空手体験談
〜生涯続けられる空手を目指して〜


私は2006年7月現在34才、小学校2年生の11月から武澤塾(当時は拳志館海岸道場という名前でしたが)で空手を習い始めました。
最初は親に行かされたのですが、気がつくと自主的に空手には通っていたように思います。
3人兄弟(私は真中)で揃ってスタートし、特に私と弟は武澤先生によく怒られていたように記憶しておりますが、それもいい思い出です。
暫く(結構長い間ですが)空手を休んでおりましたが、とあるきっかけから武澤塾に復帰しました。
久しぶりにお会いした先生の印象は“丸くなられたな〜”ということ。体型が、ではなく、性格的に丸くなられたように感じられた、という事です。
子供の頃は、空手の基本から礼儀作法に至るまで全て叩き込まれ、体に植えつけられた印象が強いです。
そういえば武澤先生が昔よくおっしゃられていた言葉(故、日本空手道糸洲会・初代中四国本部長の山下正男師範の遺訓)で【降りかかる火の粉は避けて通れ、祓えば必ず袂に火が点く】というのがありましたが、先生に厳しくしていただいたおかげで、まさにそれを地で行くような人生だったと思います(ちとオーバーですが)。
兄弟げんか以外のケンカを一切した事もなく、体に染み付いた技を他人に対して一度たりとも使うことはありませんでした。本当の強さは他人には見せないものだと教えられたのだと解釈しております。

現在、武澤塾で教わっている空手は、自分が子供の頃に教わった空手とは対極にあるように思います。
【GROOVE KARATE】と一言で書くと、??てな感じですが、昔の空手では思いもしなかったような新鮮な感覚を毎日味わっています。
例えば型ひとつをとってみても、その違いがよく判ります。
昔教わったものが方眼紙の上に定規を使ってシャープペンシルで書いた直線だとすれば、今教わっているのは真っ白い半紙に筆で楽しく思いを込めて書き、なおかつ雰囲気を感じる、すなわち書道だといえば判りやすいのでしょうか?
もちろん、昔教わった事はそんなに陳腐な言葉では表現できないほど自分にとっては貴重な財産ですが(精密機械のごとく徹底的に基本を叩き込まれました)、今はそれさえも捨て去って新たに一から教わりたいくらい別物かもしれません。
残念ながら、この体に染み付いたものはそうやすやすと消えてくれるものではありません。
しかし私のバックボーンにあるのは間違いなく武澤先生から教わった空手であるのはまぎれもない事実です。
同じ先生から全くタイプの違う空手を教わっている私はシアワセモノなのかもしれませんね。
間違いなく昔も今も武澤先生の下で空手を楽しんでいるのですから。

今、私は日本空手道武澤塾八千代支部で支部長という立場にあり、指導者としての自分がいます。

指導者であると同時に、支部の生徒達にとっては私が目標であると思います。
今は指導者としても足りているかもしれない。だけど、数年先に私が今のままだったら、きっと生徒達はついてこないでしょう。
だからこれからも生徒達が生涯続けられる空手を目指していけるよう、私が今感じている事をいつか感じてくれるよう精進し続けていきたいと思います。

梶 哲生