崇福寺、興福寺は長崎を代表する唐寺です。
崇福寺は鍛冶屋町にあり、思案橋から近い地の利もあって観光の定番コースになっている。
大雄宝殿(本堂)と第一峰門が国宝、三門、御法堂、鐘鼓楼、媽祖堂門それに涅槃図が重要文化財、県指定史跡もあるというめったにないお寺さんである。
普通、お寺の最初の門は山門であるがこの寺は三門である。高欄つきの楼門様式。三門正面上には、この寺の山号「聖寿山」の扁額があり、隠元禅師の筆という。
1629年長崎在留の福州人が故郷、福州の僧超然を迎えて創建した。
今も福州の人たちを中心に多くの華僑がお参りし関帝祭、媽祖祭、中国盆などが営まれる。とりわけ中国盆は賑わう
本堂には釈迦如来が祀られ、左右にならぶ十八羅漢は黄檗系彫刻の代表作といわれ中国人仏師によって作成されている。護法堂には中央に観音、左右に韋駄天と関帝、媽祖堂には航海の神、媽祖が祀られ、その使い順風耳と千里眼の二鬼神が立ちユーモラスである。これらは唐寺に共通する。
中国では縁起物の代表、桃やコウモリ、牡丹の花がどこに配されているか見つけるのも面白い、中国でも珍しいという軒下の複雑な詰組や卍崩しの桟など隅々まで興味が尽きない。
この寺の見ものの1つに大釜がある。天保の危機にあたって住持千呆禅師が書籍や什器を売り施粥を行ったときに鍛冶屋町の鋳物師に注文し造ったもので、四石二斗を炊くと伝えられている。多い日には3000人から5000人が施しを受けたという
施粥を炊いた大釜・崇福寺 | 巨大な魚鼓・興福寺 | 瑠璃灯篭・興福寺 |