episode 5
犬にまつわる不思議体験
 話は遡って、現在(2016年)からかれこれ45〜6年前のことです。京都の栂尾山(とがのおさん)高山寺で、アルバイトをしていたある日のことです。 お寺の大奥さま(当時70代)に呼ばれ・・「武澤はん なんや縁の下から銀蝿が湧いているさかいに、ちょっと見ておくれやす。」と言われ、「はい分かりました。」と答え、早速母屋の外に回り、縁の下を覗き込んでみると、「ん!?」 足がこっち向きで子犬の死体がありました。そしてその足を掴んで引っぱり出してみると、「えー?!  なんだこれは」子犬を引っぱり出して、一瞬狐につままれたような気持になりました。なんと犬の首が無いのです。犬同士の喧嘩で食いちぎられたのなら首回りがボロボロになるはずですが、見たところ鋭利な刃物でスパッと斬られたような感じです。誰かがいたずらでやったのなら、何の為? まさか昔、マンガで読んだことがある鎌イタチ(突然皮膚が裂けて、鋭利な鎌で切ったような傷ができる現象。空気中に真空の部分ができたときに、それに触れて起こるといわれる。)? 原因を考えても分からないので、とりあえず早く片付けようと思い、新聞紙で何重にも包みました。

 準備は出来たのですが、「さて何処に埋葬しようかな」と考えをめぐらせていると、パッと閃いた。「おお! あそこにしよう。茶畑の隅がいい」と決めて、子犬を抱いて鍬を持ち、茶畑へ向かいました。

 その茶畑は日本最古の茶畑です。栄西禅師から茶種を譲り受けた明恵上人(1173〜1232)が栂尾茶の栽培を始め、さらに茶の成育に適した宇治を選び宇治茶となりました。

5月にはアルバイト仲間4名で茶摘み体験もさせていただきました。

 茶畑に着いた私は、新聞紙にくるんだ子犬を置き、鍬で適当な穴を掘り始めました。穴を掘り始めてからしばらくして、“ふっ”と気配を感じたので向こう側を見ると、なんと! いつの間にやら15〜6匹の山犬が綺麗に横一列に並んで、身じろぎもせずに「じぃ〜っ」と、こちらの所作を見ているではないか。

 すぐ裏の山から下りて来たものと思われました。全員?の顔を見ると、なんとも薄気味悪い表情をしている。陰の気が丸出しだ まあ襲って来る感じはないけど、気持良くないので、手っ取り早く埋葬し、念仏を唱えて、早々に引き上げました。

 時は移り、まだ梅雨の明けきらぬ7月の中ごろ、友人のOくんの悩みごとを、とある喫茶店でコーヒーを飲みながら聞いていた。直ぐには答えの出ぬ問題なので、私が彼に「まあゴチャゴチャ考えてもしゃーないから、今晩、高山寺に座禅をくみに行かんか?」そうしたらOくんは即座に「行く行く」と答えたので、「じゃあお寺に今夜の12時着くらいに行こう」と、彼の車(学生のくせにボディーカラー赤のオープンのイタリア車MGに乗っていた。)で行き、深夜12時にお寺の駐車場に着きました。

 そこから歩いて山を登っていくのだが、途中真っ暗やみで目を開けていても何にも見えない。まあ、勝手知ったる道だから目を閉じて、右手で石垣を撫でながら進んでいきました。彼は後ろから私のベルトを掴みながら付いて来ていました。

 山は“シーン”と鎮まりかえって、芝を踏む足音と二人の息遣いだけが聞こえていた。国宝の石水院の庭の石垣を右にターンしたとき、山から吹き下ろす湿気を含んだ生ぬるい風が“む〜ん”と顔に当たり、なんとも言えない、嫌〜な感じがしました。もっと言えば何か(物怪)が出て来てもおかしくない感じです。まもなく開山堂に辿り着き、賽銭箱の右に私が座り、彼は左に座りました。

 とりあえず1時間座禅をすると彼に伝え、心を落ち着かせるべく静かに目を閉じました。すると、無気味なほど静かな山だと思っていたのが、なんと騒々しいではないか。あらゆる音が私の頭の上でぐるぐると渦巻くように聞こえてきました。

鳥の泣き声、木々から“バサバサっ”と何かの鳥が飛び立つ音、あらゆる虫の音、木々を震わす風の音、それらすべてが大合唱している。その騒々しさに心を奪われている自分に“ハッ”と気がつき、それらの騒音を頭で打ち消しました。

 開山堂と、その中に安置されている明恵上人の木像です。

 やがて何も気にならなくなり、瞑想状態に入っていった。と、思うのも束の間、しばらくすると何やら“む〜っ”とした嫌な気配がして来ました。

 そしてその気配に目を閉じたまま意識を向けると、なんとやはり15〜6匹の山犬が目の前の広場に集まって来て“じーっ”とこっちを見ているではないか!! えー?!!!」心の中で思わず叫び声を上げました。 目を閉じているので、それがまぼろしか現実か分からない。気にすればするほど、嫌な気配は高まって来ました。もう目を開けて確かめたい! 

 そしてそれが幻だったと安心したい。そう云う気持がつのってきましたが、仮にも瞑想に入っている自分が目を開けてしまったら、自分に負けたことになる。「どうしよう?!」迷いの渦に巻き込まれている自分に、更に追い討ちを掛けるように、強烈な妄想が湧いて来ました。

 なんと、山犬の中のひと際大きなボス犬が、縁に上がって来ているではないか そしてさらに近づいて来た。「キャー やばい!!」いまにも首に喰いつかれそうな気がして、生汗が出て来た。「もうだめだ目を開けて確かめてみる!!!」と思った瞬間 もうひとりの自分の声が聞こえてきたのです。「何の為の座禅だ 目を開けてしまったら何の意味も無くなってしまうぞ

 その声が聞こえた瞬間に、自分は開き直っていました。「ええ〜い! 首を噛むなら噛め」そう肚を決めたら何か“す〜っ”として、その山犬の妄想も気にならなくなり、それからは本当に瞑想に入って行きました。

 小1時間ほど座禅を組み、自分の中で納得する感覚が湧いたので、静かに目を開きました。 当然、目の前の広場には何もなく、縁に上がった山犬もいなかった。危なく自分自身の妄想に負けるとこでした。

 そして横の彼に(起きてたのか、眠っていたのか知らないが・・)「おい帰るぞ〜」と声をかけて、真っ暗な山を下りて行った。すると、突然! 後ろから彼が私にしがみついて来たのです。「お・お父さんでた〜!!(彼は私の事を、親しみを込めてお父さんと呼んでいました。)、「何が?!」と私が答えるのと同時に、彼が私の後ろから指差しながら「あっあそこ!」と云うので、その指の方向をゆっくり歩きながら見てみると。まっこと、確かに出ていました。ぼんやりと赤い炎が、“ふわ〜りふわ〜り”としている。私は「まあ出たもの(人魂)は仕方ないな」と思いながら、さらに歩を進めて行くと、「ん?・・何かおかしいぞ」と感じ、さらに近づいて目を凝らして見ると、「なんだぁ」お寺の下の県道の工事の点滅灯だった。霧がでていたのと、こちらが下り道を歩くため、目の位置が変わるので、遠目にふわりふわりと見えたのだった。笑い話のようだが、まさに「幽霊の正体見たり枯れ尾花かな」でした。

 それから30年後、明恵上人の特集をしている雑誌を目にして驚いた。なんと開山堂の奥に、明恵上人の座像が安置されていると云うではないか そして明恵上人の体験が、これまた山犬にまつわるものだったのです。

 〈伝記〉によると・・明恵上人が、ある日狼に喰われようと、三昧原という墓場に行って夜を明かす。忽ち山犬が群れてきて、傍らに捨ててある死骸は喰ったが、自分の身体は嗅ぎ廻っただけで帰ってしまう。『恐ろしさは限りなし。此の様を見るに、さては何に身を捨てんと思ふとも、定業(ぢゃうごふ)ならずば死すまじきことにてありけりと知って』とある。

 明恵上人の体験が、そっくりそのまま自分に出現していたのを、30年後(2001.06.26)にその特集で知って、鳥肌の立つ思いがしました。

 開山堂での座禅から1年経った頃、ふと“独り山に籠ってみよう”と考えるようになりました。「何の為に?」別に意味は無かった。しかし、若い自分の中では行かずにはおれないと云う気持が募ってきたのでした。それをお寺のバイト中に皆に話していたら、アキちゃんという目の大きな女の子が、「それならうちのお父さんが山小屋を持っているさかいに聞いてあげるわ」と言って、使用許可をもらって来てくれたのでした。それと、嵯峨野のあるお寺の和尚(K・U)さんが、「じゃあワシが途中まで車で乗せて行ってやるわ」と快く乗せて行ってくれたのでした。 途中、車の中でK・Uさんが「あんたも好きやなぁ・・へへへ」と言われたのが耳に残っています。

 

 山小屋の場所は嵐山の奥深く、保津川の川下りの船がときおり通る川べりの風光明媚な所でした。

 7月の下旬だったと思います。山小屋に着いたその夜に、台風が京都を通過して日本海に抜けていきました。小屋ごと飛ばされないかとヒヤヒヤしていましたが、なんとか持ちこたえ、無事に朝を迎えることが出来ました。

 さて、朝を迎えてから何をするでもなく、自分自身何の意味も無く山に入ったものだから、一日中“ぼ〜っ”としていました。ときおり暇つぶしにと思って持っていった、吉川英治の『宮本武蔵』を読むくらいで、あとは寝て過していました。食事は一日一食、インスタントラーメンを食べ、間食すら持っていっていませんでした。

このあたりに山籠りしました。
 そうこうする内に、予定の1週間もあっという間に過ぎたので、さて帰るとするかと重い腰を上げ、心の中で「なんの意味もなかったなぁ」と、思いながら帰途につきました。「しかし、腹が減ったなぁ〜 帰ってファンタグレープが飲みたい」とか思いながら、げっそりと体力の落ちた身体でとぼとぼと山を下りていきました。

 5〜6分歩いたとき・・「げー!!!」全身が総毛立ち、目が飛び出しそうになりました。な・なんと前方3〜400m先に、2匹の山犬が牙を剥いて待ち構えているではないか。山犬の殺気が私のからだを一気に貫いてきました。「や・やべー」からだは竦(すく)んでいました。引き返すか?・・それとも棒切れで闘うか?! 一瞬頭の中が逡巡しました。 が、次の瞬間、考えるのが面倒くさくなって「ええ〜い 死んでやれ!!」と開き直っていました。

 死を覚悟した自分は何やら気が“スーッ”として、その先無心となっていたようです。足は自然と動きはじめました。 牙を剥き“ウ〜!!”と低くうなり声をあげ、道幅に等間隔で待ち構えている山犬に向かって歩いて行きました。山犬はピターッと構えて、いささかも身じろぎもせず、その瞬間を待っているようでした。野生の得物を狩る瞬間の間合いと云うものがあるようです。その時はそんなことは考えもせず、只只無心に歩いて行きました。そしていよいよ私が山犬のエリアに一歩踏み込んだ瞬間です。ここで山犬は私に攻撃を仕掛けなければいけないのですが、それをすることが出来ず、パッと実に見事なワンステップ! 私を挟み込むように左右に分かれ、牙を剥いて“ガウウル〜!!”と、うなり声を上げるも、飛びかかることが出来ないでいるようでした。 あとで思い出してみると、そのとき私を包み込む不思議な圧力感があったように思うのです。無心となった私のからだから発する“気”と山犬が発する殺気がぶつかり合っていたのかも知れません。

 私の歩みのリズムは変わらず、山犬から遠く5〜600mくらい離れたとき“ウオオオ〜ン”と啼く山犬の声を背中で聞きました。「えー?! あれが負け犬の遠吠えかぁ やったー」と、何故か勝利したような気分になりました。

思えば、意味も無く行った山籠りも、「明恵上人が私に与えた試練だったのかも?」と思ったりもしました。

 それから20年と云う時が経ち、私はやっと呼吸法に出合っていました。西野流呼吸法を開始して1〜2年経った頃だったか。その頃の私は呼吸法漬けといった日々を送っていました。

 そしてある日、友人と二人で歩いていた時のことです。突然横から“ウォン! ウォン!! ウォン!!!”と、それはもう、とても激しく吠え立てる、大きな犬に出くわしました。道路脇の排水溝の向こうに、犬の入った檻がありました。その檻の右上に「狂犬・近寄るな」と書いてありました。

 友人に「ちょっと見ておけよ・・」と声をかけて、私がその檻に近づいて行くと、中の犬はさらに激しく吠え立ててきました。もう敵意丸出しです。幸い頑丈な格子の檻に入っているので恐くありません。そのとき、私の“だら〜”と下げた両手からは、気が垂れ流しのように出ているのを感じていました。そして格子の鉄冊に顔を突き当てて吠えている犬の鼻っ柱に“ザー”と気を流しました。しばらくはそれが気に入らないのか、構わずに激しく吠え立てていましたが、やがて鼻先を“ピクピクッ”とピクつかせ始めました。“ピクピクッ・・ウ〜ワンワン!” “ピクピクッ・フンガフンガ” なにかクシャミでもしたそうな感じになってきました。それでも頑張って“ワンワン”と吠えてきます。 さらに鼻に気入れを続けると、“フフフフンガ〜ウワン” もう声にならない感じで吠えたかと思うと、最後に“クウンクウンクウン”と弱々しく啼き声を上げて、檻の右隅に引っ込んでうずくまってしまいました。

それを一部始終見ていた友人が「す、す、凄いなぁ!」と驚いていました。

犬に気持良く気が通じた出来事でした。

2016.12.20 筆