夜月 第六話    瞳が映す流れの行方    作:露乃 「!?」 楓の小屋で何か考え込んでいた犬夜叉が、突然立ち上がった。 犬夜叉の雰囲気は先刻とは異なり、張り詰めたものだった。 無論そのことに弥勒と珊瑚は気付き、眉をひそめる。   「どうしたんですか?犬夜叉」 「何かあるのかい?急に立ち上がったりして」 犬夜叉は、壁に立て掛けていた鉄砕牙を持って戸口へと向かう。 「森の方向から妖怪の匂いがしてきたと思ったら、かごめ達三人の匂いと一緒に消え やがった!!」 その言葉に弥勒達は一瞬凍り付いた。 「なっっ、何だって!?」 珊瑚は刀の手入れをしていた手を止めた。 「匂いが消えたということは、結界を張ったのでしょうな。かごめ様の弓はここにあ る・・・ということは武器を持つのは、夜月一人だということです。」 弥勒は側にある錫杖を手に取る。 「とにかく急ごう!犬夜叉、法師さま!」 犬夜叉達は小屋を飛び出した。       ドカ!! 「うわ!!」 「夜月ちゃん!」 鬼の妖怪に弾き飛ばされた夜月は木に直撃した。 (こいつ・・・思ったよりも素早い・・・) 左肩の傷が少し痛む。他の傷と違い完全に直っていなかったためだ。 今思うとあれが悪かった。 一番始めに妖怪が攻撃してきた時ににそれを避けて、かごめ達に木の影に隠れるよう に言った。 そして妖怪と向き合い、攻撃を避けながら奴の周りを跳び回った。 そうすれば知能が低い妖怪は大抵なめられていると思いこんで怒り、隙ができやすく なるからだ。 たとえ頭が働くものでも、これで兄の仲間達二人から気をそらせると思った。 妖怪はそれなりに大きかったので動きは遅いと判断し、一発で終わらせようと真正面 から斬りかかった。 けれどその妖怪は爪を向けてこないで後ろに跳んで、一瞬体制を崩し、今にいたる。   「夜月ちゃんっ、大丈夫!?」 「怪我しとらんか!?」 かごめと七宝は木の影から飛び出して夜月に駆け寄る。 「って、かごめお姉さん達は隠れていてと言ったじゃないですか!」 「だって・・・・」   (黙って見てることしかできないなんて・・・)   かごめは自分の力の無さを歯がゆく思った。 弓を持っていないというだけで、夜月が戦ってるのを見ていることしかできない。 「はっはっは・・・どうだ?今のでついて来る気になったか?」 妖怪は夜月を弾き飛ばしたことで、夜月は己より弱いと判断したのか笑みを浮かべて いる。 「あまりナメないでほしいねっ。あんたなんかに負けるほどあたしは弱くない!かご めお姉さん達、これを持っていて下さい。いざという時に結界の力が働くかもしれな いですから」   妖怪の目を見据えて言った夜月は、かごめにある物を渡した。 その手渡された物は・・・・・護闘牙(ごとうが)。 殺生丸の天生牙、犬夜叉の鉄砕牙同様に父親の牙から作られた妖刀だった。   「だ、駄目よ。夜月ちゃん、これは・・・・」 「あたしには青竜刀ががあります。それに護闘牙は・・・」 その時少し顔を伏せた夜月の言葉の続きは、とても小さな声だった。 けれどかごめには、はっきりと聞こえた。   「その刀は・・・あたしには使えません。」 「え?」 タン! 夜月は再び妖怪のもとに向かって行った。 妖怪は腰の刀を抜き、それと夜月の刀がぶつかりあう。 かごめは目の前の戦闘を見ながら考え込んでいた。   (この刀が使えないって・・・どういうことなの?) かごめは夜月に渡された刀を握りしめる。   ――そういえば・・・・犬夜叉は今でこそ鉄砕牙を使いこなしているけれど、一番始 め鉄砕牙は使えなかった。 彼が自分を守ると言った時に刀がその思いに反応して真の姿を現したが・・・。   (護闘牙も鉄砕牙や天生牙みたいに、使い手の心に反応するの?)   そうであっても、おかしくはない。けれど・・・。 (どうして・・・夜月ちゃんはこの刀を使えないの?)   夜月ちゃんには何かが欠けてるの? 護闘牙を使うのに必要な何かが・・・。 鉄砕牙は強きものを薙払う刀。 天生牙は弱きものの命をつなぐ刀。 ・・・護闘牙は一体どんな力を秘めているの?     「っく・・・うわああ!」 夜月の悲鳴に我に返ったかごめが見たのは、夜月の右肩だった。そこから血があふれ ている。 「夜月ー!」 「夜月ちゃん!」   かごめと七宝はそれを見て無意識のうちに名を呼んでいた。 その傷は浅いものではないのに、夜月は気にもせず妖怪に向かって行く。 妖怪は先程のような笑みを浮かべてはいなかった。むしろ殺気立っていた。 それほど夜月が強く、手ごわいのだろう。けれどこの状況は夜月に不利だった。 夜月はかごめ達が気にかかり、戦闘に集中しきれていなかったのだ。 「おのれえー!」 妖怪は夜月に手に持っていた刀を投げ付けた夜月はそれを夜月はそれをたやすく避け て、妖怪に攻撃しようとした。 しかし妖怪が向かった先は夜月ではなく・・・・かごめ達だった。 (しまったっ!) 「かごめお姉さん!」 妖怪は、夜月がかごめ達から自分の気をそらそうとしていることに気付いていたの だ。 「七宝ちゃん!」 かごめが七宝を庇うように抱え、避けようとする。 (間に合わない!) かごめが目を強く閉じると同時に妖怪の声が響く。 「死ねえ〜!」 妖怪が爪をかごめ達に振り下ろした。   ドン! ザン!! かごめと七宝は妖怪の攻撃を避けきれず、目を瞑った瞬間突き飛ばされた。 二人とも木にぶつかったものの鋭い痛みは感じなかった。 かごめ達が目を開けると、先程まで自分達がいた所に夜月がいた。その背にあるのは 大きな傷。 「夜月ちゃん!」 「半妖の小娘が〜」 妖怪の腕に突き刺さっているのは一本の刀。 先程まで夜月が使っていた青竜刀だった。 それは、妖怪がかごめ達に爪を振り下ろす直前に動きを一瞬鈍らせるために、夜月が 投げたもの。 おそらく、それと同時にかごめ達を突き飛ばして庇ったのだろう。   妖怪はその刀を抜き、己の後方に投げ捨てた。 「夜月っ、大丈夫か!?」 「あたし達を庇ったせいで・・・」 かごめ達は夜月の側に駆け寄った。   「くっ・・・大丈、夫です。」  夜月はかごめ達にそう言ったものの、内心かなり焦っていた。 (どうにかして青竜刀を取らないと・・・) 夜月はそんな風に考えて妖怪の後方の刀を見る。 「クックッ・・・・ハッハッハッ」 妖怪は隙を覗う夜月を見て、高らかに笑う。 「ちょっと、あんた何がおかしいのよ!」 かごめは憤りを隠しきれず、妖怪を見据える。 「これを笑うなというのが無理な話だ。人を庇うなどバカで愚かな小娘だ。さすが半 妖だなあ」 妖怪は、にやりとあざけ笑うように口元を歪ませた。 「なっ・・・・・・」 「なんじゃと!?もう一回でもそれを言ったら、おらが許さんぞ!」 かごめに続き、七宝が妖怪に怒りを向ける。 「あんたなんか四魂のかけら目当てなんじゃない!バカはあんたよ!奈落が簡単にそ れを渡すわけないわ!」 「かごめお姉さん!」 夜月が、かごめの制服を掴む。 「夜月ちゃん」 「いいんです。さがっていて下さい」 夜月は、ただまっすぐに妖怪を見据える。 そんな夜月に妖怪は不信感を抱く。 「何だ。我とまだ戦う気か?そんな怪我で人間を庇うのか」 「あんたに関係ない」 鋭く細められた金色の眼差し。 そこにあるのは、強い意思のみ。 妖怪から先程の余裕の笑みが消え、その眉をひそめられた。 「何故きさまはその者達を庇おうとするのだ?」     「くそっ!うざってえんだよ、雑魚が!」 かごめ達の危機を察して三人の所に向かっていた犬夜叉達だったが、その途中で奈落 の妖怪達に襲われた。 足止め用に差し向けたのかどの妖怪もたいして強くはない。 けれどその数が多く、最猛勝がいて弥勒の風穴は使えなかった。   (ちくしょう!) 妹と七宝、そして大切な少女が危険な目にあっているのに、こんな妖怪達を相手にす る時間はない。 (無事でいろよっ。夜月、かごめ!)   「風の傷ーーーー!!」     「何故って・・・」 妖怪の言葉に夜月とかごめ達は驚くしかなかった。 「大人しくその娘を差し出すか、きさまが来るかすればいいものを・・・。きさまは 何故、その人間の娘と小狐を守ろうとする?きさまに流れる人の血がそうさせるのか ?」 「・・・・・・・」 夜月は何も答えない。夜月自身、どう答えればいいのか分からなかった。 「夜月ちゃん・・・・」 「夜月・・・」 少し不安げな瞳で夜月を見つめるかごめ達。   (人間・・・半妖のあたしと兄上を受け入れなかった存在・・・) 母や兄と共にいた幼い頃・・・人間達は決して自分達を受け入れようとはしなかっ た。 ――でも・・・!     「確かにあたしには人の血が流れている。そして妖怪の血も。でも人の血なんて関係 ない。あたしがこの人達を守ろうとするのは・・・」 「夜月ちゃん?」 この時の夜月の瞳に迷いはなかった。 あるのは兄への想いとたった一つの決意だった。   「どれだけ長い間離れていたとしても、犬夜叉の兄上があたしの兄であることは変わ らないっ。見ていて分かったんだ。この人達は兄上の居場所だと・・・。あたしは今 も、きっとこれからも人間と好きで関わろうとはしないけど、兄上の居場所は絶対に 奪わせない!命をかけてでも守ってみせる!!」 夜月にとって、かごめ達が人間とか妖怪だとか関係なく兄の居場所だったから、仲間 だったから庇ったのだ。 数日間犬夜叉を見ていて、仲間達が兄の大切な者達だと悟ったのだ。 それだけ兄である犬夜叉への夜月の想いは強いものだった。 そして夜月は避けてはいたけれど、無意識のうちに気付いていた。 かごめ達の『優しさ』という名の心に・・・。   (夜月ちゃん・・・) 「ガッハッハッハ。所詮は半妖だな。その薄汚い兄が大切にしている者達をきさまの 目の前で血祭りにしてくれる!」 妖怪は刀を手に取り、残虐さを漂わせた笑みを浮かべる。   (くっ・・・まずいな。苦無は全部投げちゃったし・・・) 先の戦闘の時に、所持していた苦無は全て使ってしまった。 かごめ達を抱えて避けることができたとしても、妖怪の動きは速いので次の攻撃はお そらく避けきれない。 爪や手で刀を受け止めるのは危険過ぎる。今手元にある武器は・・・。   「かごめお姉さん、これ一旦返して下さいっ」 夜月が手に取ったのは護闘牙だった。鞘から抜くと、その刀は少し錆びた刀だった。 (たとえ斬れなくても刀を受け止めるくらいなら・・・) 「はっはっは。そんな刀で我と闘おうとは。死ねえ!」 妖怪は刀を夜月達に振り上げ、夜月は護闘牙を構えた。 その時夜月は護闘がの変化に気付いた。   ドクンドクンドクン・・・。 (え・・・何?) キイン!! 妖怪の刀と護闘牙がぶつかった瞬間に護闘牙はその姿を変えた。 「えっ・・・・・?」 「刀が変化しよったぞっ。」 その刀は鉄砕牙に比べて小さいものの、普通の刀よりは大きなものだった。 (これなら・・・きっと斬れる!) 夜月は護闘牙の変化に驚いている妖怪の刀を弾き返し、跳んで妖怪の右腕を斬り落と した。 「ぐっ、ぎゃあああーーー!」 「兄上を侮辱したことを後悔させてあげる!」 それにより形勢は逆転した。 妖怪は片腕を斬り落とされて怒り狂う。 夜月はかごめ達を気にかけていながらも、先程と違い完全に戦闘に集中していた。 ・・・けれど、妖怪と戦かっている今の夜月の瞳は静かに怒っている、そんな印象を かごめ達に与えた。   それは二人にとある誰かを思い出させた。 (や、夜月ちゃん・・・?) 「これで終わりだ!」 夜月は妖怪に止めを刺そうとした。 だが妖怪は口から妖力破を夜月に放った。 夜月はそれを避けようとしたが肩の痛みにより避けきれずに当たってしまい、その衝 撃で木に直撃した。 「っく・・・」 「夜月ちゃん!」 「夜月!」 「死ぬのはきさまだ!この小娘が〜〜!」 妖怪は再び妖力破を夜月に放った。妖怪はすでに怒りで奈落の言葉を忘れていた。 夜月は木にぶつかった時に先程の傷を強く打ち付けてしまい、立ち上がれず身構え た。 それと妖怪の結界が破れて、声が聞こえたのはほぼ同時だった。 「夜月、かごめーーーー!!」   〜続く〜   あとがき う〜ん。何か犬かごが恋しい今日この頃。本当はそんなこと言ってられないんですけ どね〜。 とりあえず、気分を変えて第六話いかがでしたか? 夜月は『人魚姫』の沙夜、蒼龍と同じくらい好きなオリキャラです。 それにしても・・・・犬夜叉出番少ないですね。我ながら、しみじみとそう思いま す。 夜月の言葉、「どれだけ〜守ってみせる!!」はこの話で一番好きな台詞です。 ずっと心の奥にある夜月の本音みたいなものですね。 それでは!   第六話:『瞳が映す流れの行方』 かごめ達が、人間を嫌いながらも兄の想いを理解 してかごめ達を守ろうとする夜月の姿を見る、みたいな意味です。これは、かなり気 に入ってます。瞳=かごめ達、流れ=夜月の思いという感じです。