人魚姫 第8話   胸の奥の願い   作:露乃






「桔梗、何なの?大事な話って。」
アクアリーナの城の桔梗の部屋に集まっているのは桔梗、沙夜、鋼牙、蒼龍だ。
沙夜が桔梗に問いかけたが、聞かなくても沙夜も、そして鋼牙達も桔梗の話が何か分
かっていた。

「かごめのことだ。」
陸から帰ってきて10日になるがかごめは未だにどこか元気がなく、部屋に一人でい
ることが多かった。
そのことに今までずっと一緒にいた桔梗や沙夜達が気付かないはずがなかった。

「・・・・・だから不安だったのよ。」
窓際に行き、ポツリと沙夜は呟いた。
「沙夜?」

「もし、かごめが陸で友達とかを作ったりしたら・・・・・別れが辛くなるって・・
・・・・。」

桔梗達は黙り込む。が、その沈黙は次の沙夜の発言であっさりと崩れた。

「やっぱりあの時、こっそり楓ばあちゃんの所から薬を頂戴して・・・・無理にでも
かごめを連れ戻しに行くべきだったわーーー!」
「って、ちょっと待て沙夜!お前一度やったのにまだ懲りてなかったのか!」
鋼牙は沙夜の言葉を聞き逃さずに、言った。

かごめが陸に行ったと分かった後で、沙夜は一度それをやろうとして蒼龍達に見付
かった。
もちろんそれにより沙夜は両親に怒られた。

「何よっ、ホントのことじゃない!だいたいあんたがあの時余計なことしなければ今
頃こんなことにはっ・・。」
「あのなっ。気持ちは分からねえわけじゃねえが、お前まで陸に行ったらさらにやや
こしくなってただろうが!」
沙夜のその行動を予測し、蒼龍に言ったのは鋼牙だった。

2人のケンカの仲裁のように桔梗と蒼龍が言った。
「沙夜。鋼牙の言うことは正論だ。それににお前はかごめが陸に行きたがっているの
を知っていた。」
「というより、俺ら全員な。お前はそれでもかごめを止められたか?」

「うっ・・・・・それは・・・・。」
蒼龍達の鋭い指摘に沙夜は詰まる。

「今、あの時のことをどうこう言っても状況は変わらねえ。今の問題を解決しよう
ぜ。」
年上というのもあり蒼龍の言うことはいつもと言っていいほど、正しい。


「だが、どうすりゃいいんだ?これはかごめの心の問題だ。」
「あのね、鋼牙。だ・か・ら今こうして集まってるんじゃない。はあ〜、これだから
あんたは・・・・。」

桔梗はいつもと変わらない様子の沙夜達を横目で見て少し笑ったけれど、すぐにその
表情を真剣なものに変えて言った。
「2人とも、そこで蒼龍に私は陸の者達のことについて調べてもらったんだ。」
「「!?」」
沙夜と鋼牙は蒼龍を一斉に見る。蒼龍は静かに話し始めた。
神楽達から聞いたことなど、調べた全てのことを話した。


「今話したことは陸にいる神楽達から聞いたことだ。で、問題はかごめだが・・・・
・。」
「かごめとてこうなることは予想していたはず。他にも何か原因があるように思う。
だがそれが何なのか・・・・。」
「桔梗でもそれは分からないってことね。」
桔梗は頷く。

かごめのことは一番よく分かっているつもりではあるが、今回ばかりは桔梗にも予想
できなかった。

「この間会った絵里達が冗談で恋とか言ってたけど、そんなことあるわけないし
ね〜。」
「「「!?」」」

桔梗達は沙夜の言ったことで、一番あって欲しくない事態が起きているかもしれない
ことに気付いた。
そして沙夜は・・・・・・。
「みんなどうしたのよ?かごめに限ってそんなことあるわけ・・・・・。」
沙夜以外のメンバーはみな顔を険しくしていた。それにより沙夜も気付いた。


その可能性は決してゼロではないことに・・・・・・。

「まさか・・・・・・・・そんな・・・・・・・・・。」
沙夜はその可能性を否定したかった。考えたくなかった。

もし、今考えていることが当たっているなら、それほど辛いことは・・・・・・・・
・おそらくない。

「そういや気になる話を聞いたな。かごめが陸に来たことで変わった奴がいたらし
い。確か名前は・・・・・。」
蒼龍は思い出そうとするのだが、なかなか思い出せない。
変わった名前で印象に残っていたにも関わらず、いつの間にか頭から抜けてしまった
ようだ。


「蒼龍。・・・・・あんたもう立派な大人なんだから、その物忘れ激しいのなんとか
してよ・・・・・。」
「何で、そんな肝心なこと忘れんだよ・・・。」
沙夜と鋼牙、呆れて怒鳴る気力も失せたらしく、どこか冷めた目で蒼龍を見る。

桔梗は何も言わなかったが、海の底よりも深そうなため息をついた。

蒼龍はどういう顔をすればよいのか分からず、明後日の方を見る。
「犬夜叉・・・・・ではないのか?蒼龍・・・。」
「あ!そうだ。確かそんな名前・・・・って何でお前が知ってるんだよ。桔梗。」

(やはり・・・・・・・・。)
かごめが呟いていた名前。

その時見たかごめの表情は今まで見たことのないもので、とても気にかかっていた。

「で、何なのよ。そいつは。」
「ああ、そいつは魔物と人間の間で生まれた・・・『半魔』でな。森で暮らしていて
町には必要ねえかぎり行かない奴だったらしい。で、かごめが来てから変わり始めて
普通に町にも来るようになったとか。」
沙夜達は蒼龍の話に一心に耳を傾けている。

「俺が会った陸の連中の中にいたぜ。最後まで残ってた奴だ。もっとも俺が気絶させ
たがな。」
「ああ、蒼龍に傷を負わせたって奴か。」

「びっくりしたわよね〜。蒼龍が怪我して帰って来た時はって・・・・・そうじゃな
くて!そいつが今回の原因かもしれないってことよね。でも蒼龍。さっきあんたそい
つのこと何で言わなかったのよ?」
「悪い。忘れてた。」
沙夜は脱力して、テーブルに突っ伏してしまった。

時折、蒼龍が本当に大人なのか疑いたくなる。それほどに昔から物忘れが激しいの
だ。

「けどよ、そういう問題になると俺らにはどうすることもできねえんじゃ・・。」
「沙夜、鋼牙、蒼龍。」
鋼牙の言葉を遮るように桔梗はその凛とした声で言った。

「ここは・・・・私に任せてくれないか?」

沙夜達はそんな桔梗の言葉に頷くしかなかった。











真っ青な空の下の森の中の家。
そんな天気のいい日であるのに関わらず、一名は不機嫌そうに肩を震わせていた。

「犬夜叉。全くあんな所で突っ込むバカがどこの世界にいるんですか?」
「ギリギリで避けれたからよかったけど、後一瞬遅かったら大やけどしてたよ。少し
は頭を使ったらどうだい。」
「やはり犬夜叉は頭が働かぬのう。」

かなり言いたい放題言われている犬夜叉は無け無しの忍耐で耐えていた怒りを爆発さ
せる。

「〜てめえらなあ〜〜。他に言うことねえのかよ!」
先程魔物との戦闘で犬夜叉は負傷し、今手当てをしている。

依頼を受けて珊瑚達は魔物退治に行ったのだが、その魔物は炎を使う少々やっかいな
ものだった。
犬夜叉はその時珊瑚達の忠告を無視し、正面から飛び込み、まともに炎を浴びそうに
なった。
それは避けれたが、直後の攻撃で負傷し、今に至る。


「あのねえ。言わせてもらうけど、あんた最近かなりがむしゃらじゃないか。もう少
し自分の体のことを考えなよ。」
「けっ。」
犬夜叉は反省した様子は全くなく、目を逸らした。

そんな犬夜叉に珊瑚達は呆れたように盛大なため息をつく。

けれど、実際にそうなのだ。
前々から後先考えずに犬夜叉はいつも敵に突っ込んでいたが、先程のは見過ごせるも
のではなかった。


「犬夜叉。我々はお前を心配して言っているのですよ。だから当分大人しくしていて
下さいと・・・言ってんだよこのボケが!」

弥勒は穏やかな様子から早変わりして、犬夜叉を思いっきり蹴り飛ばした。
「なっ、いて!!〜弥勒てめえ、いきなり何しやがる!」
「こっちの言うことを少しは聞きやがれ!怪我人がぎゃあぎゃあとわめくな!」
「けっ、この程度の怪我気にするようなもんじゃねえよ!」

「み、弥勒・・・・・・。」
七宝は少々後退りして思ったことはたった一つ。
善良そうに見えても、やはり弥勒は不良だと。

珊瑚は二人のそんなやりとりを見てまたため息をついた。

「犬夜叉。もう少し大人になって珊瑚達の言うことに素直に従ったらどうじゃ。やれ
やれ、まだまだ犬夜叉は子供じゃのう。」
七宝は呆れたように犬夜叉を見た。
「あんだと七宝〜〜。ガキのてめえにそんなこと言われたかねえよ!」
犬夜叉は握り拳をつくり、七宝を睨む。


(やれやれ。)
弥勒は内心思う。

犬夜叉はあれ以来どこか荒れている。
魔物との戦いがそれを物語っていた。何かを振りきるように犬夜叉は敵に突っ込んで
いく。

魔物との戦いの時、本人は気付いていないだろうが、今までと違い動きが鈍くなって
いる。

まさか、たった一人の少女がここまで大きな影響を与えるとは思いもしなかった。


弥勒は少し考えこんだ後、犬夜叉に言った。
「犬夜叉。・・・・・・・今のお前を見たら、かごめさまは何と言われるでしょう
な。」
「!?・・・・・何が言いてえ・・・・。」
「ちょっと、弥勒!」
珊瑚は弥勒の側に行き制止の声をかけるが、弥勒は続けて言う。

「かごめさまがいなくなって・・・・・・・もう10日経ちました。お前も、もう前
を見るべきではないですか?」

過ぎた時間は決して戻らない。
どれだけ大切な時間でも、それはいずれ過去になり時は流れていく。

生きている者は戻らない過去に囚らわれているままではいられないのだ。


ガシャ―ン!
犬夜叉がランプをその手で割り、その破片が床に散らばる。
「犬夜叉!」


「もうかごめのことは言うなっ。」


外に出ていく犬夜叉の後を珊瑚達は追えなかった。
「弥勒・・・・・・・。」
「どうやら、私が思った以上に・・・・・・・・振りきれていないようですな。」

開いたままのドアの向こうの森の木が風でざわざわと音をたてている。
犬夜叉の姿はもう見えない。

「・・・・・・・・・かごめがおらんようになってもう10日も経っておったんじゃ
な。」

あの時のことは昨日のことのように思い出せる。
それは珊瑚達も同じだった。

それくらいかごめが姿を消したことは衝撃的だったのだ。









「弥勒の野郎・・・・・何でかごめがでてくんだよっ。」
不機嫌オーラ全開でイライラしている犬夜叉は、怪我のことも気にならない。

「あいつはもう関係ねえだろうがっ。」

あの少女はもうここにはいない。
もう会うことすらないのだ。
あの人魚の少女は海の底へと帰ってしまったのだから、会いにいくこともできない。

関わりなど、10日前の祭りの夜に消えてしまっている。


『犬夜叉っ。』


思い出される笑顔はいつも温かなものだ。
振り返る思い出は今も未だ色あせずにいる。

決して忘れられない存在。

海の国の・・・・・・人魚姫。


『あたしは海が大好き。大切な仲間達が住む世界が好き。』


「そういや、祭りの日もこんな天気だったな・・・・・・。」

雲一つない晴れ晴れとした空を犬夜叉は一人眺めていた・・・・・・。












「かごめ。」
「桔梗?・・・・・どうしたの?確か今日は何か約束があったって言ってたのに・・
・・・・・。」
かごめの部屋を突然桔梗が訪れた。
「ああ。それはもう済んだ。今日は少しお前に話があってな。」
「話?」

桔梗はイスに座り、かごめは本を片手に本棚に向かった。
「・・・・・・・陸の話を聞きたいと思ってな。」
ピタ。
かごめは本を棚に戻そうとしていた手を止めた。

「・・・・・・急にそんなこと言って・・・どうしたの?何かあった?」
かごめは平静を装って言ったけれど、その声が微かに震えていたのを桔梗は聞き逃さ
なかった。
「いいから私の質問に答えてくれ、かごめ。・・・・・・・・悪いとは思ったが陸で
のことを少し調べてもらった。お前は陸の者達をどう思っているのだ?」
「・・・・・・・・・・・。」

何故桔梗がそんなことを言い出したのかはかごめにも予想はつく。
おそらく自分の様子が変なのに桔梗も気付いていたのだろう。

「うん。分かったわ。」
かごめは桔梗に陸での思い出を話した。桔梗はその話を静かに聞いていた。


「みんなに最後まで嘘ついちゃったけど・・・・・でも陸でのことは大切な思い出
よ。絶対忘れないわ。」

海にはない草花、緑の木々、羽ばたく鳥達。そして町の人達の優しさ。
毎日が新鮮で、驚きの連続だった。
そんな日々の中で、いつも自分と共にいてくれた犬夜叉達。

二度と会えないけれど、大切な人達はずっと心の中にいる。

犬夜叉とよくケンカしたことも・・・・。

珊瑚と二人で買い物をして・・・・広場にみんなで集まっていろいろなことを話して
いた記憶も・・・・・。


決して忘れない。


「そうか・・・・・・・。」

桔梗はかごめの横顔を見て、言おうと思っていたことを本当に言ってもいいのかと迷
う。

けれど、このまま黙っているわけにはいかない。

かごめのためにも。
かごめが本当の意味で笑顔になるには、今ここで気付かせなければならない。
そして、その心に決着をつけさせなければいけないのだ。


「かごめ。蒼龍から聞いたんだが、犬夜叉という者のことを・・・・・・お前はどう
思っている。」
かごめは一瞬何を言われたのか分からなかった。

「え?・・・・・・桔梗、何言って・・・・・・・。」
「かごめ。お前にとってそいつは何だった?」
「あたしにとって・・・・・?」


――思い出される陸にいた時のこと。

最初はケンカばかりしていた。
けど、あの日の夜の犬夜叉を見て・・・・・・何かが変わった気がした。


『お前・・・・・変な奴だな。』


それ以来犬夜叉は町に来るようになって・・・・・・・一緒にいることが多くなっ
た。

足に慣れなくて転ぶたび、その手を・・・・・・・大きな手を差し伸べてくれた。



「・・・・・っ・・・犬夜叉はただの友達よ。・・・それ以外の何でも・・・・
・。」
「本当に・・・・。それだけか?」
桔梗の射抜くような鋭い瞳が・・・・・かごめに向けられている。

「かごめにとって・・・・・・犬夜叉は何だった?」


『その様子なら平気だな。』

『・・・別に俺は何も言ってねえ。』


いつだって短気で乱暴な性格ではあったけど、分かりづらい優しさがあった。

(犬夜叉の隣は・・・・・・・・・・・・・。)


居心地がよかった。

鼓動が少し早くなって・・・・・・みんなとは違う感じがした。


――でも・・・・・・・・・・っ・・・・・・・・・。



「・・・・・・っ・・・・分からない。分かんないのっ。」
「かごめ・・・。」
かごめは俯いて強く手を握り締めて・・・・・・自分の心の奥をやみくもにさまよっ
ていた。

「みんなとは違うと思うのっ。でもっ・・・・・・・・・・分かんないっ。自分の気
持ちが全然分かんないっ。」

彼はいつも側にいた。
だから・・・・・・・・・。

「いつの間にか・・・・・・・隣にいるのが当たり前になってた・・・・・・。」

気が付けばいつも隣にいて・・・そのことに疑問も抱かずに過ごしていた。



「かごめ、お前は・・・・・・・犬夜叉に会いたいか?」

  
   ・・・・・・・・・会いたい?


「あたしは・・・・・・・・・・。」


『かごめ!』


(あたしは・・・・・・・っ・・・・・。)

――好きだったんだ。

いつの間にか、犬夜叉が・・・・・・好きになってたんだ。



「会いたい・・・っ・・・・・・。・・・犬夜叉に・・・・・・・会いたいっ。」

(バカみたい・・・・・。)

――あたしは人魚で・・・っ・・・・・陸の者とは決して相容れない存在なのに・・
・・っ・・・・。


人と人魚。
陸の世界と海の世界。

全く異なる場所で、同じ空の下にある二つの世界。

空に輝く太陽や月はいつも空で地上を、海を照らしているのにどうしてこうもかけ離
れた場所なのだろう?
それぞれの心は、嬉しさ、楽しさ、悲しみなど同じ感情が存在しているのに、こんな
に違うのは何故だろう?

海も、陸も大切なものは変わらない。
そして、陸の住人と人魚が相容れない存在なのも決して・・・・・変わることはな
い。


「かごめ・・・・・・・・・・。」
涙がかごめの頬に流れ出した。
桔梗はそんなかごめに切り出した。


「会いに行け。かごめ。」

「え・・・・・・・・?」

桔梗はかつてかごめが楓の家から持ち出した薬をかごめに渡した。
「会いに行くんだ。・・・・・・・・・・・これを使ってもう1度陸に・・・・・・
・・・。」
「!?」


人の姿になる薬は・・・・・・・・あの時と全く変わらずにかごめの手の中にあっ
た。




 〜続く〜



あとがき

どうも小説書いていると時間忘れますね。
でもこれの最後はかなり満足ですv 書き終えた後は気分よかった〜〜♪

第8話、書き足しとかをしたら第6話と同じくらい長くなっちゃいました。今回の副
題はけっこう悩みました。話の主題みたいなのはあまり考えてなかったので難しかっ
たのです。

かごめ、自分の想いに気付きました!桔梗は、かごめの双子の姉として頑張ってもら
いました。この話の桔梗は妹(双子)にも好評でした。私も実は双子なのです。
次は陸が舞台です。お楽しみに!