人魚姫 第9話 彼方に届く歌声 作:露乃
サザ―ン。
響いている海の波音。
「まさか、またこの姿になるなんて思わなかったな・・・・・。」
森の側の砂浜にかごめは人の姿になって立っていた。
かごめの手の中にある小さな香り袋は、あの後蒼龍が渡してくれた物だ。
『会うのが辛いなら、これを持ってな。これが匂いを消してくれる。姿だけでも見て来いよ。』
桔梗も、蒼龍も、それに沙夜達もかごめの背を押してくれた。
(みんな・・・・・・。)
砂浜の側の緑の森。羽ばたく鳥の姿や、青い空に白い雲。
もう来ることはないと思っていた陸地に自分は来ている。
そして犬夜叉の家はすぐ側の森の中だ。
かごめは森に歩き出す。
――会うかどうかはまだ分からない。
いや、会うつもりはない。
あんな別れ方をしてどんな顔で会えばいいのか分からない。
(でも・・・・・・・やっぱりもう1度、犬夜叉の姿を見たい。)
気付いた想いを伝えるつもりはない。
けれど、最後にその姿を目に焼き付けておきたい。
陸に来るのはこれが最後なのだから・・・・・・・・。
「お前らなあ。何でお前らがついて来るんだよっ。」
犬夜叉は今、町から家に戻る途中なのだが珊瑚、弥勒、七宝も後ろにいた。
「よいではないか。問題ないじゃろう。」
「たまにはお前の家で話したりしてもいいでしょう。」
「そうそう。みんなでお茶でもしようじゃないか。」
(ったく、こいつらは・・・・。)
悪態づきながらも、犬夜叉の不機嫌は少し薄れていた。
犬夜叉は気付いていた。
かごめがいなくなってから、町に来てもどこか上の空だった自分を珊瑚達が気遣ってくれていることを。
昔は気付けなかった優しさが今の犬夜叉には心地よかった。
「少しだけだからな。」
その時だった。犬夜叉達が異変に気付いたのは。
七宝が体を動かした時、腕に痛みを感じた。何かで腕を切った。
かすり傷ではあったが、周りに何かが張り巡らされている。
「なっ・・・・・・・・・。」
「どうやら獲物がかかったようね。」
黒の衣服に肩よりも短い髪の少女が木の上に現れた。その手には櫛が握られている。
「てめえ・・・・・。」
少女は人でないことが犬夜叉は匂いですぐに分かった。
「へえ〜。綺麗な髪してるじゃない。あたしは逆髪の結羅。今日ここに来たばかりだけど、こんな見事な獲物がいるなんてラッキーだわ。」
犬夜叉は舌打ちした。
今日犬夜叉は用事があって朝から町にいた。だから気付けなかったのだ。
「人の髪を使う鬼が北のほうにいると聞いたことがある。それがあんたなのかい?」
「あら、よく知ってるわね。でもそんなの聞いたって無駄よ。あんた達はここで全員死ぬんだから。」
どこか残虐さを感じさせる笑みを浮かべて、魔物の少女は犬夜叉達に襲いかかった。
かごめは犬夜叉の家へ行こうとした。けれどその途中にあったものは・・・・・。
「どうなってるのよ・・・・・。」
森に入った時から何かが前と違うと感じていた。
何らかの力が森の中にあって、その不穏な空気が徐々に森全体に広がっている。
その原因は・・・・・。
「何なのこれ・・・・。糸・・・・・ではないみたいだし、髪?」
かごめの目の前の道には髪が張り巡らされている。
触れるだけで肌が傷つき、赤い血が流れて地に落ちて染みこむ。
血だらけの動物が何匹か地に伏している。
目に見えてなければ、かごめも引っかかっていただろう。
「ひどいっ・・・・誰がこんなことを・・・・・・・。」
手に抱えたうさぎの子供はすでに息絶えている。
(許せないっ。)
どこかで木々が倒れるような音が聞こえる。魔力がぶつかりあっている。
かごめは子うさぎをそっと下ろし、その方向へ駆け出した。
そしてその先へいたのは・・・・・・。
(っ・・・みんな・・・・・。)
犬夜叉達は戦っていた。かごめは木に隠れてその様子を見ていた。
けれど、今でるわけにはいかない。犬夜叉達に会うことはできない。
結羅という少女に犬夜叉達は苦戦していた。
いくら攻撃しても少女には決定的なダメージがなく、攻撃してくる。
「くそっ!」
(何で・・・・あんな状態で動けるんだよっ。)
犬夜叉の風の傷をまともに受けたはずだ。
結羅の両手はすでになく、ここに張り巡らされていた髪はほとんど切れている。
「あたしを倒すなんて誰にもできないのよ!」
かなりの傷を負っているにも関わらず、魔物の少女の動きは変わらない。
(あの子・・・・・何か違うわ。)
――何かがおかしい。
あの少女の操る髪は手からではなく別の場所に繋がっている。
光る数本の髪が繋がっているのは・・・・・。
かごめはその場を離れて光る髪の繋がっている場所を探す。
(お願い、犬夜叉。もう少し持ち堪えてて!)
光る髪は洞窟の入り口にあるたくさんのどくろの中に繋がっていた。
「見つけた!」
そのどくろから髪の数本が出ている。
(これに何かあるはず・・・・・・!)
「!?」
犬夜叉達と戦っていた魔物の少女に変化があった。
何かを見据えるようにその動きを止めて、誰もいない方向を見つめる。
「誰かが・・・・近付いてる!」
「なっ・・・・・・てめえ待ちやがれ!」
犬夜叉達に目もくれず結羅は駆け出す。犬夜叉はその後を追う。
「犬夜叉!」
珊瑚は立ち上がろうとするが、地に崩れる。
「珊瑚!」
「無理に動いては駄目じゃ、珊瑚。足に怪我してるではないか!」
弥勒と七宝が珊瑚の側に駆け寄る。
「・・・・・・大丈夫。それより結羅は一体どうしたんだい。急に血相変えて・・・・・・。」
「どうやら向こうに・・・何かがあるようですな。」
弥勒は結羅と犬夜叉が消えた方向を見る。
犬夜叉はこの時、結羅の後を追ったところ、別の魔物に遭遇して足を取られていた。
「くそっ!あいつどこいきやがった!」
魔物は片付けたが、結羅の姿を見失った。犬夜叉は匂いをたどり、駆け出す。
カツンカツン。
「くっ・・・あと少し・・・。」
かごめは矢を取り出してどくろを壊そうとしていた。
「そこまでね。あんた、楽に死なせないよ!」
「!?」
結羅は髪で操る剣をかごめに向けた。
「さあ、そこから離れないと首が飛ぶわよ?」
(・・・・・っまずいわ。)
――犬夜叉がすぐ近くに来ている。
かごめはそのどくろを結羅に投げて、結羅はそれを受け取る。
「これによくもまあ気付いたわね。でも、あんたはここで終わりよ!」
木の上に立ち、結羅は勝ち誇ったような顔でかごめを見下ろしている。
迫っている魔力はもう結羅の後ろに来ていた。
「・・・・・・・それはどうかしら?」
「何・・・・・!?しまっ・・・。」
木の上にいた結羅を犬夜叉の風の傷が襲った。
結羅はかごめに気を取られていて、犬夜叉に気付かなかった。
かごめは結羅が風の傷を受けたのと同時に側の川に飛び込んだ。
結羅のどくろは風の傷をまともに受けて割れ、中にあった櫛も壊れた。
バサバサッ。
結羅の体は消えて、着ていた衣服だけがその場に残った。
「あの女・・・。魂移しをしていたのか。」
それならば、こちらの攻撃がきかなかったのも納得できる。
「犬夜叉!」
後ろから珊瑚達が雲母に乗ってきた。
「これは・・・・・・・。」
弥勒は辺りを見渡す。結羅の姿はもうない。あるのは衣服のみだ。
「?・・・・・・犬夜叉。他に誰かいなかったのかい?」
犬夜叉は何か別の匂いはないかと神経を研ぎ澄ませるが、自分達以外の人の匂いは残っていない。
先程犬夜叉がいた場所からは、しげみでかごめの姿は見えなかったのだ。
「は?いきなりどうしたんだよ。誰もいないぜ。そんなことより、おめえらの怪我の手当てが先だろ。」
珊瑚は雲母から降りて洞窟の入り口を指す。
「あれ・・・・・・・。」
珊瑚が指差した方向に落ちていたのは一本の矢だった。
弥勒はそれを拾う。その矢からは何かの力が感じられた。
「破魔の矢・・・・・?」
珊瑚達の住む町に破魔の矢を打つ者はいない。
近辺の町でも、巫女などは少数だ。こんな森に来ているとは考えづらい。
犬夜叉達が知る限り、破魔の矢を打つ人物は・・・・・・・・・・・。
(か・・・・・ごめ?)
犬夜叉の脳裏に蘇る映像。
魔物との戦闘の時、かごめが放った矢は魔物の足を吹き飛ばした。
「まさか・・・・・かごめちゃん・・・?」
珊瑚達は顔を見合わせた。その時、犬夜叉は声を張り上げて言った。
「かごめじゃねえ!」
「犬夜叉・・・・・。」
弥勒が矢を置いて、立ち上がって犬夜叉を見る。
「人魚のあいつが・・・こんな所に来るわけねえだろっ。とっとと帰るぞ!」
珊瑚達に背を向けて言い放たれたその言葉は、犬夜叉が自分に言い聞かせているように感じられた。
そして犬夜叉は海の方角に一瞬目を向けたが、すぐに歩き出した。
珊瑚達もその後を追って、歩き出す。
犬夜叉達が去っていくのをかごめは川から少し顔をだして見ていた。
「ここに来るわけない・・・・・か。確かにあたしは本来ここにいない存在だもんね。」
切なげで、どこか悲しげな瞳はさまざまな思いを抱きながらも、空に向けられた。
(これで・・・・・・いいんだよね?)
かごめは川から上がり、砂浜へと歩いていった。
砂浜でかごめは先程の犬夜叉達の姿を思い出す。
(みんな・・・・・・元気そうだった。)
目的は果たした。これで、陸にいる理由は消えた。
犬夜叉達はかごめが今、ここに来ていることを知らない。
けれど、それでいいのだ。
人魚と陸の者は決して相容れることのない存在なのだから。
「みんな・・・・・元気で。」
かごめは波が引いている砂浜に座り、目を閉じて波を待つ。
波がかごめの足に覆い被さり、かごめの足は人魚の尾びれに変わった。
今着ている陸の服は清龍族のものなので、このまま着ていても構わないだろう。
かごめは未だに迷っていた。本当にこのまま犬夜叉達に会わずに帰っていいのかと。
(でも・・・・・・・。)
――会ってしまったら、きっと帰るのが辛くなる。
「・・・・会いたくても・・・・・・・会えないよ・・・・っ・・・・。」
ふと、かごめはあの言い伝えの人魚の物語を思い出す。
――<海に帰った人魚姫は陸の青年を忘れられずにその想いを歌に込めて歌っていた。>
(人魚姫・・・・・・あなたはどんな気持ちで歌ったの?)
かごめはその物語で人魚姫が歌う歌を歌い始めた。
あなたと初めて出会った日
陸で目にした全てのものに 戸惑いばかり覚えて
ただただひたすらに 立とうとして 歩こうとしてたの
(人魚姫もこんな気持ちだったのかな。)
――好きになってはいけない存在を好きになって、願ってしまった。
もう一度・・・・・会いたいと。
どんなに駄目だと分かっていても、その想いを消すことができずに苦しみが積もっていく。
・・・・・自分がこんな想いを抱いてしまうなんて陸に行くと決めた時は想像もしなかった。
きっと忘れない ずっとずっと忘れないよ
差し伸べられた手の温もりを
かごめの歌声は砂浜で響いていく。
砂浜でその歌を聞く者はいない。この砂浜にいるのはかごめだけだ。
けれど、人魚の歌には特殊な力がある。
人魚達自身にも分からないその力は時に幻を見せる。相手を眠らせる。
そして、遠い彼方の場所にいる仲間に声を届けることもある。
かごめの歌は・・・・・・・・・・・どこまでも響き、届く。
「?」
犬夜叉は窓の外を見る。
先程まで真っ青だった空は次第に日が落ちてきて、空の色は変わり始めている。
「犬夜叉、どうしました?」
怪我の手当てを終えて、テーブルで犬夜叉達は話していた。
「・・・・・・・今、何か聞こえなかったか?」
「?・・・・・別に何も聞こえないけど、どうしたんだい?突然。」
「いや・・・・・何でもねえ。」
(気のせい・・・か。)
犬夜叉はコップを手に取り、水を飲む。
先程の戦闘で疲れているんだろう。犬夜叉はそう結論づけた。
だから歌うよ
この海の底で 思い出のかけら胸に刻み
あの日々を心に描いて 風に乗って声が届くように
「犬夜叉、どうしたんじゃ?」
犬夜叉は再び窓の外に目を向けた。
(何だ?・・・・・気のせいじゃねえ。)
――先程よりも、はっきり聞こえる。
耳に聞こえるというより、頭に直接響いてくる。
懐かしい、それでいて優しげで・・・・悲しげな歌。
この歌声は・・・・・・・・・・・・・・。
(・・・・・・・・・・かごめ・・・?)
考えるよりも早く、犬夜叉はイスから立ちあがり、外へと出ようとする。
「犬夜叉?どこに行くんじゃ、いきなり立ったりして・・・・。」
「間違いねえっ。頭に聞こえてくる歌は・・・・・・・かごめの歌だ!」
「なっ・・・犬夜叉!」
珊瑚達の止める声も聞かずに犬夜叉は外に飛び出していった。
――かごめ!
振り返るあなたとの日々
瞳に映らぬその真珠に 何かが降り積もって
空に海に太陽に 気付けなくて 声を預けていた
絶対に手放さない どんな時でも手放さないよ
心に秘めたこの想いを
人魚姫がこの歌に込めた想いは決して消せないものだったのだと思う。
だから、再び会いに行った。
自分の想いに決着をつけるために。
(でも・・・・・あたしはこれでいい。)
――またその姿を見れただけで嬉しかったから。
犬夜叉が・・・・どこかで生きているのなら、誰かと共にいるなら、それでいい。
思い出される日々を胸に、かごめが願うのはたった一つ。
動き出した時がもう止まらぬように切に願う。
彼が、あの時のように心を閉じたりしないように。
独りではなく、誰かと共に歩いてこれからも未来へと進んでいけるようにずっと祈ってる。
もう・・・・・そんなことしかできない・・・・。
側にいたいと望んではいけないから・・・・・っ・・・・・。
だから願うね
遥か先の未来でも あなたの安らぎ消えぬように
この歌に想いを寄せて 風に乗って声が届くように
いつかの日の願いと共に 彼方の光が輝き続けて
この想いが届くように・・・
「もう、行こうかな。」
ポタ。
かごめの瞳から落ちた涙が服に染みこんだ。
「・・・・・っ・・・・・・犬夜叉っ・・・・・。」
――あたしは・・・・・・っ・・・・・・。
その時、聞こえるはずのない・・・・・・声が聞こえた。
「かごめ!!」
「・・・・・・・・え・・・・・?」
突然名を呼ばれて、かごめはゆっくりと後ろを向いた。
その先にいたのは会いたいと思っていた、たった一人の少年。
初めて会った時と変わらない白銀の髪に・・・・・・吸いこまれそうな金の瞳。
「犬・・・・・夜叉・・・・・・・・。」
離れ離れになった半魔の少年と人魚の少女は・・・・・日が暮れ始めている空の下で再会を果たした。
〜続く〜
あとがき
テストとスランプでかなり遅くなってしまい、すみません。
かごめが歌を歌っているシーンから再会を果たすシーンはすごいお気に入り♪
この歌詞も考えたのは私です。いはゆるラブソングですね。この歌と第6話の歌はかなり自分では満足してます♪
今回の話の前半はかなりのスランプ。自分では納得しきれていなかったりします。
はあ〜、想像力に限界がきてしまってるかも・・・・。
人魚姫、かなりの長編になってしまいまいたが、次が最終話です!犬夜叉とかごめの行方を最後までぜひ見て下さい。