自意識過剰。
理性では分かっているのに人がおおい街に行くと
通行人全員が私を睨んでいる気がした。
”きっしょくワルッ”
そう言って唾を吐かれている気さえした。
そんなことは起きてないと分かっているのに
ちょっとでも人と目が合ったら
吐き気がわいてくる。
”守らなくちゃ 守らなくちゃ 私のボーダーライン”
心が壊れてしまうボーダーライン。
自意識過剰と言われ様が自分の心の崩壊を防ぐためには
仕方がない。
壊れてしまったら最後。
どん底。
傷つくことが怖いんじゃなくて心が壊れることが怖い。
周囲はソレを”臆病”だとか”自分の殻に閉じこもるな”というけれど
殻が割れたら心の”心臓”が止まってしまう。
体は生きていても心が死んでしまう。
大切な殻。
私の心の殻。
人から見ればただの弱虫なのかもしれないけど
弱い心の殻だからこそ分かる痛みや苦しみもある
それはマイナスじゃない。
プラスになる卵だ。
痛みや苦しみの奥にきっと誰より強い心が宿るはずだから
きっと
きっと・・・
※
街にはいろんな音が溢れている。
不必要で深いな大きな音が特に・・・
バスの中。
光の後ろの座席に女子高生が携帯を見せあいながら
騒いでいる。
「ギャハハハ!!」
「・・・!」
女子高生の笑い声に肩をすくませる光。
さらに。
「〜♪」
「・・・っ」
携帯着信音に心臓がびくっとはねる。
(・・・まだ残ってるなぁ・・・)
些細な音に過敏になっている。
学校での一件があってからなんとなく
昔の恐怖心のかけらがうずきはじめて・・・
(ちょうど・・・あの位の頃)
制服を着ていた時代。
一番辛かった時期の痛み
色んなところで顔を出す・・・。
「・・・」
女子高生達はすれ違いざまに
”くすっ”と笑って
降りていった
(・・・大丈夫。今はも平気・・・平気・・・)
疼く痛みをぎゅっと膝の上の拳に詰め込んで。
今日をがんばる。
(・・・少しだけ・・・。頑張る・・・)
光が窓の外を見た。
(あ・・・)
「よっこらしょおっと」
乗ってきたのは・・・杖をついたおばあさんとおばあさんを手を引く
おじいさん。
乗車券を取って
光の前の座席に座った。
「ばあちゃん、ここに手ぇかけて座って」
「はいはい」
おばあさんの手をとって先に奥におばあさんを座らせる
おじいさん。
(やさしい手だな・・・)
おばあさんのバランスに配慮するように
背中に手を添えて座らせる・・・。
「ばあちゃん、背中、痛くないか?」
「はいはい」
(優しいおじいさんの声だなぁ)
大きな声でもさっきの女子高校生たちの品のない笑い声
とは全然違う。
おばあさんの耳に補聴器が。
耳が遠いらしくおじいさんはおばあさんの耳元で話す。
「ばあちゃん、30分ほど乗っ取るから、ねとっていいぞ」
「はいはい」
おじいさんとおばあさんのやりとり
光は微笑ましく聞いていたのだが・・・。
「ばあちゃん」
「はいはい」
おばあさんたちの前に座っていた男子中学生が
うっとうしそうな顔をして振り返った。
「うっせーな!声、デケんだよ!!」
おじいさんの顔につばがとんだ。
(あ、あのクソガキッ!!)
光は思わず、中学生達に一喝してやろうかと立ち上がったが
「・・・すんません。気ぃつけます」
おじいさんは孫ほどの中学生に会釈をして謝った。
(なんでおじいさんが謝らなきゃいけないんだ・・・)
腹が立ってしょうがない光。
おじいさんの背中が丸く小さく縮めて座って・・・
だがはっとした。
おじいさんがおばあさんの手をぎゅっと握っていることに・・・
「腹立つけどデカイ声出したら・・・。ばあちゃん
起きてしまうからの。ばあちゃん」
(・・・おじいさん・・・)
おじいさんはおばあさんの白髪をそっと撫でた。
(・・・すごい・・・な)
おじいさんの背中は確かに丸くて小さい。
力じゃ中学生達に負けてしまうかもしれない。
でも・・・。
弱くなんてない。
中学生達より数万倍数億倍
強い
強いくてやわらかくて
優しい
魂の人だ・・・。
(・・・すぐ腹を立てて怒るより・・・。
じっと周りを見据える・・・。なんか・・・すごいな・・・)
光はとても
大切なことをおじいさんたちから
教えてもらった気がした・・・。
光がバス停を降りて・・・
空を見上げた。
うろこ雲がオレンジ色の画用紙に浮かんだようで
とてもきれい。
(・・・。私も・・・頑張らなくちゃな)
夕焼けのすがすがしさに
光の家路も足取りが軽く・・・。
だが
クゥー・・・ン
(ん?)
子犬のうめき声が
足元から聞える。
(どこだ?どこからだ?)
クゥウ・・・
かすれ声・・・
だが確かに聞える・・・。
(・・・。ここか!)
道端の用水路。
「ん、ぐぐぐぐ!!!」
重い鉄の柵をぐいっと
ひっぱり光は四つんばいになって溝に顔を突っ込んだ。
くぅぅ・・・。
奥の方に黒い小さな影が動いている。
「子犬が出られなくなったのかな。待ってろ。
今出してあげる」
光はぐっと手を伸ばし、子犬の足をひっぱった。
引っ張りあげた瞬間、
クゥゥンッ
痛そうな声をあげた
「そんなに強くひっぱってない・・・」
(・・・!?)
光は絶句した・・・。
子犬のあまりの姿に・・・
光の両手にのっかるほどに細く小さく・・・
ガタガタ振るえ・・・
鳴く力さえないような
息遣い・・・。
目のふちの毛がこげたようなあとがあり
そこが火傷していて・・・
黄色い膿が出て・・・さらに背中が・・・
背中の真ん中の毛はライターかなにかであぶられたように、
抜け落ちて赤くただれ、
かゆいのか子犬はぺろぺろと背中をなめようとする仕草を
何度もする
明らかに人間の手で痛めつけられたとわかった・・・
「酷い・・・どうして・・・どうして・・・。こんな・・・こんな・・・」
痛々しさに
言葉が詰る・・・。
「酷いよ・・・酷すぎるよ・・・」
子犬は震える体力もないのか光の両手に乗せてもぷらんと
手をぶらさげるだけ・・・
「・・・酷過ぎる・・・。なんで・・・なんで
力の弱いものにあたるんだ・・・あたるんなら電信柱でも蹴ったらいいだろう・・・」
人間のストレスを
どうしてこの子犬が受け止めなきゃいけないんだろう
どうして力が弱い者にいつも
いつもいつもいつも
悪意のしわ寄せがくるんだろう・・・
「・・・ごめんね・・・。ごめんね・・・」
代わりに謝っても
この子犬に植えつけられた恐怖心はとれないだろう。
でも
今出来ることは抱きしめるだけ
この小さな命が途絶えぬように
「ごめんね・・・。私・・・守るから・・・なんでもするから・・・。
だから死んだらだめだよ・・・だめだよ・・・」
光は止まらぬ涙のまま・・・
籐物病院へ走った。
「お願いします!助けて下さい!!」
火傷自体はさほど深くなかったものの
化膿しているため、化膿止めを飲ませ、
体力を付けるために点滴を打たれ・・・
小さな体に細い足に
注射の針が刺される・・・
(痛い・・・)
光は自分が刺されたように感じて・・・
光は一晩子犬に付き添った・・・
翌日。
子犬は背中全体に包帯を巻かれ、
化膿止めを飲ませられて退院させられた。
”どうしますか。飼い主でないなら・・・。
保健所へ引き渡すことになります”
獣医がそういったが光は
”私が引き取ります!!世話も全部します!!”
と言い切って子犬をだっこして家につれて帰った・・・。
「か、かわいそう・・・」
一恵も登代子も子犬の痛々しさに
目をそむけた。
「私がこの子が元気になるまでずっと
看病する」
「学校はどうするのさ」
「・・・学校より子のこの命。
学校の授業は後からでも取り返せるから」
子犬の命は取り返せない
光は自分の部屋に子犬をいれたかごを持ってあがっていった・・・。
「お姉ちゃん・・・」
「・・・こりゃ。家族が一人、増えそうだねぇ・・・」
一恵も登代子も光の気持ちが痛いほど分かる。
・・・傷ついたもの
苦しんでいる心
全てに敏感で自分の中に入れ込んでしまう・・・
「大丈夫・・・。きっと良くなる。良くなるからな・・・」
光は一日中、何度も包帯を飼え、薬を塗り、
子犬に栄養剤をふくませたえさをたべさせた。
「・・・少し・・・赤みがひいてきたな」
火傷の痛みは
光も知っている。
水ぶくれになりさわるとぐちゅぐちゅして
激しい痛みと凍み・・・
「・・・大丈夫だからね・・・」
クゥウン・・・
包帯をとりかえてもとりかえても
黄色い膿か汁がしみこんで
それでも何度も取り替える
取り替える・・・。
その繰り返しで2日経った・・・。
クゥン・・・
「あ・・・やっと飲んでくれた・・・」
ミルクをつけた光の指を
ぺろぺろとなめてくれた。
「・・・そう・・・。飲んで・・・。元気にならなきゃ・・・。
元気になって・・・」
子犬の火傷も痛々しいが・・・。
子犬の心の傷はどうだろう
子犬の心が
心配で
心配で・・・
(私みたいに・・・。ビクビクして・・・。怖い
怖いって思いながら生きて欲しくない・・・)
「ちょっと待ってて・・・。ミルクのお変わりもってくるよ」
光が立ち上がり部屋から出ようとすると・・・
クゥウン・・・
子犬は籠からヨロっと落ちて・・・
ヨロヨロしながら光を追いかけた・・・
「ど、どうしたの・・・!?どっか痛いのか!?」
光のジーンズの裾をがじがじと噛む・・・
クゥン・・・
クゥン・・・
なんとも寂しそうな声で鳴いて・・・
「・・・」
”怖いよ・・・”
”痛いよ・・・”
クゥン・・・
”誰か助けてよ・・・”
”怖いよ 怖い怖い怖い・・・”
光の思い込みかもしれない
でも・・・
”怖いよー・・・お母さん怖いよー・・・”
クゥン・・・クゥン・・・
”一人は怖いよ・・・痛いよ・・・。誰か助けて・・・”
そう・・・
光の耳には聞える・・・。
まるで・・・
中学時代、部屋の押入れに閉じこもって
がたがた震えていた自分の声に重なった・・・
「怖くないよ怖くないよ・・・もうここには・・・お前を
いじめるやついない・・・だから怖くないよ・・・」
白い布でそっと子犬を包んで・・・
両手でぎゅっと抱きしめる・・・。
自分がそうしてほしかった
”お前の顔見てると給食まずくなる”
”ゲロ吐く 顔、向けんなクソ女”
言われた言葉の痛みから
クラス全員で無視されたショックから
逃れるために
誰かに助けて欲しかった
抱きしめて欲しかった・・・
・・・守って欲しかった・・・
「・・・大丈夫・・・お前はもう大丈夫・・・
痛くないよ・・・。怖くないよ・・・」
光は子犬を何時間も
何時間も
抱きしめて
撫でて
声をかけ続けた・・・。
2週間が経った。
子犬の火傷の部分も大分タダレもなくなり
水ぶくれもやぶれて新しい皮膚が張ってきた。
でも・・・
焼かれた部分の毛は見事にはえてこず・・・
火傷の跡は生々しくリアルに残った・・・。
「これじゃあ・・・またかわかわれるね・・・」
どこかの悪ガキに笑われるかもしれない。
そんな不安が過ぎった。
お散歩につれていってあげたい。
(そうだ!)
光は押入れからアップリケの布を取り出して型をとった。
「待ってて。今、とっておきの可愛いの、作るから!」
久しぶりにミシンにてをかけた。
ガガガガ!
2時間ほどで光はそれをつくりあげた。
「・・・うーん。よし!サイズもぴったり似合ってる」
子犬背中の火傷の部分が丁度隠れるような
小さなチョッキを光は作った。
小さな手足もちゃんと通る穴もあって着替えもできる。
火傷の部分がかぶれないようにその部分は通気性のいい生地を
裏から縫いました。
模様に光の大好きなミッキーマウスの顔を刺繍しました。
子犬にそっと着せる光・・・
「どう・・・?きつかったり大丈夫か?」
子犬は最初は少しなれないものを着せられて
もがいたが
あったかいのかしばらくすると着たままちょこちょこ
歩き出した。
「ごねんな・・・。私ができることってこの位だ・・・」
クゥン・・・
「・・・もっと元気になったら・・・。人が少ない広い
川原へ行こう!一緒に散歩しような」
光が頭を撫でると
子犬は嬉しそうに頭をこすりつけてきた
「よかった・・・。承知してくれて・・・」
小さな温もり
少し目のふちもただれているけど・・・
きらきらした目・・
「やさしいめしてるね・・・」
痛い想いをした分
きっと
誰より”痛み”の辛さがわかる
相手の痛みも自分の痛みとして・・・
理解する心を持っているから・・・
(そうだ・・・この子の名前・・・)
名前がなくちゃ
この子の命の名前・・・
光はこの子犬に出会った一日のことを思い出す・・・
バスの中では
耳の遠いおばあさんを気遣うおじいさんの
優しさに出会い
そしてこの子に出会った・・・
どちらも
強い”力”はないかもしれない
でも・・・おばあさんとおじいさんからも
この子犬からも
落ち込みかけてた自分に希望をくれた。
だから他の人にもきっと
小さな体で
伝えてくれる。
「希望・・・。ホープ・・・。うん・・・。ホープ・・・。
君はホープだよ・・・」
光に応えるように
ホープはペロっと
光の頬をなめた・・・
「よかった。気に入ってくれたんだな」
小さな体で
抱える痛み
人はソレを見て”痛々しい””かわいそう”
最初はそう思うだろう。
でも・・・
ホープのやさしい目をみたらきっと
違う何かが伝わるはず・・・
ホープのぬくもりが・・・
(・・・弱くなんかない・・・。弱くなんかない・・・)
喧嘩をする力はなくても
若くなくても
言い返す言葉をしらなくても
弱くなんかない・・・
おじいいさんもおばあさんも
ホープも・・・
(・・・辛い何かを抱えているから・・・。だれより
優しくなれるんだ・・・)
「ホープ、明日・・・お散歩行こうな・・・。
おひさまに当たりに行こうな・・・」
お日様から
あったかい光りをもらって・・・
頑張ろう
自分の出来る範囲でいいから
少しだけ強くなろう
少しだけ・・・
私の交通手段の主はバスなのですが
結構色んな人や光景に出くわします。
おじいさんとおばあさんはフィクションですが、元なったというか
私が見かけたご夫婦をモデルにしました。
バスに乗るとき、いまだにうちの地方のバスは低い床は少ないのです。
っていうかバスの本数自体が少なくて困ってます。
車社会過ぎる・・・。気がします。
スーパーもデパートもみんな車をもっている人を見込んで遠い市街地に沢山出来て
街の中はがらんとして。
突然、街の中に在った大きな病院が移転して山の方に出来てしまったら
車を持たない私やお年寄りさんたちはすごく困る。
そのおじいさんが病院へ行くかはわからないのですが、
おじいさんが「ばあちゃん、手、掴まってな」とおばあさんの手を
ひいて上がらせてあげていた光景が心に残りました。
なんでもない風景なのですが、おじいさんの手つきが
優しげでいいなって。
あと子犬のエピもフィクションなのですが、
テレビで保健所に送られてきた捨て犬達の里親を探すイベントの特集をしていました。
そこでは子犬や若い犬、今、人気の種の犬たちは
どんどん新しい飼い主が見つかるのですが老いた犬や、体の弱い犬
だったり何かしら少し厳しい状況の犬たちが新しい飼い主がなかなか
見つからないそうです。
・・・人間の勝手さがなんか感じられて。
可愛い、愛らしい、この犬ならうちに懐きそう
そんな都合のいいことで、差別されるなんて。
人間の癒しやストレスに合わせて犬の人生が左右されるって
なんか変ですよね。
まして苛苛してるからって力のない者で解消するなんて。
・・・長々とまた語ってしまいました。ちょっと悪い癖ですがご容赦くださいね(汗)