夜月 第二話  新たなる灯火  作:露乃

奈落に狙われて傷を負い、意識を手放した半妖の少女。 犬夜叉達は昼過ぎに楓の村に着き、その怪我の手当てをした。 少女の怪我はそれほど重傷ではなかったが、夕方になっても少女の意識は戻っていな い。 また、楓の村に着いてすぐ森に行った犬夜叉も、まだ戻ってきていない・・・。 「犬夜叉、もう夕方なのに戻って来ないね」 小窓から見える空はすでに橙色に染まっている。 「大丈夫ですよかごめ様。日暮れまでには戻ると言っていましたから、そろそろ戻っ てきますよ」 少し心配そうに言うかごめに弥勒が言った。 犬夜叉はあまり心配する必要はないだろう。今心配すべきなのは・・・。 「珊瑚。こやつ、いつになったら気が付くんじゃ?」 奈落に四魂のかけらを狙われて、未だ意識が戻らない少女だろう。 命に関わるほどの怪我ではないことは七宝も知っているが、少し気になる。 この半妖の少女はかけらを持っていたというだけで奈落に狙われて、殺されそうに なったのだから。 「大丈夫だよ七宝。そのうち気が付くさ」 珊瑚は己の膝の上にいる雲母の頭をなでている。 雲母は気持ちよさそうに眠っていて、穏やかな光景だ。 けれどそんな光景を見ても、未だ気になっていることが一つだけある。 考えすぎだとも思うけれど・・・・・何故か心でひっかかっている。 どうしても、頭から離れない・・・・・・彼の様子。 「・・ねえ弥勒様、珊瑚ちゃん。今朝から犬夜叉の様子が変だったけど・・・嫌な夢 でも見たのかな」 かごめはずっと抱いていた疑問をぽつりと呟いた。 この言葉に珊瑚と七宝は何も言えなかった。 二人も気になっていたけれど、心当たりというようなものは何一つないから。 「おそらくそうでしょうな。昨夜うなされていたようですし・・」 「え?」 「へ〜え、そうなんだ。って何で法師様がそんな事知ってるのさ」 思いがけない弥勒の言葉に珊瑚は問う。 「たまたま夜中に目が覚めたんですよ」 「・・・・・」 かごめは俯いて考え込んだ。 今日一日様子が変だった犬夜叉。彼が何か嫌な夢を見たのならそれも納得できる。 (・・でも・・・・一体何の夢を?)    ――もしかしたら彼は孤独だった頃、一人だった頃の夢をみたのだろうか?   たった独りで生きていた頃の夢。 もしくは彼の、犬夜叉のお母さんが生きていた頃の夢・・? それなら彼が自分達に何も話そうとしないのは分かる。 分かるけれど・・・・。 (少しぐらい一人で抱え込まないで話してくれてもいいのに・・・・・・) それがかごめの率直な願いだった。   それは自分の我侭かもしれない。 ・・・・・・いや、我侭以外の何物でもないものだ。 自分は彼の過去の苦しみを何も知らないのだから。 家族や友達に囲まれて過ごしてきた自分には・・・・・独りでいた彼の苦しみはきっ と理解できるものではない。 それは分かっている。 けれど・・・・・・それでも。 (あたしは、犬夜叉に何もできないのかな?) ――あんな顔してほしくないのに・・・・・。 このまま見ていることしかできないの? 考えても何も浮かんでこない。 ふとかごめは半妖の少女に目を向けた。 おそらくこの少女も親を亡くしているのだろう。もし親がいるのならあんな森に一人 でいるはずがない。 ぬくもりを失って、この少女は何を見てきたのだろう? この少女も犬夜叉と同じように独りで生きてきたのだろうか。 一人で妖怪達や人の迫害に耐えて・・・・刀を手にして戦ってきたのだろうか。 (この子も、いろんな辛いことを抱え込んでいるかもしれないわね・・・・) 「かごめちゃん、どうしたの?」 「え?」 珊瑚に声をかけられ俯いていた顔を上げると、珊瑚が心配そうに自分を見ていた。 いつのまにか、考えこんでいたらしく全く気付かなかった。 「あ、ごめんね。何でもないの。気にしないで」 「本当に?」 珊瑚は未だ心配そうにかごめを見ている。かごめはとっさに半妖の少女のことを口に 出した。 「うん。あっ、それよりこの子って何か犬夜叉に似てるよね。同じ犬の半妖なのかな ?」 かごめはちらりと半妖の少女に目を向けた。 未だ目を開けないため瞳の色は分からないものの、少女の容姿は犬夜叉と同じような 特徴であった。 「そうでもおかしくはないでしょうな。外見的特徴はほとんど同じですし」 「そうだね。顔も犬夜叉に似てるみたいだし」 「おら、こやつを見た時はびっくりしたぞ」 そんな会話をしている時、七宝の後ろから声がした。 「・・うっ・・・ここ、は・・・・?」 少女の目がゆっくりと開き、辺りを見回す。 気が付いたようだが自分がどこにいるのか、把握していないらしい。 「よかった。気が付いたんじゃな」 「あなたが怪我をして倒れていたから、ここに連れて来たの。大丈夫?」 「!?」 かごめと七宝は少女の側に行き、声をかけた。 けれど少女はかごめ達を見た途端、自分の刀を鞘から抜き、立ち上がって怒鳴った。 「近寄らないで!!人間!近寄ったら・・・殺す!」 剣呑に細められた瞳に宿るのは鋭い警戒心と殺気だった。 七宝はそんな少女の雰囲気に萎縮され、後退る。 「なっ、なな・・お、おら達はおぬしに危害を加えたりせんぞ」 「・・・・・・」 少女は何も言わずにかごめ達を睨んだ。 昔の犬夜叉のように何者も信じないどこか危うい鋭さを思わせる瞳。 また、それは犬夜叉と全く同じ金色だった。 「え?」 その少女の姿と昔の犬夜叉の姿が一瞬重なり、かごめは呆然とした。 (何?今の・・・・・・・・・・・・・・) 弥勒と珊瑚も似たような反応で、突然のことに動かない。 少女はかごめ達を睨みつけたまま言う。 「動かないで!動いたら・・・つっ!」 少女は左肩を押さえ、片膝をついた。その着物に血が滲んでいく。 (!?傷が・・・・開いちゃったんだわ!) 手当てはしたものの、特に左肩の傷は深いものだった。 傷を手で押さえる少女は苦痛で顔を歪めていた。 「だ、駄目よ。急に動いたら傷が・・」 かごめは左肩の傷を押さえている少女に近寄ろうとした。 けれどそれに気付いた少女は、かごめに刃を向けた。 その瞬間、かごめが腕に感じたのは・・・・鋭い痛みだった。 「つっ!」 「か、かごめえ!」 少女の刀が、かごめの腕をかすった。 かごめの白い制服に赤い血が滲んだ。 「・・・・・・」 (いくら思い出しても仕方ねえのにな・・) 過ぎ去った過去は決して変えられない。 それは十分に分かっていたが考えずにはいられなかった。 忘れられぬ遠い昔の記憶。 あの時に己の弱さを痛感し、強くなることを望んだ。 (そういや、あいつに心配かけちまったかもな) あの少女を楓の村に連れていく前、彼女は何か言おうとしていた。 どう答えればいいか分からず、はぐらかしてしまったけれど。 (らしくねえな) 夢を一つ見ただけで、ここまで考えこんでしまうなど、どうかしている。 犬夜叉は楓の小屋、仲間達が待つ小屋に向かって歩いている。 楓は隣村に行っていて留守だったが、とりあえず犬夜叉達は楓の小屋で休むことにし たのだ。 そのとき、犬夜叉は覚えのある匂いを感じた。 (・・・かごめの血の匂い・・!?) 「かごめ!」 犬夜叉は胸騒ぎがして楓の村に向かって走り出した。 (何かあったのか!?) 「かごめちゃん!」 「かごめ様!」 半妖の少女は再び立ち上がり、かごめ達を見据えた。 「つ、次に動いたらそれぐらいじゃ済まさないよっ。あたしに近寄らないで!」 刀で斬りつけた少女自身、かごめの傷に少し動揺したようだったが、すぐに刀を構え 直す。 警戒心と殺気は全く消えずに、少女は黙り込んでいる。 (・・・どうすればいいの?) 予想していなかった事態にかごめはただ立ちすくむ。 今の少女はおそらく何を言っても、警戒心を緩めはしないだろう。 その眼差しにあるのは拒絶のみ。 痛いくらいに・・・・・・・強いものだ。 そんな少女の様子を見て弥勒は錫状を手に取った。 (仕方ないですね) こんな子供に乱暴な真似はしたくないが、そうも言ってられないようだ。 「少々、お遊びが過ぎるようですな」  錫状を持ち構えた弥勒に少女は睨みつけた。 しかし少女は、突然はじかれたように小屋の戸口に目を向けていった。 「獣・・・犬の半妖の匂い!」 「え?」 その言葉でかごめ達の視線も戸口へと向けられた。 犬の半妖で、かごめ達に考えられる者は一人しかいない。 「かごめ!大丈夫か!」 「い、犬夜叉!」 かごめは犬夜叉が来たことで少し安堵の表情を見せた。 「なっ・・・・」 小屋に飛び込んだ犬夜叉の目に映ったのは、自分の仲間達と右腕を怪我しているかご め、そして少し血の付いた刀を持つ半妖の少女だった。 犬夜叉がかごめの血の匂いを嗅ぎ付けた時、妖怪の匂いはなかった。 だから野盗などの類の者が村に行ったか、単に自分の思い違いで何かで切って怪我を したのだと思った。 けれどかごめの怪我の原因は半妖の少女だったので、犬夜叉は驚きを隠せなかった。 (こいつが・・・!?) 「こら犬夜叉!来るのが遅いではないか!」 七宝は犬夜叉に怒鳴り付けた。 「あ、ああ。すまねえ・・かごめ、怪我は・・・」 「だいじょうぶ。それよりもあの子を・・」 この時かごめは半妖の少女の様子が変化したことに気が付いた。 先程までの殺気と警戒心は消えていて、少女はただじっと犬夜叉を見ていた。 その顔はひどく驚いたような、困惑したような感じだった。 (・・・・・・・・・何?) ――この子・・・・・・・・・。 一体、どうしたっていうの? そんな疑問が、かごめの中で生まれる。 少女は依然と呆然としたまま、それ以上動かずにいる。 それに弥勒達も気付いたが、犬夜叉だけは気付かず少女に怒鳴った。 「おい、てめえが何でかごめに怪我させたかは知らねえがなぁ、とっととその刀を捨 てやがれ!!第一おめえも怪我してんだろ!」 少女はそんな犬夜叉の言葉には答えずに、問いかけた。 どこか震えた、喉の奥から搾り出したような声で。 「あんた・・・・犬夜叉って名前なの?」 「はあ?それが何だって・・・っ!?」 犬夜叉と少女は黙って互いに何か考え込みはじめる。 「犬夜叉?」 かごめが声を掛けたが、犬夜叉は答えなかった。  「法師様・・・犬夜叉は・・・一体どうしたんだい?」 「分かりません。様子がおかしいですな」 かごめ達は状況が把握できず、二人を見ていることしか出来なかった。 (あの時・・・・確かにあいつは・・・・・) ――自分の記憶に間違いはない。 あの時それは目の前で起きたのだから。 しかし・・・・・・・。 少女と犬夜叉が沈黙を破って話し掛けたのは、ほぼ同時だった。 「兄・・・上・・?」 「夜月?」 カランと音を立てて、少女の手から床に刀が落ちる。 その時、かごめ達にはその音がとても響いて聞こえた・・・・・。   〜続く〜 あとがき はあ〜〜。なんかもう、ため息つくしかありません。 『人魚姫』よりも前に書いた作品であるせいか、一部訂正などしても自分で納得しき れない今日この頃。 人魚姫は私が好きな犬かごを詰め込んでいたけど、これは犬一行とオリキャラなので 心情のほうもうまく入れれなかったりします。特定のキャラではなくストーリー性重 視なので。 四話まで・・・八話くらいまではこの調子かもしれません。 あ、でも『夜月』は『人魚姫』と同じくらい思い入れのあるものです。 とうとう登場した犬夜叉の妹:夜月(やつき)。この物語の中心人物(?)なオリ キャラです。 だからこの物語は原作版というよりも原作パラレルというべきかもしれませんね。 で、何故この物語の題に使っているのかという風に思う方もいらっしゃると思いま す。 以前そうしたのは、題を考えるのが面倒だったのと私が気に入っていたのが主な理由 です。 もう一度この物語を投稿すると決めた時変えようかとも考えましたが、変えると前の と全く別物とするみたいで・・変えたくなかったためそのままに。 長いあとがきですみません。次もぜひ見てくださると嬉しいです!