シャイン
〜解放〜
(・・・綺麗な・・人だな・・・) 居間。畳の部屋で、座布団に向き合って座る晃と愛美。 小さな卓袱台の上に何枚もの書類らしい紙が、垣根越しに光からみえた。 (・・・。お似合いだな・・・。ドラマの俳優さんたちみたいだ。って 今はそういうことじゃなくて晃の家の問題だ) 「・・・この土地を買い上げれば何の問題もないでしょ? 私、支部長にかけあってみる」 「・・・馬鹿か。お前は。誰がこんな古い家買うっていうんだ」 「丁度ね。この近くに新しいテナントが入る予定なの。その 駐車場候補の土地をさがしてるって・・・」 バサッ。 晃は愛美が持ってきた書類を突っ返した。 「ぶざけるなよ・・・。ばあちゃんの土地を駐車場だなんて・・・。 それにこれはオレの家の問題だお前にも会社にも関係ない。 帰れ」 襖の戸をあけて、出て行けと催促・・・ 「晃・・・」 (んな!??) 愛美はなんとも切なそうな声を出して晃のワイシャツに頬を寄せた。 (な、なんか・・・。昼ドラみてる主婦の気分・・・(汗)) 目の前で繰り広げられる空気に現実味を感じない光。 「私・・・。貴方の力になりたいのよ。貴方のために・・・」 潤んだ瞳で晃を見上げる・・・ (・・・。じょ、女優になれるんじゃないか?あの人・・・) 「余計なお世話だ。帰れ・・・!!」 冷たく愛美を突き放す晃。 (・・・私には・・・。あーいうシチュエーションできないなぁ・・・。 美男美女だから映えるんだ・・・。それに・・・。私には何もできない) 分けの分からない虚無感。 ポケットに入れた預金通帳の残高を見て 光はただ・・・ 無力な自分を思い知らされる・・・。 「・・・。強情ね・・・。でも何か在ったら・・・連絡してね。 待ってる・・・」 (・・・わわっ。出てきたッ。やべッ) 玄関から愛美が出てきて光は慌てて、晃の隣の家の白い車と塀の間に 体を狭めて隠れた。 ブロロロ・・・。 黄色のスポーツカーが走り去っていく。 (・・・。去り際も女優っぽいっていうかなんていうか(汗)) キャラクターが有りすぎて・・・ (劣等感以前の話だな・・・) ”晃・・・” あんなに切ない、女性らしい声がどうしてだせるのか。 同じ人間だけど、きっと根っこから違うのだろう。 違う人間ならば、同じことが出来なくたって当たり前。 ・・・と自分を少しだけ擁護してみてもいいだろうか。 (・・・でも・・・。晃の力になれない自分が悔しい・・・。 お金のことだけじゃなくても・・・) 晃が慕っていた祖母の家。なんとか守れないか。 光は必死に考えた。 ・・・塀と車の間に挟まったまま。 「ちょっとアンタ、人ンちで何やってんのさ」 「え・・・」 細い塀と車の間。 (う、動けない・・・。はずれない・・・(汗)) 隣の家の住人に泥棒扱いされかかった光だった・・・。
「光さん。お時間つくってくださいますか」 その電話は突然かかってきた。 愛美からだ。 (・・・何の話だろう) 指定された場所に行ってみる。 ・・・普段着のまま。 少し落ち着いた趣の喫茶店。 というかかなりレトロで雰囲気のある老舗の喫茶店。 (・・・。セレブの主婦が午後のひと時を過ごすような空間・・・(汗)) トレーナーにジーンズでスニーカー姿の光は明らかに ミスマッチ。 とりあえず何もしないのも落ち着かないのでメニューを 開く。 ブレンド珈琲 630円 (・・・(汗)た、高い・・・。スーパーの特売でインスタント珈琲、2つは買えるな) カラン。 香水の匂いと共に愛美はやってきた。 「お。愛美ちゃんいらっしゃい」 「こんにちは。おじさま」 (お、おじさま!?久しぶりに聞くぞお嬢様用語・・・) 光の思考回路はとにかくなれない環境で自分を落ち着かせるため 一人、実況中継者が生まれた。 「ごめんなさい。遅くなって」 「い、いえ滅相もごじゃりませんっ」 緊張のあまり妙な日本語になるのは体質です。 窓際に向かいって座る光と愛美。 (・・・旗から見たら・・・。ゆりの花と腐った雑草みたいな ギャップだろうな・・・(汗)) 比較する以前の話だろうと・・・。光の中の悪い、マイナス思考虫が 周囲の視線を気にさせる。 光と愛美はアイス珈琲を頼む。 「お待ちどうさまでした」 愛美はすっとストローを紙袋からはがしグラスにさして 静かに口に含む・・・。流れるような動作が・・・ (上品なのみ方・・・) 光は一瞬見惚れた。 (って・・・。変だと思われる) 「・・・光さん。晃と一緒に仕事してて・・・楽しい?」 「えっ。ええ、はい・・・。私なんてただのまだ助手みたいな ものなんですがすごく楽しいです」 「そうですか・・・。晃もそう言ってました。今が一番 充実しているって・・・」 切なそうに遠く見つめる瞳は・・・ (・・・。この人・・・。晃のこと・・・) 光にそう察しさせた。 「・・・あの・・・。それでお話っていうのは・・・」 「・・・。単刀直入に言います。晃をアメリカに連れて行きたいんです」 「あ、アメリカ!??」 本当に単刀直入で突飛な話で光はかなり大声を上げて驚いてしまった。 「す、すみません。地声でかくて・・・」 「いえ・・・。今、晃の恩師がアメリカに居て・・・。 そこで事業をしてるんです。 「・・・そうなんですか」 愛美は深く頷く・・・。 カラン・・・ アイス珈琲の中の氷がとけて・・・。 「でも今の晃は・・・。光さんとはじめた仕事が 大切だって・・・断られたわ。即答だった・・・」 「・・・」 「・・・”仕事”というより・・・。光さんと離れたくない・・・ その想いでいっぱいなのね・・・」 「・・・」 優しげな言い方だが・・・遠まわしに 感じる。言葉の節々から 嫉妬というなの気持ちの欠片が・・・。 「・・・光さんはどう思われますか・・・?晃を必要としている 人がいて・・・。晃にとっても才能を伸ばすいいチャンスになる・・・」 「・・・私は・・・。あのその・・・」 「曖昧なんですね」 「え?」 突然声のトーンが変わった。 「晃は・・・ずっと長い間貴方のことで悩んで・・・苦しんできた。 自分は幸せになっちゃいけない、それほどに貴方のことでいっぱいなのに。 貴方は曖昧すぎる・・・」 「・・・」 「ずるいです・・・。晃の人生を・・・左右するほどの 存在だって気がつかないんですか?晃の全ては貴方なのに・・・?」 「・・・」 美しい人が・・・ 声を荒げて光に訴える・・・。 (本当に晃のことが・・・好きなんだ・・・) これはドラマでもなく女優でもなく 現実。 愛美の本当の真摯な気持ち。 (自分は晃に何も出来ないんじゃないか) そんなことで悩んでいた自分がちっぽけに思えた。 「・・・ごめんなさい・・・。貴方を責める資格・・・。私には ないのかもしれない・・・。でも・・・。晃の才能を・・・埋もらせたくないの・・・」 「・・・」 涙まで流して・・・訴える・・・。 嫌な女になろうとも好きな人のために・・・ (きれいな・・・涙だな・・・。私には流せない・・・) 愛美の頬を伝う涙が 光には澄んで見えた・・・ 「光さん。晃を・・・。晃を解放してあげてください」 「解・・・放・・・?」 「・・・晃が生きていく軸が・・・。光さん貴方そのもの、なんです・・・。 強い罪悪感と・・・そして想いと・・・がんじがらめになってる・・・」 (・・・) 「すごく失礼なこと言ってるってわかってます・・・。 でも・・・。お願いします・・・!」 愛美は土下座して光に頼む。 「ちょ、ちょっと愛美さんっ、やめてください」 他の客達が注目する。 光は愛美の腕をつかんで椅子に座らせた。 「・・・。こんな言い方は 卑怯かもしれないけれど・・・。私なら晃の可能性を伸ばせる。 借金のことも・・・」 「・・・」 「貴方が晃を解放してくれるなら・・・。経済的に晃を支援することを お約束しますから・・・!」 無言の圧力を かけられたよう・・・。 (・・・晃の将来・・・。おばあさんの家・・・) 「・・・私・・・。晃にはとても感謝しています」 「え?」 「晃のおかげで・・・。私は自分に自信がもてるようになった・・・。 大げさだけど私にとっては奇跡なんです・・・」 「光さん・・・」 「少し・・・。時間を下さい」 光はそれしか言えなかった・・・。 一方晃は・・・。 (やっぱり駄目か・・・) 金策はほとんどめどが立たず・・・。 さらに再び恩師から届いたエアメールに悩まされていた。 恩師の病状が深刻だという・・・。 (・・・花岡先生・・・) 頭を抱え込む晃だった・・・。