夜月 第十話   届かぬ魂の旋律    作:露乃 「み、弥勒お兄さん・・・」 そこにいたのは兄の仲間の一人、弥勒だった。 (もしかして・・・・聞かれてた!?)   『・・・・・もう、時間がない・・・・』   「や、やだな。弥勒お兄さん。どうしてここに?」 血のついた手を後ろに隠し、夜月は平常を装った。 けれどそんなことで、誤魔化される弥勒ではなかった。 そもそも、弥勒は夜月に確かめるために来たのだ。 夜月が未だ隠していることを聞き出すために。   「夜月、どうやら少し耳が遠くなったようですな。私は『呪いですか』と聞いたんで すよ?」 「!?なっ・・・・・・・」 夜月は驚きのあまり、二の句が告げなかった。 「私の予想は当たったようですね」 弥勒は確信したように言った。 (できれば・・・・はずれて欲しかったのですが・・・・・)   「い、いきなり何を言い出すんですか。確かに呪いにはかかったけど、それはもう・ ・・・・・」 「いいえ。お前は今も呪いにかかったままです。その印が額にもあります。お前が何 十年も眠らされた呪いとは別かもしれませんですがね」 「!?」 夜月は反射的に額を押さえた。 弥勒は、軽く目を細めた。 (おそらく、その呪いは・・・・)   兄である犬夜叉にさえ、決して話そうとしない呪い。 何の呪いかまでは分からない。 しかし、一つだけ分かることがある。   ――それは強力な呪いでしょうな。   自分だけでなく楓も一目見ただけで分かった。 それだけ強いものなのだろう。   「・・・・兄上は・・・・」 「気付いていません。気付いているのは私と楓さまだけです」 夜月は先程のように否定しなかった。 (参ったな。まさか気付かれるなんて・・・)    どうしてこんなに鋭いのだろう? 七宝から聞いたけれど、弥勒の養父の推測は全て当たっていたらしい。   ――何であたしが一番気付かれたくないことに・・・この人は気付いちゃうのかな。     ただ漠然とそう思った。   「・・・・そろそろ隠し事はやめて、全て話してくれませんか?」 弥勒は穏やかに言ったが、内心胸が騒いでいた。 (あまり考えたくないですが・・・・・) 夜月は自分が思う以上に強い呪いにかかっているのかもしれない。   「弥勒お兄さん、あたしがかかった眠りの呪いは二重仕掛けのものだったんです」 「二重仕掛けの呪いですか」 それは弥勒の知る限り厄介な呪いだった。 片方の呪いが解けるともう一方の呪いが発動したりと様々なものがあるが、一つだけ 共通しているのは・・・・。 解くのが厄介なものが多い。 中には両方の呪いを解くのには、二つ別々の方法を行う必要があるものもある。   そんな風に考える弥勒に言った夜月の言葉は、あまりにも残酷だった。   「あたしの命は・・・・後二ヶ月くらいしかないんです」   「な!?」 静かに伝えられた、その命の短さ。 あまりにも短い、夜月に残された時間。 驚く弥勒に夜月は続けて言う。 「この呪いは,死にまぎわの妖怪にかけられたものです。最後に妖怪が告げた、あた しが目覚めてからの残された時間は四ヶ月。もう二ヶ月以上経ちました。あたしに残 された時間は・・・・・・少ないんです」   「夜月・・・・・」 ただ空を見上げる夜月の姿はどこか儚げで、痛々しかった。 そんな残り短い命だと分かっていながら夜月は・・・・・どんな思いで・・・・・ ・。   「それを解く方法は、ないのですか?」 呪いを解く方法が分かれば、夜月を救うことができるかもしれない。 そう思って言った弥勒だったが、現実は甘くなかった。   「ありません。弥勒お兄さんなら、分かるんじゃないですか?呪いをかけた妖怪が死 してもなお残る怨念の呪いが・・・どれほど強力なものか」 「・・・・・・・・・」 弥勒は何も言えなかった。 充分に予想していたし、自分にも思い当たる術はなかったから。   「・・・・・何故、犬夜叉にそのことを伝えないのですか?」 弥勒は夜月に問い掛けたが、すでにその答えは分かっていた。   この少女は、兄を大切に思っている。 それ故に言わないのだと分かっていたが、夜月に直接聞きたかった。   「そんなこと,兄上に言えるわけないでしょう。兄上の・・・悲しい顔は見たくない ですから。言いますか?兄上にこのことを」 「言うとしたら・・・・・どうしますか?」 シュン! 弥勒の側を苦無が横切り、木に刺さった。   「・・・・この場で弥勒お兄さんを殺してでも旅に出ます。あたしには、まだ望みが あるから」 夜月の目は、本気だった。 揺るぎない意志を宿している。 その見た目からは想像もできない、どこか凛とした強さがあった。 しかし、そうまでして叶えたい望みとは・・・・。   「どんな望みですか?」 「殺生丸の兄上を捜します」 弥勒はその言葉で目を見開いたまま、固まってしまった。 「・・・や、夜月っ。それは・・・・・」 「分かっています。七宝から兄上達の仲の悪さ・・・・何度も戦ったことも聞きまし た。あたしも・・・正直、殺生丸の兄上は苦手です」 ――思い出されるのは冷たく、見下すような眼差しだ。 会ったことがあるのは一度だけだが、よく覚えている。 母親違いで、妖怪の血のみ受け継いでいる兄。 人を嫌い、その血が流れる兄と自分を毛嫌いしている。 「でも、どんなに苦手でも殺生丸の兄上が、あたしの兄であることは変わりませ んっ。生きている姿を見たいんです。それで、死ぬことになっても」 いくら止めても、きっとこの少女は『望み』を叶えようとするだろう。 少女の決意はとても固いものだと弥勒は悟った。   「夜月・・・・・・・・」 残り短い命を、この少女は望みを叶えて全うしようとしている。 その瞳で、まっすぐに前を見据えているのだ。   「もう少し経ったら、また一人で旅に出ます。無事に奈落を倒して・・・・弥勒お兄 さんの呪いが解けて、珊瑚お姉さんの弟さんが戻ってくることを祈っています。それ から・・・・・・・・」 弥勒はただ黙ってその言葉を聞いていた。   もしかしたら夜月の、『最後の伝言』になるかもしれない・・・・・言葉を。     真夜中に起き上がる者がいた。 その者は、夜月。他の者達が起きる気配はない。 (眠り薬を夕食に入れといて正解だったかな)   弥勒と話をした後で調合した薬。 兄達にすぐ気付かれないようにするため、こっそり入れたのだ。 少なくとも、これで朝まで起きることはないだろう。   「・・・・・兄上、かごめお姉さん達今まで本当にお世話になりました」 夜月は眠る犬夜叉の前に片ひざをついて言った。   眠っているから言ったところで意味がないことは分かっていた。 けれど、言っておきたかった。 もう二度と会うことはないと分かっていたから。   「きっと、兄上は怒るよね。でも弥勒お兄さんに知られて、明日から普通にしている 自信かない。だから、行きます」   夜月は立ち上がって戸口に行き、振り返った。 ――長い間、探し続けて、再会した兄。 そして、頑なな自分を受け入れてくれた兄の仲間達。 残り少ないこの命。 望みの一つは果たした。 最後の望みを果たすために、もう行かなければならない。 もうわずかな時間しか残されていない。 だからこそ、後悔だけはしたくない。 今、自分は生きているのだから。 夜月はその頬に涙を流して、別れを言った。 「・・・・兄上・・・さよならっ」   (ずっと・・・・兄上の居場所がなくならないように・・・・・祈るからっ) ――どうか、元気で・・・・・・・。 夜月は走り出し、夜の闇に姿を消した。   「夜月がいねえ!」 太陽が空に姿を現した朝方。 眠っていたかごめ達を起こしたのは、犬夜叉の言葉だった。 「え!?」 かごめ達は、みな飛び起きた。 かごめが小屋を見渡すと、夜月の薬草などを入れて包んでいた荷物はなくなってい た。 「まさか・・・・夜月は一人で旅に行ってしもたんじゃ・・・・」 七宝は俯いて言った。   昨日夜月は特に変わった様子もなかったし、何も言っていなかった。 それなのに、何故・・・・。   弥勒を除いた犬夜者達は、夜月が旅に出た理由が分からなかった。 (・・・・知られた以上はもうここには居られない、ということですか) 残り短い命だと知られて、平静を装うことはできないと判断したのだろう。 自分とて、犬夜叉に会った時どんな顔をすればいいのかと戸惑った。 夜月も同じだろう。 昨日話していた時、夜月の声は微かに震えていた。 おそらく、あの少女は話し始めた時点で決意していた。 自分達と別れて、旅に出ることを。 「でも、何であたし達は気付けなかったんだい?誰かが外に行こうとすれば、一人く らい気付いたって・・・・」 誰かが外に出れば、特に犬夜叉は気付いてもおかしくない。 そう考えたが、七宝の一言で原因はすぐに分かった。   「そういえば・・・・昨日の夕食の準備をしてた時、夜月は何か入れておったような 気がしたそ」 「〜〜あいつ、わざわざ眠り薬を用意しやがったのか!」 何も言わずに出て行った夜月に、怒りを燃やす犬夜叉。 その手にあるのは、部屋の隅に置いてあった眠り薬だ。 (一言も言わずに出ていく奴がいるかっ)   眠り薬などを用意してまで、旅に出るなど思いもしなかった。 別れの言葉もなしに、妹はどこに行ったのか見当もつかない。 そもそも旅に出るという話すら一度も聞いてないのだ。 「・・・・まずいですな」 弥勒が、ぽつりと呟いた。 「法師さま?」 ――完全に自分の失態だ。 昨日の夜月の様子から気付くべきだった。 夜月は、おそらく考えてもいないだろう。 一人で旅に出るということが、あの妖怪にとって絶好の機会になると。 「この間の奈落が差し向けた妖怪の狙いは夜月でした。夜月が一人でいるのを、奈落 が見逃すとは思えません」 弥勒の言葉は犬夜叉達を硬直させた。   「な!?」 「そ、そんなっ。夜月ちゃん・・・」 かごめは、昨日の夜月の姿を思い出す。   笑顔を見せてくれるようになった夜月。もし奈落に捕まってしまったら・・・・・。   「とにかく、夜月を連れ戻す!急げば追いつける筈だっ」 犬夜叉は小屋を飛び出した。 「待って犬夜叉!あたし達もっ」 かごめ達も犬夜叉に続いて小屋を飛び出し、楓はそれを見送った。 「気をつけて行くんじゃぞっ」   犬夜叉達が小屋を出た頃、夜月は一人で森の中を歩いていた。 (兄上、今頃怒ってるだろうな〜)   たぶん、今頃弥勒が兄を宥めているだろう。 弥勒には自分が旅に出る訳を話したから。 弥勒に迷惑をかけたことを気にしつつも、夜月は『望み』のために歩いていく。 (あそこは居心地がよかったけど・・・・・あたしは・・・)   あれ以上居たら離れるのが辛くなる、そんな気がした。 あの場所は、自分には温かすぎた。 けれど温かかったからこそ、安心できた。   きっと兄がどんな道に進んでも、その道が見えなくなっても彼らが・・・・兄の仲間 達が導いて支えてくれる。 なんとなくそう思った。 自分が兄にできることは、もう祈るくらいしかないだろう。 兄達が奈落を倒して、兄が・・・・・・。   「!?」 夜月は覚えのある匂いを嗅ぎ取った。 (この匂いは・・・・・)   兄達の宿敵の匂い。かなりの速さで近付いてくる。 一刻も早く異母兄を探し出すために戦闘は避けたかったが、そうも言ってられないよ うだ。   しかしその時、夜月の後ろで何かを踏むような音がした。 パキッ。   「!?な・・・・・」 驚いて夜月が後ろを見ると、そこには鏡を持つ少女がいた。 (こいつ・・・・!?)   その少女は子供だった。 白の髪を見れば人間ではないとすぐ分かる。けれどおかしい。 少女には妖気も、匂いも感じられなかった。 だからすぐ後ろに来るまで気付けなかったのだ。   匂いのない少女に夜月は刀を向けた。 奈落の匂いはすぐ近くまできていた。この少女が妖怪なら早めに片付けないとやば い。   「あんた・・・一体何者!?」 夜月の言葉に答えず、少女は静かに言った。 「・・・夜月の魂・・・・ちょうだい・・・・」 「!?」 まずい、と思った時には遅かった。 体から力が抜けて、夜月は地面へと倒れた。少女の鏡に魂を奪われたのだ。 意識を失う寸前に頭に思い浮かんだのは兄の顔だった。 「っ・・・・兄っ、上」   夜月の意識はそこで途切れた。 少女の後ろに現れた奈落は、それを見て妖しく笑っていた。  〜続く〜  あとがき テストは終わったのですが・・・風邪を引いてしまいました。 第十話を読み終えた時点で、読んで下さっている方達は衝撃を受けていることでしょ う。 う〜ん。苦情がありそうですが、呪いの設定はこの物語に欠かせないものでして・・ ・・。 夜月の決意の言葉は、どれも気に入ってます。 それと夜月が別れを告げるシーンも、かなり満足。 次の話から急速に物語は進んでいきます。 犬夜叉達と奈落の手に落ちた夜月の行方を、最後まで見守って下さると嬉しいです。 それでは! 第十話:『届かぬ魂の旋律』 義父が最後に望んだ願いは叶わぬものという意味と、 夜月の儚く健気な最後の望みを指すものです。