色んなところから掻き集めても・・・。 到底借金の金額には足りやしない。 くしゃりと書類を握り締める・・・。 「くそ・・・金・金・・・。世の中金ばっかりかよ・・・」 (やっと・・・。やりたいことが見つかったのに・・・。 こんな・・・) 正直、経済的に維持費だけで手一杯。 理想と現実は違うと分かっていたけれど・・・。 「・・・晃・・・?どうしたんだ?頭抱え込んで・・・」 「ひ、光・・・」 スーパーの買い物袋を持った光。 買い物の帰りに寄ってみた。 「晃・・・?何かあったのか?」 「いや・・・」 空ろな晃の表情に光は深刻さを感じた。 「何かあったんだな・・・?話して。話して欲しい」 「光・・・」 「私達・・・。パートナーだろ?話して欲しいよ・・・。晃・・・。 ね・・・?」 光の言葉に 晃の迷いが解けて行く。 「・・・。そりゃそうだよ。あの金額じゃ・・・」 その書類の金額の桁を見て光も現実の厳しさを感じた。 「・・・。この土地をやっぱり・・・売るしかないのか・・・」 「・・・晃・・・」 祖母を心底慕っていた晃。 その祖母の思い出が詰まったこの家を売るなんて晃にとっては 思い出を壊すことと同じだ。 (・・・でも・・・。私がどうにかできる金額じゃない・・・) 「・・・。晃・・・ごめんな。私・・・。何も、何もできることなくて・・・」 光は頷いた。 「・・・ごめんな・・・。でも・・・。私の心には晃からもらった 大切な記憶も全部在るから・・・。そばに・・・いるから・・・」 「・・・光・・・」 ”二人の夢・・・” 光が自分に放つ言葉に全部心が反応する。 嬉しいフレーズが耳から伝われば 恋しかった母にだっこされたときのように 嬉しさと喜びでいっぱいになる。 「・・・光・・・」 「・・・晃、な、何・・・?」 (な、なんか・・・。空気が・・・) 晃は優しい眼差しで光を見つめて・・・。 「そうだよな・・・。二人の夢・・・。一緒にいれば 怖いことなんて何もないよな」 「え、う、うん・・・(汗)」 「・・・光・・・」 吐息をもらすように 名前を呟かれる・・・ (えぇ!?な、なんかスイッチ入ってないか。晃・・・(汗)) 晃の手が 光に伸びてきて・・・。 (わ!?) 光は思わず肩をすくめて緊張・・・。 抱きしめられるのは ・・・やっぱりまだ怖い・・・。 触られるのは 体の周りのオーラが拒絶する・・・ それを感じた晃。 ”でも・・・髪の毛なら平気・・・。嫌いじゃないから・・・” 「・・・。髪だけ・・・髪だけだから・・・。いい・・・か?」 「えっ。あ、う、うん・・・」 そっと・・・ 晃の大きな手が光の 前髪をさらっと撫でた・・・。 それは心地よくて どこかあたたかくて・・・。 抱きしめられることはまだ怖いけど・・・。 髪なら・・・ (晃の手は・・・あったかいな・・・) 優しい手の感触に 暫く目を閉じて 甘えていたい・・・。 でも・・・ ”晃を解放して” (・・・!) 「?光・・・?」 「あ、いや、なんでもない・・・」 愛美の言葉が 耳の奥で重く響いていた・・・。 ”晃を解放して” (・・・) 愛美の言葉の意味を光は考えていた。 (・・・私が晃を・・・縛ってる・・・?晃の未来を・・・?) ”晃には才能があるの。晃の力を必要としている人がいるの” (・・・。私が・・・。私のせいで晃の可能性をつぶしてる・・・?) 「・・・お姉ちゃん!!」 「え?」 久しぶりに一恵と買い物に出てきていた光。 「何ぼうっと考え事してるの。今日は私と一緒に サロンに行くって約束したでしょ」 「え、で、でも私、ああいうところは・・・ちょっと・・・」 一恵に強引に引っ張られ、今人気のヘアサロンへ連れて行かれる・・・。 「いらっしゃいませー」 中はインテリアのおしゃれで綺麗。 待合室まであってそこは小さなカフェ。 珈琲飲み放題、本やCD、インターネットまで完備され・・・。 「横山様、どうぞ」 店員に呼ばれ・・・。 「わ、私はここで待ってるから。一恵、さっぱりしておいで」 光は雑誌で顔を隠す。 「もー。お姉ちゃんってば・・・」 「い、言ってらっしゃい・・・」 こんなおしゃれな店で。 若くて可愛い美容師に囲まれるなんて・・・。 (まだそんな度胸ないって(汗)っていうか 金額が・・・) 自分の机の上の鏡を見ることは 少し平気になってきた。でも・・・。 (・・・お洒落なお店って・・・。落ち着かないな・・・) 色んなヘアスタイルを薦められたりしても 緊張して選べない。 (・・・まだまだ修行が足りないな・・・) 「・・・光さん?」 「え?」 待合室にスーツ姿の愛美が・・・。 「こんにちは。光さん。こんなところで会うなんて・・・」 「あ、いや、私は妹の付き添いでして・・・」 「店長!ちょっといいですか?」 (て、店長??) 「ああ、今行くわ。光さん。よかったら奥で話しませんか?」 「え、あ、は、はぁ・・・」 従業員に3階の店長室に案内され・・・ (すごい・・・。店長室というより社長室・・・) ふかふかの白いソファがあって窓辺にディスク・・・。 「どうぞ。社長はただいま参りますので」 「あ、お、お構いなく・・・」 珈琲を差し出し、従業員は出て行く・・・。 (・・・愛美さん、店長さんだったのか・・・。 どうりでなんか貫禄あるな・・・) 光は広々とした店長室にぽつんとすわり・・・。 (お、落ち着かないな・・・。ん?) 壁に写真が・・・。 (あ、これ晃だ・・・) 『ライジング・サン2号店開店記念』 晃が真ん中にその横に愛美が・・・。 (・・・晃が・・・活躍してた頃の写真なのかな・・・) 若手で注目されていた晃。 雑誌に取り上げられるほどだったことは光も知っているが・・・。 「その頃が晃の絶頂期でした」 「!ま、愛美さん・・・」 きりっとした横顔の愛美が立っていた。 「・・・あ、すいません。勝手に見てしまって」 「いいえ。これを見てもらいたかったから・・・」 (・・・) だから店長室に直々に通したのかと光は思った。 「ま、お座りになって」 「あ、は、はい」 ”お座りになって” (私は到底使わないな・・・) 仕草、言葉遣いがとても綺麗だ・・・。 「それで・・・。光さん。この間の話・・・。考えてもらえましたか?」 「・・・あ、は、はぁ・・・」 (ストレートだな・・・割と・・・) 容赦なくたずねる愛美に光はただ動揺して・・・。 「・・・本当はこの店。晃が店長になるはずだったんです」 「え?」 「けど・・・。貴方との今の仕事を始めるために辞めてしまった・・・」 言葉の最後のトーンに 微かだが憎しみを光は感じた。 「晃の恩師の病状が結構深刻なんです・・・」 「え・・・」 「・・・晃の恩人というべき人・・・。晃は絶対に 恩師の助けを無視することなんてできない・・・」 「・・・」 「でも貴方を離れたくなくて・・・。分かるでしょ・・・? 貴方はどうするべきか・・・。晃にとって・・・」 「・・・」 愛美の言葉は穏やかだが・・・ 明らかに光を攻め立てているように聞こえて・・・。 「・・・。全部。貴方のため・・・。貴方との夢のためなんだって・・・。 分からない・・・?貴方への罪悪感が全てを邪魔してるの!!」 「・・・。でも・・・。二人で・・・頑張っていこうって・・・」 きっと鋭く愛美の視線が尖った。 「晃の罪悪感を利用しないで!!!」 声を荒げた愛美・・・ 愛美のストレートな言葉は直球で光を刺した。 「ごめんなさい・・・。酷い言い方だったわ・・・。でも・・・。 もういいでしょう・・・?晃はもう充分償ったはず・・・」 「・・・」 「・・・私なら・・・。晃の家も・・・夢も・・・支えられる・・・」 「・・・!」 愛美の言葉の意味を 光はすぐ悟る・・・。 ”晃と別れろ” 嫉妬に満ちた・・・言の葉。 「・・・。ごめんなさい・・・。感情的になってしまって・・・」 「いえ・・・」 「でも・・・。晃の可能性を幸せを考えて欲しいんです・・・」 頭を下げる愛美・・・。 さっきは嫉妬に満ちた女の眼だったのに今は・・・ 健気に男を思う女の目・・・ 恋心は人を変える。 鬼にも 菩薩にも 限りない力を与える・・・ 「・・・愛美さん・・・」 「・・・。私なんて眼中にない・・・。晃の心には・・・ううん・・・ 人生には貴方しかいない・・・。でもいいんです。私は晃が 幸せに・・・なってくれたら・・・」 「・・・」 (私にはない・・・。ここまで誰かを想う力が・・・) 晃の幸せ・・・ 晃の可能性・・・ ”晃を解放して” (やっと・・・意味が分かった気がする・・・) 光は愛美に静かに頭を下げ店長室を出る・・・ 「ねぇねぇさっきの店長室に入ってったお客さんの顔、見た?」 「うん・・・。すごかったね。っていうかきつかったよねー」 「お客様で来られてたら私、対応に困るよ。マジで。 どう気を使っていいか・・・」 廊下で従業員の話し声が聞こえてきた。 光はとっさに植木の陰に隠れた。 「何でも真柴さんの知り合いらしいよ」 「え、嘘。彼女?」 「違うでしょー。いくらなんでも・・・。真柴さん女っ気なかったけどあそこまで 美的感覚わるいはずないでしょ」 下世話な会話。 もう慣れっこだ・・・。 「でもねー。なんかあの人のせいで真柴さん、 ここの店長の話蹴ったんだってさ。話、聞こえてきちゃった」 ズキ・・・。 下世話な会話は慣れっこでも この話になると痛む・・・ 「えー。そうなのー。真柴さんかわいそー。だってさー。 この店やってたらきっと姉妹店のほうも任せられてただろうし」 「それに愛美店長とのことだって・・・。未来も恋愛も 駄目になっちゃんだ。かわいそうー・・・。本当にあのひと ”疫病神”じゃん」 ガサ・・・。 「あっ」 植木からそっと出てきた光と目が合った店員達・・・。 「ど、どうも・・・っ」 そそくさと逃げるように立ち去る・・・。 ”真柴さん。かわいそー。疫病神じゃん” ズキ・・・ ”疫病神” 階段の途中にあった鏡で立ち止まる・・・。 (ほんとだ・・・。私・・・。疫病神そのものだ・・・。 顔も・・・心も・・・) 晃の人生に こんなに踏み入っていたなんて。 知らなかったとはいえ・・・。 一階に下りる・・・。 「いらっしゃいませー」 生き生きとした職場・・・ ここで晃が働くはずだった。 (・・・輝くはずだった・・・) 「あ、おねーちゃん!!どこいってたのよー」 「・・・う、うん・・・」 「ねぇ、見てみてぇ。パーマかけちゃった。うふ。 ○香みたいでしょー」 くるっと光の前で回ってみせる一恵・・・。 ”晃の可能性を・・・” (晃の才能なら・・・もっと沢山の人たちを綺麗に出来るんだ・・・) 「もうお姉ちゃんったら!どっか魂とんじゃってる??」 「え、あ、いや・・・。一恵、可愛いよ」 「な、何急にマジ顔で・・・。ちょっと変だよ?」 「・・・うん・・・」 可愛らしくなった一恵を見ながら・・・ 思った・・・ (・・・晃の幸せ・・・。私考えないといけない・・・ちゃんと・・・) ”晃の罪悪感にもう甘えないで!!” 痛烈な愛美の言葉に 痛烈に 突き刺さって 光の心を締め付ける・・・。 「お姉ちゃん・・・?なんで泣いて・・・」 「・・・。一恵があんまり可愛くなったから感動しちゃったよ。 へへ・・・」 「んもー。おねーちゃんてば可愛いこといわないでよ。ふふ」 (・・・晃・・・) 光の胸のうちは・・・。 迷いでいっぱいだった・・・。