結とユイ 〜君と過ごした日々〜 第3話 待っていてくれた笑顔 ユイ太(結子命名)が結子のいつ居て1週間。 「・・・なんで延長して居るのよ?」 「・・・ここ、オレちだから」 (・・・怒) 「オレ、せんたくだいすきだ」 「どうして」 「お日様の匂いがする・・・。結子の匂いがいっぱいするから」 「・・・。ど、どうリアクションとっていいのか わからないじゃないの・・・汗」 二階の物干し竿にタオルをかける結子。 側に犬が座るような体勢でじっと結子を見ている。 風邪が治ったら、病院へ送り返すつもりだった結子だったのだが・・・。 ”ほおっておけないよ。私は民生委員だからね” 結子の祖母は民生委員の任を持っている。 民生委員というのは、地域に住む一人暮らしのお年寄りや体の不自由な人、 母子家庭等、地域で困っている人たちを見守ったり相談に乗ったりする仕事だ。 奉仕心が人一倍強いキクばあちゃんはユイ太を身元が分かるまで ”身元引受人”として預かることにしたのである。 (おばあちゃんに言われると・・・反対し切れなかった) たった一人の身寄り。 母親代わりの大好きなキクばあちゃんだ。 「おい。結子」 「何よ」 「なんで人間のメスはこんなもんつけんだ?」 (え) ユイ太が手にぶらさげているのは・・・。 結子の・・・ブラ。 「!!!!!」 結子は赤面してばっと奪い返す。 「こんな布切れ、つけなくても 結子の乳はデカ・・・」 ドカ! スリッパで一発顔面に食らうユイ太。 「あ、あ、アンタね・・・。発言には気をつけなさい」 「なんでそんなに怒るんだ。あんな布切れつけてたら、 皮膚、はぶれるぞ」 「・・・っこの天然エロ・・・」 じっ お座り体勢で結子を見上げる・・・。 (うっ・・・) 上目遣い。 ユイのあの”なに?”という問うような ・・・あどけない視線に似ている・・・。 「・・・でもあの布、オレ、好きだ。結子の匂いが 強くするから。もらってく。んじゃ」 「え、ちょ、あんたーーー!!」 結子のブラをくわえて二階に下りていくユイ太。 追いかける結子。 ドタバタドタバタ・・・。 にぎやかな音が家の中から響いてくる。 キクばあちゃんは一人、縁側でお茶をすすりながら (・・・結子に・・・”こころ”が戻った・・・。 あの子のおかげだ) と、青い空を見上げていたのだった・・・。 ユイ太はとにかく結子のあとを追っかける。 家に居る間ずっと。 「・・・家の中でストーカー?」 「すとか?」 ユイ太の部屋を掃除機をかける結子。 結子の隣の部屋の納戸をユイ太の部屋にしようと整理整頓しているのだ。 (そうでもしなきゃ、私の部屋にいりびたり・・・) 「ああもう鬱陶しいから離れててよ!」 「オレから逃げられると思うなよ」 「・・・(怒)誰の部屋そうじしてやってんのよ!?」 「オレ、部屋要らない。結子の部屋で寝る」 子供のように両足を抱えてすねるユイ太。 「・・・ったく・・・!ほら!アンタもそうじしなさい!」 ユイ太にぞうきんを強引に持たせる結子。 (もうしょうがないな・・・) こういうときは、餌で鯛を釣るわけではないが。 「そうじ手伝ってくれたら・・・。アンタのしてほしいこと してあげる」 「!ホントカ!?」 「でも変態っぽいのはなしね。チュウもだめ!添い寝も駄目!」 希望事項が全部却下でシュン・・・とするユイ太。 「じゃあ頭なでなでと、耳の裏なでなでしてくれ」 「え?」 「オレ、そこ触られるのすげーすきだから」 (・・・犬の”ユイ”もそうだった・・・) 本当にこのユイ太が”ユイ”の化身な訳がないが、 あまりにも共通点が多く戸惑う・・・。 「わかったわよ。してあげるから。さ、手伝って」 「おっしゃあ!んじゃそーじ、オレ、する!!」 ユイ太はぞうきんを両手に持って、 ごしごしたたみを吹き始める。 「ああ違う違う。畳ふくときはこうやって 網目に沿ってそーっと拭くのよ」 「・・・そーっとか?」 「そう。そーっと・・・」 結子のいわれるまま素直にまねしてみる。 (案外素直じゃないの・・・) ユイ太がなんだか少し可愛く思えてきた。 「んじゃ次窓拭き!」 「おう!!」 濡らした新聞紙で、窓枠、ガラス、溝を順番に拭いて行く。 「新聞には、ガラスを綺麗にするワックス効果も あるのよ」 「・・・結子は昔からおそうじがとても上手で オレの犬小屋も新聞紙で拭いててくれた」 「・・・なんで・・・」 「結子のおかげでオレはいつも せいけつでいられた。いつかお礼、言いたかったんだ。ありがとう。」 「・・・///な、なんであんたが言うのよ・・・」 (どこまで知ってるの・・・。けど・・・) どこから情報入手してきた不気味が消え、 不思議な安心感・・・。 (変な奴だわ・・・) それでもこの安心感に結子は素直に受け入れはじめていた・・・。 ※ 夕食の買い物へスーパーへ行く。 「・・・アンタまでついてくることないのに・・・」 「だって散歩の時間だろ?」 「散歩じゃないわよ。買い物!ついてくるなら荷物もちして!」 「おう」 結子のバックを持ってすたすたとついてくるユイ太。 「あ、あの公園のもみじの木、葉っぱ落ちてるかな」 (え?) スーパーまでの道。 「あ、あの信号機、青になるの遅いんだよな」 (・・・なんで・・・) 犬のユイとの散歩ルートをユイ太が口にする。 「結子、ほら、○さんトコの柴犬、また太ったぜ」 人の家の柴犬を撫でながら笑顔で話すユイ太。 (本当にどうやって知ったんだろう・・・) 気持ち悪さは薄れたもののさすがに 信じがたく・・・苛苛もするのに・・・ (本当にユイと散歩した気分だった・・・。少しだけ・・・) そしてスーパーに着くと・・・。 「オレ、店にはいっちゃいけないんだろう?」 「え?」 スーパーの出入り口の前で立ち止まるユイ太。 「別にいいわよ」 「でも犬は入れないって」 「・・・。あんたのどこが犬なのよ。もういいから 荷物もちしてよ」 しかしこの願いだけにはユイ太は何故か拒否。 「オレ、ここで待ってる」 「なんで」 「・・・。待ってたいたいんだ」 「?」 首をかしげる結子。 「野菜をいっぱい買って笑顔で・・・出てくる結子・・・。 その結子を待ってるのが嬉しくて」 「・・・」 結子の脳裏に ユイとの思い出がよみがえってくる・・・。 ユイ太の言うとおり・・・ スーパーから出てきた結子を見つけると小さなしっぽを振って 舌をぺろぺろ出して全身で喜びを現すユイ・・・。 「・・・いっぱいハグしてくれて・・・。だから・・・」 ポタ・・・。 「・・・?結子・・・?」 「なんで・・・なんで・・・アンタが・・・言うのよ・・・」 結子の瞳から涙がこぼれだした あふれるユイとの思い出。 無理やり忘れよう忘れようと していたのに ユイ太があんまり 思い出を呼び覚ますから・・・。 「ごめん・・・ごめん。オレ、なんか悪いことした・・・か?」 結子は首を横に振って・・・。 「ユイ・・・。ユイが大好きだった散歩道・・・」 大好きだった公園 もみじの葉・・・。 けど今散歩したのはユイじゃない・・・ 「ユイ・・・。ユイはもう本当にいないのね・・・」 「結子・・・」 「ユイ・・・。私を待っててくれたユイ・・・」 (ユイ・・・ユイ・・・) 認めたくない事実。 でも受け入れるしかない現実・・・。 「ユイ・・・ユイ・・・」 ジャラジャラ・・・ッ 結子のバックが落ちて・・・ 財布の小銭がばら撒かれた・・・。 「ちょっと邪魔よ」 おばさんが迷惑そうにスーパーに入っていく。 前にもこんなことがあった・・・ 忙しさで買い物がおろそかになったとき。 入り口で買ったものを地面に落としてしまって 卵も割れて・・・。 ユイはその割れた卵をぺろぺろとなめて くれた・・・まるでそうじしてくれるように・・・。 「ユイ・・・。ユイ・・・」 泣きながら・・・ 小銭を拾う結子・・・。 ユイ太も必死に手伝う・・・。 「大事な大事な結子のお金・・・。大事な結子のお金・・・!!」 呟きながらしゃがんで拾うユイ太のまるい背中が・・・ 耳の裏のカタチが ユイに似てる・・・ 「ユイ・・・。ユイ・・・。ごめんね・・・。 まだ・・・立ち直れない・・・」 「あやまらなくていい・・・オレ・・・。結子のそばにいる・・・」 「ユイ太・・・」 「命懸けで結子の笑顔・・・守るから・・・!」 小銭をぎゅっと結子の手に握らせるユイ太の手・・・ (・・・あったかい・・・) ユイをだっこした時の温もりと・・・ 似ている・・・ 夕暮れのスーパーの裏。 結子は人気のない場所で・・・ 結子は思い切り泣いた。 泣いて泣いて・・・。 今まで心の奥にしまっていたものを 吐き出すように・・・。 「ユイ・・・。ごめんね・・・」 立ち直れない自分に ずっと心配してくれていたキクばあちゃんに・・・。 「ユイ・・・。私・・・。元気になるから・・・。 笑顔になれるよう・・・」 「・・・オレが守るから・・・」 そっ・・・と ユイ太が自分が着ていたジャケットを 結子に着せた。 「泣いていいよ・・・。オレ・・・そばに居るから・・・」 優しい声・・・。 天国から・・・。 ユイ太を使ってユイが伝えにきたのかな・・・ ”泣いていいよ・・・” (ユイ太・・・) 泣いちゃだめってずっと思ってた・・・。 心が軽くなる・・・。 「・・・。泣きすぎちゃった・・・」 「・・・泣いていいよ。俺、ずっとそばにいるから・・・」 「・・・もう涙なちゃったから・・・。ふふ。アンタ・・・。 変な奴ね・・・」 「結子が元気になるなら変な奴でもいいよ」 「・・・。ホント・・・。変な奴・・・」 それでも・・・ かけてくれたジャケットは あたたかい・・・ 結子の心を包むよう・・・。 日が暮れるまで・・・ 二人は夕陽を見つめていた。 涙はもう結子の瞳には滲んでいない。 (ユイ・・・。私・・・。がんばるから・・・。 ユイの思い出を宝物にして・・・) 結子の中で・・・ やっと・・・ ユイが天国に逝ったと・・・ やっと 向き合えた瞬間だった・・・。