夜月 第五話   見えぬ扉   作:露乃   「犬夜叉、少し話があります」 また七宝の遊びの誘いを断わり、森に行こうとした夜月について行こうとした時、犬 夜叉は弥勒にそう言われた。   「で、何なんだよ。その話ってのは。俺は夜月に話があるんだ。たいした話じゃねえ なならとっとと・・・」 「犬夜叉、お前の父上さまはいつ頃亡くなられたのだ?」 弥勒はしかめっつらの犬夜叉に問い掛けた。 その唐突な弥勒の問いに、犬夜叉だけでなくかごめ達も弥勒の真意が分からず、首を 捻るばかりだった。 「俺が物心つく前ぐれえだったはずだが・・・いきなり何なんだよ?」 「法師どの・・・一体何を言おうとしているのじゃ?」 楓も、同様に弥勒の意図を掴めずにいた。 一方、弥勒は何か考え込んだかと思うと口を開いた。 「・・・・昨夜私が起きた時、夜月がいなかったので捜しに行ったんですよ」 「はあ?」 また唐突に話し始めた弥勒に、ますます訳が分からない犬夜叉達。 弥勒が何を言いたいのか、犬夜叉の父と夜月がどう関係するのか、犬夜叉達の頭は混 乱する一方だった。   「法師さま、それがどうし・・・」 「まあ、聞いて下さい。夜月はすぐに見付けたのですが・・・その時、夜月はひどく うなされていたのです」 「うなされてたって・・・夜月ちゃんが?」 「嫌な夢でも見とったんじゃないのか?」 かごめと七宝は、ただ素朴な言葉を返す。 弥勒は昨夜のことをありのまま話した。 「その時、夜月は寝言を言ったんです。『嫌だ。逝かないで。父君』と・・・・」   「父君って犬夜叉のおとうのことか?」 犬夜叉とかごめ、七宝は、夜月がうなされていた理由にそれで納得した。 けれど珊瑚と楓は、犬夜叉達三人と全く逆の反応を示した。 「・・・それって少し変じゃないかい?」 「うむ。わしも珊瑚と同意見じゃな。」 「二人は気付かれましたか・・・。」 珊瑚と楓は、夜月の寝言の少し妙な点に気が付いた。   二人はおそらく気付くだろうと思っていた。 けれど、弥勒は肝心の人物が全く気付いてないことに、少々呆れてしまう。   (・・・予想はしていましたが・・・・)   元々その人物は、そこまで鋭い者ではない。むしろ鈍いだろう。 けれど、その問題の人物に・・・一番近い存在なので気付くかもしれないとも思って いたのだ。   弥勒がそんな風に考えていると、しびれを切らした犬夜叉が怒鳴った。 「だ〜、どういう意味だよっ。ちっとも分かんねえぞっ。言いたいことは、はっきり 言いやがれ!」 一体何が変なのかさっぱり分からない。それはかごめと七宝も同じようだが・・・。   (何を言いてえんだよ?こいつは・・・)   「あたしも分からないわ。何が変なの?弥勒さま」 「かごめ様・・・。夜月は『父君』と言ったんですよ?妙ではありませんか?夜月は 犬夜叉のことを『兄上』と呼んでいます。それならば、普通・・父親のことは『父 上』と呼ぶものではないですが?それに夜月は護闘牙を、『父上の形見』だと言って いたでしょう?」   (あ・・・・・そういえばあの時・・・) 夜月が崖から落ちた後の話をしてくれた時のことを、かごめは思い出す。     『刀々斎というおじいさんから・・・父上の形見だというこの刀を貰ったんです』 (夜月ちゃんは確かに・・・お父さんのことを『父上』って呼んでた・・・)   「確かに妙じゃが・・・。」 「弥勒の考えすぎじゃねえか?」 犬夜叉と七宝も何が妙なのかを理解した。 けれど犬夜叉は、ふに落ちないことはあるもののそう思えてならなかった。   「犬夜叉の言う通りかもしれませんが・・・気になることは他にもあります。あの笛 と夜月の薬草の知識・・・誰かに教わったように思えてならないんです」   夜月は自分の怪我の手当てを、森にいる時に自分でやってしまっていた。 それに薬草の種類などにかなり詳しかった。 確かに誰かに教わったのなら、それも頷けることだ。 「けどあいつ、笛は暇潰しのために拾ったって・・・」 「では、犬夜叉。昔のお前だったら、人間が作った物を・・・特に役に立つ訳でもな い物を拾ったりしますか?」 「拾う訳ねえだろ。だいたい笛なんか森で吹いてたら、妖怪に場所を知らせるような もんだぞ」 当たり前だと言うかのように犬夜叉は、腕を組む。 「そうでしょうな。にも関わらず夜月は笛を持ち、いつも吹いていると言ってまし た。護闘牙にお前の刀と同じように結界の力があったとしても、危険であることに変 わりません。ひっくり返して言えば・・・それだけあの笛が、夜月にとって大切な物 と言えるのではないでしょうか」 この言葉の意味に一番始めに気付いたのは珊瑚だった。   どれだけ危険でも・・・半妖を認めない人間達が作った物でも、いつも吹いていると いう笛。     それを夜月が大切に持っている理由。 珊瑚には一つしか思い浮かばなかった。 「あの笛が・・・誰かの形見だって、法師さまは言いたいのかい?」 「・・・さすが珊瑚ですね。少なくとも私は、そう考えています」 考えたこともないことを言われて犬夜叉は目を見開く。 そしてそれはかごめ達も同じで、先程まで黙ってそれを聞いていた冥加が口を開い た。   「弥勒・・・おぬしは、それが誰の形見じゃと考えておるのじゃ?」 「これは私の推測ですが、犬夜叉と生き別れた後、夜月を拾って育てた者・・・養い 親の形見ではないかと思います」   昨夜の夜月の『父君』と言った寝言・・・そして夜月が大切にしている笛と薬草の知 識。 それらを考慮して出した結論。   そう考えればつじつまが合う。   「じゃあ・・・『父君』っていうのは・・・・」 珊瑚が悟ったように言い掛け、弥勒が続けて言う。 「私の推測ですが、おそらく・・・その養父、義理の父親のことでしょう。犬夜叉達 の本当の父上さまが、二人が物心つく前に亡くなられたという点から見てほぼ間違い ないかと・・・・」 「じゃあ、何でそれを夜月は俺に言わねえんだよっ」 ――どれだけ長い間、離れていたとしても、夜月は自分の大切な妹。   妹がそのことを自分に言おうとしない理由が分からなかった。   「それは私にも分かりませんが、人には誰でも言いたくないことがあるものです。犬 夜叉、お前だって五十年前のことを・・・夜月に話したいとは思わないでしょう?」 「・・・・・・・・」 犬夜叉は黙りこむ。 あの出来事を持ち出されて、返す言葉など見付かるはずもない。 「夜月が我々と関わろうとしないのは、その過去に関係しているかもしれませんな・ ・・・」 御神木の根元に、かごめは座って空を見上げていた。 今、かごめの頭にあるのは今朝のこと・・・夜月のことだった。   (・・・きっと夜月ちゃんにとって、『父君』は大切な人だったのね・・・・) 弥勒は推測だと言っていたが、おそらくほとんど当たっているだろう。 その弥勒の推測は論理的に筋道はよく通っていた。 (逝かないでって・・・その人が・・・お義父さんが亡くなった時の夢?)   ――もしそうなら、きっと夜月にとって辛い夢だったに違いない。 自分の身近な人が亡くなることは・・・とても辛くて悲しいことだ。 ましてそれが自分を育ててくれた人ならば、なおさらだ。 (それって考えるだけでも辛いことよね)     夜月は、その悲しみや辛さを独りで抱え込んでいる。 独りで生きてきて、どこにいるか分からない兄を捜して・・・。 その孤独や苦しみは、きっと家族も友達もいる自分には分からないほど深いものだと 思う。   (もしかしたら、夜月ちゃんが笛を吹いてくれた時・・・あんなに寂しげに悲しげに 聴こえたのは・・・) 亡くなったお義父さんを想って・・・吹いていたから?   (あの笛の音は・・・夜月ちゃんにとって・・・・)   ・・・・鎮魂曲(レクイエム)だったのかもしれない。   亡くなったお義父さんへの想いと・・・孤独な心が笛の音に姿を変えて、響いてゆく ・・・・。 あの音色はあの子の心だったんだ・・・・。     そんなことを考えていると、不意に七宝の声がかごめの耳に届いた。 「かごめー。何しとるんじゃー?」 七宝が一人でトタトタと走って来た。   「・・・少し空を眺めていたの。七宝ちゃんこそ、何してるの?こんな所で」 何気なくかごめは七宝に問いかけたが、七宝は言いにくそうに顔を俯かせた。 「七宝ちゃん?」 「おら・・・夜月の笛の音が急に聞きたくなって、夜月を探しに来たんじゃ。犬夜叉 に聞こうかとも考えたんじゃが・・・何やら考え込んでおったんで・・・」   「・・・・・」 (犬夜叉も・・・夜月ちゃんのことを考えてたのかな)   あの話で一番夜月のことを気にしていたのは、犬夜叉だった。 朝の時、夜月に話があると言っていた。 たぶんそれは、夜月がかごめたちを避けている件に関してのことだったのだろう。 「そっか・・・。じゃあ、一緒に夜月ちゃんを捜そっ。七宝ちゃん。」 「ほっ、本当か!かごめ、そうと決まれば善は急げじゃっ。行くぞっ、かごめ。」 七宝が走り出し、かごめはその後についてゆく。   「夜月さまは何故、かごめ達を避けておられるんじゃ?」 「え?」 (・・・冥加おじいちゃん、気付いてたんだ・・・) それにより少し顔をふせた夜月を見て、冥加はさらに続ける。 「あの者達は、決して半妖だとかという理由で差別したりする者達ではありませぬ。 かごめ達はそのことを気にしておりましたぞ。それに犬夜叉さまも」 「兄上も気付いてるの?」   「ええ。昨日そのことを少し話しておりました」   冥加は、長い間会っていなかったとはいえ尊敬していた主の娘の夜月のことを、とて も気にしていた。   「・・・それは兄上の様子を見ていれば分かるよ」 「ならば何故・・・」   「あたしには、わからないんだ」 懐の笛を取り出して、夜月はそれを見つめた。 「夜月さま・・・何が分からないので?」 「・・・兄上が・・・どうしてあの人達と一緒にいるのか・・・」   静かに呟いた夜月の瞳は、どこか寂しげだった。   いたたまれなくなった冥加は、夜月に声を掛けようとした。 けれど、別の声が聞こえてきてそれを止めた。 「おっ、かごめっ夜月を見付けたぞ」 「ホント?あ、夜月ちゃんこんな所にいたのね。捜してたのよ?」 声の主はかごめと七宝だった。 「え?あたしを?・・・・・!?」 夜月は突然立ち上がり、楓の村とは逆の方向を見据えた。 この夜月の行動が分からず、かごめは不思議に思う。 「夜月ちゃん?」 「・・・早く楓おばあさんの村に行って下さい。水浴びか何かで匂いを隠してたみた いです。妖怪が来ます」 「え!?」 「なんじゃと!?」 「や、夜月さま本当でございますか!?」   冥加の問いに夜月は口で答えなかったが、その雰囲気は妖怪が来ることを伝えてい た。 夜月は護闘牙とは別のもう一つの刀を抜き、構えた。   「早く逃げて、冥加おじいちゃん!かごめお姉さん達も早く・・・」 夜月は後ろにいるかごめ達と冥加に言ったが、すでに冥加の姿はなかった。   「相変わらず逃げ足の速い奴じゃ」 七宝が呟いた。一方、夜月は・・・。 「さっすが冥加おじいちゃんっ。かごめお姉さん達も早く逃げて下さい!」 冥加のすばやい行動に感心しつつ、再びかごめ達に逃げるように促した。 「か、かごめ・・・」 七宝に呼ばれたかごめは考え込んでいた。 (どうしたらいいの?) 夜月一人を置いて逃げるなど、かごめは絶対にしたくなかった。 けれど、弓を持たない今残っても、夜月の足手まといになるだけだろう。 「っごめんね、夜月ちゃん。七宝ちゃん!」 (急いで、犬夜叉を呼ばなきゃ!)   「お、おおっ」 かごめは七宝を連れて逃げようとした。しかし、その時木々が次々と倒れていった。 バキバキバキ!!! 「ほう。きさまが半妖の夜月という娘か?」   その妖怪は『鬼』だった。悟心鬼よりは小さかったものの、大きい赤鬼だった。 そしてその鬼の周りにいるのは・・・・・。   「さ、最猛勝!?」 「どうして、ここにおるんじゃ!?」 最猛勝だった。それに驚き、思わずかごめと七宝は声をあげた。 「・・・その虫には見覚えがある。あんた、この前の妖怪の・・・」 「ああ、奈落という奴に頼まれてな。半妖犬夜叉の妹の夜月、きさまを連れて来い と。もし風変わりな娘がいたらその娘でも構わないとな。それさえすれば、我は四魂 の玉を手に入れて強くなれるのだ!」   「「「!?」」」   奈落は自分の持つ巨大な四魂のかけらをえさに、この妖怪を差し向けたのだ。 犬夜叉の妹の夜月か、かごめを利用しようと企んでいるのだろう。   「かごめお姉さん達、早く逃げ・・・」 「無駄だ」 七宝とかごめは村の方向に走り出したが、見えない壁に遮られた。 「なっ、何じゃこれは・・・」 「結界?」 いつの間にか、妖怪とかごめ達の周りには結界が張られていた。 「なっ・・・・」   (嘘でしょ!?) その事態に夜月は焦りを感じた。 「がっはっは・・・逃しはせん。大人しくついて来ないならば、無理矢理連れていく までだ!」 妖怪の鋭い爪がかごめ達に襲いかかった。      〜続く〜  あとがき 最近、どうも後ろ向き思考になりがちです。 夜月の過去に触れ始めました。これは重要なキーになります。 かごめにはこれから頑張ってもらいます♪次はともかくとして、第八話で。 感動できる小説を目指してるので、ぜひ次も見てください。 第五話:『見えぬ扉』は、犬夜叉達には分からない夜月の真意と過去、みたいなもの です。