夜月 第十二話 止まぬ嵐 作:露乃 「ど、どういうことだっ。奈落っ、てめえ夜月に何しやがった!?」 奈落の『水晶玉を壊せば夜月は死ぬ』という言葉に、犬夜叉達は動揺を隠せなかっ た。 奈落がそんな嘘をつくとは思えない。 もし水晶を壊したら夜月は・・・・・。 犬夜叉達はみな最悪の事態を予測して、背筋が凍る思いがした。 (冗談じゃねえっ。あいつを死なせてたまるか!!) 鋭い目で自分達をにらみ付けてくる犬夜叉に、炎羅は言った。 「こっわい目だねぇ。あたし達をにらんでもこの子にかけた術は消えないよ?」 奈落は四魂のかけらを手に奈落は笑みを浮かべている。 どこまでも深い闇を思わせるように冷酷で、人を嘲笑う目だ。 「ふっ、わしはただ夜月に術をかけただけだ。水晶玉が割れた時、こやつにかけられ た『呪い』が完全に発動するように・・・な」 (呪い?・・・・夜月ちゃんの呪いはもう解けた筈じゃ・・・) かごめは、その言葉に疑問を抱いた。 そして、それは犬夜叉達も同じだった。 弥勒を除いた犬夜叉達は、奈落が何を言っているのか分からなかった。 けれど、弥勒にはすぐ分かった。 それが何を意味するのか。 (呪いが発動する・・・・) 『あたしの命は・・・・後二ヶ月しかないんです』 ――それは・・・・夜月の死を意味する! 「奈落!お前まさかっ!」 奈落に声を張り上げた弥勒にいつもの冷静さはなかった。 「法師、さま?」 その弥勒の様子に犬夜叉達は戸惑った。 「わしが気付かぬ訳なかろう。この娘の呪いの印・・・額にある『死の呪い』の印に な。わしが何もしなくても、こやつの命は残り少ない」 「そうそう。放っておいても、そのうち死ぬんだよ。この子はね」 「「「「「!?」」」」」 奈落と炎羅の言葉は犬夜叉達に衝撃を与えた。 その反応は当然だろう。 今まで一緒にいた少女の命が・・・・・あとわずかだと知ったのだから。 (死の・・・・呪、い・・・・夜月が・・・?) 信じたく・・・・ない。 妹はそんなこと一言も言ってなかった。呪いは二ヶ月前に解けたとしか聞いていな い。 (呪いが解けたっていうのは・・・・嘘だったのかよっ、夜月!) どうして、あいつはいつもっっ。 ――昔からそうだ。 あいつは辛いことがあっても、自分に言おうとはしなかった。 村の連中にやられて怪我をした時も・・・・何も言わなかった。 『夜月っ、村の近くに行く時は俺に言えって言っただろっ。何かあったら必ず俺に言 うんだ。お前は俺の妹なんだから・・・・』 昔、何かある度に俺はいつもそう言った。 何で俺に・・・本当のことを、呪いのことを話さなかったんだよっっ。 ――違う。 本当はわかっている。 あの少女は、きっとそれを知られた時自分がどんな反応をするか予測していた。 だから、妹は・・・・何も言わなかった。 昔と変わらない、その優しさから。 『人は他の人の心を見ることなんてできないんだもの』 あの時のかごめの言葉は、誰にも変えられない現実だ。 たとえ、どんなに親しい友人でも。 どんなにお互いを大切に思っていても。 血の繋がりをもつかけがえのない家族であっても。 人は他者の心を見ることはできない。 決して、その心の奥を知ることはできないのだ。 夜月が呪いにかかっていることに犬夜叉が気付けなかったように。 誰であっても、他者の心は・・・・・見えない。 犬夜叉達が衝撃で固まっている間に、弥勒は奈落に鋭い眼差しを向けた。 「奈落っ。それ以上話したら・・・・わたしがきさまを吸い殺す!」 弥勒は風穴を封じている数珠に手をかけた。 最猛勝が奈落の周りにいたけれど、弥勒には関係なかった。 ――許せなかった。 夜月にかけられた呪いを利用した上、それを奴はあっさりと犬夜叉にっ! あの少女は犬夜叉に知られたくないと言っていたのにっっ・・・・。 「弥勒、きさまは気付いていたのだろう?犬夜叉達には黙っていたようだが、いずれ 話すつもりだったのなら話しても問題はないだろう」 「!?な・・・・・弥勒・・・」 「弥勒・・・さま?」 犬夜叉とかごめの言葉に弥勒は答えない。 答えられなかった。 「さあ、そろそろ全員一緒にあの世に行きなよ!」 炎羅は犬夜叉達に攻撃を仕掛けた。 「ちっ!いい加減目を覚ませっ、夜月っ!」 何度犬夜叉が呼びかけても、夜月は応えない。 ただその手に刀を持って向かって来る。 神楽や炎羅も攻撃を仕掛けてくる。 炎羅は火の属性の力をもっているらしい。状況はかなりまずい。 (何とかできねえのか!?) 風の傷は使えない。 夜月を巻き込む可能性がある。そして弥勒の風穴も同じだ。 「火輪槍(かりんそう)!」 炎羅は複数の炎の槍を放った。その狙いは・・・・かごめ。 「かごめっ!」 犬夜叉はかごめを抱えて跳躍して、それを避けた。 しかし着地時、犬夜叉の左肩にある物が突き刺さった。 「い、犬夜叉!」 それは苦無。夜月が犬夜叉に放ったのだ。 夜月は、犬夜叉の血を見ても何の反応もせず犬夜叉に向かっていった。 (くそっ!) 犬夜叉はかごめを下ろし、向かって来る夜月を見据えた。 夜月の刀を受け止めて、その刀を弾き飛ばした。 刀は後方に落ち、その隙をついて犬夜叉は夜月の腹に一発殴ろうとした。 「わりいが少し寝てろ!夜月っ!」 夜月がいては戦いにくい。 術が解けないならば、気絶させて動きを止める。そうすれば神楽達と戦いやすくな る。 そう犬夜叉は判断して、拳を夜月に向けた。 しかし、夜月はそれを避けようと後ろに跳んでしまい、当たりはしたが気絶させるこ とはできなかった。 (夜月を・・・・・何か別の方法で戻すことはできねえのかよ!?) 妹を死なせずに術を解くことはっ・・・・・・・。 犬夜叉は、そう思わずにはいられなかった。 先程の衝撃で木にぶつかった夜月は、再び立ち上がろうとした。 しかし、その時夜月は地面にひざを付き、手で口を押さえてせき込み始めた。 「っく・・・・ごほっ、ごほごほっ」 何の感情もなかった夜月の顔が、苦痛で歪められた。 「!?夜月!」 「夜月ちゃん!」 犬夜叉とかごめは夜月の苦しそうな様子を見て、夜月が操られているのは分かってい たが夜月に駆け寄った。 「おい夜月!どうしたんだよっ!」 「夜月ちゃん!」 弥勒達も夜月の様子に気付き、名を呼んだ。 「夜月さま!」 「夜月ちゃん!」 「「夜月!」」 「げほげほっ。っう・・・げほっっ!」 赤い血が夜月の手に付き、地に落ちた。 それを見た犬夜叉は、夜月にひたすら呼びかけた。 「夜月、しっかりしろっ。夜月っ!」 (そんなに強く殴ってねえ筈だってのに、どうして血なんか・・・) これも呪いのせいなのかよ! 咳が収まってもなお、夜月は苦しみからか胸を押さえている。 夜月は呪いがもたらす一時的な苦しみで、自分の意識を取り戻しかけていた。 (あたしは・・・・何をしていた?) 先程までの記憶がおぼろげに思い出される。 体が自分の思うように動かず、刀で誰かと戦っていた。そして何度も名前を呼ばれ た。 ――あたしは、誰と戦っていた? 今も聞こえるのは・・・・誰の声? 頭に聞こえてくる声とは全く別の声。 呼んでいるのは・・・・・・・・。 「・・・兄・・・・上・・?」 小さな声であったが、夜月の声はしっかりと犬夜叉の耳に届いた。 「夜月!?」 「夜月ちゃん、戻ったの?」 (自力で奈落の術を破ったのか!?) 一瞬そう思った犬夜叉だったが、奈落の術はそう簡単に解けるものではなかった。 「っ離れて兄上!」 夜月は側に落ちていた青竜刀で犬夜叉に斬り付けた。 犬夜叉は鉄砕牙でそれを受け止めた。 術は、まだ解けていない。夜月の意識は戻ったようだが、体は操られている。 刀を持つ夜月の手は少し震えている。 自分の意志で動けないのだ。 「夜月っ!」 再度犬夜叉が呼びかけるが、夜月は刀を捨てられない。 「あ・・・に・・う、え・・・」 (体が勝手にっ。・・・どうすればっ・・) 自分の意志とは無関係に体は動いて、兄達に刀を向ける。 腕に力をいれて止めようとするが、それも全く効果がない。 ――今まで、こんなに自分が嫌だと思ったことはない。 何も言わずに勝手に村を飛び出して奈落の術にかかり、兄達を傷つけて・・・・。 そんな風に夜月が考えている間も戦闘は続く。 「珊瑚!」 神楽の風刃の舞をまともに受けそうになった珊瑚を弥勒が庇う。 もちろんそれに犬夜叉たちと夜月は気付く。 「弥勒さま、珊瑚ちゃん!」 「!?」 「くそっ!風の・・・・」 犬夜叉はとっさに神楽と炎羅に風の傷を放とうとした。しかし・・・・・。 「夜月・・・・・」 不気味な笑みを浮かべて、奈落は水晶玉に手をかざした。 「!?」 キィン!! 犬夜叉の風の傷は不発に終わった。 目の前に夜月が来て放つことができなかった。 「夜月っ」 「・・・っごめんなさい。兄上っ。・・・・体が・・勝手にっ」 今も奈落の術に抗っているのだろう。 夜月の顔は強張っていて、唇をかみ締めている。 体を操られながらも、夜月は己にかけられた術と戦っているのだ。 そんな夜月の姿を見て、かごめは奈落に憤りを感じる。 (相変わらず、なんて最低な奴なのっ。奈落っ・・・) 犬夜叉が、夜月を相手に本気になりきれるはずがない。 それに奈落が水晶玉を割ってしまえば、夜月は死んでしまう。 奈落が夜月の命を握っていると言っても過言ではない。 ――術者である奈落を倒せば、術を解けるかもしれない。 けれど奈落に攻撃して、それで水晶玉が割れてしまったら夜月は・・・・・・。 (・・・・・嫌。そんなの絶対に嫌っ!) 夜月ちゃんが死んでしまうなんてっ・・・・・。 たとえ残りの命がどんなに短くても・・・・・生きて欲しい。 最後まで精一杯生きぬいて欲しい。 奈落なんかのせいで死なせたくないっ! 「か、かごめ。このままではまずいぞ。どうにかできんのか?」 「七宝ちゃん」 かごめは矢を神楽達に構えながらも、犬夜叉と夜月に目を向けた。 己の無力さが歯がゆく思えてならない。 (犬夜叉・・・夜月ちゃん・・・) 「っく・・・・・」 (兄上・・・・・・) ――このままじゃいけない。 自分が操られている限り状況は悪化する一方だ。 今の自分は兄達の足かせでしかない。 術のもとは奈落がもつ水晶玉。 それを壊すことは術を破ると同時に、この身にかけられた呪いの発動を意味する。 ふいに呪いをかけられた時のことが、夜月の頭に浮かぶ。 意識が途切れる寸前にふたつの思いが湧きあがった。 義父のもとへ行く、この妖怪や人間の世界から離れられるという思い。 そして、生きているかもしれない兄達に会えずに死んでしまうかもしれないという恐 怖。 目覚めた時、残された時間の全てをかけて最後の望みを叶えようとした。 そして、望みの一つは叶えた。 兄に再会して、得られたのは何よりもかけがえのないもの。 それは人の温かさだ。 兄とその仲間達はそれを教えてくれた。 今まで目を逸らしていたものを見据えることができるようになった。 昔、義父が言った言葉を忘れたわけではない。忘れてはいないけれど・・・・。 (ごめんなさいっ。義父君・・・・。でも、あたしっ・・・・・あたしはっっ) キィン! 犬夜叉と夜月の刀がぶつかり合う。 そんな中で夜月が言った言葉は、犬夜叉達にとってとても悲しく、残酷なものだっ た。 「兄上っ。あた、しを・・・・あたしを殺して!」 〜続く〜 あとがき 少し遅くなりましたが、第十二話はいかがでしたか? ・・・・・・・なんだか、少し微妙です。付け加えしようと思っていた文章を見事に 忘れてしまったのです。 そのため、自分では微妙な感じです。 さて、急展開になりました。夜月の最後の爆弾発言に怒る方がいらっしゃると思いま す。 『人魚姫』がほのぼの+シリアスなら、『夜月』はシリアス一直線ですね〜。 次の話が最終話となります。 最終話にはおまけもありますので、両方ぜひ見てください。 それでは! 第十二話:『止まぬ嵐』 奈落が夜月にかけた術が解けず戦闘は続く、みたいな意味 です。