雪の華



季節外れの水色のマフラーに




水色の風船。






雪を助けた女の子はスケッチブックを片手に持っていた。





彼女は腰がぬけてしまった


雪を近くの公園のベンチに連れてきて休ませてくれた。





転んだ拍子に指をこすってしまったことに気づく。







「あ・・・。雪、絆創膏持ってます。ちょっと待ってくださいね」




彼女は可愛らしいリュックからごそごそと取り出した絆創膏。





彼女が雪の指にくるっとまいた
絆創膏が人気キャラクターの黄色いピカチュウの絵柄。



その絆創膏もあまりにも可愛らしく雪はぷっと笑ってしまった。






「あ・・・。ふ、普段から持ってる訳じゃないですよッ。知り合いの
子供がこのキャラクターが好きで・・・」





「ふふ。そうなんですか」





「はい。雪、”漫画おたく”とかじゃないですから。って
何言ってんだー。雪。初対面の人に」




「ふふふ・・・」





彼女の仕草も可愛らしい。





雪は不思議に気持ちが落ち着いた・・・。






雪はベンチの後ろにあるキャンバスや絵の道具に気がついた。








「ふふ・・・あなた・・・。絵描きさんなんですか?」





「え・・・?えぇまぁ・・・っていっても趣味で描いてるような
ものです」





彼女は照れくさそうに謙虚に言った。






「あの・・・。見せてもらっていいかしら・・・?」





「え?あ、あぁ、どうぞ・・・」





やっぱり彼女は自信なさ気にスケッチブックを見せてくれた。





「・・・あ・・・。これ・・・」






そのスケッチブックには・・・



雪と陽春の姿があった。






「あの・・・。どうして・・・」





「前に一度・・・。奥さんを描きました・・・。覚えていらっしゃいませんか?」




「・・・え・・・?」




そうえいば・・・。





この公園に彼と散歩に来た時・・・
可愛らしい絵描きがいた・・・。








「私にピンクのキャンディをお礼にくださって・・・」





絵の出来がとても上手で感激した雪は
何気なくポケットにあったキャンディをあげた。



そうだ。あの時の女の子だと雪は今、気がついた。





「さっき・・・。信号が青だったのに渡られないので・・・。
なんだかそのまま車の海に吸い込まれそうで・・・。あ、すいません
変なこと言って・・・」




はっとした・・・。





彼女の言葉に・・・





雪はどうして自分達を描いたのかもう一度聞きたくなった。





「・・・どうして・・・。そんな風に見えたの・・・?」







「えっ・・・。い、いや、あ、あの・・・。その・・・」






彼女は申し訳なさそうに鼻の頭をかく。




雪は焦った。



周りに気がつかれまい、まして陽春の前ではめいいっぱい笑顔で
いたつもりなのに・・・。
彼女には雪の本心が見えたのかと・・・。







「あ・・・。すいません。勝手な想像・・・。すいません」





「ううん・・・。いいの・・・。本当のことだから・・・」





「え・・・?」





「・・・。夫を幸せな気持ちにもできない・・・。あらぬ嫉妬なんかしてしまう・・・。
この絵のとおりよ・・・」





「・・・」





初対面の彼女に・・・



雪は何故かふっと漏らしてしまった本音。





女の子はしばらく考え込む





「・・・。あの・・・。よくわらかないけど・・・。笑いたくないときは
無理に笑わなくてもいいと思います・・・」





「え・・・?」





「・・・本当の微笑みは・・・。自然に出てくるものだから・・・」






「・・・」



女の子の言葉に雪は・・・





”無理しなくていいだよ。無理して笑わなくていい・・・”





陽春の言った、言葉の意味が
分かった気がした。




笑顔でいることが自分がすべきことだと思っていたけれど・・・





ひきつった笑顔は本物じゃない・・・






「あ・・・。すいません。また、なんか偉そうなこと言って・・・。
すいません。ごめんなさい」






「ううん・・・。そんな謝らないで。私の方こそ手当てしてもらって・・・。
ありがとう」





「い、いえ・・・あ、あの私、これにて、失礼いたします」





丁寧にお辞儀をして女の子はリュックを背負い、その場を立ち去ろうとした。






「・・・どうぞ。じゃッ!」





「え、あのちょっと・・・!」



女の子が雪に渡したもの。







水色の風船。






ぷかぷか浮ぶ。水色の風船・・・。









「ふふ・・・」









ぷかぷか・・・






青い空に浮ぶ雲のよう・・・。






ぷかぷか・・・







「ハァー・・・」





深呼吸をする。






空気がおいしい・・・。






心の中で一日中、葛藤していたものが・・・






すうっと軽くなる・・・。






でもきっとまた明日・・・葛藤するのだろう。




そうしたらこうしてまた空を見ようかな。




彼女がくれたこの風船の色のような・・・





「あれ・・・?」




ベンチの下に紙切れが一枚・・・。




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そんなちらしだった。




(彼女が落としていったのね・・・。ふふ)








雪はそのちらしと風船を持って陽春の待つ
店をかえる・・・





もう、作り笑いはやめよう・・・。





今夜こそ、自分が夕飯つくるんだ・・・。




一日に・・・ひとつ、何かしよう。



自分が納得いくことを一つ・・・。







帰るなり雪は





「どこいっていたんだ!?俺にだまって!!心配するだろ?」



陽春にこっぴどくしかられた。





「ごめん。でもね・・・。今日、とってもいい出会いがあったの。
ほら、これ」




「は・・・?風船・・・?」





「そ・・・。幸せの水色風船。ふふ・・・」




この風船のおかげで雪は



助かった。




無意識に投げ出そうとした自分の命を・・・







「ね。陽春。今晩、夕食一緒につくらない?」




「え?ああ。いいけど・・・。お前は大ジョブなのか?」




「大丈夫。陽春も手伝ってくれるから。ね!」




「ああ。わかったよ」




そう。



彼女が言ったとおり。




無理をしない。




無理に世間一般の”妻”を演じなくていい。



自分でしかできない”妻”でいい・・・






無理な笑顔は・・・きっと




相手にも緊張が伝わるから・・・






「でね。そのであった女の子っていうのが・・・。可愛いの。
女が女に惚れるってこういうことをいうのかしらね」







「はは・・・。でもお前ってそういうしゅみがあったのか」





「あ。やだ。それって偏見よ。女が女の子を好きになって
何が悪いのよ。もしかして、妬いてるの?ふふー」






「ばッ・・・。バカ言うな。男をからかうもんじゃない」




照れくさそうにじゃがいもをほおばる陽春。





「うふふ・・・」







二人で食卓を囲む・・・久しぶりだ・・・



体調も良かったせいか・・・





思い切り笑った・・・





彼女の話題で盛り上がって・・・。



どこの人なのか。いくつぐらいの人なのか・・・




ふたりで想像して楽しかった・・・





本当に楽しかった・・・






”本当の微笑みは自然に出てくるものだから・・・”









こんな楽しい時間。




きっといつか終わりがくると思うと



泣きたくなる・・・



でも・・・





私は私でいこう・・・





”雪”のままで・・・。









だけど・・・楽しかったこの夜が・・・











もう二度と・・・




来ないことを・・・雪も陽春もまだ知らなかった・・・