雪の華
3
「〜♪幸せの水色の風船っと」
鼻歌を歌いながら朝からご機嫌の雪。
昨日、公園で出会った女の子からもらった風船を
ベランダにくくりつける。
このところ、体調がいい。
「あ・・・!ねぇ。陽春。今日・・・。記念日だ」
「え?」
カレンダーを見てはしゃぐ雪。
「記念日って・・・。結婚記念日じゃないし・・・。なんだ?」
「陽春が・・・。私と出会った日。大学生活初日、大学の門の前で」
「・・・。であった記念日って・・・。やっぱりお前、少女趣味だぞ?」
「いいじゃない。とにかく、お祝い!私、なんだか
すごく気分いいの。あの風船もらってから・・・」
ぷかぷか浮ぶ風船。
幸せの黄色いハンカチならぬ幸せの水色風船。
「ふふー。今日もお買い物、私が行くわね」
「大丈夫か?体調がいいからって・・・。無理をしたら・・・」
「あのね。お買い物っていったって歩いて10分くらいよ。
過保護すぎ。じゃ、いってきマース!」
パタン・・・。
白いハンドバックに
白いフリルのスカートをはいた雪は・・・
無邪気な笑顔を陽春に見せて出て行った・・・。
「・・・ふぅ・・・。心配している身にもなってくれよ・・・」
だけど・・・。
雪のあんな笑顔は久しぶりだ・・・
陽春もおのずと微笑む。
「あ、あいつったら財布わすれて・・・」
カウンターにおきっぱなしの雪の白い財布。
陽春はエプロンをはずし、店の鍵を閉めて財布を届けるため
雪を追いかけた。
「あ、いた・・・」
横断歩道を渡りきって向こうの歩道を雪は歩いていた。
「おーい!!雪!!」
陽春の声に雪も気づいて振り向く。
「財布ー!財布!」
財布を大きく振る陽春。
「今、そっち行くから、待ってて・・・!」
そう言う様に雪は横断歩道の方へ戻る。
陽春も戻る。
道路をはさんだ向こう。
雪と陽春。
「私、そっち行くわね!」
雪は小走りで渡る・・・。
そのとき・・・
「わぁああッ!!暴走バイクだ・・・ッ!!!」
赤色のバイクが雪めがけて突っ込んできた・・・。
「雪ーーーーーーーッ!!!!」
ドン・・・ッ!!!!!
雪の・・・
白いハイヒールが・・・
空を・・・
飛んだ。
雪・・・体ごと・・・
雪を・・・
「雪ィーーーーーーーーーーーーーーー・・・ッ」
雪が・・・
ベランダにしばった水色の風船が・・・
ちょうどその頃・・・
空へ・・・
空へ
消えていった・・・
”旦那さん・・・。気丈なヒトよね・・・。葬式で涙みせないなんて”
”案外さ・・・。保険とかかけていたりして。二枚目って何するかわからないじゃない”
焼香に来た喪服の女達。
下世話な会話をしながら店を出て行く・・・
「・・・。くそばばあどもめ・・・」
陽春の弟・夏紀が去っていった女達にぺっとつばをはいた。
小説家の卵の夏紀。
雪と陽春が喫茶店をはじめてから一度も顔を出したことがなかった。
(まさかこんな形で来るとは思わなかったがな・・・)
一つ、ため息をついて、夏紀は店の中に入ろうとした。
「ん?」
店の花壇の脇で・・・
地面に体をこすりつけるように蹲っている初老の男。
(何だよ。このじじい・・・)
震えながら何かつぶやいている・・・
「・・・すみませんでした、すみませんでした・・・。息子が・・・
息子が・・・」
(・・・!このじじい・・・もしかして・・・)
「おい・・・。おっさん。もしかしてあんた・・・。雪さんを
ひいいた奴の・・・」
「すみません。すみません・・・。うちの息子が・・・。すみません・・・」
初老の男はがくがく手を震わせて
数珠を取り出す・・・
「すみませんじゃねぇよ!!!!!!どういう面さげて
のこのこと・・・!!!」
「せ・・・せめて・・・。お、お焼香だけでも・・・」
「ざけんじゃねぇッ!!!!!!」
バキッ!!!!!
夏紀は男を右手で殴った。
「てめぇが焼香なんて・・・。許されるわけねぇだろ!!!
つーか、息子はどうした!???なんで親がくんだよ!!」
「息子は警察で・・・。だから私がどうしても・・・どうしてもお詫びを言いたくて・・・っ」
「お詫びだぁ・・・?てめぇええ!!無神経もほどほどにしやがれッ!!!」
夏紀は男の襟を掴んだ。
「やめろ・・・」
「・・・兄貴・・・。でも・・・」
「・・・やめるんだ・・・」
陽春が・・・静かに言った・・・
男は陽春の前にがばっと頭をつけ、土下座した。
「申し訳ありません・・・ッ。
申しわけありません。
すみません。すみません、すみません・・・ッ。すみませんッ・・・」
男はただ・・・
ただ・・・
声をからして謝る・・・
頭をこすりつけ・・・
背中を小さく震わせ・・・
「・・・そんなオウム返しみたいにあやまんじゃねぇよ・・・。お前・・・」
「・・・。頭をあげてください・・・。お焼香・・・お願いします・・・」
「兄貴・・・!?」
「どうぞ・・・」
陽春は表情一つ変えず・・・男を家の中に招き入れ焼香させた・・・
(何でだよ。兄貴・・・)
男は
”生涯かけて息子と償わせて下さい・・・”
と何度も言い残し・・・去って行った・・・
だた黙ってそれを聞いていた陽春。
陽春の行動が夏紀には・・・理解できなかった。
夜・・・
葬式も終わり・・・
店の中も
二階の部屋も静かだ・・・
夏紀は陽春の様子がなんとなく気になり、
帰るに帰れない。
(兄貴・・・)
夏紀の夕食までこさえてくれた。
態度が変わらないことがかえって・・・
心配になる。
”ちょっと休んでくるよ・・・”
そう行ったまま二階から降りてこない・・・。
(兄貴。今日一日何も食ってないんじゃ・・・)
夏紀は心配になり、静かに二階に上がろうとしたそのとき・・・
ガタン、ガタタタタタタ!!!!
ガシャーン!!!!!
「!??」
ものすごい物音に夏紀は階段を駆け上がった。
「兄貴、どうしたあに・・・」
(!!)
そこには・・・
本棚が倒れ・・・
机の上のものが部屋中に散乱していた・・・
「あ・・・兄貴・・・」
呆然と立ち尽くす陽春・・・
その手には・・・
紙切れ一枚・・・
夏紀はそうっと陽春の手からその紙をとった。
「こ・・・これ・・・」
そう・・・
雪が陽春名義ではいった生命保険の証明書だ・・・
「・・・。俺って奴は・・・どうしようもない男だ・・・。
雪が・・・。雪が・・・。こんなこと考えていたなんて・・・
こんなこと・・・。こんなこと・・・ッ」
声をこわばらせ、崩れる陽春・・・
「俺が・・・っ。俺が・・・っ。財布なんか届けなければ・・・俺が!!俺が!!!」
「兄貴のせいじゃねぇよ・・・」
「俺のせいだ!!!おれのせいなんだよッ!!!俺のおおおお!!!」
ドン、ドン、ドン!!!!!
床に拳を打ち付ける・・・
「兄貴やめろッ!!!」
「どうして雪が逝かなければならないんだァーーーーーー!!!!
どうして、どうして、雪が何をした!!!???
ただ・・・。懸命に生きていただけじゃないかーーーーー!!!!ウワァアアアアッ!!!!」
ドンッ
ドンッ!!!
錯乱し・・陽春は壁に頭を打ち付ける・・・
「ワァアアアアーーーーーーーッ!!!!!!」
「兄貴・・・。わかったから・・・。わかったら・・・。やめてくれ・・・」
「雪・・・。雪・・・ッ。雪・・・」
雪の名を何度も呼びながら・・・
陽春は思い出していた。
”先生・・・。どうして・・・どうしてどうしてうちの子が
うちの子がこんな・・・こんな病気にならなくちゃいけないんですか!!??
どうしてうちの子が・・・!!!!どうして!!!!”
病院の廊下で白衣に縋る母親・・・
泣き崩れる母親の台詞を・・・
今・・・自分が叫んでいる・・・
「どうして雪なんだ・・・!!どうして・・・どうして・・・っ」
患者側に立った医療を・・・
そんな熱い想いを抱いていたが・・・
現実自分がその立場にたって始めて知った・・・
「雪ーーーーーーーー!!」
残された者の叫び。
苦しみ・・・
「・・・雪・・・雪・・・」
子を亡くした母の想い
妻を亡くした夫の想い
体がちぎれそうな
叫び
「雪・・・雪・・・っ」
夏紀はただ抱きしめた・・・。
はじめてみる
嘆き
吠え
叫ぶ
兄の肩を・・・
ただ・・・
ただ・・・
それから三日間・・・
陽春は部屋に篭った
呼んで呼んで・・・。
夏紀はその間、ずっと陽春のそばにいた。
三日目の朝。
夏紀が物音に気づいて店に出ると・・・。
「おはよう・・・。夏紀」
モップがけをする陽春。
「兄貴・・・」
「・・・。そうじしてなかったらほらこんなに
汚れてるんだ」
「兄貴・・・」
ゴシゴシと・・・力を入れて床を磨く・・・
キュッキュと音を鳴らして
「・・・。心配かけたな・・・。俺はもう大丈夫だ・・・」
「・・・」
(大丈夫なわけ・・・ないだろ。兄貴・・・)
キュッキュッキュ・・・。
悲しみを消すように
陽春は・・・
一日中床を磨き続けた・・・。
”まぁ・・・。奥様が亡くなられたっていうのに
お店、もう開いてるなんて・・・。本当は冷たい人なのかしら”
”やっぱり保険金もらったのよ。景気がよくなったんでここで
店を大きくしようっておもってるんじゃないかしら”
すぐに店を開いた陽春に対して
こんな下世話な声もあがった。
挙句は
”同情で商売すんじゃねぇよ”
そんな台詞まで。
「・・・。どう見られたって構わない。俺はここを守っていく・・・」
周囲のことなど気にする余裕はない。
悲しみのトツボに陥りそうなこの毎日を乗り切るには
何かしていければ
何か支えがなければ・・・
生きていけない。
生きつづけられない・・・。
大切な人を亡くすということは・・・
悲しみの日々との格闘すること
痛みと向き合う日々・・・
時が傷を癒す・・・
そんなことは決してない。
ありえない。
悲しみが消える日などありえない。
もう・・・
あの人は
あの子は
還らぬことを実感しつづけるだけ・・・
「・・・あれ・・・。閉ってる・・・」
夏紀が店を訪ねた。
雪の2周忌で手を合わせにきたのだが・・・
(おかしいな。定休日じゃないのに・・・)
陽春は何処にいるか。
妻の2周忌に・・・
陽春は
昼下がりの公園のベンチにぼんやり座っていた・・・
誰もいない部屋に・・・一人いれば、耐えている悲しみの波が
再発する。
幼い子供の声はいい。
緊張するこころが解れる・・・
空を見上げる陽春。
すると・・・
(・・・風船・・・?)
空から、水色の風船がふわっと・・・
陽春の目の前に降りてきた・・・
(水色風船・・・)
”なんだかね。これをもらってから私・・・。元気が出たの。幸せの水色風船・・・
なんちゃって”
雪の言葉が浮んだ
あの日のことば・・・
少年が陽春の前に立っていた。
「これ・・・君のかい・・・?」
「うん。ありがと。捕まえてくれて」
「これ・・・どこでもらったのかな・・・?」
「あっち」
少年が指差した方。
花時計の方。
「ねぇ。お姉ちゃん。風船って青いのしかないの?」
「うん。ごめんね。水色しか準備できなかったんだ」
若い女性の声と子供の会話が耳に入ってきた
見ると、花時計の前で、若い女性が少年のために風船をガスボンベで
膨らませていた。
「まぁいいか。僕、青好きだから」
「私も青好きなんだ。特に水色が。空の色、海の色・・・。
どれにも含まれて」
「うん。なんか気持ちいい色だもんね」
”ほら・・・。前に一度似顔絵書いてもらった事あったでしょう・・・?
その時の絵描きさんにもらったの。風船”
”なんか・・・。運命の出会いって感じがしちゃった・・・なーんてね”
(・・・)
雪の言っていた人物が・・・今わかった。
「幸せの風船、ありがとね、お姉ちゃん」
「うん。また遊びに来てねー!」
少年に手を振る女の子。
まだあどけなさが残るその微笑みはどこか・・・
雪に似ている気がした。
”見抜かれちゃったの・・・。本当の私を・・・”
(本当の雪って・・・。どんな雪だったんだろうか・・・。本当の・・・)
彼女なら知っているだろうか。
自分の知らない雪を・・・
水色の風船・・・
声をかけてみようか・・・。
聞いてみよう・・・
雪のことを・・・
雪の笑顔のことを・・・
「あの・・・すみません・・・」
その日。
季節はずれの粉雪が踊るように振ったのだた・・・
また新しい人と人との繋がりがうまれる
巡り会い
紡ぎでいく
生という時間。
生という時間が途切れてしまう”死”
哀しく辛い
重い
暗い
寂しい
でも終わらないものもある。
意味がある
生ある者は死を迎えた者の魂を
を誰かに伝えていく。
だから生きて
繋げていく・・・
繋がっていくのだろう。
色々辻褄が合わないところあったらすみません。
これは雪と陽春の二人の単独のお話・・・ということで・・・(滝汗)