シャイン
〜穴の開いた花びら〜
”心の傷”なんて 簡単に言うけれど人によってそれは 深さも痛さも理由も違う。 それを知ることもなく誰が誰を癒せるというのだろう。 30年分の痛みなら 30年分の癒しが必要かもしれない。 忘れたはずの痛みでも いつかよみがえるかもしれない。 人を癒すなど・・・ 簡単ではない・・・
2週間。 何事も無かったかのように他の話題で盛り上がる。 二十歳やそこらになっても 幼稚な攻撃でへこんではいられないと光は自分に言い聞かせてはいるが それでも隣にいる同クラスの生徒たちの腫れ物に触るような 態度は光のこころに影を落とす。 (目的があれば・・・。大丈夫) やり遂げたいことがあれば・・・ 必死に自分の中の勇気に返る。 「本屋でも・・・寄って帰ろう」 気分転換。 転換できるかわからないけれど 本屋に立ち寄る・・・ ファッション雑誌のコーナーで立ち止まる。 (・・・可愛い・・・モデルさんたちだな・・・) 綺麗な目鼻立ちの若い女の子モデル。 今は”読者モデル”という手法が流行っているらしいけれど やっぱり雑誌に載る女の子は可愛い子ばかりだ。 (・・・雑誌どおりになんてなるわけない) こんなひねくれた気持ちになりたくはないけれど・・・ ・・・世の中の価値観に惑わされたくない・・・ パサっと雑誌を置いて本屋をでる光・・・。 舗装された歩道を通り過ぎていく人たち。 みんな、違う顔、違う色の服、髪型をしているのに 一定の基準の価値観に囚われてしまうのだろう。 「あ、すみません駅ビルにエステオープンしたんです。貴方の心と体を 癒します!今なら50%オフで・・・」 スーツ姿の男のキャッチセールスにつかまった光。 光は男のネクタイをぐいっとひっぱり 「うるさいな!!ウン万払って綺麗になればそれでよしなんて 人生、そんなに簡単じゃねぇんだよ!!お前にわかんのか!?あん?? 簡単に人の心なんて癒せるわけねぇだろ!!」 「・・・(汗)わ、わかりません・・・。っていうか ごめんなさい・・・(怯)」 「ふん・・・」 安っぽいセールスに啖呵をぶつけてる自分が・・・ なんだか情けない・・・ (・・・まだまだ私・・・。心の根っこが小さいな・・・) なんだか・・・静かな場所にいきたい気分だ。 「・・・気持ちいい・・・」 光は一人・・・ 河川敷公園に来ていた。 広い芝生。 さまざまな花や植木が植えられて いい香りを人々に届けている・・・ 木目の綺麗なベンチに座って・・・静かな公園を眺める・・・ 犬を散歩させる主婦・・・ 遊具で小さな子供を遊ばせる若い母親・・・ 緩やかな時間が流れているのに・・・ 橋の向こうの街はけたたましく・・・ (不思議だな・・・。心も静かになれる・・・) 綺麗がどうだの、 痩せるがどうだの・・・ 概念から少しだけ離れることが出来る・・・ ”最新のエステであなたの心の体を癒します” (簡単に言うな・・・) ”癒してあげましょう” そんな高みの見物な物に 人の心は簡単に柔らかくはならない。 「わぁ・・・。おばあちゃん、パンジーかわいいねぇ」 「そうねぇ」 4歳くらいの少女とおばあさんが花壇のパンジーをしゃがんでみている。 つんつんと小さな人差し指でパンジーの花びらを つっついて・・・。 微笑ましい光景に 光の心の和む・・・。 「あれ?おばあちゃん、こっちのピンクのパンジー・・・ 穴が・・・」 「あらまぁ。本当だねぇ・・・」 少女が見つけた黄色のパンジーの花びらに穴が開いている。 他のパンジーの花びらより小さく・・・ 「かわいそう・・・。他のお花は綺麗に咲いているのに・・・」 少女が悲しげにいうとおばあさんは首を横に振った。 「かなしくなんかないわよ。このパンジーは」 「え?」 「だって・・・。いっぱい太陽を浴びて元気に咲いているじゃない。 頑張っている人に”かわいそうな人”はいないよ」 「そうか・・・。そうだね。かわいそうなんかじゃないよね」 「花びらの穴のほら・・・。ハート型に見える。お花の模様の一つなのよ」 しわがよったおばあさんの手のひらが その穴の開いたパンジーの花びらをそっとなでた。 「・・・そっか・・・。他と”同じ”じゃなくても素敵なんだね」 「そうよ」 少女とおばあさんは笑顔で散歩を続ける・・・ (・・・。心にしみる言葉・・・。ありがとうございます・・・) たとえ、穴や綻び、他の花たちとは違う部分があったとしても それを”負”としないでありのままで見ている。 見ようとする人もいる・・・ 「・・・綺麗だよ。パンジーも花壇のわきのタンポポもみんな・・・」 見た目だけの愛らしさより 優しい香りと たくましく咲いている力強さに 人は何かを感じる。 「光!」 (あ・・・。晃・・・) ワゴン車を駐車場にとめて、晃が走ってきた。 「今、学校の帰りか?」 「うん・・・」 光の声のトーンが低いことに晃は感づく。 「・・・光・・・。また・・・。何かあったか・・・?」 「ううん・・・。そうじゃなくて・・・。人を和ませるような”綺麗”って いいなぁって思って」 「・・・花?」 光は晃にさっきのおばあさんと少女の話をした。 「・・・いいな。そのおばあさんの台詞・・・」 「うん・・・」 パンジーが揺れる。 ”開いた穴も綺麗の一つ” おばあさんの言葉で喜んでいるように 「・・・オレも・・・。誰かの”ありのまま”を出来るだけ生かす仕事がしたいな」 「・・・ありのまま・・・か・・・」 沢山の人間が街にいる。 ということは沢山の”ありのまま”が在って。 (大きなビルが立つ街には・・・。”ありのまま”の 私を受け入れてくれるところばかりじゃない。けど・・・) 光は立ち上がり背伸びした スー ハー・・・ と大きく深呼吸。 スウッとした冷たく心地いい空気が光の体内を循環していく。 「・・・よし!」 「光・・・?」 「・・・ちょっと正直まだ塞ぎ気味だったけど・・・。もう平気・・・! うじうじ虫は今、追い出したから」 (光・・・) 光はリュックからいつものあの”イチゴキャンディ”を取り出した。 「はい!晃。エネルギー補充!」 「ありがとう」 甘くてやさしい味・・・ 疲れた体をいたわるような・・・ 「晃・・・。私・・まだまだ落ち込むこともあるけど・・・。ゆっくり頑張るから・・・。 応援してくれる・・・か?」 「ああ・・・。応援するにきまってるさ・・・!」 「ありがと・・・」 前向きな光を見るのは晃にとってどんな癒しより 心のエネルギーになる。 「光。少し・・・。公園散歩して帰らないか・・・?」 「え?うん・・・」 二人はゆっくりと”フラワーロード”を歩く・・・ 芝生を囲むようにレンガの道が続いて・・・。 二人は会話をかわすことなく 花の香りを感じながらユックリ・・・ (・・・こうやって・・・光と二人で同じ道を・・・) 晃の気持ちは・・・ 自然に光の手を握っていた・・・ 道の真ん中で一瞬立ち止まり見つめあう・・・ 「・・・」 「・・・」 (・・・嫌・・・だったか・・・?) 晃がそんな視線を送ったら・・・ 光は穏やかに笑って握り返してくれた・・・ そして二人は再び歩き出す・・・ ゆっくりと ゆっくりと・・・ 同じ道を・・・ (ずっと・・・ふたりで・・・) 穴の開いた花びらが・・・ 優しく風に揺られて二人を見送っていた・・・