人魚姫  第6話   別れのティアー・ソング   作:露乃

人魚姫 第6話   別れのティアー・ソング   作:露乃




「か、かごめちゃん・・・・!?どうしてここに・・・・・。」
先程のかごめの声は珊瑚達の耳にしっかりと届いていた。

「・・・・・・・・・・・嘘・・・・・・・・でしょ。・・・・・・蒼龍?」
珊瑚の声はかごめには届かない。
今の状況をかごめには受け止めることができなかった。いや、受け止めたくなかった。

「かごめー、急にどうしたんじゃ?おら、かごめの様子が変で心配・・・・。かごめ?」
後ろから七宝が来た。七宝も、そして犬夜叉達もかごめの手が震えていることに気付く。
「かごめさま?」

――違うわ。
絶対に違う!

「っ・・・・・蒼龍!」
「かごめ!?」
かごめは海へと走り出し、犬夜叉はその後を追いかけ、かごめの腕をつかむ。
「このバカっ、海に飛び込むつもりかよ!足が不自由だったお前が海なんかに入ったら溺れちまうぞ!」
「お願い、放して犬夜叉!・・・・・・・蒼龍が・・・・・蒼龍が・・っ・・・!」
「は?お前、何言って・・・・・!?」

かごめの目には涙が溜まっていた。
「か、かごめさま・・・・・・・?」
(蒼龍・・・・・?)
聞いたこともない名前に弥勒も、そして珊瑚達もただ疑問を抱く。


「・・・・・・・・あたしの、せいだわ・・・。」
「かごめ・・・?」
「あたしがあの時帰っていれば・・・ううん、あたしがここに来なければこんな事にはならなかったのに・・・・っ。」
涙は止まることなく流れ、地に落ちた。


(蒼龍・・・・・・・・!)

――いつだっていろんなことを教えてくれた。
いつも側で見守ってくれた。
桔梗やみんなと一緒にずっといたいと思っていた・・・・・・大切な・・・・・・・。


「かごめ・・・・・。」
犬夜叉達には何故かごめが涙を流すのか分からない。
分からないが、犬夜叉達は自分達が何かとても大切なかごめの何かを奪ってしまったような気がした。


「ねえ・・・・・・・・・返事してよ。」

(こんなの・・・・・・・嫌。嫌よ・・・・・・!)

海を見つめてかごめは手を強く握り、青い龍の名を呼んだ。
「・・・・・・蒼龍・・・・・・・・・・っ蒼龍兄ーーーーー!」


ザッパーーーーーーン!
「「「「「「!?」」」」」」
波が大きく揺れて海から出てきたのは・・・・・・青の龍。その龍の声は辺りに響く。
「・・・・・・・・・蒼、龍・・・・・?」
「なっ・・・・・・・・・・あの龍まだ・・・・・!」
犬夜叉はとっさに鉄砕牙をだし、構えるが弥勒に止められた。
「!?・・・・弥勒?」
「待ちなさい犬夜叉。・・・・・かごめさまの様子がおかしい。」


「・・・・・蒼龍!」
かごめは青い龍の側まで駆け寄る。
その時龍はかごめの背に合わせるように屈み、かごめはその頬に触れた。
(生きてる・・・・・。蒼龍・・・・・っ。)

「全く、まさかこんなことになるとはな。」
蒼龍は犬夜叉達を見据える。

「!?・・・・・・・・父上っ、今の声って・・・。」
「龍が、言ったようだな・・・・・。」
龍の体が青い光に包まれていく。徐々に龍は小さくなり、人の姿に変わって港に降りた。黒の短い髪に黒の瞳。犬夜叉達より年上の青年に龍はその姿を変えた。
「だ〜、えらい目に合った。おいそこの犬耳小僧!いきなり何しやがった!さすがの俺も死ぬかと思ったぞ!!」
「なっ、誰が犬耳小僧だ!」
犬夜叉はその犬耳小僧という呼び名に先程の龍だということも忘れて蒼龍に怒鳴った。

「蒼龍・・・・・・・・・。」
「ん?かごめ、お前何でここに来てんだ?確か祭りの歌姫とかいうのをやるんじゃなかったのか?」
かごめはすたすたと蒼龍の側へと行く。
「このバカ!」
「は!?」
「蒼龍の・・・・・・・バカ、大バカ!」
「なっ・・・・・・・・お前なあ、第一声がそれなのかよ・・・・・・!?」
蒼龍は目を見開く。かごめが蒼龍に抱き付いたためだ。そしてこれで犬夜叉達も固まった。
「お、おいかごめ?」

「・・・・・・・死んじゃったかと・・・・・思った・・・・・。無事でホントにっ・・よかった。」
先程、止まった涙がかごめの頬に再び流れた。

蒼龍は手のやり場に迷い、とりあえずかごめの肩と頭に手を置いて言った。
「心配かけたようだな。あの蜘蛛が陸に行こうとしてたんで、戦ってたんだが気付いたら海の上に出ててな。」

泣きじゃくるかごめを安心させるように蒼龍はかごめの頭をポンポンとたたく。
「・・・・・・・・本当に大丈夫なの?・・・・怪我してないのね?」
「ふっ、かごめ。俺があんなどっからどう見ても俺より年下の小僧の攻撃で怪我するわけないだろ?」

昔から変わらない蒼龍の口調。いつだって、蒼龍はその優しい瞳のままだ。

「・・・・・・かごめさま。これは一体どういうことですか?」
「!?」
かごめは蒼龍から離れて犬夜叉達の方に振り向く。蒼龍は無事だったが、まだ問題は残っていたのだ。
「かごめちゃん、そいつはかごめちゃんの・・・・・・・・・・何?」
犬夜叉達は2人の様子を見て、ますます混乱していた。


「みんな・・・・・・・・・・・。」
(っ・・・・・・・・どうすればいいの?)
犬夜叉達は何も知らない。本来の自分の姿のことも蒼龍のことも知らないのだ。
「・・・・・・・・悪い、かごめ。俺はどうやら問題を引き起こしたみてえだな。」
「!?・・・・それは蒼龍のせいじゃないわ!・・・・・・・・・あたしが・・・・・。」

――陸に来たから・・・・・・・・・。

言いかけた言葉をかごめは心の中で呟く。そんな時、2人の声が聞こえた。

「やれやれ、情けないねえ。清龍族の長の息子がこんな騒ぎを引き起こすとは。しばらく会わねえうちに体なまってんじゃねえか?」
「・・・・・・・・・来てみて・・・・・・・よかった・・・・・・・。」

「神楽、神無!?」
珊瑚は2人の姿にただ呆然とする。犬夜叉達も同じ反応をしている。
「よっ、珊瑚。久しぶりだねえ。」
神楽と神無は犬夜叉達も顔見知りだ。
家が反対方向のせいか最近は顔を会わせることもなかったのだが・・・・。

「・・・・・お前達、あの青年を知っているのか?」
お頭は2人を見据える。しかし神楽達はそれを気にせず、かごめ達の側に行く。

「神楽さん、神無ちゃん!どうしてここに・・・・・。」
「海に魔物がいるって聞いてお前飛び出して行っただろ。後を追ってきたに決まってんじゃねえか。」
「2人とも・・・・・・・・・早く海に・・・・・・・・・。ここは、あたし達が・・・・・・・・・・・・・。」
神無は鏡を取り出し、神楽は扇を取り出して石に封じていた力を開放する。

「なっ・・・・・・・・神楽、神無!てめえらっ・・・・。」
はっきりと感じる。2人から感じる力は龍の青年と同じ魔力だ。
「どうしたんだ犬夜叉。あたしらは人間だって言った覚えはないぜ?」
「・・・・・・・・・力を・・・・・・封じてた。・・・・・・・・それだけのこと・・・・・・。」
神楽と神無は否定しない。犬夜叉達はこの展開に頭がついていかなかった。


「だが、神楽、神無。そんなことしたらもうこの町には・・・・。」
「・・・・大丈夫。」
「蒼龍。あたしを誰だと思ってるんだい?別に構わないさ。ここには大分いたし、また旅に出るさ。あたしは陸の風が好きなんだ。自由に吹く風がな。」
扇を広げて神楽は蒼龍にさらに言う。

「それに今のあんたに犬夜叉達を振りきれるかい?かごめに心配させたくないんだろうが・・・・意地っ張りもいい加減にしな。」
「蒼龍・・・・・・・・背に傷がある。犬夜叉相手に・・・・それじゃ・・・・・・・無理・・・。」
「え!?蒼龍・・・・・・・。」
蒼龍は何も言わない。よく見ると蒼龍の衣服には血がついていた。


「かごめ。ここは任せな。犬夜叉達全員あたしの風で広場辺りまで吹き飛ばしてやるさ。あんたは早く海に帰るんだ。」
「・・・・・・・でもっ・・・・・・。」
かごめは犬夜叉達を見る。


――今まで自分を受け入れて一緒にいてくれた人達。


「かごめ、おら何がどうなってるのかちっとも分からんぞ。神楽達を知っておるのか?」
「かごめちゃん!」
「かごめさま・・・・・。」
「かごめちゃん・・・・・君は・・・・。」
珊瑚達は必死に呼びかけてくる。


――そして・・・・・・。


「かごめ・・・・・・・・・・・どういうことなんだよ!。」

すぐ近くにいるのに、少女と自分達の間はとても・・・・・遠く感じる。


「犬夜叉・・・・・・・・・・。」
かごめは瞳を閉じて手を強く握り締める。
(まさか・・・・・こんな別れになるなんて・・・・・・っ。)

分かっている。これは蒼龍のせいではない。人魚の自分がここに来たことが・・・・過ちだったのだ。


「・・・・・その必要はないわ。神楽さん。神無ちゃん。」
「?・・・・・・かごめ?」
神楽達の前にかごめが来る。少し声は震えていたが、それでもはっきりとかごめは言った。

「3人ともさがってて。これはあたしの問題だから・・・・みんなを戦わせるわけにはいかないわ。」
「かごめ?・・・・何言ってんだ!こいつらは俺らで片をつける。お前は早く海に・・・。」
蒼龍はかごめに海に行くよう促すが、かごめは首を横に振る。

「蒼龍は昔あたしに言ったよね。『王族は民を守るために存在する』って。・・・・・・・・だったら姫であるあたしにもその義務があるわ!・・・・・・・さがるのはあたしじゃない。あなた達よ。」

かごめはまっすぐに蒼龍達を見て言った。それは犬夜叉達は知らない、アクアリーナの姫の姿だった。


「かごめちゃん・・・・・・?」
(姫って・・・・・・。)


「・・・・お前は1度言い出したら聞かねえよな。」
蒼龍は盛大にため息をつく。
「じゃあ、あたしらは久しぶりに聞くことにするか、神無。人魚姫の歌を・・・・・・・な。」


「「「「「!?」」」」」」

「人魚って・・・・・嘘だろ。・・・・・答えやがれ、かごめ!」
犬夜叉達は信じたくなかった。

今まで共にいた少女が人魚だということを・・・・・・。


「みんな・・・・・・・・今までごめんね。みんなと一緒ですごく楽しかった。でも、あたしはもう帰らなきゃ。本来の居場所に・・・・・・・・。」

この時犬夜叉達は瞬時に悟ってしまった。少女は・・・・・人魚の娘は海へと帰ろうとしていることを・・・・・。

「かごめ!」
犬夜叉の声を合図にするようにかごめは歌い始めた。紛れもない・・・・・・・・・人魚の歌を。



    遠くの空から歌が聞こえる  心が満たされて

    泣きたくなる 笑いたくなる  そんな歌を覚えてる?


    おぼろげな記憶の片隅  いつも側にあったよね

    形なくても 見えなくても  消えない永遠の宝石



「なっ・・・・・・・・・・。」
珊瑚達は膝を地につける。意識が遠くなっていくのが自分でも分かった。

今の歌は・・・いつもなら心地よく、綺麗な歌であったかごめの歌は犬夜叉達の意識を遠ざけさせるものでしかなかった。

「・・・・・・・どう・・なってんだよっ。」
犬夜叉は目を閉じかけたが、かごめを見据える。

「・・・・おら、もう駄目じゃ・・・・・・・。」
「・・・七宝!」
弥勒が倒れた七宝の体を支えた。その時弥勒は自分の意識を保つのに気を張り詰めていたが、気付いた。
「これは・・・・・っ。」
七宝は眠っていた。心地よさそうに目を閉じて夢の中に入っていた。



     思い出して  あの歌を  

     1人で眠れないなら  私は祈って歌い続ける  
  
     君に安らかな眠りあるように  それは夢に誘う子守歌



犬夜叉達は耳を塞ぐが、状況は変わらない。
「みなっ・・・・私の周りにっ!」
弥勒は結界を張る。犬夜叉達の意識がはっきりとしてきた。けれど、それは一時凌ぎでしかなかった。

「無駄だ。人魚の歌には特殊な力がある。それは人間に幻を見せたり、眠らせたりする。時には魔物の動きを封じることもある。結界なんて人魚の歌には関係ねえ。時間稼ぎにしかならないさ。」
蒼龍はかごめを見守るように側で歌を聞いていた。



     青空と白い雲の向こうまで  響く子供達の声

     まっさらな芯 明かり溢れる  そんな日常でありたい

     
     この世界を見守る灯火は  姿隠しても空にいる

     絶望よりも 悪夢よりも  始まりの夢を見ていこう



「今日のかごめの歌・・・・・・・・・・・・・聞いてて・・・痛い・・・・・・・・・・・。」
神無は呟く。その顔はいつもと変わらないように見えるが、神楽はすぐに分かった。

神無の瞳は悲しげに揺れていた。
「・・・・・・・これがあいつの選んだ道だ。あたしらがどうこう口出していい問題じゃねえよ。」

かごめの歌は悲しみや辛さで満ちていた。けれど、歌うのを止めないのは・・・・かごめが、かごめ自身がこうすることが1番いいと判断したからだった。
(・・・・・・・みんな・・・・・・・ごめんなさいっ。)

――だけど・・・・・・・・あたしは・・・っ。



     苦しくて 求めてた   
     
     何かを与えられるなら  私はずっと手を離さない

     君の心のあの人のように  それはいつかの母の姿


     1人で眠れないなら  私は祈って歌い続ける

     君に安らかな眠りあるように  それは夢に誘う子守歌



「弥勒、珊瑚・・・・っ頭!」
弥勒と珊瑚、そしてお頭はすでに倒れて眠っていた。今膝を付きながらも、眠っていないのは犬夜叉1人だった・・・・・・・・。

「・・・・・・やっぱり犬夜叉には効きにくかったみたいね。」
(・・・・・予想はしていたけど・・・・・・・・。)

――ちょっと、辛いな・・・・・・。



「か、ごめ・・っ・・・・・・・。」
犬夜叉は立ち上がる。ぼんやりとする自分の意識に鞭を打って・・・・・・立ち上がった。


(俺には・・・・・・っ。)

――人魚とか、人間とか、魔物とか、関係ねえ。関係ねえんだよっ。
俺は・・・・・・・・・・・俺はっ、お前が・・・・・・・・・。


『・・・・・・もしあたしが人魚で、海に帰らなきゃいけないって言ったら・・・・・・・犬夜叉はどうする?』

『犬夜叉っ。』


―――俺の前から消えるなんざ・・・・・絶対に・・・・・・嫌だ!



「かごめっ!」
「犬夜叉。みんなに・・・・伝えて。今までありがとう。みんなに出会えて、陸に来て本当によかった。みんなとの思い出は絶対に忘れないっ。・・・・・・・さよなら。って・・・・・っ。」

かごめの瞳から透明な雫が流れた。
その涙を見た瞬間に、犬夜叉の首に鋭い痛みが走って犬夜叉は意識を失った。



「ごめんね。ありがとう、蒼龍。」
意識を失い倒れた犬夜叉を支えたのは蒼龍だ。蒼龍が犬夜叉を気絶させたのだ。

「・・・・・・・これで、本当にいいのか?・・・・・・・・・お前は・・・。」
「・・・・いいの。・・・・・・・・・・・・これで、よかったのよ。」


――あたしの、人魚の居場所は・・・・・・・陸にないの・・・・・。
始めから・・・・・・・・分かっていた。


今は眠っている大切な人達。

あたしのことを受け入れてくれた珊瑚ちゃん、弥勒さま、七宝ちゃん、町の人達。そして・・・・・・・・・犬夜叉。



「・・・・・・バイバイ・・・・・・・みんな・・・・・・。」

―――元気でね。
さよなら・・・・・・・・・・っ・・・・。


涙をこらえてアクアリーナの人魚姫は笑顔で別れを告げた。




月が空に輝き、海は波音をたてて揺れている。

海辺の港で壁によりかかり、目を閉じる者達がいた。そこに歌姫の姿はなく・・・・・・歌姫が着ていたその衣装が1人の少年の側に置かれていた。


歌姫は本来の世界へと、海へと還った。

波の音だけが静かに・・・・・・・・港で響いていた。




 〜続く〜





 あとがき

蒼龍はとりあえず生きてました。このキャラは気に入っているので死なせません♪始めの辺りはあまりにも急展開で微妙ですが、そこらへんは目を瞑って見てやって下さい。これでも努力はしたんです(涙)。
今回の歌も私が考えました。この歌に名をつけるなら、『子守歌』ですね。

とうとうかごめが海に帰っちゃいました。犬夜叉も頑張ったんですがね〜。
あ、ちなみに妹から質問があったので念の為に書きますが、歌の中の<誘う>は<いざなう>ですから。<さそう>ではないです。
この話は何だか今までで1番長くなっちゃいました。いつも長くてすみません。

かごめと犬夜叉がどうなるか、お楽しみに♪