シャイン
5日曜日・・・。 光は”ビューティサロン・シャイン”にきていた。 野球帽を深くかぶり・・・ 日曜日とあって、若い女性達が午前中から 何人も髪を整えに来ている。 (・・・。入りにくいな・・・) 入り口の前をうろうろしている光。 「あの・・・。何か御用でしょうか?」 不審に思った店員が光に尋ねた。 光はとっさに野球帽を深くかぶりなおした。 「あ・・・あの・・・。こちらの美容師の真柴さんは・・・」 「真柴は先週付けでやめました」 「え・・・!?」 先週といえば・・・ ちょうど光と晃が別れた日だ 「ど、どうして・・・」 「私共も驚いてるんです。理由もいわずに・・・。人気ナンバーワンの 美容師でしたからね。引き止めたかったのに、ふっと寮からも 消えたんです」 「・・・」 (も・・・もしかして私のせい・・・かな) 晃の厚意を突っぱねたから・・・ 「あの。貴方、真柴のお知り合いかなにかですか?」 「い、いえ・・・。た、ただの知り合いで・・・」 「もし、真柴に会ったら伝えてください。いつでも戻ってきていいからって・・・。」 深くかぶった帽子の下から、店員は光の顔をのぞこうと視線を 上目使い・・・ 「え、ええ・・・。じゃ、じゃあ失礼しますッ」 光は慌てて美容院から離れた。 「あんまり顔は見えなかったけど・・・。結構”いい男”だった気がするわ・・・」 と。女子店員はほうきをもったまま呟いた・・・ 晃が店をやめたことを知り、ショックを隠せない光。 もし、自分のことが原因ならば・・・。 多少・・・責任を感じる・・・ (でも・・・。辞めたのはあの人の決断だし・・・) ”本当のお前を・・・勇気を信じろ・・・” あの言葉が まだ耳に残ってる 「・・・。勝手なんだから・・・。急に私の前に現れたかと思ったら 突然消えて・・・。聞きたいことも聞けないじゃないか・・・」 尋ねてみたかった ”私は本当に変われるか・・・” 光はふっと空を見上げて 人ごみを避けるように裏道に消えた・・・※「あら?光ちゃん、髪、きったん??」 仕事に行くと、 早速光の髪に気づく、おばさん従業員達。 「なんか・・・。いい男になったねぇ。背、高いし、そっちの方がいいよ」 「・・・は、はぁ・・・」 おしゃべりが生きがいのおばさん従業員達の恰好の ネタに早速なる。 「こらこら。みんな、仕事仕事」 女社長が手を叩いて 光を囲むおばさんたちを散らす 「・・・赤井さん」 女社長の赤井。 社長なのに従業員と同じ白い作業服姿で ベルトコンベアーに向かう。 光の母と親友でもあり、面接を断られ 光のことを託された。 「光ちゃん。それにしても思い切ったねー。ほんと。 元々可愛らしい顔だったけど、髪ショートにしたら、 いい男だね。お父さんにそっくり」 「・・・。ど、どうも」 褒められているのかちょっと複雑な光。 しゃべりながらも お重のお弁当の箱に玉子焼きを手早くつめていく。 それをじっと見つめる百合子。 「あの・・・何か?」 「いや・・・。大分慣れてきたなぁって思って・・・。 一年前はもっと俯いておどおどしてたでしょ」 「・・・」 確かに 最初の頃は手早くおかずをいれるのに手間取り、 玉子焼きを落としたことも何度もあった 「・・・。少しずつだけど変わってきてるのよ。光ちゃん。 あなた自身気がつかないところで・・・」 「・・・」 「自信持って・・・。あなたはきっと可愛い女の子なんだから・・・! 社長の私の目を信じなさい・・・ってね♪」 ポン! 肩を叩かれる ”信じなさい・・・” 今の光の心のキーワード。 (信じろ、信じなさい・・・。わかってるけど・・・) きっかけがない まだ人ごみに行くとき、帽子が手放せない自分が捨てられない。 晃に聞いてみたい。 ”私は・・・私のままでいいの”かと・・・ 「ただいまー・・・」 声のトーンが下がり気味で帰宅。 玄関をあがると、靴箱の上に手紙類がほったらかしに。 (ったく。しょうがないな・・・) チラシやダイレクトメールの中に 一通。白い封筒が・・・ 『横山 光様』 (誰だろ・・・?) 裏をひっくり返してみると 『真柴 晃』 と。 (・・・。一体・・・) 光は急いで二階へ駆け上がりハサミで封を切った。 カサ・・・ 一枚の無地の便箋。 しっかりとした細い字。 『横山 光さま 突然の手紙・・・すみません』 謙虚で誠実さがあらわれるような出だし。 光はベットにすわり、ゆっくりと読み始めた 『この間は・・・本当に悪かったと思っています。オレの勝手な解釈で 君を励まそうと・・・。君の痛みを作ったのはこの俺なのに』 (・・・) 『励ましているつもりでも結局は自分の罪悪感というものをラクにしたかった そう取られても仕方ないとかもしれません』 何だか、謙虚過ぎる文面に光の方が妙に申し訳なく感じてしまう。 『でも・・・やっぱりオレは君に伝えたい。伝えたいことがあるんだ』 (・・・私も聴きたい。聞いてみたい) 『オレには・・・。たった一人の肉親の祖母がいます・・・。病に倒れ オレは・・・付き添っています』 (そうか。だからお店やめたのか・・・) 『正直・・・。もう祖母と共にいられる時間もあまりないかもしれない』 (・・・) 『祖母は海が好きで・・・。海でオレは・・・オレは祖母の髪を 白い細い少ない髪を結っています』 (・・・) ザザン・・・ 耳の奥で微かに海の音がする・・・。 『君に。祖母に会って欲しい。そして祖母の穏やかな顔を見て欲しい。 伝えたいんだ・・・。何が一番大切かってことを・・・』 (・・・) 『来て欲しい。オレは信じているから・・・。君なら来てくれると・・・。 絶対信じてる・・・ 晃』 便箋の最後に 晃の祖母が入院している病院の住所がかいてあった ”絶対信じてる” 光の今の心のキーワード。 今、行かなきゃ。 きっとこれはずっと探してた”きっかけ”だ。 今、行かなければ・・・ 動かなければなにも変わらない・・・! (私・・・。信じたい・・・。きっと私のままでいい心を) 次の日 光は朝一番の電車に乗った 帽子はもうかぶらず 素顔のままで・・・