自作無線局運用記      7L4WVU  (記1998年9月)


自作無線機のみで開局して1年半経ちました。アワードを目標にワッチに励んだ結果、自作機でも4,000局と交信でき、JCC,JCG残りわずか。DXCCは220Cを越えるところまできました。以下はこれまでの自作無線局の運用記です。


'97年3月末 免許状が来た。1.9~430MHz全て自作装置で免許されているのが嬉しい。ファーストQSOは予定通りYL局、しかもUA2Fカリニグラードの珍局で出足好調、バリバリやろうと思ったら南米出張で2週間QRT。

'97年5月 国内JCCは土日の50MHzを中心に稼ぎまくる。DXは早朝の14を中心にワッチするが、アンテナを西へ向けると強力なノイズ。仕方なく1週間かけてノイズブランカを改良する。ルーフィングフィルタは市販では入手できないのでいろいろ実験する。ようやくCBの水晶を組み合わせて10.5MHz付近で幅40KHzのFBなものができた。半田ごてを握りながらもワッチを続け、海の中のちっぽけな岩からQRVしているBS7Hをget。

'97年6月朝のパスがFBでシリア、イラク、ヨルダン等、中東各局と片言のアラビア語でQSOして人気者になった。そのあと、偶然にも中東へ出張となり、合間を見てヨルダンの自作ハムJY4CIと2年ぶりにアイボール。エジプトでは一人でバス、飛行機を駆使してリビア国境、スーダン国境まで足を延ばす。14でコンタクトしたPort sideのSU3YMとアイボールする予定だったが、スケジュールが合わず。残念。


'97年8月 深夜にナミビアのV51GBと14SSBでQSO。彼は昔QRPの自作をやっていたとかで話が盛り上がり、多くの局が待っているにもかかわらずロングQSO。DXCCは早くも100CとQSO、JCCも300を突破した。 しかし、夏の暑さで自作無線機はトラブル連続。送信機はキャリア漏れ、PLLのロックはしょっちゅう外れるので、頻繁に装置を調整しないとまともにQSOできない(冬になるとまた調整が必要かも?)。 ハムフェアでは自作仲間約20名といつものようにアイボール。すっかり顔なじみの局が増えたが交信したことがない人も多い。何と言っても自作局は珍局だもんね。

'97年9月 50メガもコンディションが下がってきたので7MHzの逆Vをタワーに上げる。庭が狭いので角度は30度位しかなくSWRも3より下がらないが、さすがフルサイズ、国内QSOは結構できてJCCもどんどん増える。

'97年11月 府中アマチュア無線クラブの文化祭で「自作の楽しみ」について講演させて戴いた。講演を引き受けたものの仕事も超QRLで、十分な準備ができなかったので申し訳なく思っている。でも当クラブは自作に興味がある人も多いのでFBです(講演時に機材等準備戴き御礼申し上げます)。月末にはソウルへ出張。合間をみて韓国の自作ハムHL2AKB(Hamさん)とアイボール、松茸とフグを囲んでFBなミーティングとなった。韓国でも自作アマチュア局はあまりいないそうだ。

'97年12月 来月の自作グループのミーティングに備えて7MHzのQRP-CW機を製作。1Wだけれども、国内全エリアと簡単にQSOできた。

'98年1月 2人目の子供が生まれる。今度は男の子で名前は雄理(ユウリ)とつけた。将来CWで「YURI」と打ってYLに間違えられるかも。そういえば、ロシアの局にもYURI(男性)という名前が多かったな。

'98年2月 XYLが子供と共に実家に帰省(やった!)しているので、自作再開。4CX-1000Aのリニア製作を始める。真空管は自作仲間からQSYしてもらいタダだったが、ソケットは中古で一番安いもので10k\もした。

'98年3月 開局して1年経過。超FBな高級無線機のOMさん達の強力パイルに毎日参加。取ってもらうのは間違いなく最後の方だが、ポンコツ自作機でもJCC600、DXCC200Cを越えた。まだバーニアダイアルのダブルスーパ自作機でもいけますぞ、各局。 (^o^)

'98年4月 S92AFからQSLが届く。当方の自作無線機の写真のQSLに「FB」との手紙付き。(^_^)/ 早朝の14はヨーロッパがFBに入感。CQを出すとロシアから次々と呼ばれるので自作談義でもしようと思うが、相手局のRIGは八重洲、KENWOOD、ICOM...。ロシアの自作局はどこへ行ったの。(?_?)

'98年5月 7MHzでJA1VKVと交信。オール自作でファイナルは4CX-1500B、アンテナはクワッド。次に交信したJA3MFも自作機で終段は8877、50MHzは4CX-1000Aという。この時代でも、自作でがんばっている人はおりました。(^o^)

'98年6月 4CX-1000Aリニアが完成。配線チェック後に高圧電源ON。いきなりすごい音と煙で、家中の電源が落ちた。調べてみると15KV耐圧の出力カップリングコンデンサーがパンクして黒いオイルがはみ出してた(ジャンクは要注意)。

'98年7月 夏枯れでコンディションも落ちてきたのでワッチの合間に第1級陸上無線技術士の勉強を開始。自作で身につけた無線技術で自信はあったが、なかなか手強い。DXで鍛えた忍耐力で1日3時間睡眠で猛勉強。ヘロヘロ状態で2日間の国家試験を耐えて難関を無事突破、プロでも「1級」となりました。

'98年8月 交信局数はようやく4,000局を突破。JCC,JCGも残り10市、7郡を切った。DXCCも220エンティティを越えると増えない。ついにパソコンを購入。インターネット、ホームページ作成を始めて凝りまくる。また、睡眠時間が減りそうだ。

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