シャイン
〜一途にひたすらに・・・〜
(晃・・・)
光の家の門の前
光の部屋を見上げ、立っている晃。
傘も差さずにずぶぬれだ・・・。
(晃・・・!)
バタバタ・・・。光は階段を駆け下りて玄関へ・・・
”晃を解放して!”
だが耳の奥で愛美の声が光の足を止めた。
「お、お姉ちゃん。いいの?傘もっていったほうが・・・」
「・・・。いいんだ・・・」
「でも・・・」
「・・・。いいんだ・・・」
”晃を解放して・・・!!”
(晃・・・。お願いだ・・・。
自分を大切にしてくれ・・・。もう私のことはいいから・・・)
光は顔を背けてカーテンを閉めた・・・。
「お姉ちゃん・・・」
(あきらめて・・・。晃・・・お願いだ・・・)
窓に背を向ける光・・・。
「お姉ちゃん・・・。何かあったの・・・?」
「・・・。何でもないよ・・・」
「・・・」
なんでもない顔ではない。
(そんなシリアスな顔・・・。お姉ちゃん・・・)
30分がたった・・・。
光はそっとカーテンをめくって・・・
晃はまだ・・・
冷たい雨に打たれて・・・
こちらに気づいて光を見上げた・・・
(晃・・・)
光はしゃっと逃げるようにカーテンを再び閉めて・・・
(・・・晃・・・。お願いだから・・・。もう・・・)
「お姉ちゃん・・・ねぇ・・・。やっぱり放っておいちゃ・・・」
「・・・。いいんだ・・・」
「でも・・・っ」
「・・・もう私に構っちゃいけないんだ・・・。晃は・・・晃の
未来が・・・」
”晃を解放して・・・!!”
(・・・晃・・・。もういいから・・・。自分のこと考えて・・・)
晃の才能と未来。
”罪悪感から解放しないと晃は・・・。自分を見失う・・・。
自分の人生を・・・。貴方のために捧げるほどに・・・”
(・・・晃・・・。もういいから・・・本当に・・・。もう・・・。
自由になってくれ・・・)
光はカーテンの前で蹲り・・・
顔を上げない・・・。
窓の外の晃を見るのが辛すぎて・・・。
「あ・・・お姉ちゃん・・・!真柴さんが・・・。倒れてる・・・!」
「・・・!」
ガラガラッ。
光は窓を開けて見下ろすと・・・。
(晃・・・!)
水溜りに体を九の字にして倒れている晃・・・。
ドタタタ・・・!
堪り兼ねた光は素足のまま外に飛び出して
晃の元に走った。
「晃・・・!晃!」
晃を抱き起こす。
(・・・すごい熱だ・・・)
「一恵!一恵・・・!!手を貸してくれ!!」
(光・・・)
光の温もりを感じる・・・。
熱の熱さじゃない
優しい・・・。
光は晃を自分の部屋に連れて行き寝かせた・・・
「・・・晃・・・。つらい・・・?」
ひんやり・・・晃の額に冷たいタオル・・・
首には凍り枕が・・・。
「ごめん・・・。無視なんかして・・・。晃・・・」
晃は首を横に振った・・・。
「オレ・・・こそ・・・。迷惑かけてごめん・・・」
「・・・晃・・・。どうしてここまで・・・」
「・・・光・・・」
吐息を吐くように切ない声で呟く・・・。
「・・・。オレの夢だった・・・。光と一緒に仕事をすることが・・・」
「晃・・・」
「・・・でも・・・。オレのわがままが・・・。重荷ならごめん・・・。
光・・・ごめん・・・ごめん・・・ごめ・・・ゴホッ」
咳き込む晃の背中をさする光。
「・・・晃・・・もういいよ。いいから・・・」
「光・・・」
「・・・晃・・・。もういいから・・・。眠って・・・」
「・・・光・・・」
光はそっと・・・。晃の手を握った・・・。
「光・・・」
光の名を呟きながら・・・
晃は眠りについた。
「晃・・・」
”光・・・”
縋るようなか細い声で呼ばれると・・・。
心の奥がぎゅっと締め付けられる。
凝縮された想いが伝わりすぎて・・・。
”晃の人生の軸が貴方になってる”
(・・・。晃・・・。もういいんだよ・・・。晃の気持ちは分かったから・・・)
一途に只管な
想い。
(・・・。どう話せば・・・。晃は分かってくれるんだろうか・・・)
自惚れているわけじゃないけれど
自分に基準をあわせずに他の視点を持って欲しい。
「晃・・・」
ただ・・・今は・・・
晃の手を握るだけ・・・。
その様子を
襖の間から一恵と登代子が覗いている。
「・・・。真柴さんって・・・。ストイックすぎない・・・?お母さん」
「ストッキング?なんだい。そりゃ」
「・・・(汗)一途っていうか・・・真面目っていうか・・・とにかく
一本気っていう意味かな」
「いいじゃないか。チャランポランな男よりはマシだろう?」
一恵と登代子は下へ降りていく。
居間についたら登代子はテレビのリモコンを押して
お気に入りの時代劇を見始める。
「重たくナイ?お姉ちゃんに拘りすぎだよ。下手すると
ストーカーと紙一重っぽい」
「光はあんたと違って人の見る目は確かだからね」
「・・・。お姉ちゃんも真柴さんのこと・・・。私・・・わかんない。
真柴さんは悪い人じゃいかもしれないけど。
お姉ちゃんに酷い目に遭わせた人じゃない」
「うるさいな。テレビが聞こえないじゃないか」
登代子は音量を少し上げた。
「お母さん。いいの?このままで・・・」
「私は娘を信じるだけさ。娘の色恋に口出すほど親ばかじゃないよ」
「お母さん・・・」
一恵はどうしても納得いかない。
姉がどんな辛い目にあってきたか一番近くで見てきただけに
その辛い思いをさせた相手を信じるなんて・・・。
(・・・でもお母さんの言うとおり・・・。お姉ちゃんも真柴さんと
同じ気持ちなら口出せないよね・・・)
光の本心はどうなのだろうかと
一恵はせんべいをかじりながら二階に居る光に思いを馳せたのだった。
朝・・・。
(よかった。熱下がってる)
晃の熱は下がり。
一晩中付き添った光。
うわごとで何度も名前を呼ばれた。
(・・・どんな夢・・・。見てたんだろうな・・・)
夢の中の私はどんな私・・・?
「・・・」
サラっと晃の前髪をすくった・・・。
(・・・って何やってんいるんだ。自分・・・(汗)あ・・・)
晃の携帯が震える。
(ど、どうしよう。晃まだ眠ってるし・・・。出てもいいかな)
光はそっと廊下に出て晃の携帯に出てみた。
「は、はい・・・。もしもし・・・」
「・・・。その声は・・・。光さん・・・?」
(そ、そっちこそその声は・・・)
”晃を解放して・・・!”
愛美だった。
「あ、あの・・・。すいません。うっかり晃の携帯に出てしまいました。
け、決して変な事情などなく、そのあの・・・」
(どうして私がへこへこしなけりゃいかんのだ)
「・・・あの・・・。晃は・・・」
「じ、実は・・・」
光は一連の出来事を愛美に話した。
「わ、私が晃に旨く話せなくて・・・。あ、でもちゃんと
もう一度晃とは話をしますから・・・」
「・・・。何だか・・・。私が光さんを急き立てたみたいですね・・・」
「そ、そんなことは・・・」
「・・・。私。晃を迎えに行きます。病院に連れて行きますから」
「は、はい・・・」
愛美の声は綺麗な声だけど
どこか威圧感があって。
光は萎縮してしまう。
(愛美さんは・・・。私が晃を駄目にするんじゃないかって
思っているのだろう・・・)
そして・・・嫉妬心と・・・。
「晃・・・。起きてるか・・・?」
「ん・・・。ああ・・・」
「おかゆ、作ったから。食べるか?」
「すまない・・・。光・・・迷惑かけて・・・」
「いいから・・・」
小鍋のふたを開けると湯気と
ゆずみそ甘酸っぱいいい香りが・・・。
「いただきます・・・」
「どうぞ」
晃は匙(さじ)に一口すくい食べた。
「・・・おいしいな・・・。光のお粥、二回目だけど・・・
料理も出来るし・・・。光はいい嫁さんになりそうだな」
「・・・(照)そ、そういう表現やめてくれ。返答に困るじゃないか」
「ふふ・・・」
くすぐったい空気。
晃の言葉に照れたり
慌てたり・・・。
(こういう瞬間は・・・。嫌いじゃない。でも・・・)
”晃を解放して・・・!”
(・・・晃の・・・未来は・・・)
「・・・。晃・・・。あの・・・。私やっぱり・・・」
こんこん。
ドアをノックしたのは一恵。
「あの・・・。愛美さんって人が尋ねてきてるんだけど・・・」
「愛美が・・・?どうしてだ。光・・・」
「あ、あの・・・。さっき晃の携帯が鳴って出たら愛美さんが・・・。
晃が熱を出してうちにいるって言ったら迎えに来るって・・・」
光と晃は一階に下りる・・・。
ほんのり口紅。白いワンピースの愛美が心配そうな顔で立っていた。
(・・・。朝から綺麗だな・・・)
「愛美・・・お前・・・」
晃は足をふらつかせた。
「晃、大丈夫??」
愛美が駆け寄る。
「・・・ほっといてくれ。お前には関係ない・・・。
自分で帰る」
「そんなふらふらで一人で帰れるわけないでしょ」
「・・・うるさい」
180度。愛美と光に対しての態度が違う。
階段の影からこそっと一恵は人間観察。
「晃。愛美さんに送ってもらいなよ・・・。その方がいい」
「光・・・」
「風邪が治ったら・・・。また・・・。ちゃんと話するから・・・」
光の説得に晃は納得したのか・・・
靴をはいて・・・。
「あの・・・。昨晩は突然押しかけてご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
すみませんでした」
一恵と登代子に頭を下げた。
「真柴さん。お大事に・・・」
「はい・・・。ありがとうございました」
礼儀正しく挨拶をした晃は
家の前に止めてあった愛美の車に渋々乗る。
「じゃあ。また・・・。光・・・」
「・・・うん・・・」
光からし線をはずそうとしない。
”また・・・”
光との関わりを経たないように
切れないように
そんな想いが感じられ・・・。
(晃・・・)
また・・・。
ちゃんと話をしよう・・・。
ちゃんと・・・
晃のこれからと・・・。
(私と・・・。晃のことを・・・)
「・・・怒ってるのね」
「・・・」
助手席の晃は押し黙ったまま・・・。
「光さんに余計なこと言ったことは・・・。確かに
出過ぎたことだと思ってるわ。でもね・・・」
「・・・俺の将来は俺が決める・・・。お前が口出すことじゃない」
「・・・。じゃあ・・・。光さんの将来は・・・?」
「え・・・?」
赤信号。
車が止まる。
「・・・。今の仕事だって・・・現実的に順調とはいえない・・・。
光さんがいくら遣り甲斐があればいいっていっても・・・」
「それは・・・」
「光さんにだって・・・。もっと他の道があるかもしれない。
他に光さんの特技を行かせる道が・・・。違う?」
「・・・」
”光は料理も上手だし・・・”
自分が光に言ったことが浮かぶ。
「それに物は考えようよ・・・。もっと晃が美容師として
人間として力をつけてから新しいことを始めてもいいんじゃない・・・?」
「俺が?」
「・・・アメリカで・・・もっと経済的に力をつけて・・・。
それから何か目指した方が・・・。光さんにとっても晃にとっても
いいと思うの」
確かに愛美の申し出は説得力がある。
光のことを考えるなら
最善の体勢をつくってから新しい仕事を起こしても・・・。
(でも・・・)
「・・・光さんと・・・。離れたくない・・・?」
「・・・」
晃の顔がそう
訴えている・・・。
(・・・晃・・・。そんなに・・・。そこまで・・・。光さんを・・・!)
ハンドルを握る愛美の手が・・・
ぎゅっと撓った・・・。
「・・・晃・・・。晃のこと私・・・。ずっと・・・ずっと・・・」
本心を伝えようとする愛美だが・・・。
「・・・光・・・」
ぐったりと・・・
晃は・・・光の名を呟いて眠った・・・。
(晃・・・。どうして・・・。どうして・・・)
抑えられない嫉妬。
(私が・・・こんなに近くにいるのに・・・)
アクセルを踏む愛美の右足に力が入る・・・。
(・・・諦めない・・・。晃の心は無理でも・・・。晃の才能は・・・)
エンジンを
荒々しく吹かせて・・・
真っ直ぐに道路を走り抜けて行った・・・。