日曜日。天気も晴れなら、ショッピング街はカップルでにぎわう。 腕を組んで歩くもの。 じゃれあうもの。 それぞれに仲むつまじく・・・。 「えっと・・・。仕入れた物はこれだけか?」 「ああ」 とあるショッピングセンターの駐車場。 メモを見ながら、ダンボール箱を光が車のトランクに乗せている。 「これでよしっと・・・」 「・・・光。ちょっとお茶していこうか。美味しい店知ってるんだ」 「え・・・」 光の顔が一瞬ひきつった。 この繁華街・・・アーケードは人込みであふれている。 カフェには若いカップルが 語り合って座っている・・・ 「あ、ご、ごめん・・・オレ・・・」 「い、いや、いいんだ。気にしないで。ね」 光の優しい柔らかい声のトーン。 自分を傷買ってくれることが晃にはわかる・・・ 「・・・あの・・・。あんまり人が込まないお店ならいいよ。私」 「いいよ。喫茶店だけがお茶できる場所じゃない」 「え?」 晃は財布をポケットに入れて自販機まで走った。 そして珈琲を二本買ってきた。 「光。ドライブしよ。・・誰もいない、二人だけの”喫茶店”まで」 「・・・」 晃の言う、二人だけの喫茶店。 それはどこだろう。 光の心は弾んだが、半分は重かった。 (・・・晃に・・・気を使わせた・・・) 人の視線を気にして晃の誘いに躊躇した。 「光・・・。”オレに気遣わせた”なんて思ってないよな?」 「えっ。あ、い、いやー・・・」 すぐに反応する光の態度にくすっと晃が笑った。 「わ。笑うなよ・・・。あ、晃の方こそ・・・」 「ああ。そうだな。だからおあいこだ。だから、この変な空気は なしだ。いいな?」 「う、うん・・・」 「よし。じゃあ、行こう!」 晃はふっきれたように笑顔でアクセルを踏む・・・ (・・・いいのかな・・・。晃の優しさに甘えて・・・) 海沿いの国道を走る。 赤信号で止まる。隣の車をちらっと光は視線を送った。 可愛い彼女が助手席に乗り、彼氏にお菓子を食べさせている。 (・・・。”普通”の彼女っていうのは・・・。 ああいう女性を言うんだろうな・・・。彼氏のために笑ったりお洒落したり・・・) サイドミラーに写る自分の顔・・・ どんな笑顔に 晃の瞳にはうつっているのだろうか・・・ 自分が笑っても 気味が悪いだけなんじゃないだろうか 想像できない (・・・想う人のために笑う自分なんて・・・) 恋愛は 美人がするから綺麗な物語なわけで・・・ 海の景色が美しい。 それは澄んだブルーだから。灰色の海なんて だれも綺麗だなんて想わない。 「光?」 「あ、いや、ちょっと車に酔ったみたいだ」 「・・・大丈夫か?ドライブインで休もうか?」 「大丈夫!綺麗な景色みたら大分なおったよ」 「もうすぐつくからな」 「うん」 光は窓を開けて空気を吸う。 前髪が風になびいて火傷の痕の部分があらわになろうした。 光は手で押える・・・ (・・・光・・・) ちょっとした仕草も気になる。 光が傷ついていないか 光が嫌がガって居ないか 些細な部分まで気になってしまう・・・ (・・・オレのそういう気遣いが返って・・・光を傷つけるって わかってるのにな・・・) 車の中・・・ 暫くの間・・・ 沈黙が続いた・・・ 「・・・わ・・・わあ・・・」 『白露海岸』 ピンクの夕顔の花が砂浜と陸地の境まで咲き誇る。 夕顔の境界線だ。 「光は花が好きだろ・・・?海の景色よりこっちの方を見せたかった」 「うん・・・朝顔も好きだけど・・・私は夕顔も好きだ・・・」 夜を待つように夕方に咲く花。 人が静かになる夜が好きな光は 夕顔に深い親近感を感じた。 夕顔の花びらをそっと指で触れる光・・・ その横顔を晃は 優しく見つめていた・・・ 「光。飲もう」 「うん」 流木に光と晃が並んで座る。 缶コーヒーの栓を開ける。 「・・・確かに”いい喫茶店”だろ・・・」 「ああ・・・。そうだ。晃。クッキー食べるか?」 光はポケットからもそもそと ビニールのつつみを出した。 「・・・くまのクッキー・・・?」 「うん。友達からもらったんだ。胡桃が入ってて美味しいよ」 ぱりぽり・・・ くまの耳の部分から頬張って食べる。 「・・・ん?何だ?晃・・・」 「いや・・・。なんか・・・愛くるしいなって・・・」 「あ・・・ッ!??」 耳慣れない褒め言葉に光はぽろっとクッキーを零した。 「あ、愛くるしいって・・・。な、なんかびっくりした・・・」 「可笑しい表現だったか?でも日本語だろ?」 「うんまぁ・・・で、でもなんかどうリアクションしていいか・・・(汗)」 「え?じゃあ何?可愛いってって言い直そうか?」 「べッ別にいいよッ。こ、こっぱずかしいからッ」 テレ顔を隠すように 晃に背を向ける光・・・ ”可愛いよ” (きっと・・・普通の女の子なら・・・ 嬉しいって素直に・・・返せるんだろうな・・・) 可愛いなんて形容詞、 自分とは無縁のような気がして 言われても現実感がなく・・・ (・・・彼女・・・か。晃と一緒に・・・街の中を歩く 勇気がないよ。っていうか・・・。晃に悪いよ・・・) 「光。寒くないか」 「いや・・・大丈夫だよ」 だが晃は自分のジャケットを光にかけてくれた 「・・・風邪引くといけないからな」 「あ、ありがとう・・・」 優しくされればされるほど・・・ 戸惑いが増えていく。 笑顔ではなくて 引きつった顔しかできない (分からない・・・普通の彼女って・・・) 「あ・・・カニだよ」 「ホントだ・・・」 小さな沢蟹・・・ 海に向かってちょこちょこ歩いていく 「可愛いな。光」 「えっ。ああ、そうだな・・・」 (そ、そうかか、カニか(汗)) 訳の分からない ドキドキ。 変な勘違いなんかして・・・ 「また・・・。二人こような」 「あー、ああ、うん。カニを見にな」 「・・・ふ。ああ、そうだな。カニを見に・・・」 (・・・。な、なんか滑ったリアクションだったかな(汗)) 夕焼けの海。 静かな砂浜。 ロマンチックな演出は揃っているけれど ”普通の、可愛い彼女” にはなれない。 (・・・まぁ・・・いいか・・・。私は晃の・・・”彼女”じゃ ないのだから・・・) 帰り道・・・ 「・・・光?」 「スー・・・」 苺のキャンディを握ったまま・・・ 助手席の光は 目を閉じていた・・・ 「・・・そうだよな。学校と家事と・・・。 色々背負って・・・」 赤信号で車が止まり、晃は自分のジャケットを光に着せた。 ”助手席っていうのはさ・・・。普通は『彼女』が乗る席だろ。 なのに私が乗ってていいのかな” ドライブ前の光の言葉がよぎる・・・。 「・・・。オレの車の助手席はずっと光の席だよ・・・」 信号が青になり・・・ アクセルを踏む・・・ 車の窓の隙間から 入る風に 光の前髪がなびく。 (・・・光・・・) どんな夢を見ているのだろう・・・ 甘い苺の香りが 切なく薫っていた・・・