用な子ですが 根性だけはある子です」 今度は登世子が晃にお辞儀して・・・ 「そ、そんなこちらこそ・・・。よろしくお願いします・・・」 晃と登世子が力強い握手を交わしている・・・ (・・・この人は・・・光のお母さんだな・・・。力強くて・・・ 暖かくて・・・) 手から・・・ 感じる 光と同じぬくもりを・・・。 「真柴さん。もしよろしかったら夕食ご一緒にどうですか?」 「いえ・・・。僕はこれで失礼します」 「晃・・・!」 玄関で靴をはく晃を追いかける光。 「あの・・・。ごめんな・・・。なんか無理に引き止めて 嫌な思いさせてしまって・・・」 「そんなことない・・・。寧ろよかった」 「え・・・?」 「・・・今度来るときは・・・。もっと強くなった俺で来るよ。 光のことで・・・」 (私のこと?) 晃は、登世子に一礼して・・・ 静かに帰って行った・・・。 「あれってどーいう意味なの。今度くるときって・・・。 っていうかまたくるつもりなの?」 お玉をもった一恵。 まだむすっとしている。 「一恵・・・。もう私は晃を恨んだり怒ったりはしてないんだ」 「おねーちゃんは甘いのよ!アイツのせいでおねーちゃんの 女の子としての明るい人生が暗くなっちゃったのよ!」 「・・・。女の子としての時間、より・・・。もっと 貴重で深みのある時間を私は晃から貰ったんだ」 「・・・」 だが一恵はやっぱり納得いかない。 光が人の視線が恐い、といって暗い暗い部屋で震えていたことも 幾多の酷い言葉や態度に傷ついてきたかも ずっと見てきていたから・・・ 「二人とも。なーに玄関先でしかめっ面してるんだ」 二人の両肩をポン!と登世子はたたいた。 「一恵。光のことは自分で選んだことだ。お前の怒りがそれを 邪魔する権利はないんだよ」 「・・・わかってるよ。でも・・・。お姉ちゃんひとつだけ聞いていい?」 「何さ」 一恵は間を少しおいてからたずねる。 「・・・真柴さんのこと・・・。好きなの・・・?」 「・・・」 玄関に 緊張感が走った。 「・・・。分からない・・・。という応えじゃ駄目かな・・・」 「否定しないんだ・・・。わからないってことは・・・好きなのかもしれない、 好きになるかもしれないってことだ・・・」 「・・・」 光は何も応えない・・・ (自分でも分からないんだ・・・) 恋する自分の姿。 「ふふ。いーじゃないか。恋せよ乙女だよ。我が娘たち」 「母さん・・・」 「色んな経験をして・・・いい女になっておくれ。例え・・・ 痛い恋だとしても。さーさ。夕食夕食」 娘二人を励ます。 登世子は勘付いている。 晃の光への想いも それに光の戸惑う気持ちも・・・ (母親が介入できない領域はあるもんだ・・・。光・・・) 「わー!一恵、ねぎ切りすぎ!」 3人で夕食を楽しく作りながら・・・ 登世子は光の恋路の行く末を案じたのだった・・・ その夜。風呂上りの光。 別途に寝転がり、思い出すのは・・・ ”彼氏らしいことしちゃ・・・駄目か?” 晃の言葉に 心が火照る。 (・・・。ドキドキする・・・。でも・・・) 心の片隅にいる もう一人の・・・自分。 ”お前なんかが恋愛??キモい!ばかげてる!” (私の中のみにくいアヒルの子は・・・。結局アヒルの子そのままなのかな・・・) 白鳥になりたいなんて想わない。 白鳥でなくていい・・・ (アヒルはアヒルの良さがある・・・って・・・そう思いたい・・・。 思いたいよ。晃・・・) その日 光が見た夢は・・・ アヒルの子が成長して・・・ かわいい大人のアヒルになれた夢。 そして好きになった白鳥と 仲良く一緒に湖のほとりを歩いてる・・・ そんな 夢だった・・・