シャイン

〜路地裏の美容室〜



ファッションビルが立ち並ぶ駅前。


ファッションが栄える町だけあって、若者向けの様々な店が立ち並び、美容院は
激戦区だ。


駅前の広場では、新しくできた美容院のチラシを若いスタッフが
配っている。



(・・・高いなぁ)


光も歩き様にチラシを貰ったが、その値段と店の雰囲気に馴染めない。


新しく出来た店の入り口を覗くとオープンセールということで
早速女子高生程の年頃の少女達が何人も待っているほど盛況だ。



(でも・・・。なんか入れないんだよな・・・。”現代子”の来る店!
ってカンジがして・・・)


内装や雰囲気。今風のインテリアで、お洒落なカフェっぽく見える。

実際、待ち時間は珈琲をカウンターらしいところで客に差し出されている。




(・・・お洒落に敏感な子は・・・は入れるけど・・・。
なんだか入りにくい雰囲気なんだよなぁ)




スタッフも可愛い女の子だし、男のスタッフは小奇麗でなかなか
男前で・・・




(・・・私には向かない。私は”美容・おおたけ”でいいや)




幼い頃から慣れ親しんだ近所の美容院。




登世子も行ってる美容院。今は光が住む町内の中年のおばさん達の
井戸端会議上になっている。



カット代も2000円以内。シャンプーも勿論付いている。




それに光のお目当てはカットじゃなくて・・・。カットした後にくれる
お菓子。



(いつも苺の飴とビスケットくれるんだ。懐かしいもんだ。
久しぶりに行って見るかな・・・)



光は翌日早速、一恵と共に何年かぶりに美容・おおたけを尋ねてみた。




入り口には渦巻きの電灯。



「レトロだよねぇ。今時こーゆーのって」



「レトロだとか言うな。これがいいんだから・・・」



それに入り口にはパンジーの花が咲いている。



「ふふ。おばちゃん花、好きだったよな・・・」



「こんにちはー!」


カランカラン。入り口のドアを開けると気持ちいい鐘の音が


響く。



「いらっしゃーい・・・!あらぁ!これはこれは!」



真っ白の割烹着のまさこおばちゃんが満面の笑みで出てきた。



「おばちゃん。こんにちは!お久しぶりです!」



「あらぁ!二人ともめんこいお嬢さんになってぇ。さーさ。
こっちきてお茶飲んでいって」



おばちゃんは座布団を二つ出してくれる



”美容室”の隣は普通の家のお茶の間みたいに
テレビと座布団が置いてあり。


いつもそこでテレビを見ながら自分の順番を待っていた。




「二人とも本当に久しぶりで・・・。私、年とったでしょ?」



「いえいえ。おばちゃんのその白い割烹着そしておばちゃん自身も
若々しいです」



「んまぁー。光ちゃんは口がうまくなったねぇうふふふ・・・」



おばちゃんのちょっと太目の指。


シャンプーやスプレーのいい匂いがして光は大好きだった。



「懐かしい・・・。でもご覧の通り、今は閑古鳥だよ」



日曜の昼間だというのに誰もいなく。



「駅前にいい美容院いっぱいできたからねぇ・・・。ふふ。ま、
うちに来るお客さんはみんな近所の奥さんたちばっかりなんだけどね」




「私・・・。駅前の美容院はいけないんだ・・・。なんかやっぱり怖くて。
まだまだ弱虫だね。だからおばちゃんにはずっとここ、続けて欲しいよ」




「光ちゃん・・・」




おばちゃんは昔から泣き上戸。早くもうるうるときて、割烹着の裾で目尻を拭った。



辛い光の幼少時代を一番良く知るご近所さんだからだ。



「ああ、おばちゃん。ごめん。湿っぽくならないでくれ。私、今、
おばちゃんみたいな美容師になろうって思って学校に行ってるんだ」



「え?」



「・・・こんな私が誰かの髪を綺麗にするなんておかしいけど
おばちゃんみたいな手のあったかい美容師になろうって思って・・・だから・・・」




おばちゃんの涙はMAXに。




「うぅ・・・光ちゃん、あんた・・・私嬉しくてああ、涙とまらん、
鼻水もでてきたわ」



おばちゃんはティッシュで思いっきりおっきなまんまるの鼻をかんだ。




「おばちゃん。泣くか鼻かむかどっちかにしたら?ふふふ」



「あ、そうだね。でも光の心強い言葉聞いたらああー。
秋のソナタ見たとき以上に泣いたわ」



おばちゃんは何回もティッシュを引っこ抜いては鼻をかむ。



「ふふ。おばちゃんらしいなぁ」




泣いたり笑ったり。おばちゃんのぽちゃぽちゃの顔が光も一恵も大好きだ。




「どうだい。光ちゃん。せっかくだから少し髪、
きってあげようか?」



「うん。ありがとう」




光は隣の部屋の美容室の鏡の前に座る。




「光ちゃん。あれ・・・出そうか?」



「え、まだあるのか?”あれ”」




おばちゃんと光の会話に一恵は首を傾げる。


(”あれ”ってなんだろう?)




おばちゃんは鏡の上のフックにパッチワークで出来た
丸い壁掛けをかけて、鏡を隠した。




「懐かしい・・・」




光はパッチワークをとても懐かしそうに撫でる・・・




「お姉ちゃん。それなに?」



「あー。これ?これは私専用の”鏡”だ」



「鏡・・・?」



光は一恵におばちゃんがこのパッチワークを作ってくれた理由を語り始める。




光が幼い頃、まだこの美容院には近所の子供達が散髪にちょくちょく来ていた。



だから光は髪が伸びても怖くておばちゃんの美容院へは来られなかった。




「お母さんに切ってもらってたけど・・・でも忙しそうにしてたから
なかなか頼めなかった」




幼かった頃のとある日。



光は腰辺りまで伸びてしまった後ろ髪をどうにか切って欲しいと
こっそり休みの日、おばちゃんの店の前までやってきたことがある。



「帽子かぶってサングラスしてマスクして・・・。すんごい
挙動不審な子供だったよ(笑)」



光は今でこそ笑い話として話しているが


子供の頃は本当に学校以外の外に出る・・・ということが恐怖だった。



ビクビク小さく背中を丸めて外を歩いて・・・



5分歩いた先にある美容院に行くにも登山するほどの緊張感だった。




「でな・・・。そんな私におばちゃんはこう言ってくれたんだ」




”暗くなってからおいで。髪、切ってあげるから”




光は言われたとおり、夜になってから美容院にやってきた。




(こんな時間なのに灯りが付いてる・・・)



光は不思議に思いながらもそうっと美容院に入った。




”光ちゃん。いらっしゃい・・・”



おばちゃんは笑顔で迎えてくれた。



光はもじもじしながら入っていく・・・。そして鏡の前に
ちょこん、と座った。



けれど幼い光は俯いたまま顔を上げない・・・



「光ちゃん。どうしたの・・・?それじゃあ前髪切れないんだけど・・・」



「ごめんなさい・・・私・・・鏡が怖くて・・・。自分の顔が・・・
怖くて・・・」




小さな背中を丸めて光は訴えた・・・



おばちゃんは黙って光の肩を抱きしめてくれた。



おばちゃんは知っていた。



光の痛みを。



”横山さんの所の光ちゃん・・・。可哀想にねぇ・・・。
顔にあんな火傷負っちゃって・・・。女の子なのに・・・”



”大人になったら嫁の貰い手もないだろうに。本当に
可哀想だねぇ・・・”



そんな近所の主婦達の下世話な会話から光の状況をおばちゃんは
ちゃんと知っていた。




「・・・鏡、しまっちゃおうね。代わりに・・・はい。お月様」




おばちゃんはどこからもってきたのか



魔法使いとうさぎが仲良く黄色の月に座っている絵の
パッチワークの布を持ってきて鏡を覆ってくれた・・・



「おばちゃん・・・」



「光ちゃんはめんこい・・・。だぁれよりもめんこい・・・」



おばちゃんは光の髪を何度も何度も撫でてくれる・・・




(おばちゃんの手は・・・あったかいなぁ・・・)




そのあったかい手は・・・



光の髪を優しく労わるようにカットしてくれて・・・。




「・・・光ちゃん。髪の毛また伸びたら夜に、いつでもおいで・・・
待っとるから・・・」




帰るとき・・・



苺味のキャンディを光の手のひらに2つ・・・くれたんだっけ・・・。





「・・・と。このようなエピソードがあったのである。一恵」



「そうだったんだ・・・」



一恵はそのパッチワークの布を触る・・・



可愛い、魔法使いと月の絵のパッチワーク。




「・・・光ちゃん・・・。このパッチワークはもう必要ない?」


「・・・うん。もう・・・。鏡は平気だよ・・・。でもこのパッチワークは・・・
私の大切なおばちゃんの優しさだよ・・・」




光が好きなキャラクターの魔法使い。魔法使いが活動するのは夜。



その魔法使いが月の椅子に座っていて・・・。



まるで自分みたいだと思った。





「光ちゃん、よかったら、このパッチワークもらってくれないかね?」



「えっ!?いいんですかおばちゃん!?」



「ああ。光ちゃんの美容師の夢への前祝さ。光ちゃん・・・。
頑張るんだよ・・・。でも無理しないで辛いことあったら
いつでもおいでね・・・」



おばちゃんは光の手を握り締めて言った。






しわしわの手だったけれど・・・





光には心をとっても綺麗にする




魔法の手に見えた・・・




そんな幼い頃の思い出・・・。