夜月 最終話 果てしない空の彼方へ 作:露乃 昔、義父がよく自分に言ってくれた言葉がある。 それは村の子供達にいじめられたりする度に言われた。今でも覚えている。 『夜月、お前は半妖だ。きっと、これから辛いことはたくさんある。でもこれだけは 忘れないで欲しい。絶対に自分で命を絶つことだけはしてはいけない。必ず覚えてい なさい。命ほど尊いものはないのだから』 ――あの言葉を、義父の思いを裏切ることかもしれない。 けれどこのまま操られるくらいならっ・・・・・・。 「な、何言い出しやがるっ。そんなこと出来るわけねえだろ!」 『あたしを殺して!』 妹のその言葉に、犬夜叉は目を見開くばかりだった。 (夜月を殺す?俺が?) ――そんなこと出来るはずがない。 夜月は自分の大切な妹だ。 死んだとばかり思っていた夜月に再会した時、驚いたけれど嬉しかった。 妹は生きている。 二度と会えない存在ではないのだと。 あの時のように失ったりしたくはない。誰かを死なせたりしないと心に決めた。 それなのに自分が守りたいと願う存在を・・・・・・殺すなど絶対に出来るはずがな いっ! 「この馬鹿!寝言は寝てから言いやがれっ!」 「でもっ・・・・・兄上っ」 (嫌だっ・・・・こんなの・・・こんなっ・・・・・) そんな二人の会話を聞いていた炎羅は、声をあげて笑い出した。 「ふふっ・・。アハハハッ。妹の最後の願いを叶えてあげたら?誰よりも短気なお・ に・い・さ・んv」 ビュン! その炎羅の横を通りすぎ、かすったのは一本の矢。炎羅の頬に一筋の血が流れた。 「な‘・・・・・・・・・・・・」 「・・・・あんた、許さない・・・・・・!」 その矢を放ったのはかごめだった。その目は怒りで燃えていて、かごめは次の矢を構 えている。 (・・・・・・・絶対・・・・絶対、許せない!) 人の心を弄び、汚い手口で攻撃を仕掛けてくる。奈落のやり方は、いつも嫌なものば かりだ。 奈落の分身の炎羅。 神楽や神無に比べ、奈落に一番似ているかもしれない。 その心は歪みきって、人の心を、命をなんとも思わず笑うのだ。 「次は絶対に当てるわよ!」 かごめは鋭い眼差しで炎羅を見据えた。 炎羅は自分の頬に流れる血をぬぐった。 先程と違い、楽しんでいる表情ではなかった。 「そう。・・・・・・・・どうやらよっぽど早く・・・死にたいんだね!」 「!?」 炎羅はかごめに自分が髪につけていた花をかごめの足元に投げつけた。 その紅の花は地面に突き刺さり、花びらが燃え始めるのと同時に火柱が起きた。 「かごめ!」 あまりにも一瞬の出来事。犬夜叉達は動揺したが、かごめは無事だった。 「かごめ、大丈夫か!?」 「な、なんとか・・・・」 近くにいた七宝がかごめに駆け寄る。かごめはとっさに避けたらしい。 「へえー、うまく避けたね。でも次は当てる。あんたを一番に地獄に送ってあげる よ。神楽!」 炎羅の様子が先程と変わっている。その表情から殺気が感じられた。 「ったく。竜蛇の舞!」 「黒焦流(こくしょうりゅう)!」 「「「「「「!?」」」」」」 神楽の技に炎羅の炎が加わり、犬夜叉達を襲った。 「くそっ」 状況は悪化する一方だ。 先程の技は全員避けることができたが、犬夜叉以外のかごめ達には疲れが見え始めて いる。 「どうしたの?もう終わり?」 炎羅はかごめ達の疲れに気付いたのか、余裕そうな顔をしている。 「っふざけんな!てめえらまとめてあの世に送ってやらあ!」 犬夜叉が刀を構え直した時、傍観していた奈落が言った。 「ふっ、犬夜叉。そろそろ妹の手できさまの仲間を殺してやろう。仲間が死ぬのを見 てるがいい」 「なっ・・・!」 奈落の手の上の水晶玉が光り、夜月は頭の中でまた声を聞いた。 『〜を殺せ』という声を・・・・・。 「夜月!」 夜月は犬夜叉の上の木の枝に飛び移り、刀を構え地に跳んだ。その先にいるのは七 宝。 「のわ!」 七宝はとっさに化けて空へと逃れてそれを避けたが、夜月の次の攻撃の矛先はかごめ だった。 「かごめちゃん!」 夜月の攻撃は当たらなかった。 珊瑚が夜月に飛来骨を投げ、夜月はそれを避けて後ろに飛び退いたのだ。 「珊瑚ちゃん!」 「・・・・さん、ごおねえ・・さん・・」 (なんとか・・・・できないの?) 意識が再び薄らぎ始めた。 また自分が完全に操られるのも、時間の問題かもしれない。 「夜月さま!!」 突然、夜月のすぐ側で声が聞こえた。 「え?」 「冥加じじい!?」 「あやつ、逃げてたのではなかったのか?」 かごめ、犬夜叉、七宝が声を上げる。 夜月の手首に冥加はいた。 犬夜叉達には隠れて見えなかったものの、声が聞こえた方向から、冥加は夜月の側に いると分かった。 「気をしっかりとお持ち下され、夜月さま!」 「冥・・・加、おじいちゃ・・・・」 (どうして・・・・・・ここに・・・・・) 戦闘になると姿を消す。それが冥加だったのに、何故・・・・・? 「親方さまはとても強く立派なお方じゃった!その血を引く夜月さまが、あんな妖怪 ごときに操られてはなりませぬ!心を強く持って下されっ。夜月さまなら術を敗れな くとも、抗い、その動きを止めることはできるはずじゃ!」 「!?」 ――そうだった。 冥加は知っているのだ。犬夜叉と夜月の父を。 そして父が死んだ後も、その子である犬夜叉達の身を心配してくれている。 それ故に、夜月は冥加を本当の祖父のように慕っているのだ。 「冥加じじい・・・・・・・」 犬夜叉達は動かずにただ夜月達を見ていた。 一方、奈落は夜月の様子を見てさらに呪縛を強めようとして水晶玉に手をかざす。 「夜月・・・・・・犬夜叉達を殺せ」 (やばい・・・・!) 夜月は自分の意識が消えそうになるのを感じた。 奈落もそれに気付いたのか不気味な笑みを浮かべる。だが夜月は全く動かなかった。 「夜月ちゃん?」 夜月は刀を犬夜叉達に構えているが、それ以上動かない。 ――終わらせなければいけない。 このままではどこにも進めない。 (あたしは・・・・・・・・っ!) どんな道でも、自分の道は・・・・・・・・自分で決める! 「負けない。お前、みたいな人の・・・心も・・命の重さも・・・知らない奴なんか に・・・・あたしは負けないっ!」 (夜月ちゃん・・・・!) その夜月の瞳には、どこまでも強い意思があった。 奈落は明らかに不快そうな顔をし、水晶玉を強く握る。奈落の水晶玉は黒に染まっ た。 「夜月っ!」 キィン! (っく、また・・・・・・っ) 「夜月っ!」 「夜月さま!」 夜月の瞳は、何の感情もなく犬夜叉達を見ている。 犬夜叉と夜月の刀がぶつかる。先程と違いその動きに迷いはない。 その時の犬夜叉達にはそう見えた。 夜月の胸に秘めた覚悟に、犬夜叉達は気付けなかった。 夜月は犬夜叉に向かって青竜刀を投げる。 犬夜叉はそれを避けるが、本当の狙いは犬夜叉ではなかった。 ガシャーーン! 奈落の手に持つ水晶玉が青竜刀により割れ、その破片は地に落ちる。犬夜叉は動きを 止めた。 「や、夜月?夜月!」 奈落は忌々しそうに舌打ちをした。 「小娘が自分で水晶を・・・・!」 夜月の体は、水晶が割れたと同時に地へと倒れる。 「夜月ちゃん!」 「しっかりして下され、夜月さま!」 かごめは夜月を抱え、犬夜叉達も夜月の側へと駆け寄る。 炎羅達は再び先程の技を放つ。 「もう用なしだよ、小娘!兄達と一緒にあの世に行きな!黒焦流!」 「竜蛇の舞!」 放たれた技を犬夜叉達は避けようとしたが、その時、夜月は護闘牙に手を伸ばした。 父の形見、護りの力を持ちし刀に。 (父上・・・・・・っ) 「っく・・・・・・・。護闘牙ー!」 夜月は護闘牙を抜き、地へと突きさした。すると犬夜叉達の周りに結界が張られて、 炎羅達の技を防いだ。 「なっ・・・・・あたし達の技を防ぐなんて!?」 「犬夜叉!」 弥勒の声を合図にしたかのように、犬夜叉は奈落達に風の傷を放つ。 「くらいやがれっ!風の傷ーー!」 奈落と神楽は空へと逃れ、消えた。しかし炎羅はまともに風の傷を受け、倒れた。 「・・・・・・あた、しが半妖なんかに・・・・」 それが奈落の分身、炎羅の最期だった。 「夜月っ。しっかりしろっ、夜月!」 夜月は犬夜叉に抱えられ、苦しそうに息をしている。 「おい、弥勒っ。なんとかできねえのか!?」 弥勒は何も答えない。犬夜叉もそれで分かってしまった。 妹の命はもう・・・・・。 「夜月ちゃん・・・・・・・どうして・・・」 かごめの頬に涙が流れる。 (何で夜月ちゃんがこんな・・・・) あんなに元気だったのにっ。 この子は前へと進もうとしていたのに・・・・・・っ。 何故この少女は自分の命を絶つようなことをしたのか。 夜月のその行動が、かごめ達にはわからなかった。 「ごめん、なさい・・・・。でも・・・・・・これでよかったんです」 夜月は、自分の命を絶つ道を選んだのだ。 弱々しい声。 それは夜月の命が尽きかけていることを指していた。 「夜月さま、この老いぼれより早く死ぬなんてなりませぬ。しっかりして下されっ」 「冥加おじいちゃん、さっきはありがとう。長生きしてね。兄上、弥勒お兄さんが、 あたしの呪いを言わなかったこと怒らないでね。あたしが言わないでって頼んだの。 だから・・・・・」 「夜月、お前何で・・・・俺にそのことを話さなかったんだよっ!何も言わずに旅に 出て・・・・死ぬつもりだったのか!?」 長い時の果てに再会した妹。 その妹をこんな形で失ってしまうことになるのだ。 せめて最期に何故自分に夜月が何も話さずに出て行ったか、その理由を犬夜叉は知り たかった。 「今みたいな・・兄上の顔を見たくなかったから」 「!?」 夜月は震える手を犬夜叉に伸ばす。 犬夜叉は、その手をしっかりと握り締めた。 「兄上なら絶対そういう顔をすると思ったし、旅に出ることを止められるかもしれな いと思ったから・・・・」 夜月は犬夜叉達を見渡す。 兄と兄の大切な仲間達。半妖の自分を受け入れてくれた人達。 もう一度、自分に安らぎをくれた存在。 ――大丈夫。 自分がいなくなっても、兄は義父が死んだ時の自分と同じ道は辿らない。 この人達がいる限りきっと前へと、未来へと進んでいける。 「死ぬなっ。夜月、しっかりしやがれ!こんなことでくたばるほどお前は弱くもねえ だろうが!夜月!」 (俺はまた・・・失うのか?) 生き別れではなく、今度は本当に失ってしまうのだろうか? 妹に何もしてやれず、ただその最期を見届けるしかできないのだろうか? 「兄上達と一緒にいた時間、幸せだった・・・」 夜月はその視線を兄に向ける。 目に映る兄達の姿や周りの風景が少し霞んで見えた。 思い出される兄達との時間は短かったけれど、本当に兄やこの人達と出会えてよかっ たと思う。 自分の命を絶つような行為をしてしまったことは、後悔していない。 最期に二度と会えないと思っていた兄に会えたのだから・・・・・。 「夜月!」 「兄上は・・・・生きてね」 その命を投げ出さずに。 限りある時から目を逸らさずに。 闇の中を彷徨うのではなく、前を見据えて。 未来を己の力で切り開いて、その瞳に映しながら。 「・・・・・あた、し最期の最期で兄上達に会えてよかっ・・・・・・・」 夜月の瞳がゆっくりと閉じられ、犬夜叉の手を握る夜月の手から力がぬけた。 「夜月?・・・・・・・・・夜月ーーーーー!」 悲痛な声がその場で響く。 半妖の少女、夜月は兄達に看取られて静かに息を引き取った。 「夜、月ちゃ・・・・・」 かごめは夜月の頬に触れる。 ぬくもりは、温かさは消えて冷たくなっていく。 「死んだのか・・・・・・」 「「「「「!?」」」」」 犬夜叉達は後ろから聞こえた声に振り向いた。その声の主は・・・・・・・。 「てめえ・・殺生丸!」 犬夜叉と夜月の兄、殺生丸だった。 いつもと変わらぬ眼差しで犬夜叉達を見ている。 「奈落の匂いと気になる匂いがしたので来てみれば、生きていたとはな。もっともす でに死んでいるようだが」 殺生丸は、犬夜叉に抱えられている夜月に目を向ける。 夜月の瞼は閉じられている。 その目が開けられることは決してない。 夜月の命の灯火はすでに消えているのだ。 「ふっ、半妖の小娘一人死んだだけでずいぶんと情けない顔だな、犬夜叉」 「っ・・・てめえ・・・・・・・・ぶっ飛ばす!!」 犬夜叉はかごめに夜月の遺体を預け、殺生丸に殴りかかった。 殺生丸はそれを簡単に避け、逆に犬夜叉を殴り飛ばして地に叩き付けた。かごめが声 を上げる。 「犬夜叉!」 殺生丸はそのまま背を向けようとする。 「時間の無駄だったか」 夜月から視線をはずして、殺生丸は歩き出す。 だが、一人の人間が立ちふさがったことで殺生丸は足を止めた。 「何のつもりだ?法師。死に急ぎたくないならば、そこを退け」 「申し訳ないが、私はあなたと犬夜叉に伝えなければならないことがあります。だか らそれはできませんね」 殺生丸の剣呑な鋭い視線を受け流して、弥勒は二人を見やる。 彼等は最後まで、あの少女が気にかけていた存在だ。 「夜月からの遺言です。あなたも、犬夜叉も生きて欲しい。それが夜月の最期の願い です」 「!?・・・・・・・あいつ・・・・」 犬夜叉は目を見開いて驚き、殺生丸は動きを止めた。 その言葉は、夜月が弥勒に呪いのことを話した時伝えてくれるよう頼んだものだっ た。 『それから、伝言を頼みたいんです。兄上達二人に。あたしは自分で伝えることはで きないので・・・』 夜月が弥勒に託した最後の伝言は今、伝えられた。 殺生丸は振り向き、空を見上げる。何故か、昔の記憶が頭をよぎった。 『殺生丸の兄上。あたしは何を言われても構わない。だけど犬夜叉の兄上や母上のこ とだけは悪く言わないで』 まっすぐな瞳。 遠い昔、一度しか会っていないが、その瞳がいつかの父に似ていたことを覚えてい る。 「・・・・退け」 殺生丸はかごめ達の側に近付き、抑揚のない声で言った。 「え?」 「なっ・・・・・・殺生丸っ、てめえ何をっ!」 犬夜叉は立ち上がり鉄砕牙を抜くが、殺生丸は犬夜叉に見向きもせず腰の刀を抜く。 その刀は天生牙だった。 「なっ・・・・・・・」 犬夜叉も天生牙に気付き、殺生丸の刀が振り下ろされるのを見ていた。 殺生丸が刀を鞘に収めた時、夜月の金色の瞳がゆっくりと開かれた。 「・・・・・・かごめ・・お姉さん?」 「夜月ちゃん!」 犬夜叉達に安堵と驚きが訪れる。 夜月は殺生丸の天生牙で息を吹き返したのだ。犬夜叉は夜月の側に駆け寄る。 「夜月!」 夜月は自分が何故生きているのか分からず目をまばたきしていたが、遠い昔の匂いを 感じ取った。 「・・・・・・・・え?」 夜月はかごめに支えられて起き上がり、その匂いの方向に目を向けた。 そこにいたのは同じ白銀の髪に金色の瞳をもつ者、殺生丸。 たった一度しか会ったことのない、おぼろげな記憶の中の妖怪だった。 その様子を見て、殺生丸は踵を返しその場を去ろうとしていた。しかし、それを犬夜 叉が呼び止める。 「待ちやがれっ。殺生丸!・・・・どういう風の吹き回しだ?何でてめえが・・・」 その時、夜月は立ち上がった。 ずっと探していたもう一人の兄は、今そこにいる。 「殺生丸の兄上・・・・・。何故あたしを助けたんですか?」 殺生丸は何も言わない。夜月は続けて言う。 「殺生丸の兄上はあたしや兄上を嫌っていたのに・・・・・・・どうして・・・・ ・」 振り返った殺生丸は、ただその金色の瞳を犬夜叉達に一瞬向けて言った。 「・・・・・・ただの気まぐれだ」 そしてそのまま歩き始める。夜月は殺生丸に向かって呟いた。 「殺生丸の兄上っ・・・・・・・・・・ありがとうございました」 殺生丸は何も答えずに森の奥へ行く。 この時のかごめには、そんな殺生丸の雰囲気がいつもと違い少し和らいでいたような 気がした。 そして夜月は、その後ろ姿が見えなくなるまで見つめていた。 「それじゃあ、本当に今までお世話になりました」 あれから二日後、犬夜叉達は旅に出ることになった。 そして夜月は、犬夜叉達と別れて一人で旅立つ。 それは兄とその仲間達との一時的な別れを意味していた。 「一度やって失敗したのです。奈落はもう夜月を狙ったりはしないでしょう」 「はい」 夜月が一人で旅に出ると言った時、犬夜叉は反対した。その理由は二つ。 『納得できるわけねえだろ!旅に行く理由の中に殺生丸にもう一度会うなんてのが あったら、簡単に行かせられるか!それにお前が一人で旅するなんて絶対に駄目だ !』 ――夜月は、一度死の呪いにかかっている。 それに奈落が妖怪を差し向けた時も、毒にやられて少し危なかった。 そのことを考えると・・・・一人で旅に出るなど、危なっかしくてしょうがない。 それが犬夜叉の反対理由だった。 しかし弥勒達に説得され、しぶしぶ了承したのだ。 『犬夜叉、こういう時に妹の背中を押してやるのが、兄の役目じゃないのかい?信じ てやりなよ』 そんな珊瑚の言葉で、犬夜叉は首を縦に振った。 必ず時々楓の村に顔を出せという条件付きで。 「気をつけろよ。でもって、絶っ対に楓ばばあの村に顔みせろよ!」 犬夜叉は、夜月に念を押すように言った。 乱暴な言い方ではあるが、夜月を心配している上での発言なのだ。 それが分かっているため、弥勒と珊瑚は苦笑する。 「分かってる。昨日約束したじゃない。必ずまた来るよ」 「じゃあ、夜月ちゃん元気でね」 かごめは、夜月がいなくなってしまうことに寂しさを感じながらも微笑んだ。 ちなみに冥加は一足早く刀々斎の元に旅に出た。 「はい。・・・・あたしはこの旅で人間がどういうものなのか、見極めたいと思いま す」 人間を嫌う気持ちが完全に消えたわけではない。 けれど、その中に温かな心を持つ人達がいるのも確かなのだ。 前のような旅をするのではなく、さまざまなものと向き合っていきたい。 それが、今の夜月の偽りのない思いの一つ。 「そして・・・・・」 夜月は少し俯きかけたが、顔を上げて躊躇いながらも言った。 「・・・・・あたしも兄上みたいに・・・居場所を見付けたいです」 ――見つけられないかもしれない。 でも、探して見つけてみたい。兄達のように信じて助け合える居場所を。 それを見つけられたら、兄のようにもっと・・・・・・強くなれる気がするから。 夜月の瞳は初めて会った時とは違い、まっすぐに犬夜叉達を見ている。 何も信じようとはしなかったその瞳には、前と違う強さを秘めていた。 この少女はまた新しい望みを見つけ、前に進もうとしている。 「ああ・・・・・・。元気でな」 犬夜叉は夜月の頭の上に手を乗せる。 ――いつの間にか、後ろについていた妹はこんなにも成長している。 これからも、半妖ということで風当たりは強いだろうが夜月なら大丈夫だろう。何故 かそう確信できた。 次に夜月に会った時、きっと夜月はもっと成長しているだろう。 「夜月ちゃんなら、いつか見付けられるわ」 「夜月。・・・・・いつでもここに帰ってきていいのですよ。お前の居場所は、ここ にもあります」 「次に会った時は、また一緒に話をしよう。怪我には気をつけるんだよ」 「また、おらと遊ぼうな。その時は、もっと上達したおらの変化の術を見せるぞ!」 犬夜叉達のあたたかな言葉に夜月は頷き、駆け出した。 「また、ここに戻ってきます。さよなら!」 夜月は屈託のない笑顔を犬夜叉達に見せ、森の中に姿を消した。 そんな夜月の後姿が見えなくなるまで、犬夜叉達は見送った。 「じゃあ、行くか」 「ですな」 犬夜叉達も歩きだそうとする。 だが、かごめだけは後ろを振り返って夜月が消えた方角を見つめた。 「かごめ?」 犬夜叉はそんなかごめに声をかける。 かごめは、やわらかな微笑を見せて言った。 「犬夜叉。・・・・・・夜月ちゃんはもう十分、お母さんが望むような子になってる よね」 「は?」 「夜月ちゃんの名前・・・夜に輝く月のように凛とした強い心を持つ子になるよう に。きっと犬夜叉と夜月ちゃんのお母さん、喜んでるよ」 夜月は自分で気付いてないかもしれない。 いや、気付いていないだろう。 けれどかごめは、夜月はとても芯の強い子だと思った。 悲しみを乗り越えて、今を受け入れ、最後には奈落の呪縛の中で自分の全てをかけ て、水晶を壊したのだ。 水晶を壊した行為は肯定できないけれど、奈落に抗うその瞳には強さで満ちていた。 そして、今度は新たな望みを胸に旅立ったのだ。 かごめの言葉で、犬夜叉達も後ろを振り返る。 「・・・・そうだな」 「本当に・・・良い名前をつけたね。犬夜叉と夜月ちゃんのお母さんは」 「母上さまは、さぞかし安心しているでしょう」 「じゃな」 再び犬夜叉達は歩き出す。 かごめはどこまでも広く、青い空を見上げて思う。