夜月 第四話 悲しげなる音色 作:露乃 ピィーーー・・・ピピィーーーー・・・・・・。 ・・・笛の音が聞こえる・・・。 とても綺麗で・・・澄んだ音色が・・・。 「ん・・・・」 何処からか聞こえる笛の音で、かごめは目を覚ました。 (あれ?この音・・・一体何処から?) 今まで何度も楓の小屋に泊まったが、こんな笛の音を聞いたのは初めてだった。 かごめが不思議に思い外に出ようとすると、弥勒、珊瑚、七宝が起きた。 「おはようございます、かごめ様」 「おはよう、かごめちゃん。何だろうね、この笛の音」 「じゃが綺麗な音色じゃの〜」 かごめはふと未だ寝ている犬夜叉の隣に目を向けると、昨日来たばかりの少女がいな い。 「おはよっ。・・・・あれ?夜月ちゃんがいない・・・」 「散歩にでも行ったのではないか?」 七宝は眠そうに目をこすっている。 「・・・あたし、夜月ちゃんを捜してくるね」 かごめは弥勒達にそう言って、小屋の外に出た。 (何処に行ったのかしら?夜月ちゃん) 昨日知り合ったばかりの夜月が何処にいるか想像できないが、さほど遠くにはいない だろう。 かごめが捜し始めた時、ふいに先程まで聞こえていた笛の音が止み、夜月が走って来 た。 「あ、おはようございます。かごめお姉さん。どうしてこんな所に?」 「え?あ、夜月ちゃんがいなかったから、ちょっと捜しに・・・・って、夜月ちゃん ?それ・・・」 かごめが目を向けたのは、夜月が手に持っている物・・・笛だった。 (もしかして・・・さっきの笛の音は・・・) ――この子が・・・吹いていたの? 黙って笛を見ているかごめに夜月は気付き、首を傾げた。 「この笛がどうかしましたか?・・・あっ、ひょっとしてうるさかったですか?」 かごめの予想が確信に変わった。 「ううん。うるさいなんてことないわ。すっごく綺麗な音色だった」 「え?あ・・・ありがとうございます」 夜月は少し目を丸くしながらも、かごめにきちんとお礼を言った。 そんな夜月を見て違和感を覚えながら、かごめは夜月を連れて小屋に向かった。 (やっぱり・・・雰囲気が違うけど顔は犬夜叉に似てるから・・・変な感じがする な) そして二人が小屋に戻ると犬夜叉もすでに起きていて、朝食の準備は終わっていた。 「お帰りかごめちゃん、夜月ちゃん」 「少々遅かったですな。・・・おや?夜月、手に持っているのは・・・」 「笛じゃねえか。夜月、お前そんな物持ってたのか?」 犬夜叉は夜月の持つ笛を珍しそうに見る。 「もしや先程の笛の音は夜月さまが?」 犬夜叉の肩から夜月の肩に、冥加が飛び移って言った。 「うん。そうだけど・・・」 「すごいではないかっ。夜月、おらもう一度夜月の笛の音を聞きたいぞ」 弥勒達は驚いていたが、七宝はそれを聞いて目を輝かせた。 「・・・・後でなら・・・・」 夜月は七宝から目をそらして言ったが、七宝はその事を全く気にせず喜んだ。 かごめと珊瑚、弥勒は少しそれが気になったものの、何も言わずに箸を手に取り朝食 を食べた。 「よいしょっと」 「ったく、薬と包帯取りに行くだけで何でそんなに時間かかるんだよ」 枯れ井戸から出て来たかごめに、すねたような口調で言って、犬夜叉は木の上から下 りてきた。 「ごめんね。友達から電話があって・・・」 「ったくよー」 ぶつぶつ言いながらも、犬夜叉はかごめの荷物を持った。 (相変わらず分かりづらいんだから) 口では色々言っても優しい所がある、それが犬夜叉だ。 現代から帰って来る時は、いつも自分の荷物を持ってくれる。 かごめが心の中で笑っていると、七宝と雲母がちょこちょこと走って来た。 「かごめー、犬夜叉ー」 「あ?どうしたんだよ、七宝。おめえ村の連中と遊んでたんじゃねえのか?」 犬夜叉はここに来る前、村で七宝が子供達と遊んでいるのを見かけていた。 しかし、七宝はそれを無視して逆に犬夜叉に問う。 「かごめ、犬夜叉、夜月を知らぬか?」 「は?」 「夜月ちゃん?」 夜月は朝食の後、七宝に遊ぼうと誘われたがそれを断わり、森へと行ってしまったの だ。 夕方までには戻ると言って、夜月は小屋を出て行ったのだが・・・。 「おめえ、夜月に何か用でもあるのかよ」 七宝に目線を合わせて犬夜叉はしゃがみこむ。 「朝に約束したのじゃ」 「「約束?」」 かごめも犬夜叉も、始めは何のことか分からずに顔を見合わせたが、朝の会話を思い 出して理解した。 笛のことだ。 犬夜叉は立ち上がって、空を見上げる。 (そういや、そんなこと話してたな。) 昨日再会したばかりの妹には驚かされてばかりだ。 生きていたということにも驚いたが、かごめ達に敬語を使ったことや笛が吹けるこ と。 離れている間にそんなに成長している・・・変わっているとは思わなかった。 もっとも、その笛の音は寝ていたために聞いてないが・・・。 (・・できればお袋にも・・・・会わせてやりたかったな・・・・・) ――母が死んだのは自分が幼い子供の頃だった。 自分もだが、夜月が母や自分と共にいた時間は短かった。 また、夜月が物心ついてから一緒にいた時間は・・・・・・・本当に短かった。 その上、夜月が母の死を知ったのは刀々斎から聞いたからで、自分のように母の死を 看取った訳でもない。 母の死を聞かされた時・・・妹は何を思ったのだろう。 一人で・・・自分を捜しながら、どう生きてきたのだろうか。 「・・・夜叉、犬夜叉!」 犬夜叉が我に返ると、心配そうに見ているかごめがいた。 「どうしたの?」 「いや、何でもねえんだ。七宝、夜月ならこっちにいる。ついて来な」 そう言って犬夜叉は歩き出した。 先程の犬夜叉の様子が気になったが、とりあえずかごめ達は犬夜叉についていった。 夜月がいたのは、枯れ井戸からあまり離れていない木の上だった。 木の葉に隠れて分かりにくかったが、犬夜叉と同じ緋色の衣ですぐに見付かった。 眠っているらしい。 「夜月ーーおら約束を果たしに来たぞー」 七宝と雲母が夜月のいる木にトタトタと走って行くのは、かごめには微笑ましく見え た。 けれど夜月の緋の衣が動いた時、犬夜叉の直感が頭の中で警告を発した。 「七宝!雲母!それ以上夜月に近付くな!!」 「?犬夜叉、どうしたというんじゃ?」 七宝と雲母は動きを止めたが、遅かった。 眠っていた夜月は飛び起きて、袖口から苦無(くない)を出し、それぞれに投げ付け る。 「危ねえ!」 「きゃっ」 犬夜叉はかごめの腕を引っ張ってそれをかわした。七宝は雲母が巨大化して助けた。 「何者!?」 夜月は木から下り立ったが、瞬時に固まる。 冷や汗が流れるのが自分でも分かった。 自分が苦無を投げた相手が犬夜叉達だと気付き、犬夜叉はとても怒っていたからだ。 「〜や〜つ〜き〜。あっぶねえだろうが!こんなもん投げてきやがって、怪我したら どうすんだ!」 「うわ〜〜。ごめんなさい!兄上達と気付かなくて、つい習性・・・いや、習慣で・ ・・」 「匂いで分かるだろうが!」 かごめは犬夜叉に怒られて縮んでいる夜月を、半ば呆然と見ていた。 けれど、その様子を見て犬夜叉に制止の声を掛けようとした。 「ちょっと犬夜叉。もうそのくらいに・・・」 「一体何でそんなに怒鳴っているのです。犬夜叉」 「何の騒ぎだい?これは」 弥勒と珊瑚が来た。来たばかりで状況が分からない二人に、かごめが簡単に説明し た。 「・・・・なるほど。犬夜叉、もう許しても良いでしょう」 「そうだよ。夜月ちゃん反省してるんだしさ。もうやらないよね?夜月ちゃん」 「はい」 「・・・分かった。これからは気ぃつけろよ」 犬夜叉は先程夜月が投げた苦無を拾い、夜月に渡した。 「で、あたしに何の用だったの?兄上」 「ああ、それは・・・。」 「夜月の笛を聞きに来たんじゃ!」 七宝が待ってましたと言わんばかりにぴょんぴょん跳ぶ。 「え?そういえば・・・朝そんなこと言ってたっけ」 「ほう。我々もぜひ聞きたいですな、珊瑚」 「そうだね。あたしも聞きたいな」 七宝だけでなく弥勒達も言ったので、夜月は頷き、側の岩に座る。 「それじゃあ・・・」 犬夜叉達もその周囲に座ると、夜月は笛を吹き始める。 ピィーーー・・・ピィーーーーー・・・・・・。 それは朝と同じように・・・とても綺麗な音色だった。 (うわぁー) かごめは、夜月の笛の音に関心せずにはいられなかった。 物音一つ立てることさえできずに、ただその音色にかごめも犬夜叉も、みな聞きほれ た。 澄んだ音色は高い空に、この森に、そして犬夜叉達の心に響いてゆく・・・・。 (すごく綺麗・・・・・・・・) 何かが心に伝わるような笛の音色。 (でも・・・どうして・・・・こんなに切なくなるの?) かごめは自分の手を握りしめ、思った。 ――どうして、こんなに寂しげに聴こえるの? とても綺麗で澄んでいるのに、悲しげな音色なのは・・・何故? この時のかごめには、笛を吹いている夜月が・・・どこか遠くを見ているように思え た。 夜月が来てから三日経った日の夕暮れ前、参考書を読んでいたかごめがぽつりと言っ た。 「・・あたし達って、夜月ちゃんに避けられてるのかな・・・・」 「かごめ?お前、いきなり何言って・・・」 「やはり、かごめ様も気付いてましたか」 かごめの言葉に犬夜叉は戸惑うが、弥勒は悟ったように呟く。 「夜月、いくら誘っても遊んでくれんのじゃ・・・」 七宝は俯き、顔を曇らせる。珊瑚は軽いため息をついた。 「犬夜叉だって、気付いてるんじゃないかい?あの子が、あんたと冥加じじい以外に は目を合わせようとしないことには・・・」 (・・・やっぱり、気のせいじゃなかったのか・・・) 薄々犬夜叉もそのことには気付いていた。 夜月は昼の間ずっと森ににいて、かごめ達と顔を合わせようとしない。 けれど、自分の気のせいだと片付けていたのだ。 「多少は仕方ないことであろう」 「楓ばばあ・・・・」 夜月が来た次の日に帰って来た楓が、湯飲みを置いて軽く目を伏せる。 「あの子が今まで独りで生きてきたのなら、そうなってしまっても不思議ではない じゃろう」 その言葉は、犬夜叉達の心に深く突き刺さった。 沈黙が犬夜叉達の間に訪れる。 (夜月ちゃん・・・・・) かごめは小窓の外へと視線を移す。 もうすぐ日が暮れて、きっと夜月が帰って来る。 けれど、夜月はどんな思いで自分達と共にいるのだろう。 半妖として生きてきた夜月に、人や妖怪はどんな風に見えるのだろう? (あたし達じゃ、駄目なのかな?) 頑なに人との関わりを避けている少女。 あの子と分かり合うことはできないのだろうか? ――ずっと独りでいた夜月の心は・・・自分達には開かれないのだろうか? 犬夜叉達が夜月のことを話してから、すっかり日は暮れて真夜中になった。 皆が寝静まる中で、少し寒さを感じたのか弥勒が目を覚ました。 (おや?夜月がいない・・・) 犬夜叉の隣に夜月の姿はなく、あるのは楓が夜月に与えた上掛けだった。 (仕方ないですな) 弥勒は起き上がり、夜月の上掛けと錫杖を持って外に出た。 犬夜叉を起こそうかとも考えたが、それは夜月が見付からなかった時にすればいい。 そう考えた弥勒だったが、夜月はあっさりと見付かった。 小屋の近くにある木の根元に寄り掛かって、夜月は眠っていた。 弥勒は夜月に声をかけたようとしたが、先日の苦無の件を思い出し、それを止めた。 少し考え込んだものの、いざという時は錫杖があるから大丈夫だと結論を出した弥勒 は、夜月の側に行く。 「夜月、こんな所で寝ていては風邪を引いてしま・・・・」 弥勒はそこで言葉を止めた。 夜月は確かに眠っている。けれど・・・・・・。 (うなされている・・?) 夜月の顔には汗があり、苦しそうな表情。 すぐに起こしたほうがいいと判断した弥勒は、夜月の肩をゆさぶって呼びかけた。 「夜月・・・。起きなさい、夜月っ」 「・・・ぃ、嫌だ・・・」 かすれそうな、弱々しい声。 夜月は、何かを求めるように手を伸ばす。 伸ばされた手を弥勒はしっかりと握り締めた。 「夜月!」 「・・・っ逝かないでっっ・・・・」 「起きなさいっ、夜月!」 声を掛けても起きずに寝言を言う夜月に、弥勒は握った手を放して肩をゆすった。 「夜月っ!」 「・・・っ父君ぃぃーーーーーー!!!」 夜月の目に涙が見えた瞬間に殺気を感じた弥勒は、とっさに錫杖を構えた。 キィン!!! 夜月の刀が弥勒の錫杖とぶつかった。 後少し構えるのが遅れていたら、間違いなく弥勒は負傷していただろう。 「・・・ずいぶんと物騒ですな、夜月」 「!?み、弥勒お兄、さん?あ、す、すみません!」 夜月は自分の刀に気付き、鞘に収めた。 「み、弥勒お兄さん・・・あっ、あたし何か言いましたか?」 自分の顔の汗と目の涙をぬぐいながら、問うような眼差しを向ける。 「・・・いいえ、何も。それよりも夜月、小屋に戻りなさい。秋の始めですし、夜は 冷えます」 「すみません。ずっと外で寝ていたから、小屋だと落ち着かなくて・・・眠れないん です。あたしはここにいます」 「・・・そうですか、ならばこれを掛けていなさい」 「え・・・?」 フワッ。 弥勒は持ってきた上掛けを渡して小屋に戻ろうとした。 「み、弥勒お兄さん・・・・。ありがとうございます」 「いえいえ」 そして弥勒は小屋に戻っていったが、一度振り返る。 その先にいる夜月はただ俯き、膝を抱えている。 (・・・父君・・か・・・) 弥勒の中で一つの推測が浮かび上がってきていた。 (夜月は・・・) ――あの少女は独りで、とても辛いものを背負って・・・生きているのかもしれな い。 その視線に気付かず、夜月は顔を上げる。 星が瞬く空の下で少し肌寒い北風が吹き、白銀の髪がゆれた。 夜月はただその空をじっと見つめていた。 〜続く〜 あとがき また、長いのになってしまいました。 人魚姫といいこれといい・・・読んでくださっている方々本当にありがとうございま す。 そして、いつも長くて本当にすみません。 オリキャラの夜月、見事に出張ってますね〜。かなり要になるキャラですから。 第四話は個人的には気に入っています。 第三話までのに比べてけっこう満足してます♪ 頑なな夜月にかごめ達はどう接していくのか。 次はいよいよトラブル発生の話です。では! 第四話:『悲しげなる音色』、これは夜月の心を指しています。かごめ達に、他人に 心を開こうとしない悲しい、孤独な心。