シャイン エピソード2 「たった1時間。そして一時間」 横山家。 変わらぬ朝。 光は朝食の支度をし、一恵はテレビの占いに目を輝かせて。 そんな茶の間。 「恋は待ってるだけじゃ駄目なのよ」 「・・・朝からなんだ」 「お姉ちゃんもね。”硬派”は悪くないよ。 寧ろ新鮮?けどね。やっぱりね。じっとしてるだけじゃ駄目よ」 「今はじっと納豆を混ぜたい気分なんだ」 「いいから聞きなさーい!」 と、茶碗を取り上げて本と交換。 『自分らしい恋を見つける100か条』 「なんだこれは」 「お姉ちゃんの恋を進めるアイテム」 「・・・。いらん」 本を一恵につっかえし、再び納豆混ぜに勤しむ光。 「お姉ちゃん!コクっただけじゃん!」 「コク・・・る?どういう意味だ」 「・・・(汗)告白したんでしょ?真柴さんに」 ガッちゃん! おわんの中の納豆がこぼしてしまった。 「こ、こ、こ、告白などと・・・! べ、そ、そんな柄にもないことを・・・ッ。あ、いや た、だた、ただの晃へ”かっ感想を”いったまでだッ」 シドロモドロの光。 「・・・。嗚呼もう・・・。お姉ちゃんの硬派も重症ね。 とにかく!第一段階はまず”自分からデートに誘う”こと」 「で、デート・・・!?」 「お姉ちゃんなら一昔前の少女漫画の感覚でいいわ。 いい?真柴さんにこういうの」 ”デートしてください” 「なっ・・・」 「いい!?お姉ちゃん!自分から動くこと! 約束だからね!」 一恵は言いたいことだけ言って そそくさと職場へと行った。 「納豆残していくなーーー!!」 (ったく・・) 茶碗を洗う。 100円ショップのタワシで洗う。 ”自分で動かないなんて” (・・・。痛い部分・・・ついてくるんじゃないよ) キュキュ・・・。 茶碗に映る自分の顔・・・。 (・・・) ”この”顔・・・ (・・・) ”デートに誘う” (・・・。この顔で・・・。誘われるって・・・) ザー・・・ッ!! 蛇口をひねる。 激しく水を流す。 流れていけばいい。 目に映る自分。 遺伝子全部が嫌ってる 「・・・ッ。駄目だ!こんなんじゃ・・・! 駄目だ駄目だ・・・!!」 光は激しく流していた水をぎゅっと止めた。 (動かないと・・・。とにかく何事も・・・ 動かないと駄目なんだ・・・) 「・・・。そうだ。動かないと・・・」 物は動いてくれない。 汚れた茶碗は自分で綺麗にはならない。 使う方が動かないと次が使えない。 「・・・。ヨシ!!」 光 カシャ! 遠めにシャッターを切る音。 小さな箱のカメラが”自分”を”撮って”行った。 あくせくしている この自分を (・・・。誰がこんな機械つくった。あんな使い方 教えた!!!教えたんだよ・・・) カァっと恥ずかしいという感覚が 全身を包む。 恥ずかしさと 変な怒りが 入り混じって (見ないで。見ないで。見ないで) 縮こまりたい。 小さくなりたい。 (止めて止めて止めて) 視線が足元に行く。 足が震えてくる。 通行人全員に刺々しい槍で 心臓を突かれている (・・・嗚呼・・・もう嫌だ。消えたい・・・) ”誰もお前なんて見てないよ。自意識過剰だな” (!?) どこから聞こえてくるの。 誰が言ってるの。 (・・・) 少し顔を上げれば 今、光の目の前を通り過ぎた人は 光になど気がつかず腕時計を見ていた。 (そうだ・・・。 皆が皆・・・私なんて見てない・・・) 恥ずかしさが少しだけ薄まる (そうだ・・・全員が見ているわけじゃない・・・ 耐えて耐えて耐えて・・・!逃げちゃ駄目だ駄目だ・・・!!) 俯いた顔をもう一度 上げてみる パシャ (・・・っ) またあの音が鳴った。 (だ、駄目だ・・・っ) 「・・・”キツイ”モン見た」 (・・・ッ) 幻聴か 時々聞こえてくる 痛い言葉。 (・・・皆が皆見ていない。見ていない・・・) 顔を上げたり下げたり。 花壇の前で 一人 一人の ・・・戦争。 小さな世界の戦争 己という世界の だが逃れられない世界 (逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ) 小さな戦争 誰も知らない戦争 誰も見えない戦争 顔を上げたり下げたり (やっぱり・・・駄目だ・・・) 座り込んだり (いや・・・やっぱり逃げちゃ駄目だ) 立ち上がったり・・・ 「あそこの背の高い子・・・何屈伸運動してるんだ?」 タクシーの運転手。 爪楊枝をくわえながら呟く。 (たった1時間だ・・・。一時間ぐらい踏ん張れなくてどうする・・・!) しゃがみ込みそうになる膝を 何度も真っ直ぐにして (1時間。1時間だ・・・。晃が来るまで。晃が来るまで・・・) 1時間という 時間との闘い。 (1時間。たった1時間・・・) それがこんなに長いとは それがこんなに・・・ 辛いとは・・・ ”自分が放った”好き”は最後まで やりとおすこと。おねえちゃんがいつも私に 言ってることじゃない” (・・・。そうだ・・・。私は言ったんだ) 自分の気持ちを 花壇の花が 花びらが 光月草に似ている。 (・・・。待たなきゃ・・・。私は晃を待つんだ) 搾り出すように自分が放った たったひとつの気持ち。 (1時間・・・。待つんだ・・・) 光は ※ 『お姉ちゃんが帰ってこないんです』 晃の携帯に一恵からのメール。 (・・・何処いったんだ) 『”待つ練習”しに行ったんだと思います』 ハンドルを握る晃の手が汗ばむ。 『私・・・。ちょっとアドバイスしただけのつもりだったのに お姉ちゃん・・・。真に受けて・・・』 雨が激しく降ってきた・・・ 一恵のメールを何度も読み返す。 『・・・迎えに行ってください。お願いします』 (・・・光・・・) 迎えに行くといっても 何処だろうか ”約束”もしていないのに (・・・。”約束をする練習”って・・・。光・・・) 何処にいるだろう 何処でどうしているのだろう (邪魔だ!) 携帯を投げ捨てて 探す。 ”まだあんまり人込みが・・・駄目なんだ” ”1分ももたない” 「ひか・・・」 ずぶ濡れに・・・ 一本の棒のように ただ ただ 立っていた。 ただ 立っていた。 ・・・足元には 誰が放り投げたか 煙草の吸殻と ガムの銀紙が 小汚く・・・ 「・・・っ!光!」 光に駆け寄る 「光・・・!」 晃は持ってきた傘を広げて 光にかざした。 「光・・・!」 「・・・」 「・・・。今日一日中・・・。ここにいたのか・・・?」 「・・・。い・・・。いちにち・・・?」 晃の声に はっと辺りが暗いことにやっと気付いた。 「・・・。一時間・・・じゃ・・・」 「・・・。もう・・・。夜だよ・・・」 「・・・。嗚呼そうか・・・。もうそんなに過ぎて・・・」 頭の中で 心の中で 一杯の自分が ”消えたい!逃げたい!”の自分が 戦争して ”逃げちゃ駄目。逃げちゃ駄目”の自分が 戦争して ・・・いつの間にか止まってしまった。 動かなくなっていた・・・ 「・・・。そう・・・か・・・。1時間・・・か・・・。 経って・・・たのか・・・」 「・・・光・・・」 ずぶ濡れで・・・ 「ご・・・。ごめん・・・。あ、晃・・・。心配かけて・・・」 晃の顔が ”無理して・・・” といっている。 「ごめん。ごめん。あ・・・。私・・・ また晃に心配かけて・・・ごめん・・・」 晃は黙って首を 「・・・。いいから・・・。もういい・・・。 光が見つかってよかった・・・」 「・・・。そう・・・。うん・・・。 そうだ・・・。晃に会えた・・・。会えたんだな・・・」 1時間。 一時間経った 一時間経った・・・ ・・・晃が来てくれた・・・ 「・・・。一恵の言うとおりだ・・・。もっと・・・ 今度は・・・30分にするから・・・」 「いいから・・・。1時間でもオレはちゃんと来るから・・・」 光はやっと 少し微笑んだ 衝動に駆られたが (光が壊れてしまう) 「・・・。そこでお茶買って帰ろう。 タクシーで帰ろう」 「すまん・・・。財布持ってこなかったんだ・・・」 「・・・。ったくしょうがないな・・・。 今度返してもらうから・・・。今日は立て替えさせて もらう・・・な?」 「・・・申し訳ない。晃」 薄い黄色の傘 光は晃から貸してもらったハンカチで顔を拭く・・・ 「・・・。待つ練習していたのに・・・。 結局・・・。晃に迷惑かけてしまった・・・」 「・・・光」 「・・・。どこまで私は・・・自分勝手なんだろう」 ”よかれ”とした練習なのに 結局。 逆の結果になるのだろう。 それが悔しい。 「・・・。光」 「ああ。止めておかなくちゃ・・・。 自分を責めた分、晃を苦しめる。 自分勝手な”責め”は相手を苦しめる・・・」 「光」 「・・・。大丈夫だ。晃に会えた・・・。もう自分を責めないから・・・。」 晃が買ってくれたお茶をちゃんと飲み干す。 相手からの優しさを 受け止める 「・・・。晃に会えた・・・。来てくれた。 それを大事にしなくちゃな・・・。それから・・・」 言わなければ ・・・一時間の先に見えたこと。 光は立ち止まって 言の葉に・・・ 「・・・。今度私と・・・。デートしてください」 晃は 「・・・喜んで・・・」 「・・・ありがとう」 たった一時間 そして”経った”一時間。 光と晃は一緒にか