夜月 第十一話   吹き荒れる風    作:露乃   森の中を犬夜叉達は駆けていた。 「くそ!あいつ見付けたらただじゃ済まさねえ!」 完全に犬夜叉は頭に血が上っていた。 (一体何考えてんだよっ、あいつは・・・・・・)   かごめの後押しもあって、夜月とまた昔のように話せるようになった矢先の出来事。   妹の真意が全く理解できない。 自分に何も言わずに旅に出た妹の目的や、その行き先を想像することもできない。 いくら考えても、分らないことばかりだ。   苛立つ犬夜叉に、かごめは落ち着かせるように言う。 「犬夜叉、そんなに怒らないで。夜月ちゃんにはきっと何か訳があったのよ」 そうでなければ、犬夜叉に黙って旅に出るはずがない。 (だって、夜月ちゃんは・・・・・・) あの少女は、決して軽い考えで動く子ではない。 夜月とて予想していたはずだ。 黙って旅に出てしまえば、犬夜叉も、それに自分達も心配することを。 犬夜叉に心配させるようなことを、夜月はしない。 兄の犬夜叉をかけがえのない家族だと思っているのだから。 だから、何か理由があったのだろう。 自分達に言えないほどの、早急に旅立たなければならない理由が。 「理由だあ!?そんなのあるなら、昨日言えばよかっただろうが!」 突然姿を消した少女。 その少女を今追いかけているのだが、犬夜叉は妹に怒っていると同時に、焦ってい た。 夜月を追って村を飛び出してから、その途中で匂いが消えてしまったからだ。   「とにかく犬夜叉っ。匂いが消えたという場所に急ぎましょうっ」 「っ分かってらぁ!」 犬夜叉達は先を急いだ。 短い時間ではあったけれど、共に過ごした少女を見付けるために。 少女が姿を消した理由を、その思いを知るために。 ひたすらに駆けていった。   そして犬夜叉達がたどり着いた場所には、結界が張られていた。 「間違いねえっ。ここで夜月の匂いと・・・・奈落の匂いが途切れてやがる!」 犬夜叉は鉄砕牙を鞘から抜いた。   「では、夜月はこの中におるのか?」 「たぶんね。でも、罠かもしれない。気は抜けないね」 七宝に張り詰めた雰囲気で珊瑚が言った。   犬夜叉の鉄砕牙の刃が赤く染まる。 (無事でいろよ、夜月!)     『これから夜月ちゃんを守ってあげればいいじゃない』 あの時のかごめの言葉が頭に響く。 遠い昔に守れなかった存在がいた。 けれど、長い時間を経て再び妹は現れた。 今の自分は、あの時のように非力な子供ではない。   ――もう二度と繰り返さねえ!   ザン! 結界が破れた。 まず最初に犬夜叉達の視界に映ったもの。 それは、木につるのような物で巻き付けられて捕らえられている夜月の姿だった。 その瞳は閉じられている。   「っ夜月!」 犬夜叉達は夜月のすぐ側に駆け寄り、犬夜叉は鉄砕牙でそのつるを切った。 夜月の体は前に倒れて、かごめが受け止めた。   「かごめさま、夜月は・・・・」 「夜月ちゃんは大丈夫なのかい?」 弥勒と珊瑚は心配そうに夜月を見て言った。 捕らえられていたということは、おそらく夜月の身に何かあったのだろう。   「・・うん、大丈夫。呼吸もしっかりしてるし、怪我はないわ。気絶してるだけみた い」 思わず犬夜叉は息をついた。 とりあえず最悪な事態、夜月が殺されているとか、人質にされるという事態は避けら れたようだ。   「ったく、余計な心配かけさせやがって・・・・」   ひとまず安心した犬夜叉だったが、そのままではいられない。 奈落の匂いがかすかに残っている。 おそらく奈落はまだ・・・・・。   「おい、おめえら。油断すんなよ。奈落は・・・」   犬夜叉が言いたいことを悟っていたのか、弥勒と珊瑚がそれぞれの武器を構える。 「分かっていますよ、犬夜叉。奴はまだ近くにいますな」 「捕まえた夜月ちゃんをこんな所に置いたままにするなんて、奈落は何か企んでいる んだよ」   どこにいるのか分からないが、近くにいる筈だ。 こちらの様子を結界の中から見て、何か仕掛けようといているのだろう。   (一体何を企んでやがるっ) 犬夜叉達は奈落は、夜月を何らかに利用して四魂のかけたを奪おうとしているのだと 考えた。 だが、夜月はあっさりと助けることができた。そのことに犬夜叉達は少し困惑してい た。 そんな時に小さな声が聞こえた。 「う・・・・・。あ、に・・・うえ?」 夜月は、ゆっくりと目を開けた。   「夜月さま、気が付かれましたが。この冥加、どれほど心配したことか・・・・」 いつの間にか、かごめの肩に冥加はいた。   「あたし・・・・確か・・・・」 「夜月、おめえが何で突然何も言わずに出て行ったかは後でた〜っぷりと聞かせても らうからなっ!一体何があったんだ?」   本当は黙って出て行ったことを怒鳴りたかったが、今は奈落がどこに潜んでいるか分 からぬ状況だ。 そんなことは言ってられない。   夜月は、弾かれるように話し出した。 「気を付けてっ、兄上。あいつら兄上達の所に・・」 夜月が言いかけた瞬間に、犬夜叉達は殺気を感じて飛んできた苦無を避けた。 その苦無を投げてきた者は・・・・・・。   「夜、月?」 白銀の髪に犬耳、そして金色の瞳の少女。 紛れもなく夜月だった。   「な、何で夜月が二人もいるんじゃ!?」 先程苦無が飛んできた時に、夜月もそれを避けて今は犬夜叉の隣にいる。   「落ち着きなさい、七宝。おそらく偽者・・」 「何で・・・こいつからも夜月の匂いがするんだ?」 夜月以外のかごめ達は言葉を失った。   (同じ匂いって・・・・・) 全く同じ匂いをもっている少女に、かごめ達は困惑するしかなかった。 犬夜叉は自分の嗅覚が変になったと一瞬疑った。 しかし間違いなく、自分に似た匂いをもつ夜月の匂いだった。   ――どうなってんだ!? どっちが本物の夜月なんだ!?   「現れたね。兄上、こいつは奈落の分身。変化の力を持っていて、一時的に匂いも妖 気すら変えられるんだ。もっとも、失敗したのか自我はあまりないみたいで、操り人 形のような者だけど・・・奴はこいつを兄上達の所に送ろうとしていたんだ」 犬夜叉の隣に居る夜月が、刀を抜いた。   奈落が生み出したこの分身には、奈落が昔に様々な姿に化けたように同じ力をもって るのだ。   夜月は偽者と戦おうとして前に出ようとしたが、犬夜叉が夜月の前に出てそれを遮っ た。   「だったら、こいつは俺が片付ける。おめえはかごめ達と下がってろっ」 「!?でも兄上、元はといえばあたしが勝手に出たから・・・」 犬夜叉の緋の衣をつかんで夜月は言った。   「その話は後で聞かせてもらうって言っただろっ。いくぜっ、風の傷ーーー!」   ――何かがおかしいと思った。 「ちっ」 先程放った風の傷を夜月の偽者は避けて、接近戦を仕掛けてきた。 力はそこまで強くはないが、動きが速く犬夜叉は苦戦していた。   その戦闘を見守るかごめ達は、そんな犬夜叉の姿に違和感を覚えた。   「・・・・法師さま」 「ええ、分かっています。少し変ですな」 かごめ達には何故か・・・・犬夜叉が本気をだしているようには思えなかった。   (一体、どうしちゃったの?犬夜叉・・・・) かごめは今まで見たことのないその様子に戸惑う。 風の傷を放とうと思えば、今でもできる筈だ。 それなのに何故・・・・。 一方、犬夜叉は心の中で葛藤していた。 (っどうして・・・・本気になれねえんだ!?) 決着をつけることも可能だ。 この少女は強いが、それでも己よりは弱い。 風の傷を放てば討てる。奈落の分身に情けをかける必要はどこにもない。   しかし風の傷を放とうとする度に一瞬ためらってしまい、その間に少女が攻撃してく る。 本物の妹は、確かにかごめ達と共にいるのに・・・・。   『兄上っ』 『兄上は優しいから・・・・』 『はいっ』   妹の顔が頭に浮かんだ。 初め、かごめ達に心を開かなかったけれど、笑顔を見せるようになった妹。 目の前にいる偽者の妹の姿。 操られている琥珀を思い出させるような瞳。   (一体、どうしたんだよっ。俺は・・・・) 迷いを抱きながらも、犬夜叉は風の傷を放とうとした。 その迷いを打ち消そうとするように。 だが、その時犬夜叉の目にある物が映った。 それは少女の懐から見える・・・いつも妹が持っている笛だった。 妹の義父の形見だという、妹が大切に持っていた物。   嫌な・・・・・予感がした。 (っまさか!?)   向かって来る少女を薙ぎ払い、木に叩き付けた。 そして、かごめ達に目を向けて犬夜叉が見たのは・・・・。 「っおめえら!夜月から離れろ!」 「え?」 ふとかごめが後ろにいる夜月を見ると、夜月はその手に刀を持ってかごめに振り下ろ していた。   「か、かごめーーー!」 ザン! かごめに振り下ろされた刀は、かごめに当たらなかった。 弥勒の腕から血が流れていた。とっさに弥勒がかごめを庇ったのだ。   「くっ・・・・」 「み、弥勒さま!」 「法師さま!」 珊瑚は刀を持つ夜月に飛来骨を放った。 だが夜月はそれを軽々と避け、かごめが落とした四魂のかけらを拾って木に飛び移っ た。   「あ〜あ。せ〜っかく後少しで殺せたのに。余計な邪魔してくれてさ。ま、四魂のか けらが手に入ったからいいけど」   木の上にいる夜月は、つまらなそうに言った。 そしてどこか不気味に笑う。 先程犬夜叉によって木に叩き付けられた少女は、立ち上がって犬夜叉達を見ていた。 その生気が感じられない瞳で・・・・。   「て、てめえ誰だ!?夜月じゃねえだろ!」   犬夜叉はかごめ達の側に行き、木の上の少女に怒鳴った。 そんな犬夜叉の反応を見て、木の上の少女は面白がるようにクスクス笑った。   「ふふっ。本当〜に話で聞いた通りの性格だね。どう?よく変化できてると思わない ?あんたの妹の姿」 明らかに犬夜叉達を馬鹿にしたような口調で話す少女。 本物の夜月は、決してこんな風に話さない。   木の上から犬夜叉達を見下ろす少女はさらに続けて言う。 「ま、自己紹介をしようか。こんな半妖の小娘の姿にずっと変化してるのは嫌だし ね」 すると、少女の周りに炎が巻いてその背丈が伸び、本来の姿に戻った。 長い茶色の髪に紅の瞳、若草色の着物の十八歳くらいの女。 その女からは奈落の匂いがして、髪にその瞳と同じ色の花を一輪つけている。   「てめえ、奈落の分身か!」 「さっきそう言った筈だけどね。あたしの名は炎羅(えんら)。自己紹介しても、あ んた達は今日死ぬからあまり意味ないけど。奈落っ、神楽っ。そこら辺にいるのな ら、出てきてよ。あたし一人じゃ面倒だからね」 その時に突然新たな妖気を、犬夜叉達は感じ取った。 「奈落っ。てめえ!」 現れたのは奈落と神楽。奈落はその手に水晶玉を持っている。 奈落は犬夜叉達には目を向けずに、刀を持ったまま動かない少女に言った。 「こちらに来い、夜月」 先程犬夜叉と戦っていた少女は何も言わずに跳んで、奈落の側に行った。   「夜、月ちゃん?」 「夜月・・・・」 かごめと犬夜叉は、ほぼ同時に呟いた。 目の前にいる少女は操られているのだ。 奈落によって、琥珀と同じように・・・・。   「奈落っ、きさま!」 珊瑚は怒りを露にした。   ――琥珀だけでなく、あの子にまで!    琥珀は・・・・本当に優しい子だった。 あたしが仕事から帰って来る度に笑って、『おかえり姉上』と言って出迎えてくれ た。 奈落に操られるようになる前まで、人を殺すなんてことできる子じゃなかった。 それにあの子も・・・・・・。   『珊瑚お姉さん』   少し大人びた感じはあったけれど、純粋な子供で・・・・あの子の笛の音はとても澄 んでいて綺麗だった。   「どうした珊瑚。琥珀のことを思い出したか?」 珊瑚を見て笑みを浮かべる奈落。 珊瑚はそれで飛び出しそうになるが、弥勒が止めた。 「落ち着きなさいっ、珊瑚」 全く変わらない奈落の卑劣なやり方に、犬夜叉達は怒りを隠せなかった。   「っ夜月!奈落なんかに操られるほど、おめえは弱かったのかよっ!目を覚ましやが れっ、夜月!」 (おめえの心は、そんなに弱くねえ筈だ!)   犬夜叉は夜月に呼びかけるが、返事はない。 夜月は先程と変わらない瞳で、犬夜叉達を見るだけだった。   「あきらめな犬夜叉。こいつにあんたの声は届かねえよ」 「神楽の言う通りさっさとあきらめて、兄妹仲良く殺し合いなよ。仲間も一緒にね」 神楽と炎羅が言った。 炎羅は何が面白いのか、笑っていた。     (どうすりゃいいんだ!?) 犬夜叉は手を強く握り締めた。 夜月が向こうにいる以上、下手に風の傷は使えないだろう。 それに今の状況は明らかに不利だ。 (何とか、夜月を戻す方法はねえのか!?)   一方、弥勒は夜月を奈落の術から解放する方法を思いめぐらせていた。 (あの・・・・水晶玉は・・・・) 今まで奈落はあんな物を持ってきたことはなかった。 そして先程奈落が夜月に命令した時、あれは一瞬だったが光ったような気がした。   (そうかっ、あれは・・・・・)   「犬夜叉っ、奈落の水晶玉を壊すのですっ。術の元を絶てば、夜月は元に戻る筈です !」 「!?あの丸い玉で奈落は夜月を操っとるのか?」 七宝は確かめるように弥勒に言った。 弥勒はそれに頷き、珊瑚の肩にいた冥加は犬夜叉に言った。   「犬夜叉さまっ、そうと決まれば早くあれを壊して夜月さまを元に・・・・・」   その会話を聞いていた炎羅は、堪えきれなくなったように噴き出した。 「ック、アハハハッ。ハハ、ハハハッ」 大声で笑う炎羅に犬夜叉は、にらみつけて怒鳴った。   「てめえ、何がおかしいっ!」 炎羅は術の元がばれたというのに笑っている。そして、奈落達は全く表情を変えな かった。 それに犬夜叉は、かなり苛立った。   「あ〜笑った。さすが法師と、ほめてやりたいけど、水晶を壊した時の『代償』は大 きいよ?」 炎羅の言葉の意味が分からない犬夜叉達。 そんな犬夜叉達に奈落は告げた。 夜月に仕掛けたもう一つの術を・・・・。   「確かにこれを壊した時、夜月は元に戻る。だが、そうすればこの娘は死ぬことにな る」 「「「「「「!?」」」」」」 驚愕で、犬夜叉達は耳を疑う。 奈落が言ったことを信じられなかった。   時が・・・・・止まった気がした。     〜続く〜   あとがき   まことに申し訳ありません。誤字脱字を発見しました。下に訂正を書いておきます。 第九話:「犬夜叉、あんたがいつまでも気にしててら →気にしてたら 第十話:弥勒を除いた犬夜者達は 犬夜者→犬夜叉 かなりショックです。一通り確認したと思ったのですが・・・・・。 気を取り直して、第十一話で新たなオリキャラ炎羅登場! 奈落とは別の意味で性格が悪いですね〜炎羅は。 操られてしまっている夜月を、犬夜叉達は取り戻せるのか。 この先の展開でさらに衝撃を受けるかもしれませんが、犬夜叉達と夜月がそれぞれ 戦っていく姿を次回もぜひ見てやって下さい。 それでは、また次回で。 第十一話:『吹き荒れる風』 犬夜叉がかなり迷ったり、怒ったりと心情の変化が激 しいことを指しています。