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シャイン
〜不器用な魔法使い〜
『人は恋をすると綺麗になる』



「・・・へぇ。そうなんですかねぇ。私はあんたの
会社が客のお金に恋してるようにみえるが」



今、流行のエステのCMのうたい文句を醒めた顔で見ている光。




今日は日曜日。久しぶりに家に一人きり・・・。



母も近所の友人と人気芝居劇を見に行き・・・。


妹の一恵はCMのエステの無料体験に・・・。




(あーあ・・・私は一人家で試験勉強かぁ・・・)




もうすぐ試験・・・。



この試験が合格すれば資格がもらえる。




”認められる”




光にとってこの言葉にあこがれずには居られない。




自分の力で認められる





自信がつく。傲慢なプライドじゃなくて・・・



自分を信じられる”力”がつく・・・。





それに・・・



チリ・・・。



光はライトに結んである鈴を見つめた。




”合格祈願”




二人でお寺で買った・・・。




応援してくれる人がいる・・・。




(晃・・・。私、頑張るよ)



鈴を優しく見つめる光・・・。




”人は恋をすれば綺麗になる・・・”




CMのフレーズが流れる。





(・・・)



光は鈴に映る自分の顔にはっと我に返る・・・。




心は優しい気持ちに慣れても



その自分の顔は・・・。




(・・・。現実に引き戻すなよ・・・)






「さーて。勉強勉強っと」




頬を叩いて気を取り直す光。





ジリリリリ。



横山家の黒電話がなる。




(このけたたましいベルの鳴り方・・・。一恵だな)


「はい。もしもしー?」




相手はやはり一恵。




「・・・な、なにぃ!??財布わすれただとーー!??」



イベント会場から電話している一恵。


財布を忘れたので持ってきてくれという・・・。





(・・・人がわんさかいる・・・。しかもショッピングプラザの
イベント会場なんて・・・)




想像しただけでも人の黒い人の頭の塊が浮かんで・・・。




(一恵の奴め・・・。今日の夜締めたる・・・)





だがたった一人の妹が困っている。



無視は出来ない。





光は少し不安になりつつも一恵の財布を持って



イベントが行われているファッションビルへ・・・。




(うわ・・・。流石に日曜日だな・・・)



親子連れ、カップル・・・。


老若男女人でごったがえしている。




(ああ・・・。やっぱりまだちょっと・・・)



帽子とメガネを装着。




(人込みの方が逆に目立たないってとも言えるんだけど・・・)






光は2階のイベント広場へとエスカレーターであがった。




(うわっ・・・)




20畳程のステージを数百人のお客が囲んでいる。




『○エステ株式会社創立20年記念イベント』



大々的な垂れ幕が3階から下ろされて・・・。



まるでどこかのホテルの大広間でパーティーが行われているよう・・・



いくつものテーブルに軽食が用意され





(ああ。こんなに沢山の中じゃどこに一恵がいるか・・・)




光は少し背伸びして探してみる。




(ん・・・?)



ステージに見覚えのあるシルエット・・・。



(か、一恵・・・!?)




ステージには髪を下ろした若い女性が数人


椅子に座り後ろには美容師と思われる若者達が並んでいた。




さらに・・・。



(なんで晃が・・・)




一恵の後ろに立っていたのは晃。



司会者らしき綺麗な女性がマイクを持って盛り上げる。








「ここにいる我が社の自慢のスタッフ達です。
3人とも○杯若手美容師コンテスト連覇の実力者達ばかり・・・。
さぁ、お客様達が素敵な女性に生まれ変わる様をとくとご覧ください」







まるでマジックショーのような
うたい文句と同時に晃たちのカットが始まった。






(・・・なんで晃が・・・というかよりにも寄って一恵
のカットって・・・(汗))




光はただ、傍観するしかなく・・・。





「どのスタッフも某有名人からご氏名を受けるほどの人気スタッフ・・・。
実力も本物です」




(・・・。そうだったのか。知らなかったな・・・)




考えてみたら



晃はつい1年前までは雑誌で騒がれたほど人気者だった。






真剣な眼差しで髪に鋏がはいってく。





ちょっとベタな司会者の言葉もまんざら嘘ではなく、
器用にハサミが髪にはいっていく・・・



3人の中で晃の手つきのよさは素人にも分かって・・・




(・・・私と一緒に仕事してるなんて・・・。信じられない気がしてきた・・・)





一緒にいて気がつかなかった。




晃の実力と才能。




(・・・、選ばれた人・・・だったんだな・・・)





沢山の人たちの注目の中で生きていく人間。





ステージは目の前なのに・・・


少しだけ晃が光には遠く感じられた・・・。







別人に見えた・・・








(晃・・・)






晃の見事なカットに気をとられていた光るだが。




(・・・って・・・。とりあえずどうやって財布を
一恵に渡そうかな・・・)




光は一旦、人の輪の中から出て、
ステージの裏側へ・・・。



(ん・・・?)



きょろきょろ辺りを見回すとエステ会社のキャラクターの着ぐるみが・・・。




”人に魔法と喜びを与える魔法使いのジュディちゃん”




「・・・」






光は思いついたようにその着ぐるみをこっそり着てみた。




(うう・・・。お、顔が重い(汗))




これでどさくさにまぎれて一恵になんとかわたそうと考え付いたのだが。






「あ、いたいた。そろそろ出番だよ。バイト君」



(ば、バイトくん?!?)



エステ会社の社員が着ぐるみをきたままの光をぐいっとステージへ連れて行く。





(ちょ、ちょい、待った!!なんて展開だ(汗))





「モデルを買ってでてくれたお客様と美容師に一人一人に花束を渡してね。
そして最後ににっこり”ジュディスマイル”」




(ジュディスマイル??な、なんじゃそりゃ)


「さ。行ってらっしゃい!!」



(わっ)



花束3つ持たされ背中を押されて・・・。
ステージに飛び出した・・・。




「さぁあ。我が社”マスコットガール”のジュディちゃんから
お客様への感謝の印として花束を渡してもらいます」




ワーッとお客から拍手が・・・。




(お、おおいッ・・・)




光、もう逃げ場なし・・・。





(え、ええいッ仕方ない!わたしゃいんだろッ)



やけくそ。光。花束をお客にわたしていく。



そして最後に晃と一恵の前に・・・。




(・・・そ、そうだ。今だ・・・)




光はそっと花束に隠して一緒に財布を一恵に手渡す





「・・・!?」



一恵は一瞬、びっくりしてじっと着ぐるみの光を見た。



(シーッ。一恵、シーだぞッ)



人差し指を立てて必死に伝える光。




「ではジュディちゃん、いつもの決め台詞で締めくくっていただきましょう♪」



(え!??き、きめ台詞って何だッ!??)




再びお客の目が光に・・。



慌てる光にそっと一恵が耳打ち・・・。




”お、お姉ちゃん、し、CMでやってるやつだよッ”



(し、CM!??)




「あらら。どうしちゃったんでしょうか。ジュディちゃん」




司会者の声が追い討ちをかける。




(だぁああッ!!もう知らねぇッ!!!)





光、もう本当にやけっぱちで・・・。





「じゃんかじゃかじゃか・・・。ホイッ」



若手タレントのギャグを披露してしまった・・・。





(・・・。穴があったら入ってもぐって縮こまりたい・・・)




シーン・・・。





とってもとってもさむーい空気が・・・。





「あ、はははは(汗)ジュディちゃんはランガールズのファンなのかなぁ〜。
で、では皆さん、もう一度拍手ーーー」




司会者にお客は無理やりに拍手を促され・・・。




こうしてイベントは幕を閉じた・・・。




「おいっ。こら。誰が寒いギャグやれって言ったよ!?」



ステージ裏でイベント進行係のスタッフが怒鳴る。



(・・・なんで私は妹の忘れ物届けに来て
恥ずかしい思いして怒鳴られてるんだ・・・(汗))





どっと恥ずかしさと疲れが光を包んでいた。




「バイト代、なしって思えよな!ったくー・・・」




スタッフは苛苛しながら立ち去る。




(はー。早くかえろ・・・。つーか帰ったら一恵に
一発食らわさねば・・・)



と思っていると・・・。




「お疲れ様。はい」



(あ、晃・・・)



振り返ると晃が缶ジュースを差し出して立っていた。



(ま、まままままさか私ってばれたか!??)




恥ずかしいギャグを大勢の前でかましてしまったのに・・・。




「あんた、どっかの支店の見習いかなにかか?」



ぶんぶんと顔を縦に振る光。



(・・・よ。よかった。ばれてないようだ)



「全く・・・。くだらないショーだよな・・・。商売根性丸出しの見世物だ・・・。
って参加した俺が言う台詞でもないか・・・」




「・・・」



「・・・でも俺の恩師がこの会社の創立者なんだ・・・。
社内でちょっと孤立してて・・・。断れなかった・・・」




自分の知らない晃の事情を垣間見えて・・・。



やっぱり少し晃を遠く感じる光。





「あ、ごめん。あんたに話すことじゃないな。でもあんたは
俺みたいになるなよ・・・?自分の仕事には信念だけはなくさないで」




光はぶんぶんと首を縦に振った。




(晃だってもってるじゃないか・・・。信念)



そう晃に伝えたかった・・・。






「ふふ。でもさっきのギャグ、可愛かったぜ?ふふ。
あのギャグのタレント、オレの知ってる娘、すごくファンなんだ」





(・・・あ、晃・・・(照))





着ぐるみの中で照れております。




そこへ・・・


「真柴さん」




「・・・一恵さん・・・」


(か、一恵・・・っ)


さらに一恵まで登場。



(ば、ばらすんじゃないぞ・・・。分かってるよな)




焦る光・・・。




「真柴さん。カットありがとうございました。
流石ですよね」




「いや・・・。あの、気に入ってもらえたならいいんだけど・・・」





まだ晃に対してどこか刺々しい態度の一恵。




晃も緊張気味で話す・・・。





「お姉ちゃんの言っていた通り・・・。真柴さんは美容師として一流だって
思いました」




「いやそんなことは・・・」




「・・・お姉ちゃん、いつも誉めてるんですよ。真柴さんは人の心も綺麗に
するって」




「・・・大げさだよ。でも光がそう思ってくれるなら嬉しいな」




少し頬を染める晃。




着ぐるみの中の光も頬を染めている。





「真柴さんはきっともっと人に注目される・・・。選ばれた人なんだって
私、思いました」




「選ばれてなんて・・・」





「でも・・・。お姉ちゃんが真柴さんを”選ぶ”とは限りません・・・。
恋愛対象としても仕事のパートナーとしても・・・」





(な、何言い出すんだ・・・)



風向きが少しシリアスになってきた。



一恵が晃に何を言おうとしているのか不安になる。






「・・・確かにそうだ・・・。お姉さんが・・・オレのことどう思ってるかわからない・・・」





「姉のどこが好きですか?本心を聞かせてください」




直球で晃に尋ねる一恵・・・。





(一恵、お前・・・なんちゅうことを・・・ってか何処が好きって
なんかけなされてるような(汗))




着ぐるみの中の光は驚きながらも・・・




晃の言葉に心がひきつけられて・・・。








「・・・姉のことを・・・好きですか?」





「好きです・・・。とても・・・」









(・・・晃・・・)







初めてだった。




晃の想いは側にいて感じてはいたけれど



こんなにはっきりと言葉に出して聞いたのは・・・。





胸が熱くなる・・・。





(暑いのは着ぐるみのせいだッ。そうなんだって!)



と、ごまかしてはいるが(笑)






「・・・どのくらい好きなんですか・・・。生
半可な”罪悪感”なら私・・・納得できません!」




追求の手を緩めない一恵。





(もういいって。一恵))





「・・・。罪悪感がないかったっていったら嘘になる・・・でも・・・。
・・・信じて欲しい・・・。オレは・・・お姉さんへの想いは本当です」







「どのくら”本当”ですか?」





(お前は刑事か・・・(汗))









「・・・。死ぬほど・・・。好きだよ」









(・・・あ、晃・・・)







着ぐるみの中の光・・・。






ドキドキが止まらず・・・






(べ、別にときめいてるわけじゃッ。
だ、だから暑いだけだってばッ)





と・・・見えない誰かに弁明して。








「真柴さんの気持ちは分かりました・・・。でも・・・。
姉は・・・多分自分は恋愛なんてしちゃいけないって思ってます。
自分みたいな人間は・・・って・・・」





「・・・」






「姉の心の凝り固まったコンプレックスは半端じゃないです。
甘い言葉や態度なんかじゃ壊れません。それが解けるのを・・・。待てますか?」




「待つ・・・待っていいっていうならいつまでも・・・」






(晃・・・)





「・・・そうですか・・・」







「一恵さん・・・」





一恵は少し俯いてから晃をじっと見つめた。





「真柴さん。私は姉が貴方を信じているなら私も貴方を信じます。
でも・・・。貴方と姉は・・・進むべき道が違うような気がしてならない」




「え・・・?」






「貴方は選ばれた人・・・。才能のある・・・。きっと姉は・・・
そのことに気がつくでしょう」





(一恵・・・)





一恵の言葉が



光の心に図星だ・・・と突き刺さる。




ステージで見事なカットを目の辺りにして・・・





(晃は・・・。私なんかよりずっと・・・)




「・・・。言ってる意味が・・・」




「”自分と真柴さんは居る世界が違う”そう思ったよね。そこのジェニーちゃん」








一恵と晃が後ろを振り向くと・・・





(お、お姉ちゃん、と、逃亡したなッ)



「ジュディちゃんて・・・あのバイト君が何か・・・」




「中身は姉です」



「え!??光が・・・?」



晃は辺りを見回した。




「真柴さん・・・。貴方の姉へ気持ちはわかりました。
でも・・・。姉が・・・。帽子とメガネとマスク
を持たないと外出できなくなったって現実を忘れないでください」




「一恵さん・・・」




「妹の忘れ物届けるために着ぐるみ着て、大勢の人前で
寒いギャグかましちゃうような不器用な姉ですけど・・・。
私は大好きなんです」






「・・・」





「じゃあ・・・。失礼します」





一恵は一礼して立ち去った・・・。





(・・・光・・・)




晃は着ぐるみの光を探す。



イベントの舞台セットを片付けているスタッフに聞く。




「あの・・・っ。着ぐるみのバイトの子はどこいった!??」



「ああ・・・。さっき裏口から出て行ったような・・・」




晃はファッションビルの裏口へと走った。





「光!!」



バタン!裏口のドアを開けると・・・




(あ・・・)




着ぐるみが倉庫の前にきちんとたたまれ



光の姿はなかった・・・。





(光・・・)





どんな気持ちで・・・。



見ていたのだろう。




”きっと姉は真柴さんと自分は違う世界の人間だって・・・
そう思ったはずです”




(・・・そんな・・・。そんなことはないよ・・・。光)






綺麗にたたまれた”魔法使いのジュディ”の着ぐるみ・・・。






まるで光の心の抜け殻のように見える。





”私と晃は違うんだね”




と言っているように見えた・・・。










それから三日後。



光はいつもどおりに元気に晃の家に向かった。


「ういーっす。晃」



「光・・・」



「明日さ。山野さんちのおばあちゃんのとこの予約、
はいってたよな。準備、しとかなきゃ」




道具を用意し始める光。





「・・・光。昨日・・・。妹さんに会ったんだ」



「うん。聞いた聞いた。まさか晃が一恵の髪をせっとするなんて・・・」




「・・・妹さんと話もした・・・」





「・・・そ、そうか・・・あいつのことだから。小生意気な
こといったんだろ。ごめんな」





光は晃の言葉から逃げるように



台所へ・・・。





「・・・話をしていた側に・・・。ちょっと不器用な魔法使いがいたんだ」



「え?」




「妹さんのために苦手な人込みの中を・・・忘れ物とどけに来た
魔法使い」





光は皿を洗剤で洗いながら聞く・・・。



「・・・へ、へぇ・・・」






「魔法使いの前で言ったことは全部本心だ・・・」





”死ぬほど・・・好きだよ”




晃の言葉を思い出したら・・・




自然に頬が火照ってきた・・・。






「光・・・。俺と光は違う世界の人間なんかじゃない・・・。
何も代わらないよ」





「・・・」







晃のあの綺麗な手の動き・・・




沢山の人の中で注目され・・・。







晃が輝いて見えた






「・・・それで・・・。その魔法使いはどうしたんだ・・・?」





「・・・黙って帰ったよ・・・。俺は・・・魔法使いが
どう思ったのかなって・・・。気になって仕方ないんだけどな・・・」






切ない視線を光に送る晃・・・。





「・・・。その魔法使いはさ・・・。不器用だから・・・
照れくさくて先に帰ったんだと思うよ・・・」





「え・・・?」







「ただ・・・。照れくさかっただけだったって・・・」





(光・・・)






少し頬を染める光。






くすぐったい空気が流れて・・・。





「・・・。光・・・オレ・・・」





「さ、さーてと。私、買出しに行ってくる。じゃあねっ」





くすぐったい雰囲気に耐えられない。


光は財布を持って家を出た・・・。





(光・・・)





”姉は多分、真柴さんと自分は違う世界の人間だって
思ったと思います”




一恵の言ったとおり光が感じたとしたら・・・。




(違う世界の人間なんかじゃない。俺と光は・・・)





距離感を持ってほしくない。





やっと・・・



光に近づけたと思ったのに・・・。






切ない想いが溢れる晃だった・・・。




一方・・・。




(用もないのにコンビニに来てしまった)



雑誌コーナーにぽつんと立ち尽くす光。






女子高生達がファッション雑誌をめくって楽しそうに
話している。



(・・・。初々しいな・・・。肌も綺麗だ)



お洒落に夢中な年頃で・・・。



それを楽しむ余裕がある。



とても幸せなことだ。





「ねぇねぇ。この間○○エステのイベント行ったんだけどさ。
チョーイケテる人みつけちゃった」



(・・・も、もしや・・・)



「真柴晃って人ー。私、あの人が勤めてた美容院行ったんだけど
もうやめたんだって。残念ー・・・」




(・・・やっぱり晃だったか(汗))




光はこそっと菓子の棚に身を潜めて女子高生達の会話を聞く。




「あーあ。いいなぁ。あの人またどっかのお店に
復活しないかなー・・・」




(・・・。晃はやっぱり凄いよ・・・)




誰かに支持される。


誰かに認められている・・・



自分には縁が無いことが晃にはある・・・





(・・・晃には・・・未来があるんだな・・・)




光はいちごキャンディ一袋だけ買ってコンビニを出た。



ひとつだけ食べる・・・。




(・・・なんかほろ苦い・・・)


・・・甘いはずのキャンディが少しだけ



苦く感じたのだった・・・