夜月 第九話 安らぎの幻想 作:露乃 己の過去を打ち明けた夜月にかごめが向けた温かい言葉は、夜月の心が開き始める きっかけとなった。 次の日の朝食の時に、少し気まずそうにしながらも夜月はかごめに言った。 「昨日は本当にありがとうございました」 「夜月ちゃん・・・・」 夜月はしっかりとかごめの顔を見てありのままの思いを伝えた。 「義父君を殺した野盗への憎しみや悲しみは、きっとこれからも変わりません。だけ ど、そこで立ち止まっては駄目なんですよね。『生きている者は死した者の分まで、 前に進んでいかなければならない。』あたしはこの義父君の言葉を忘れてしまってい たんです」 夜月の瞳は昨日のような寂しげなものではなかった。 前を向いて、『今』を見てこの少女は歩き出そうとしている。 そのことを犬夜叉は口に出さなかったものの、嬉しく思った。 「・・・・それに人間だって全員が、あの野盗のようなものではない。その中に、母 上や義父君、かごめお姉さんたちのような心を持つ人も、一部であってもいることに 気付こうとしなかったんです。本当にありがとうございました」 笑顔とまではいかないけれど、微笑を夜月は見せた。 そして全員が朝食を食べ終えた時に、七宝はためらいながらも口を開いた。 「夜月・・・・おらと遊ばんか?」 「え・・・・・・」 夜月はそれに困惑し、とっさに隣に座る犬夜叉の衣をつかんで見上げた。 今まで触れ合うことや遊ぶこともあまりせずに生きてきた妹。 昔の自分のように人を拒んできたけれど、妹ならきっと大丈夫だ。 そう判断した犬夜叉は夜月の頭に手をのせて、その背を押した。 「行ってこい、夜月」 それに続いてかごめ達も言う。 「夜月ちゃん」 「子供は風の子と言いますしね。外で遊ぶのが一番ですよ」 「でもあまり遠くに行かないようにしなよ?七宝、夜月ちゃん」 「あまり動き回ってはいかんぞ。怪我は治っておらんからな」 夜月は少し俯いたが、小さな声で返事をした。 「・・・・うん」 「ほ、本当か!?では早速行くぞっ」 七宝はトタトタと走って、小屋を出ていった。 「え・・・・あ、ちょっと待ってよっ」 夜月もすぐに小屋を出ようとすると、かごめが夜月に言った。 「いってらっしゃい、夜月ちゃん」 夜月が振り返ると、そこにあるのは兄達の温かな雰囲気。 少し照れながらも、夜月は笑顔で応えた。 「はいっ」 それは普通の子供が見せる屈託のない笑顔。 夜月の心の『秒針』は確かに動き出していた。 ピピィーーーーー・・・・・ピィーーー・・・・。 村の中で夜月の笛の音が響いていた。 七宝にせがまれて、その日の午後に夜月は笛を吹いていた。 いつしか村の子供達も周りに集まって、その音色を聞いていた。 犬夜叉は木の上でそれを聞きながら、考え込んでいた。 (俺は・・・・どうして気付いてやれなかったんだ?) 一番初めに夜月のことに気づいたのは弥勒だった。 母を亡くして、夜月はたった一人の兄妹・・・・というわけではないが、夜月は大切 な妹だ。 幼い頃・・・・母と同じ大切な、かけがえのない存在だった。 犬夜叉は、母が涙を見せた日を思い出す。 まだ山の中の屋敷に住む前・・・・祖父母の家にいた頃。 蹴鞠(けまり)をしている大人達の中に自分も入ろうとして、蹴られた鞠(まり)を 追いかけた。 けれどそれを拾ってきた時、大人達はもういなかった。 そこで夜月を寝かしつけた母が来て、鞠を捨てて母の元に駆け寄った。 『母上っ!』 母の着物をつかんで聞いてはいけないと思いながらも、言った言葉。 『母上・・・半妖って何?』 いつも大人達は、周りの者達は自分達を『半妖』と呼んだ。 自分と夜月が『半妖』だから・・・・いけないのか? そう思って母に問い掛けると母はその瞳から涙を流し、自分を抱きしめこう言った。 『私はお前達が大好きです。犬夜叉、きっとこれからも辛いことはあると思います が、あの子を・・・・夜月を守ってやるのですよ。兄妹二人で乗り越えていくので す』 『当たり前だよ、母上。夜月は大切な妹だっ。守ってみせるよっ』 あの時自分は『夜月を守る』と母と約束した。 けれどその約束は果たせずに夜月と生き別れ、母は病に倒れて命を落とした。 とても辛い現実だった。 だがそれは自分だけでなく妹も、辛い体験をしていた。 そのことに気付けなかった自分に腹が立つ。 そんな風に考え込む犬夜叉にかごめの声が聞こえてきた。 「犬夜叉っ」 「かごめ?おめえ、いつの間に・・・・」 考え込んでいたためか、犬夜叉は声を掛けられるまでかごめに気付かなかった。 (もうっ、また一人で考えちゃって・・・) もっともこの間と違い、彼が何を考えていたのかは想像がつく。 だからここに来たのだ。 (夜月ちゃんの予想は当たったかな) 「ねえ、下りてきて。話があるの」 「話?」 かごめの息は少し乱れていた。おそらく自分を探していたのだろう。 とりあえず犬夜叉は木から下りて、かごめの側に座った。 「で、何の話をしに来たんだ?」 木の根元にかごめが座ると犬夜叉は問い掛けた。 わざわざ探していたということは、重要な話だと犬夜叉は思った。 「え〜と単刀直入に言わせてもらうけど、あんた昨日の夜月ちゃんの話を気にしてる でしょ?」 図星をつかれて犬夜叉は硬直した。 「な‘・・・・・」 (何で分かったんだよ!?) そんなことをこの少女に言った覚えはない。 にも関わらず見事に言い当てられ、自分の心は読まれていた。 「・・・やっぱりね。犬夜叉、あんたがいつまでも気にしててら夜月ちゃんも気にし ちゃうわよ?夜月ちゃん言ってたじゃない。『そんな兄上を見たくない』って」 ――完全に読まれている。 確かにいつまでも自分が気にしていたら、妹も気にしてしまうだろう。 けれど・・・・。 「・・・・俺はあいつを守ってやれなかった。お袋と約束したのによ」 ――自分があの時、野盗から守っていたら妹は・・・・そんなに辛い思いをしなかっ たのではないか? 昨夜からずっとそう考えていた。 守れなかったばかりか、妹の心に気付くこともできなかった。 「そう思っているなら、これから守ってあげればいいじゃない」 「!?」 かごめはまっすぐな瞳で犬夜叉を見つめた。 「今からでも遅くはないわ。これから夜月ちゃんを守ってあげればいいじゃない。今 度夜月ちゃんが辛い思いをした時、気付いてあげられるように離れていた距離を少し ずつ縮めていけばいい。そう思わない?」 戻らない過去を悔やむより、これからのことを考えていけばいい。 この少女は、かごめはそう言いたいのだ。 (ったく、こいつは・・・・・) いつの間にか自分の居場所となっていた存在。 人を殺めてしまった時も、側にで温かく包んでくれた人。 家族とか仲間とは違う意味で・・・・・・一番大切な少女。 本人は自覚してないかもしれないが、いつも安らぎを与えてくれる。 「犬夜叉?何、黙り込んで・・・・」 かごめの言葉は途中で止まった。 腕を引かれて犬夜叉に抱きしめられ、その驚きで体が固まってしまったのだ。 「え・・・・い、犬夜叉?」 「わりいけど・・・・もう少し・・」 ――このままで・・・・・いさせてくれ。 犬夜叉は最後まで言わなかったが、かごめは何となく分かったのか犬夜叉の胸に頬を 寄せた。 (温けえな。こいつは・・・・) ――もう二度と何かを失ったりしない。 ・・・・必ず・・・守り続ける。 「どうしました?そんな顔をして」 少し暗い顔をしている珊瑚に、散歩から戻ってきた弥勒が言った。 「法師さま・・・・別に何でもないよ」 弥勒は珊瑚の隣に座って、静かに言った。 「・・・琥珀のことを考えていたのですね?」 「・・・・・・・・」 何も言わず黙り込む珊瑚の肩を、弥勒は引き寄せた。 「!?ちょ、ちょっと法師さ・・・・」 「大丈夫です。琥珀は必ず取り戻しましょう」 珊瑚は驚いて離れようとしたが、その優しげな弥勒の言葉でそれをやめた。 (法師さま・・・・・) ただ優しく肩を抱いてくれる弥勒に、珊瑚は安堵した。 (優しいんだね・・・・・) 「必ずみなで奈落を倒しましょう」 「うん」 ――何だか・・・・こうしてると、普段尻をなでられたりするのが嘘みた・・・い? 何かが珊瑚の尻に触れていた。 「っこの助平法師ーーーー!」 「すっすまん、珊瑚!手が勝手に・・・・」 弥勒の言葉は珊瑚には届かず、平手打ちの音が辺りで聞こえた。 バッチーーーン! 「ん?」 ピクピクッ。 夜月の犬耳が動いた。 「どうしたんじゃ?夜月」 飴をなめている七宝が夜月に問い掛けた。 「何か強くぶつ音がしたような・・・・」 「ああ。あれはいつものことじゃ。気にするほどのことではない」 (全く飽きもせず、ようやるのう) 一人納得する七宝に首を傾げる夜月だった。 夜月は少しずつではあったが、犬夜叉と冥加以外のかごめ達とも接するようになって いった。 三日ほど経つと元々人なつこい所があったのか、すっかりかごめ達になついていた。 特にかごめになつき、一緒にいることが多くなった。 それで犬夜叉は弥勒に『妹にまで妬いているのですか?』と言われ、からかわれるこ ともあった。 かごめ、七宝、夜月の三人で村を歩いていた時、夜月はこんな話をした。 「え?名前の由来?」 「はいっ。かごめお姉さん達の名前にはないんですか?」 無邪気に聞いてくる夜月に、かごめは記憶を辿るがそんなことを母から聞いたことは なかった。 「ちょっと分からないな」 「おらもじゃ。夜月は分かるのか?」 夜月は少し照れながらも自分の名の由来を話した。 「あたしの名は母上がつけてくれたんです。『夜に輝く月のように凛とした強い心を 持つ子になるように』それがあたしの名の由来だそうです」 「じゃあ、夜月は良い名を貰ったんじゃなっ。」 七宝の言葉で照れている夜月はとても可愛らしかった。 「・・・・あたしは母上が望むような子になれたかな」 夜月は空を見上げて言った。 (夜月ちゃん・・・・?) 何故かこの時の夜月の姿は、かごめには儚く見えた。 そんな三人の姿を遠くから見ている者達がいた。 「法師どの・・・・本当に犬夜叉に言わなくてよいのか?」 そこには深刻そうな顔をして話している楓と弥勒がいた。 「・・・・・・・・」 弥勒は何も言わずに、遠くで笑っている夜月を見ていた。 夜月が来てから七日後の日の午後、夜月は森で苦しそうにしていた。 ズキン。 (胸が・・・・痛い) 戦闘の傷ではないのは、自分でよく分かっていた。 日が経つにつれ、痛む回数は増えてきている。 「っ・・・ごほっ、ごほっ・・・・げほっ!」 口を押さえた夜月の手についたのは、赤い血だった。 「・・・・・もう、時間がない・・・・」 手についている血を見つめて夜月は言った。 周りには誰もいないはずだった。だが一人だけその様子を見て声を掛ける者がいた。 「呪いですか?」 「!?」 夜月はその声の方向に振り向いた。 〜続く〜 あとがき 夜月が、かごめ達と接するようになった第九話。 やっと犬かごシーンが入りました。最初で最後ですが、やっぱり犬かごは大好きです ! 弥勒と珊瑚のほうは・・・・・・何も言わないで下さい。 弥勒達は書き直すことも考えたのですが、面倒なのでそのままに(←おいっ) 夜月の名の由来は、一番初めから考えていたものでかなり気に入ってます。 これから物語は加速していきます。 最終話まで、ぜひ犬夜叉達と夜月の行方を見守って下さい。 第九話:『安らぎの幻想』 穏やかな日々を過ごすかごめ達。けれど、かごめ達に とってそんな安らぎの時間が、つかの間のものみたいな意味です。この副題だけは前 と少し変えました。