人魚姫 第7話 海と陸の狭間で 作:露乃
祭りの歌姫はこの陸地から姿を消し、犬夜叉達に一つの手紙を残していた。
本来の姿は人魚で薬を定期的に使って、人の姿で過ごしていたこと。
陸に行くにあたっての思いやその経緯。
3日程前に蒼龍達に会い、海に帰ることを決めたこと。
そして・・・・・・・今までの感謝の気持ちと最後の別れの言葉・・・・・・・・。
それら全てをかごめは手紙に書いて残した。
『ずっと嘘をついていてごめんなさい。みんなとはもう会えないけれど、今までの陸での思い出は決して忘れません。それは・・・・・かけがえのない宝物となったから。みんなのこれからの幸せを祈ります。今までありがとう・・・。さようなら。』
「かごめちゃんっ・・・・・・・。」
手紙を読み終えると、珊瑚はこらえていた涙を流してもういないかごめの姿を思い出す。
ここは珊瑚の家だ。犬夜叉達は意識を取り戻してすぐにここに来た。
かごめが使っていた部屋は綺麗に整頓されていた。
手紙はもし自分の本来の姿を知られた時のためにと、神楽にかごめが渡した物だった。
七宝も珊瑚同様に泣いていた。泣く七宝を珊瑚の母が、あやすように抱きしめている。
珊瑚の母も、父も、そして琥珀も泣いてはいないけれど・・・・悲しげな顔をしていた。
「珊瑚・・・・・・・。」
弥勒は涙を流す珊瑚の手を握った。
犬夜叉は拳を強く握り締めて、誰も居ない席を見ていた。
その席にこの間まで座っていた少女の姿はない。
静かな静寂の中で弥勒はその表情を曇らせたまま、呟いた。
「かごめさまは・・・・・・・帰ることを決めていたから二、三日程前から様子が変だったのですな。」
思い出される祭りの前日のかごめの姿。
あの日はいつもと違うどこか寂しげな雰囲気だった。
それは別れを決めたことで、もうわずかの間しか犬夜叉達と一緒にいられないと分かっていたから。
一度海に帰れば犬夜叉達にはもう二度と会えないことを知っていたから・・・・・・・・・・・・。
「まあ、人魚でアクアリーナの姫のかごめがずっとここにいられるわけねえからな。」
「・・・・・・神楽と神無は何もかも知っていたんだね。かごめちゃんが人魚で、姫だってこと・・・・。」
部屋の壁に寄りかかる二人の姉妹。かごめが姫だということはこの二人から聞いたのだ。
珊瑚は涙をぬぐって二人を見据えた。
「あたし達は・・・・・・・・・・・始めは海に・・・・・・アクアリーナに・・・・・・いたから・・・・。」
「かごめとは普通に顔見知りだったしな。その分連絡が来た時はすっげえ驚いたぜ。」
「おら達は・・・・・・・・もうかごめに会えんのか?」
ようやく泣き止んだ七宝は、その泣きはらした目で神楽達に問いかけた。
「無理だね。そもそも、かごめが陸に行ったことで城は一時大騒ぎになったらしいし、かごめだってこれが最初で最後だと決めていたみてえだしな。この間、あたしらと会った時、かごめはこう言っていた。」
『あたしは海が大好き。大切な仲間達が住む世界が好き。』
あの時のどこまでもまっすぐに海を見るかごめの瞳に迷いはなかった。
アクアリーナの姫のその姿は、神楽達が国を出る前と変わっていない。
「・・・・あいつはもう陸に来ることはねえさ。」
「かごめは・・・・・・・・・・人魚。・・・・・・・・・・陸には・・・・・・・・いられない存在だから・・・・・。」
ガタン!
「犬夜叉・・・。」
犬夜叉は何も言わずに珊瑚の家から飛び出して行った。
海辺で倒れていたことで、出会った記憶喪失の娘。
彼女は、祭りの歌姫の笑顔はいつもすぐ側にあって、温かいものだった。
けれど、彼女はもういない。
あの少女の笑顔を見ることは・・・・・・・・・もうないのだ。
―――そしてそれから一週間後。
「かごめーー!」
「沙夜、鋼牙君。どうしたの?そんなに急いで。」
かごめは読んでいた本をしまい、窓から部屋を出て外にいる沙夜達の側へと行く。
「いいから来てかごめ。今日ね一年ぶりにイルカの群れがここに来たのよ!」
「去年のチビイルカもきっとでかくなってるぜ。」
鋼牙と沙夜はかごめの返答も聞かずに泳ぎだす。
「あ、ちょっと待ってよっ。沙夜、鋼牙君!」
海に帰り、かごめはいつもと変わらない日常に戻った。
時折遠くから流れてくる旅の途中の魚の群れ。
岩や洞窟の間に住む小さな生き物。
遊びに行く子供達。海の底にある海草に隠れて遊び、楽しく時を過ごしている。
魔物の姿はあるけれど、それでも平和で争いがなく自然の恵み溢れる海の世界。
そんな大切な居場所に、かごめは帰って来た。
たくさんの笑顔に迎えられて・・・・・・・。
「姫さまーーー。」
「かごめさまっ。」
「お歌、歌ってーーー。」
沙夜達と泳いでいる時、遊んでいた子供達がかごめに気付き集まってきた。
「みんなっ、元気してた?ごめんね、顔出さなくて。」
かごめは姫であるが、毎日のように一度は外に出て町に顔を出していた。
かごめのことを民が慕っているのはそのためでもある。
かごめは城にただ居るよりも、町に行って町の者達の生活に触れて、話をするのが好きだった。
「ハイハイ。みんな、あたし達はこれから行く所があるから、また今度ね。」
「「「は〜い。」」」
「約束だからねーっ。」
純粋無垢な子供達はまた先程の所で遊び始める。
その笑顔はかごめや、沙夜達を和ませるには充分なものだ。
「かごめは子供に好かれるわよね〜。」
しみじみと沙夜は呟いた。
「沙夜だって好かれてるわよ。でも二人とも本当にイルカの群れが来たの?いつもよりも少し早いんじゃない?」
「間違いねえよ。銀太や白角の話じゃ、何でも今年は向こうの海の潮の流れが早かったらしいぜ。」
その時、後ろからかごめ達は呼ばれた。
「沙夜、鋼牙、かごめっ。」
「お前ら一体どこに行くんだ?」
振り向いた先にいたのは桔梗と蒼龍だった。
「桔梗。お父様に呼ばれたんじゃなかったの?」
「ああ、だが大した用件ではなかったからかごめが気にすることはない。」
「うん・・・・・・・・・・・。」
――自分が陸に行った時、城は一時大混乱したらしい。
それが自分のせいだと思うと申し訳なさでいっぱいになる。
「さ、行くぞ。お前らイルカの群れに行くんだろ?」
話を逸らした蒼龍。沙夜はそれに頷いた。
「もちろんよ!」
それが蒼龍達のかごめへの気遣い、優しさだった。
「かごめ。」
桔梗は少し俯いたかごめに手を伸ばす。かごめは笑顔で沙夜達に言った。
「うん!ありがと、みんなっ。」
いつもと変わらないように見えるかごめの笑顔。
けれど、どこかで無理をしているのに気付いていた沙夜達には少しそれが痛々しげだった。
(かごめ・・・・・・・。)
「おや?珊瑚、犬夜叉は来ていないのですか?先程見かけたのですが・・・・。」
町の広場で弥勒は辺りを見まわす。
「犬夜叉だったらさっき帰ったよ、弥勒。」
「そうですか・・・・・・・。」
広場では前と変わらずに子供達が遊んでいる。
珊瑚の家族と犬夜叉、弥勒、七宝以外はかごめがどこへ行ったのか知らない。
本当のことを言うわけにもいかないので町の人達には『かごめは家族と共に故郷へ帰った』と話した。
最初、町の人達は驚いていたが、すぐにそれを受け入れた。
真実を知りつつ、未だかごめがいないことに戸惑いを拭い切れずにいるのは珊瑚達だけだった。
「・・・まさか本当にかごめちゃんがここから離れてしまうなんて・・・・・・・・あの時は予想もしなかったよ。」
「予想しろというほうが無理でしょう。ですが、これでかごめさまが記憶喪失というのに感じた違和感にも説明がつきます。」
本来記憶喪失ではなかったのだから、危機感のようなものが見られなかったのも納得できる。
「あたし達・・・・・・・・・・もうかごめちゃんには会えないのかな。」
「・・・・おそらく無理でしょうな。神楽達からかごめさまに伝言を伝えてもらうことすら駄目でしたから。」
神楽と神無はまだこの町にいる。一度出て行こうとしたが、その必要はないと珊瑚達に言われたからだ。
神楽と神無は弥勒達のかごめに伝言だけでも伝えて欲しいという言葉を拒否した。
神楽達はあの時のかごめの涙を見ていた。
かごめにこれ以上辛い思いをさせるわけにはいかないと判断したのだ。
「おら、未だ信じられん。かごめが・・・・人魚だったなんて・・・・・。」
あれから一週間も経ったけれど、七宝はかごめが海に帰ったということを受け入れきれずにいた。
「それは我々とて同じですよ、七宝。そしてたぶんあいつも・・・・。」
空を見上げて思うのはあの二人が共にいた時のこと。
彼女と共にいた時、犬夜叉が一番穏やかな顔をしていた。
「犬夜叉・・・・・・・・・・。」
珊瑚は今ここにいない少年の名を呟いた。
――犬夜叉は今どこで何を思っているのだろう・・・・。
「あいつを見つけたのは・・・・・・・ここだったな・・・・・・。」
犬夜叉の目の前にあるのは海辺の砂浜。
そこはかつて倒れていたかごめを犬夜叉が見つけた場所で、二人が時折一緒にいた場所だ。
ここに来る時はいつもかごめが一緒だった。けれど・・・・・・・・。
(あいつはもういねえ・・・・・。)
少女は海へと帰った。
最後に見た少女の涙が今も胸に焼き付いて頭から離れない。
あの時、かごめは何を思って泣いたのだろう?
別れへの辛さか、嘘をついてたことへの罪悪感か、あんな形で去ることへの苦しみか・・・・・。
たぶん全部当たっているだろう。
少女は・・・・・・優しさと強さをいつもその瞳に宿らせていた。
「くそ!」
ドカ!
側の木に苛立ちをぶつけるように犬夜叉は拳をぶつける。
「何でだよ・・・・。少し前に戻っただけじゃねかっ。」
木に拳をぶつけても、苛立ちはおさまらない。
かごめが来る前の生活に戻っただけだ。
それ以外何も変わっていない。何も・・・・・・・・・・・。
『少しは穏やかな顔してみなさいよ!』
始めは口うるさい女だと思った。けれど・・・・・・・。
『・・・・・・あんたは独りじゃないじゃないっ。』
涙を目にためて、かごめはそう言った。そんな風に言われたのは・・・・初めてだった。
――かごめがあの時、そう言ってなかったらきっと今の俺はいなかった。
かごめはいつも喜怒哀楽が激しくて、笑顔を見せていた。
あいつと話している時は、あいつが隣にいる時は居心地がよかった。
『犬夜叉は・・・・・・・あったかいね。』
「勝手に・・・・いなくなりやがってっ・・・・・。」
――人魚とか、そんなのはどうでもいい。
砂浜に犬夜叉は座りこんだ。
「会いてえ・・・・・。」
――誰よりも、側にいてほしかったんだ。
『犬夜叉っ。』
かごめの笑顔は今でもはっきりと覚えている。
犬夜叉にとってかごめはすでにかけがえのない存在となっていた。
ぬくもりを、人の温かさを自分に示してくれた人魚の少女。
気が付けばいつも手を差し伸べていた。
子供のように時折転んでいた彼女に。
「かごめっ・・・・・・・・・・・。」
あの時、側にあったぬくもりはもういない。
――もう会えねえんだ。
あいつにはっ・・・・・・・・・・・。
「くそっ・・・・・・・・・。」
行き場のない苛立ち、その想いをどうすることもできず、犬夜叉は一人海を見ていた。
目の前に広がる果てしなく、広くて深い海を・・・・・・。
「・・・・・・・・・みんなは、今どうしてるかな。」
海の国、アクアリーナの城の自室でかごめは陸のことを思う。
あんな形で別れてしまい、かごめは今も罪悪感をぬぐえずにいた。
決してあんな風に別れることを望んでいたわけではない。
偶然が重なった結果、あのようにせざるを得なかったのだ。
どんな別れにせよ、別れの時間が少し早まった。それだけのこと・・・・・・・。
『か、ごめ・・っ・・・・・・・。』
一人で部屋にいる時に思い出されるのは陸での楽しかった思い出だけではない。
別れの時・・・・・・・犬夜叉だけが自分の歌を聞いても眠りにつかず、立っていた。
(あの時の犬夜叉の顔が・・・・・・・頭から消えない。)
かごめはあの別れの時のことを忘れたいと願う時もある。けれど、忘れられない。
陸の優しい者達と・・・・・・・恩を仇で返すように別れてしまった時のことは未だ鮮明に覚えている。
(きっと、みんな怒ってるよね。)
けれど、真実を言うことは絶対にできなかった。人魚は人と関わりを完全に絶っている。
人魚は不老不死の源となるという伝説は・・・・・・・・・今もある。
人魚が人間を『野蛮な種族』という大まかな理由は・・・・・・・・今もその愚かな伝説を信じる者達がいるからだ。
永遠の命など、ありはしない。
限りある命を大切な者達と過ごし、この平和な世界で生きていくこと。
それが、人魚達の望みで、願いだ。
だから・・・・・・・どんな者達であろうと、人魚だということは絶対に言えなかった。
「・・・・・・海に帰ってきたのに・・・何でこんなに辛いの・・・・・?」
(みんなとの別れは・・・・・・・分かっていたはずなのに・・・・。)
遅かれ早かれあの日に帰るつもりだった。
この海の世界へと・・・・・。
「みんなのことを友達だって思っているから?」
かごめにとって犬夜叉や珊瑚達との思い出はかけがえのないものだ。決して忘れない。
――けれど、それだけではない気がする。
『お前・・・・・変な奴だな。』
「犬夜叉・・・・・・・・。」
始めはあまり関わりが少なかったが、あの朔の夜から犬夜叉と一緒にいることが多くなった。
別れを告げる時、一人立つ犬夜叉の姿を見て歌っている時にこらえていた涙が流れた。
(今・・・・・・あんたは何してるの?)
分かるはずもない。もう、犬夜叉に会うことも・・・・姿を見ることすらないのだから。
――あんなにもすぐ側にいたのに・・・・・・・もう会うことはない。
あのぶっきらぼうな優しさに触れることはもうないのだ。
「何で・・・・・悲しいのが消えないのかな・・・・・・。」
かごめの消えそうな小さな声に答えるものはない。
かごめ自身、自分の心が・・・・・分からなかった。
その時桔梗はそんなかごめの姿を部屋のドアの隙間から見ていた。
(かごめ・・・。・・・・・何とかしなければならないな。)
桔梗はドアを静かに閉めて、何かを決意し部屋の側を離れた。
〜続く〜
あとがき
これも書くのに少しスランプです。やっぱり予定通りにはいかないものですね。ここでもう少し物語を進めるつもりだったのですが・・・・・・。それは次回に持ち越しです。そして今回も長くなってしまいました。
犬夜叉とかごめ、それぞれのシーンは気に入っています。それぞれの心情を描こうとしたのですが、どうでしょうか?
桔梗は原作と全然設定が違いますね。次回ちょっと出張る予定です。
それでは次回で!