人魚姫 最終話 2人の想い 作:露乃
――いつかの時と似ていた。
けれど、あの時とは違う。
あの時ここに来たのは蒼龍だった。
今、ここに来たのは・・・・・・・。
「・・・・犬夜叉。・・・・どうして・・・・・・・。」
かごめは驚きと困惑でそれしか言えず、目を見開いて呆然としていた。
――今、ここにいるのは会いたいと・・・・・・・・願っていた人。
そして、会えないと・・・・・・思っていたからこそ自分は姿を見せなかった。
それが・・・・・・・・自分にとって一番いい選択だと思っていたのに・・・・・。
この時、呆然としていたのは犬夜叉も同じだった。
「本当に・・・・・かごめなのか・・・・?」
(何で・・・・・・ここにいるんだ?)
――あの時、少女は海に帰ったはずだ。
龍の青年と共に姿を消して・・・・・・・・・もう会うことはないと、自分に言い聞
かせていた。
別れた時と少女の姿はあまり変わっていない。変わっているとすれば、その下半身
だ。
あの時、人の足だったのは人魚の尾びれになっていた。
長い静寂が続き、その沈黙を破ったのはかごめだった。
「・・・・っ・・・・・どうして、あんたがここに来たの?」
(香り袋で、匂いを消していたのに・・。)
「おめえこそ、海に帰ったんじゃなかったのかよっ。ここに来たんなら何で顔見せに
こなかったんだ!」
「・・・・っ・・・・それは・・・・・。」
「それに何でお前の匂いが消えてんだ!?」
犬夜叉は会えた嬉しさよりも、憤りのほうが大きかった。
突然姿を消した少女は・・・・・・目の前にいる。
けれど、少女は俯いて自分の目を見ようとしない。
「・・・・もう一度だけ、みんなが今どうしてるか見たいと思ったの・・・・・
・。」
「!?」
「あんな別れ方をして・・・・・・・・あたしは海に戻って、どうしてもそれが気が
かりだった。」
かごめは香り袋を取り出して、犬夜叉に投げた。
「これは・・・・・。」
「それは、蒼龍にもらったの。清龍族は争いを嫌う種族。人間や魔物との戦いを避け
るために匂いを消す香り袋よ。みんなにどんな顔して会えばいいのか分からなかった
から。」
かごめの声は少し震えていた。
今、かごめは犬夜叉の顔を見ることが怖かった。
そのため、顔を上げることができなかった。
本当のことを何一つ言わずに帰ってしまったこと。
そして、あんな形でかごめが去ってしまったことに犬夜叉は怒っているのだろう。
彼が怒るのは当然のことだ。
(・・・・・でも・・っ・・・・。)
聞かなければならない。
かごめは俯いていた顔を上げて、犬夜叉を見据えた。
「・・・・・それより、犬夜叉答えて。どうして、あんたがここにいるの!?」
かごめは人魚の尾びれを人の足に変えて少しよろめきながらも、立ち上がった。
そうやって立ち上がるのはかごめがここに来たばかりの頃によく見た、姿だ。
そんな姿がどうしようもない程に、かごめが『人間』として自分と共にいた時を思い
出させる。
側で少女が笑っていたあの頃を。
「匂いは完全に消していた筈なのに・・・・何でここに・・・・・。」
かごめは犬夜叉のそんな心情に全く気付かずに答えを求める。
犬夜叉はその問いに小さな声で答えた。
「・・・・が・・聞こえた。」
「え?聞こえたって何が・・・・・・。」
かごめは、強い風のせいか犬夜叉の言葉全てを聞き取れなかった。
今も風が強く吹いているが、次の言葉はしっかりとかごめに届いた。
「歌が聞こえた。」
「え・・・・・・・・?」
かごめは一瞬その意味が分からなかった。
(歌って・・・・・・・・・・・。)
――どういうことなのだろう?
全く意味が分からない。
確かにさっきまで言い伝えで、物語の人魚姫の歌を歌っていた。
何故・・・・・犬夜叉に・・・・・・。
(まさか・・・・・!)
かごめの思考が一つの結論に達した。
考えられるのはたった一つだけだ。
(あたし・・・・・・・・無意識のうちに・・・・力を・・・・・?)
――人魚の歌は時に彼方の地の仲間に声を届ける。
それは自分も知っていたことだ。
けれど、この力を実際に自分の意志で使うことのできる人魚は少ない。
無意識でも、この力を使ってしまうなんて・・・・・・・。
「珊瑚ちゃん達、は・・・・?」
「置いてきた。まあ、もうすぐ来ると思うがな。」
他愛ない会話でも、かごめには息苦しかった。
「・・・っ・・・・ごめん、なさい。」
かごめの手が、肩が震えている。あの日の残像が脳裏に浮かぶ。
珊瑚達が眠っても、なお意識を保ち自分を引きとめようとした彼の姿。
さまざまな感情がかごめの心の中に沸き起こり、目頭が熱くなる。
「かごめ。」
一歩、一歩と進んで犬夜叉はかごめの側に来た。
そして、いつかの時と同じようにかごめの目に溜まった涙をぬぐった。
「・・・ごめんなさい!・・・・みんなとあんな風に別れるつもりはなかった。嘘つ
いていたことを怒るのは当然よね。だけど、絶対に本当のことを言うわけにはいかな
かった。陸にはあの伝説が、あるから。」
人魚を食らえば不老不死を得るという、伝説。
かつてその伝説のために命を奪われた人魚達。
それは人との関わりを完全に絶った今でも、人魚達を縛っている。
「それに・・・・ずっとみんなとあんな風に一緒にいたかったから、言えなかった。
言いたくなかったの。」
「かごめ?」
かごめはゆっくりとその眼差しを町の方へ向けて、静かな口調でさらに続ける。
「あたしは陸に長くいられないって、分かっていた。だからみんなと気まずくなった
り、気を遣わせるようなことにしたくなかった。」
陸に来て戸惑ってばかりだったけれど、いつしか日常となっていた生活。
長く続かないけれど、それでもその時間を大切にしたかった。
「みんなといることもいつのまにか日常になってた。でも、あたしの本当にいるべき
場所はここじゃないから。」
背を向けようとしたかごめの腕をつかみ、犬夜叉は言い放った。
「いるべき場所なんて、関係ねえだろ!人魚であってもかごめはかごめだ!また・・
帰るのか?」
「・・・・うん。桔梗達が、みんなが待っているから。もう・・・・・ここには来な
い。」
「・・・・・っ・・・・。」
腕を掴んだまま黙り込んだ犬夜叉の頬に、かごめは手で触れて微笑んだ。
胸の内にある願いと、悲しみを押し隠した精一杯の笑顔で。
「また、あんたに会えて本当に嬉しかった。元気で。さっきみたいに怪我しないで
ね。」
――頬に触れている少女の手は温かい。
隣にいつもいた頃と全く変わらない・・・・・ぬくもり。
「・・・・あの矢はお前の・・だったんだな。どうしても・・・・・帰らなきゃいけ
ないのか?」
犬夜叉の頬からかごめは手を離して頷いた。
「うん。あたしはアクアリーナが好き。あの国はあたしが生まれ育った場所で、大切
な友達や、家族の住む場所だから。」
「かごめ・・・・・・・。」
かごめは迷いのない口調で、静かに微笑んだ。
「あたしはずっとみんなのいるあの国を見守っていきたい。あたしにできることなん
て何もないかもしれないけど、それがあたしの望みで、姫としての役目なの。だか
ら、もう行くね。」
かごめの思いに偽りはない。
これは遠い昔からの願いであったから。
――もう、後悔しない。
また、会うことができたから。
きっと、もう一つの願いは消えないけれど・・・・・・。
「じゃあ、お前は何でここに来たんだ・・・・・・・?」
「だからそれは・・・・・っ・・・。」
「俺は・・・そんなことを聞きに来たわけじゃねえ!」
犬夜叉は掴んでいたその腕を引き寄せた。
「え・・・・・・・・・・?」
かごめは目を見開く。
すぐ目の前にあったのは白銀の髪。
腕を引き寄せられて、かごめは犬夜叉の腕の中にいた。
「勝手にいなくなりやがって・・・・・・っ・・・・・。」
「犬・・・・夜叉・・・・。」
(え・・・・・ええーーー!?)
かごめは今の状況に混乱するばかりだった。
「い、犬夜叉っ。放しっ・・・・。」
「ぜってー嫌だ。」
犬夜叉は放すどころか力を強めてくる。
かごめが犬夜叉から離れようとしても、無駄な努力に終わってしまう。
「・・・・・っ・・・・・どう・・して?」
かごめは犬夜叉に抱きしめられて、鼓動が速くなっていた。
そして、犬夜叉の行動の意図が掴めずにいた。
「お願いっ・・・・・放して・・・・。」
(あたしは・・・・人魚なんだよ?)
かごめの声が聞こえていないわけではないはずだが、犬夜叉はそれでも力を緩めな
い。
「俺は・・・・かごめが好きだ。」
「!?」
「だから・・・・・・もう勝手にいなくなるなっ。」
――自分勝手な願いだと分かっている。
けれど、この少女が・・・・・自分には必要なのだ。
腕の中の温かいぬくもりが何よりも大切で、ずっと側にあってほしい。
叶わない願いだと、分かっていても。
この願いは簡単に捨てられるものではない。
どんな時でも決して消せないものは確かに存在している。
「・・・・嘘・・・・でしょ?」
「嘘でこんなこと言わねえ。」
(どうして・・・・そんなこと言うのよ?)
かごめが犬夜叉に会いに行かなかったのは、海に帰るからだ。
海に帰る時にもう迷いがないように、心の整理をつけるためにここに来た。
けれど、未だ残っていたかごめの迷いがさらに大きくなった。
「あたしはっ・・・・人魚なの!あたしの居場所は海の世界でっ、ここじゃない!」
それはずっとかごめの中にあったもの。
二人を隔てる決して変わることのない現実。
「・・・・・・・言われなくても、わかってらあ。」
「じゃあ、何で・・・・・・?」
「聞きてえんだ。・・・・お前は・・・・・。」
決して叶わない願い。
けれど、最後に・・・・・・・。
不意に犬夜叉は腕の力を緩めて、まっすぐにかごめを見て言った。
「・・・・・俺のことをどう思ってる?」
「・・っ・・・!?」
思いがけない犬夜叉の問いにかごめは息を呑む。
犬夜叉はかごめの背に回していた手を肩に置き、かごめをじっと見つめる。
「犬夜叉・・・・・。」
犬夜叉はそれ以上何も言わずに、ただかごめの言葉を待っている。
――答えなんてもう出ている。
海に帰ってからずっと犬夜叉のことが頭から離れなかった。
痛切に、会いたいと思った。
もう一度、姿を見るだけでもいい。
陸に行って、犬夜叉に会いたいと願った。
離れて気付いた心の奥に芽生えていた、たった一つの想い。
(あたしは・・・・・・・。)
かごめは犬夜叉にありのままの想いを告げた。
「・・・あたしも・・・好き。」
「かごめ・・・・・・・。」
「犬夜叉のことが・・・・大好き!」
そこにあったのは、犬夜叉がいつも側で見ていたかごめの笑顔。
「かごめっ・・・・・・。」
犬夜叉はかごめを再び抱きしめた。
決して放さないというように強い力で。
「あたし、海に帰っても・・・犬夜叉のこと絶対に忘れないっ。」
――どんなことがあっても・・・・どれほどの時が流れても。
今、目の前にいる存在を。
この金色の瞳を・・・・決して忘れないっ。
涙で少し犬夜叉の顔が霞んで見えた。
犬夜叉はそんなかごめをいとおしそうに見つめて、ささやいた。
「俺もだ・・・・・・・。」
二人はそのままゆっくりと顔を近づけて、口付けを交わした。
「お前に会えてよかった・・・・・・・・。」
犬夜叉の言葉にかごめは頷いてそのまま犬夜叉の胸に頬をすり寄せた。
その時、静かな浜辺に声が聞こえてきた。
「かごめちゃん、犬夜叉ーー!」
犬夜叉とかごめは声が聞こえてきたのと同時に離れて頬を染めながらも、声が聞こえ
た方に振り向いた。
「珊瑚ちゃん、弥勒さま、七宝ちゃん!」
かごめ達の側に珊瑚達が駆け寄って来る。
「かごめぇーーー!」
「七宝ちゃん!」
七宝が泣きながらかごめに飛び付いた。
「かごめぇーもう会えないかと思ったぞ。」
「ごめんね。七宝ちゃん。」
「また会えて本当に嬉しいよ、かごめちゃん!」
「かごめさま・・・・・一時はどうなるかと思いましたが、お元気そうで何よりで
す。」
珊瑚も七宝同様思わぬ再会に涙ぐみ、弥勒はそんな珊瑚の隣に立っていた。
「みんなっ・・・・・・・。」
「かごめちゃん、よかった。本当にあの時はびっくりしたよ。」
「珊瑚ちゃん。」
かごめと珊瑚は手を取りながら笑いあった。
そんな二人を横目に弥勒は犬夜叉に呟いた。
「で、どうでしたか?」
「な、何の話してんだよ!お前には関係ねえだろ//」
「いいじゃないですか。」
一時の再会を喜び合っていたかごめにその時、異変が起きた。
(・・・・あれ?)
「かごめちゃん、どうしたんだい?」
「えっと・・・ううん、何でもな・・・。」
足に何か違和感を感じたその瞬間、するどい衝撃がかごめの足を襲った。
「・・・・・・っ・・・・・!?」
かごめは地にガクリと膝をつけ、苦痛を顔にあらわにした。
「かごめ!?」
犬夜叉達はかごめの側に駆け寄る。
地面に座りこんで、かごめは息を荒くして足の痛みに耐えていた。
「おい、かごめ!どうしたんだよ!?」
「・・・・足が・・・・・・っ・・・・。」
(どうして・・・・・っ・・・この痛みはあの時と同じ・・・・っ・。)
――初めて薬を使い、『人間』の姿になった時も同じような痛みに襲われた。
けれど意識を取り戻してからその痛みはなくなり、それ以降は全く何もなかった。
(なのに・・・・・・何で今頃・・・・っ・・・・・。)
「しっかりしろ、かごめ!」
「かごめちゃん!」
その時、徐々にではあるが痛みが薄れて足の感覚が戻ってきた。
「おい、かごめ!大丈夫か!?」
「・・・・・・・うん・・・。」
完全に足の痛みが消えて、かごめはそのまま座り込んだ。
「もう大丈夫。・・・・・・でも、どうして今頃・・・。」
「ったく、あんま心配かけさせんなよな。」
その様子を見て犬夜叉達も安堵の息をつく。
日が沈み橙色の空が霞んでいく中、砂浜でどこか凛とした声が響いた。
「どうやら、言い伝えの伝説は真実だったようだな。」
「え!?」
突然聞こえたその声にかごめと犬夜叉達は振り向き、硬直した。
犬夜叉達はその先にいる人物の姿を目にした途端に言葉を失った。
そして、かごめは呆然としながらその人物の名を掠れるような小さな声で呟いた。
「・・・・・・桔梗・・・・・・・?」
唖然としている犬夜叉達はかごめともう一人の人物を交互に見やる。
「か、かごめちゃんにそっくり・・・。」
「どうなっとるんじゃ!?」
桔梗は慌てふためく様子の犬夜叉達を見て、声にはださないものの笑っている。
そして、さらに・・・・・・・・・・・。
「桔梗だけじゃないわよ!」
茂みから三人の人影が飛び出した。その三人は・・・・・・・・・・。
「蒼龍、沙夜、鋼牙君!?」
「かごめーー!」
驚き、困惑の表情を浮かべるかごめに沙夜は抱き付こうとして走った。
しかし・・・・・・・・。
「やめとけ沙夜。俺は慣れてるからいいとしてお前の場合走ったら・・・・・。」
転ぶぞと蒼龍が言いかけた時、沙夜は見事にバランスを崩し倒れた。
「さ、沙夜っ。大丈夫?怪我は・・・・・・。」
かごめが駆け寄り、沙夜の手を取る。
その手につかまり、沙夜は無言で立ち上がり、たった一言。
「・・・・・・かごめが尾びれを傷だらけにしてきた訳がよ〜く分かったわ。」
どこか不機嫌オーラを漂わせる沙夜の足を見ると、転んだような傷跡がいくつかあっ
た。
「沙夜ってば・・・・・。」
いつもと変わらないそんな沙夜の姿を見てかごめは微笑む。
珊瑚達はその来訪者に驚いていたもののかごめから話を聞き、弥勒はいつもの癖で沙
夜を口説き始めた。
そして、珊瑚は弥勒の耳を引っ張り離れさせた。
「弥勒、かごめちゃんの友達を何口説いてるんだい!」
「大丈夫ですよ、珊瑚。心配せずとも私の心はいつでもお前のもとに・・・・・
・。」
弥勒の手が珊瑚のお尻に触れて、平手の音が砂浜に響く。
その時、犬夜叉は蒼龍にケンカごしに怒鳴っていた。
「てめえっ、あの時はよくもやりやがったな!覚悟できてんだろうな!」
「いや、覚悟といわれてもなあ。別にそんな用事で来たわけじゃねえし。」
怒気全開の犬夜叉に蒼龍は腕を組んであっけらかんと対応している。
「犬夜叉っ、落ち着いてよ。桔梗、どうしてここに?それに伝説って・・・・・
・。」
かごめは犬夜叉を宥めるように側へ行き、蒼龍達に問う。
「すまない。どうしてもお前のことが気がかりでな。後を追ってきたんだ。」
桔梗が蒼龍の隣に来て、かごめと向かい合わせの位置に立った。
かごめによく似た容姿ではあるものの、その雰囲気は全く違ったものだ。
凛とした眼差しに落ち着いた口調と、どこか大人びた容姿。
「お前だって、知っているだろう?『人魚姫』の伝説を。」
「え?知っているも何も、あの話は有名な言い伝えの物語でしょ。でもそれがどうし
たって・・・・・。」
そこまで言いかけて、かごめは先程の桔梗の言葉を思い出す。
「まさか・・・・・・・。」
かごめは目を見開いて、桔梗をじっと見つめる。
犬夜叉達はその言葉の意味がつかめず、黙って続きを待っている。
「大古の昔、まだ一部の人魚が人間との関わりを持っていた時の話だ。お前と同じよ
うに陸の者を好きになった人魚が魔女に頼んで人になる薬を作った。その魔法薬は想
いが通じ合った時に本当の効果が発揮される。そしてその後、人魚姫の物語が生ま
れ、幾人かは同じように人になる道を選んだ。」
「「「「「!?」」」」」
「まあ、その話を知っているのは一部の清龍族と人魚だけで、俺達もここに来る前に
知ったばかりだ。」
蒼龍は驚愕で声も出せない犬夜叉達を面白そうに見る。
驚きながらもただ一人弥勒は蒼龍に問いかけた。
「では、今のかごめさまは・・・・・・。」
かごめは人になる薬を使っている。
その薬が同じものであるなら・・・・・・・。
「かごめ、お前はすでに『人魚』ではない。そこの者達と同じ・・・・・『人間』
だ。」
――人間。
海ではなく同じ空の下にある陸で生きる存在。
「な・・・・・っ・・・・・・。」
犬夜叉は側にいる立ちすくんだまま動かないかごめへと視線を移す。
かごめは何か言おうとするが、声が出ず言葉にならない。
突如として伝えられたことに頭がついていかなかった。
「かごめ。王様からの伝言よ。この薬でたまに帰って顔を見せろって。王様達はあん
たの様子からこうなる日が来るって予測してたみたいね。」
そう言って、沙夜はポケットからたくさんの薬が入った小瓶と巻貝ををかごめに手渡
す。
今までとは逆の効果をもつ――人になった人魚が一時的に人魚に戻る薬だ。
そして、この巻貝は陸の清龍族が海の者と連絡をとる時に使う通信用の道具。
「お父様・・・・・・・。」
かごめは大切そうにその小瓶を握り締めて、海の底にいる父達の姿を思い出す。
「さっきの話も全部王様から聞いたことだ。」
「だが、かごめ。もう一つ、お前に言わなければならないことがある。陸にある人魚
の伝説の始まりについて。」
鋼牙に続いて桔梗が話し始めたのはもう一つの真実。
「これも陸との関わりがあった頃だ。重傷の魔物が人魚を食らったことで、その傷は
予想を越える早さで完治して、寿命を延ばした。私達人魚のみがもつ特殊な力は、魔
物などの魔力を高める作用があるんだ。その話が広まり、不老不死の噂になって人間
達が人魚を襲い、それがきっかけで人との関わりは完全に絶たれた。」
「そしてあたし達の力はたとえ人になっても消えない。特に王族のあんたは強い力を
もっている。強い魔物なら、その力を一目で見ぬけるかもしれない。だから、犬夜
叉。あんたはかごめを守りなさい。あんたがそう約束しない限りあたし達は海に帰ら
ない。」
沙夜の鋭い視線が犬夜叉を射抜く。
「沙夜・・・・・・・。」
かごめは今までに見たことがないくらい剣呑に目を細めている親友の姿を見つめる。
そして、犬夜叉は鉄砕牙を握り締めてそれに応えた。
「どんな連中が来ても、かごめには指一本触れさせねえ!」
力強いその金色の瞳は桔梗達を見据えていた。
「・・・・・・ま、合格だな。」
かごめの頭をポンと叩き、仕方ないと言わんばかりに蒼龍はあさっての方向を見や
る。
そして、桔梗や沙夜、鋼牙は・・・・・・・・・。
「いい覚悟だ。とりあえず私達はお前を信じることにしよう。」
「いいこと!かごめを泣かせたりしたら、半殺しにして海に沈めてやるからね!」
「アクアリーナの姫を奪ったんだ。そのくらいの覚悟をしてもらわなきゃな。」
鋼牙は言い終わってすぐにかごめの手をぎゅっと握り、犬夜叉など眼中にないかのよ
うにかごめに告げた。
「かごめ、お前は俺の初恋の女だ。こいつが嫌になったらいつでも海に帰って来い
よ。」
「こ、鋼牙君・・・・・。」
「なっ・・・・・・・てめえかごめに気安く触んな!」
二人の間に割って入った犬夜叉は威嚇するかのように鋼牙を睨みつける。
「うるせえっ犬っころ!俺とかごめの間に入んじゃねえ!」
「〜〜誰が犬っころだ!てめえ俺にケンカ売ってんのか!」
即座にケンカし始めた犬夜叉達。
かごめは止めようにも口を挟むことができず、止めたのは沙夜だった。
「ちょっといい加減にしなさいよ、かごめが困ってんでしょ!」
「「うるせえ!」」
――この時、鋼牙は自分の失態に全く気付いてなかった。
沙夜は地の底から出すような低く、淡々とした口調になり、言った。
危険度上昇、発動五秒前。
「そこの犬と狼、いい加減にしなさいよ・・・・・・・。」
「さ、沙夜・・・?」
かごめと桔梗達はそれに気付き、後ろに下がる。
「口出しすんな!沙夜っ・・・・・・・。」
はっと鋼牙が我に帰った時にはすでに遅く、苦手なものナンバーワン発動。
「・・・・・・・・お二方、なんなら二人仲良〜く海の底にご案内致しましょうか
?」
至極愛想よく、それでいて周りの者すべてを硬直させる笑顔。
その声色は・・・・・・・・・丁寧で、どこか穏やかであるが冷淡なものだった。
ピキピキ、ピシッ。
まるで、吹雪の中で凍ったかのようにその場にいた全員が固まる。
体中が氷に包まれたかのような感覚。
「『氷の微笑み』は健在だな・・。」
一番立ち直りが早かった桔梗がぼそっと呟いた。
「・・桔梗はいつも立ち直りが早いよな。感心するぜ。で、沙夜。犬は分かるとして
何で狼なんだ?」
桔梗に続き、硬直状態から復活した蒼龍が言った。
「ふっ、陸の犬っていうのと一番仲悪いのは狼っていう魔物って相場は決まってんの
よ!」
「狼は動物だぞ。」
「・・・・・・・・・・蒼龍!細かいところを突っ込まないの!」
かごめはそんないつもと変わらない沙夜達を見て、微笑む。
満ち潮になってきたのか波が少し足にかかった。
桔梗も沙夜達を見て笑っていた。
そして、かごめと犬夜叉の側に歩み寄り、柔らかな笑みで言った。
「かごめを頼む。かごめ、元気でな。」
「うん。桔梗も・・・・・・元気で。」
桔梗は蒼龍達のもとへ行き、沙夜は鋼牙の髪を掴んだままかごめに手を振る。
「かごめ、近いうちにまた帰ってきなさいよーー!」
そのまま、桔梗達はかごめ達の方に振り返ると海に潜り姿を消した。
「みんな・・・・・・ありがとう・・・・・。」
――次に会う時は今度こそ笑顔で帰って、他愛ない話をたくさんしたい。
大切な・・・・・いつも側にいてくれた家族や友人達と。
橙色の空は霞みはじめ、すでに日が完全に沈みそうになっている。
「すっかり遅くなっちゃったね。」
「じゃな。おら、お腹すいたぞ。」
「かなり暗くなってきていますし、早く町に戻りますか。」
珊瑚達は海に背を向けて町の方へ歩き出す。
犬夜叉もそれに続くが、ふと止まり後ろを振り返る。
かごめは立ったまま、海を見つめていた。
「かごめ、早く来ねえと置いてくぞ!」
「あ、待ってよ今行・・・。」
言葉が不自然に途切れる。
何もひっかかるような物はない筈なのだが、かごめは転んでいた。
「・・・・・お前何でそんなに転びやすいんだよ。」
「〜〜し、仕方ないでしょっ。最近ずっと海にいたし、ここと海じゃ全然違うんだか
らっ。」
かごめは足や服についた砂をはらいながら立とうとする。
無意識のうちに穏やかな顔になり、犬夜叉はかごめに手を差し出す。
「ったく、しょうがねえな。」
「あ、ありがと//」
繋がれた手が心地よくあたたかだった。
「かごめ、さっさと帰るぞ。」
「・・・・・・うん!」
かごめと犬夜叉も珊瑚達の後を追って歩き出す。
互いの手を強く握り合ったままで。
「・・・・・・かごめ。」
「え?何?」
犬夜叉は不思議そうに自分を見上げてくるかごめにただ一言呟いた。
「もう、勝手にいなくなるなよ。」
かごめは少し驚いたような顔をしたが、微笑んで応えた。
「・・・・うん。もう、いなくなったりしない。」
――ここにいることが、あたしの願いだから。
これからの未来に不安がないと言えば嘘になる。
でも、それと同時に今ここにいられることが嬉しくて願わずにはいられない。
大切な海の国の民達と大好きな人達の幸せがいつまでもあるように。
そして、こんな穏やかな日々が少しでも多くあるように。
彼の側にずっといられるように。
――ずっと・・・・・・側にいる。
「どうやら、なんとかうまくいったらしいな。」
木の影から犬夜叉達の姿を見守る者達がいた。
神楽と神無、陸で暮らす清龍族の二人の姉妹。
用件が済んだのでさっさと帰ろうとする神楽に神無は呟いた。
「・・・・・・・・・本当に・・・・・・大丈夫・・?」
「は?何がだよ。」
「かごめ・・・・・・・・・・。」
神楽はピタリと足を止めて、不敵に笑って言った。
「かごめが心配か?」
無言で神無はコクリと頷き、砂浜へと目を移す。
「・・・・・・・・陸と海・・・・・全然違う。・・・・人魚の、かごめは・・・・
本当に・・・・平気・・・?」
神楽は神無の側に歩み寄り、頭に手を置いた。
「心配無用だと思うぜ。そんなにやわな女じゃねえ。あいつなら、な。」
あの姫ならば、そう簡単に挫けることはないだろう。
たとえ挫けそうになっても、彼女はきっと負けない。
そう言い切って神楽はスタスタと進む。神無もそれに続いて町に向かう。
――人魚姫が陸にもたらしたのは彼女が生来もつあたたかな優しさによる安らぎ。
未知の世界へと『人の足』で踏み入った人魚姫にもたらされたのは、新しいもう一つ
の居場所。
陸に住まう大切な人達が笑顔で過ごす町。
心を閉ざしていた一人の少年が得た光・・・・・・・孤独を癒すぬくもりをもつ笑
顔。
その少年と出会ったことで、陸で過ごしていく末に人魚姫が気付いた想い。
それは人魚姫にとって・・・・二人にとって何物にもかえがたいたった一つのもの。
苦しみの果てに通じ合った心は・・・・もう離れることはないだろう。
種族の壁を越えて、少年と少女は手を繋いで歩み始めた。
また夜の暗闇で月が隠れてしまう日は来る。
しかし、心が闇に囚われる夜は・・・・・もう訪れない。
国中で慕われていた澄んだ歌声を響かせていく歌姫。
彼女は包み込むような優しさと強い意思をもっている。
そんなアクアリーナの人魚姫は海と同じ空の下にある陸で生きてゆく。
一人の少年と共に・・・・・・・・・・・・。
〜終〜
あとがき
ついに・・・最終話を迎えましたーー!完結できてよかったです。一時はどうなるか
と思いましたよ〜。
これを読んで下さったみなさんと水音さま、本当にありがとうございました!そして
最後まで、長ったらしくてすみませんでした。最終話、まさかこんなに長くなるとは
思っていませんでした。
『人魚姫』、はじめに考えていた時は3話くらいの予定だったんですよ。予定は未定
とはこのことですよね。
これの前に考えていたパラレルよりも結局長くなっちゃいました。
付け加えればよかったかなと思うこともありましたが、この物語は全体的には気に
入ってます。
みなさんはどうでしたか?それが一番気になります。
一人でも多くの人がよかったと思って下さったら嬉しいです。
そしてオリジナルキャラクターの蒼龍と沙夜も気に入ってくだされば、なお嬉しいで
す♪
鋼牙が8話と少し違った感じですが、そこはあまり気にせずに・・・・・・。
それでは最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました。
最初の頃、ご迷惑をかけてしまったにも関わらずこんな話を受けとって下さったっ水
音さま、心から感謝しています。
いつまでも、みなさんに『光』がありますように・・・・・・・・・・・・・・・・
・・。
管理人より一言:露乃さん、長編連載本当にご苦労さまでした。そしてありがとうございました。半年近くかけて練りに練って、書き上げられ、そしてあったかいきもちのいっぱいつまった素敵な作品が出来ました。
投稿小説を載せるようになって、一年ほど経ちますが、私もとても嬉しくそして感謝でいっぱいです。投稿していたけるだけでも有り難いのに、大切な時間とそして心をじっくりかけて、作品を仕上げて頂いて本当に有り難いことです。
長編というのはやはり、根気がとても必要です。でも、根気が入った分だけ作品も
とても充実した、作品が出来上がるのだと思います。
ラストも、希望が持てる原作の犬かごを思わせるほのぼのとした、さらに
あとがきにあるように『光』を感じさせてくれます。
ファンタジーものなんだけど、ちゃんとそこには犬くんとかごめちゃんがいて。
二人らしさが素直に感じられて楽しくそしてあったかい作品です。
露乃さん、本当にお疲れさまでした。そしてありがとうございました。
これからも拙サイトですがよろしくお願いします。