結とユイ〜君といた日々〜 第二話 黄色のシーツと新しい名前 「ユイ」と名乗って突然現れた少年は 警察に預けられ、その後、どうやら わずかだが栄養失調が見られるとして病院に 入られた。 という情報。 「・・・だって。結子・・・。なんだか かわいそうだね」 キクばあちゃんが大根の煮物を箸で二つに割る。 「知ったことじゃないわよ。うちに勝手に入ってきた 侵入者でしょ」 眉間にしわを寄せて、黄色のたくあんを口に放り込む結子。 「嫌な世の中だわ。人の家に勝手に上がりこんで 人の家の情報どっか仕入れたのか・・・」 「・・・」 庭の犬小屋にはユイの家を描いてある。 黄色の屋根だ。 「早く家族が見つかればいいね。せめて・・・」 「案外どっかのお金持ちのおぼっちゃまの家出じゃないの・・・。 だとしたら、人騒がせだわ。ごちそうさま」 結子のイライラぶり 少年に対しての不信を剥き出しだが キクばあちゃんはちょっとだけ少年に感謝していた。 (ご飯を食べられるようになった。食欲がでてきた証拠だね) 少年が舞い込むまでは 水分もろくに取らなかった。 取ってくれなかった。 「おばあちゃん。私、お風呂わかすね!変な騒ぎで 気分下がりっぱなし!さっぱりしなきゃ!」 結子に明らかに”感情”が戻った。 怒りでも何でもいい。 結子の体のエネルギーが戻ってきたことがうれしいキクばあちゃん。 (あのぼうや・・・。本当に早く家族が見つかりますように) キクばあちゃんは仏壇の中のユイの写真に手を合わせて 祈った・・・。 同じ頃。 「こっから出せ!!オレは病人じゃネェ!!」 一人部屋の病室で暴れる少年。 「落ち着いて!お願いだから・・・きゃあッ!」 女性の看護士4人がかりで少年の両腕を押さえ、ベットに 寝かそうとするが振り払う。 「結子のうちに帰る!」 「今、警察の人が貴方のおうちを探しているから・・・。 それまではお願いだから静かにしていてちょうだい」 「オレの家はあそこだ!!結子がいるトコだっ!」 少年は病院に運ばれてからというもの、心が不安定で とにかく 「カエル!!結子がいるトコにかえる!!」 の一点張りで。 「貴方のおうちは別にあるのよ。お願いだから 今はこのベットで静かに眠っていてちょうだい」 「オレの寝るトコは結子のベットだ! 黄色のシーツの上じゃないと眠れねぇ!」 と、部屋の隅に両足を抱えて震えている。 病院に運ばれてくる途中。 少年の頭の中には冷たいコンクリートと 重苦しい柵が上映されたいた。 (あそこに連れて行かれるのは イヤダ・・・追いかけられるのは・・・) おっきくて黒い網が追いかけてくる 網を持った男から逃げ回る 冷たい床と柵。 他にも沢山捕まった犬達。 ユイを捕まえた人間の男の手には何故かお金が・・・ ”悪いニンゲン” 本能がそう言う。 ”怖いところに連れて行かれる” ユイは必死に逃げ出した。 (イヤダ・・・。結の黄色シーツに帰りたい・・・。 太陽の匂いがする・・・) 少年の気が遠のいていく。 打たれた鎮痛剤が少年を 一番安心できる夢へといざなう。 (結子のシーツ・・・) ”安心して眠って良いからね・・・” やさしい結子の声 さらさらで ふかふかで あったかくて ・・・お母さんのおなかの中みたいだ・・・ カエリタイ・・・ タノシカッタコロニ カエリタイ・・・ 少年の意識が 静かに眠りについた・・・。 少年が あまりにシーツのことに拘るという情報が 結子の元へも入ってきた。 「で、お前の黄色のシーツがほしいんだって」 「ヘンタイじゃないのっ!?」 結子は自分のベットのシーツを物干し竿からおろす。 「なんなのよ!!いったい!」 怒りが湧いて湧いて 大好きだった”ユイ”の名前を語るだけでも ”傷口に塩”なのに (黄色のシーツだなんて・・・っ!!アイツ、 私の日記帳でも見たんじゃないの!??) ”ユイ”も 黄色のシーツが大好きで。 よくひっぱりっこし合って ・・・遊んだ。 「嫌よ!!アイツにやる物なんて ないし、あげるつもりもないでしょっ!!」 「でも・・・」 「これ以上、あいつのことで惑わさないで!ユイのこと おもいだすでしょ!」 「買い物に行ってきます!」 結子はバックを手にして勢い余って出て行ってしまった。 (やれやれ・・・) 無理もないだろうキクばあちゃんは思う。 ユイがなくなったばかり・・・ (けど・・・なんだか放っておけない・・・) あの少年の寂しげな瞳がキクばあちゃんの脳裏に残っていた・・・。 そしてその二日後の夜・・・。 (ふぅ・・・今週はアイツの噂話に振り回された一週間だったわね) 風呂からあがった結子。 バスタオルで髪を拭きながら廊下を歩いていると・・・。 (ん?) 庭の椿の木の下でうずくまっている白いシャツを着た背中・・・ (・・・。ま、まさか・・・) ガラ・・・。 結子はかさをもって玄関から庭へ出てみると・・・ 「・・・ちょ、ちょっと、あんた!!」 「結・・・子・・・」 びしょ濡れで 今にも泣きそうな顔で 少年が立っていた・・・ 「あんた・・・何してんのよ・・・っ」 「・・・オレ・・・。病院嫌い・・・。オレのうちは ここなのに・・・」 「・・・。あのね・・・。アンタにも色々事情があるんだろうけど・・・ うちでは助けてあげられないのよ」 「・・・うちはここだ・・・。結子がいるこの家・・・」 (・・・ってなんて目でいうのよ・・・) この瞳は 子犬だったユイを拾った時の寂しげな瞳ににている・・・ 「オレのうちはこ・・・こ・・・」 「あ・・・」 少年はその場に倒れた。 「ちょっと・・・!って熱・・・」 少年を抱き起こす 体は熱湯のように熱く・・・ 「おばあちゃんおばあちゃん!!」 (ユイ・・・) 薄れ行く意識の中・・・ 結子の匂いに少年は安堵していった・・・ (・・・ん?) 少年が目を覚ます (あ・・・!) 「黄色いシーツだ!!」 自分の胸元までかぶせられているのは結子のシーツ。 「ちょっと!あんた熱あるんだからじっとしてなさいよ!」 真横には大好きな結子の姿が・・・ 「ここ・・・結子のベットか!?」 「そうよ?なんか文句あるわけ?」 結子は洗面器の中で濡れタオルをしぼる。 「いい匂いだ・・・」 (・・・なっ・・・) 「オレ・・・。やっぱり結子の部屋が一番好きだ」 「・・・(照)な、なんでそんなことを・・・」 「・・・安心できる・・・。怖くない・・・。 こころがやわらかくなる・・・」 (・・・) 声が悲しげに・・・ 「人が怖かった・・・。結子と同じ人間になれたのに 怖かったんだ・・・」 まるで うちに来て最初のときのユイのように 少年の肩が震えて・・・。 「・・・。結子はオレが怖い・・・?迷惑・・・?」 「う・・・そ、それは・・・」 (甘えた目で見るなーー!) 視線をそらす結子。 「でもオレ・・・。本当に行くところがなくて・・・。 ここ以外だと死んでしまう」 「お、大げさな・・・」 「大げさじゃない。でも結子がどうしても嫌っていうなら・・・。病院に 帰る・・・」 しゅん・・・ 俯く少年。 「・・・。どのみちアンタは病院行かなくちゃいけないわよ」 「・・・わかった・・・」 「まぁ・・・。熱が下がるまではいてもいいわよ」 「!!」 少年は顔を上げて 「ホントか!?」 「・・・。熱ある人間放り出すほど情がないわけじゃないわよ」 「やった!結子がいいってゆった!ずっと一緒にいていいって!」 黄色いシーツをぎゅっと両手で握り締めて 喜ぶ少年。 (・・・誰がずっとだ・・・(汗)ま、熱がさがったら病院送り返すから・・・) 少年の喜びようは まるでボールをなげたら喜んでとりに行くユイのよう 「・・・あんた、名前ないんだよね」 「オレ、ユイ」 「・・・。だから違うって・・・(汗)そうね・・・。ユイ太なんてどう?」 「ユイ太?いい。結子が決めた名前ならなんでもいい」 (あっさりと承諾・・・(汗)) というわけで少年の名前はユイ太に決定。 「とにかく今は寝てなさい。さっさと治してもらわないと」 「・・・結子はどこで寝るんだ?」 「え?ああ。おばあちゃんの部屋」 ユイ太はじっと結子の目を見つめた。 「・・・。オレの横で寝ろよ」 「・・・!?ば、馬鹿いわないでよ!風邪うつったらどうすんのよ??」 「あ、そか・・・。結子、ビョーキにしちゃ駄目だよな」 ぽりぽりと前髪をあげるユイ太。 「じゃあ”アレ”は?」 「アレ?きゃっ!」 結子の腕を引っ張って顔を近づける・・・ 「おやすみの・・・チュウ」 「・・・!!」 ドカ!! 枕をユイ太の顔面に。 「アンタ・・・風邪ひいてるからって甘えるのもいい加減にしなさい!! とっととねろ!!」 バタン! 怒りが篭ってふすまが閉まる。 「・・・いつもしてたことなのになぁ・・・。まあいいや」 ユイ太はもぞっとシーツにくるまる・・・ (結子の匂い・・・。結子の温もり・・・) 天国 世界で一番安心できる場所・・・ ユイ太は体を九の字して すやすやと眠りについた・・・。 一方結子は・・・。 (とんでもないヘンタイ野郎だわ!) と怒りつつ一階でドライヤーをかける。 そんな姿をキクばあちゃんは (結子に生きるエネルギーが戻ってきた・・・) とみまもっていたのだった・・・