不二出版編集部宛て

不二出版「第四巻」校正

 

 不二出版編集部・山本有紀乃様:

 

 今日、夕方までかかり第4巻の「附箋」された箇所だけの校正を済ませました。その後、所要があり、今、帰宅しました。23:30ですが、「校正」と同封されていた『売買春問題資料集成・戦前編(第U期)』全十八巻に関して、私見を述べてみます。「売買春管理政策資料を中心に集成」とありますが、「従軍慰安婦」問題の背景をも浮かびあがらせると、あり、「貴重資料約七〇〇点を編集復刻」と、同パンフレットの表紙に書かれてありますが、(第T期=第1巻〜第13巻1997年4月〜98年4月を見ていませんので、(秋定嘉和先生が編集に加わり、推薦=竹村民郎さん(不二出版『廓清』解説者で、7〜10ページには、「朝鮮人娼妓」問題が記述されている。竹村さんは、「国民的歴史運動」について私より2〜3年年上の先輩の筈です。ご健在でしょうか?) +もろさわようこさん等がいらっしゃいます。第U期(戦前編)=を、資料、約七〇〇点を見る限り、尹貞玉先生や山下英愛さん、宋連玉さん(滝尾英二も含めて)の延長ではなく、「日本軍性奴隷=『従軍慰安婦』」の人たちが、告発し、その線上で研究した者の研究成果では、ないようです。

 一応、送られてきました「第4巻」附箋の部分の「校正」をしてから、時間があれば、『売買春問題・資料集成(戦前編・第U期)の私なりの意見を述べたいと、思います。このことは、『近現代日本ハンセン病資料集成(戦前編)』全8巻にも、関わる問題だと思うからです。

 

***************************************

T)目次のページ

 

@ 13ページ 「221121=総督巡視予定」、  『朝鮮朝日』ママ。

A 63    「270831=患者一掃を知事に陳情」、『大阪毎日』『朝鮮毎日』に訂正

B 65    「270111=癩患者が増長し婦女子に戯る」、『朝鮮毎日』『朝鮮朝日』

C 91    「290626=「〜〜〜 」「ハングル」で、そのまま「見出し」を入れ  るように。 真田博子さんから「日本語訳」が来れば、「真田訳」のようにして下さい。

D105    「291217=老幼は乞食となり、云々〜」、『東亜日報』『朝鮮日報』

E107    「〜六十余氏が出席する」は、削除。

F142    「310130=癩患者救護週間」、『朝鮮通信』『朝鮮朝日』

G217    「320701=癩病予防協会いよいよ近く設立」、『朝鮮日報』『朝鮮朝日』

H224    「321020=レプラ患者の悪戯に辟易」、『朝鮮日報』『朝鮮朝日』

 

 

U)新聞記事のページ

 

@ 13ページ 「221121=総督巡視予定」  『朝鮮朝日』を挿入し、記事を少し大に。

A 42    「2610・−4」=ママ  「滝尾=実際の夕刊の発行日は、夕刊の場合、翌日の日付が書かれています。「四日付東亜」の場合、それが「夕刊」であれば、翌日の日付で書かれていますから、10月3日(10月5日ではありません。)が実際の発行、月・日となります。しかし、新聞(夕刊)の日付の記載通りにしました。その事を『〜資料集成』の「凡例」に、断わった方が良いように、私は思います。以下、同様です。

B 63    「27831=『朝鮮毎日』=患者一掃を知事に陳情の「大阪毎日・昭和二年八月卅一日」は、削除。

    (滝尾の備考;『朝鮮朝日』の場合もそうですが、正確には、「大阪朝日新聞・門司版」の「南鮮版」(釜山)と「西北版」(京城=ソウル)かです。その両版は、多少の記載の違いや、同じ記事でも日付けが前後している場合がありますし、時代により少し、異なることもありますが、ややっこしくなりますので、すべて『朝鮮朝日』としています。『朝鮮毎日』の場合も同様です)。

C 70ページ 『京城日報』28424の上段の部分は、「途中記事切れ」です。私の記事も同じく「途中記事切れ」です。韓国・国立中央図書館のマイクロ・フイルムを回せば「欠如部分」が分かると思いますが、ここでは、「途中記事切れ」と注記しておけば、良いと思います。見出しを含めているし、大体のことは判別できますから。

D 71    「昭和三年五月十三日」を記載を削除。

E 89    『東亜日報』の記事は、「途中記事切れ」です。「途中記事切れ」と注記しておけば、良いと思います。見出しを含めているし、大体のことは判別できますから。

H106    「291217」の『東亜日報』『朝鮮通信』です。訂正して下さい。

I142    「31・1・30」の『朝鮮通信』『朝鮮朝日』です。訂正して下さい。

J179    「31121」の『朝鮮日報』の日付は、実際の夕刊の発行日は、夕刊の場合、翌日の日付が書かれています。『朝鮮日報』の夕刊は、翌日の日付で書かれていますから、1130日(11月2日ではありません。)が実際の発行、月・日となります。しかし、新聞(夕刊)の日付の記載通りにしました。

K181    『朝鮮通信』31123付けの記事の下二段の「義烈団云々」と「教科書云々」の記載は、削除して下さい。

 

 「附箋のある箇所」は、以上です。

更に、詳細に見て「校正箇所」が見つかれば、連絡します。送られてきた「原稿」の朱字を入れたものも、後日、郵送致します。が、とりあえず、メールでとり合えず、送信しておきました。

 大分、朝が近付いてきて、眠くなりましたので、前に書きました『売買春〜資料集成』のことは、これも後日になりますが、(1)『朝鮮総督府官報』や『総監府法令資料集』(韓国国会図書館発行、上、中、下巻、『統監府公報』(亜細亜文化社、上・下巻、〜第一号第一六七号)や『朝鮮総督府統計年報(各暦年度)』が収録されていないこと(それは、台湾総督府についても、いうことが出来ます)。

 

(2)梨花女子大学校 韓国女性研究所編『韓国女性関係資料集』、とりわけ、近代編・上巻(364ページ)、下巻(540ページ)は「新聞編」(1979年発行)ですが、これは「朝鮮の日本支配者たちの植民地支配の過程で、売買春が如何に行われていったか、当時の新聞記事のみが収録され、貴重です。

 

(3)日帝支配者が、植民地で「遊郭=売買春」を日本軍隊も関連しながら、どう形成されたかは、(新聞資料もありますが、)戦前の「日本・朝鮮・台湾」などの県・道・郡・市町村=地域史・誌の中には、決ったように「遊郭など」の公娼・私娼の項や「歓楽地帯」には「遊廓一覧」「芸妓線香代」まで書かれています。極めて具体的です。朝鮮についてみていきますと、『釜山府史原稿』全六巻のうち、第6巻(688ページ)は、まさに「資料集」です。京城府編『京城府史』、仁川府編『仁川府史』、木浦誌編纂会『木浦誌』、朝鮮毎日新聞調査部発行『大京城』など数え切れないほどです。

 道家斎一郎著『売春婦論考』、松川二郎著『全国花街めぐり』などこれまた、あげればきりがありません。宋連玉さんが1993年10月に、京都大学で開催された「朝鮮史研究会第三十回大会で報告され、翌94年10月に『朝鮮研究会論文集・第32号』に「日本の植民地支配と国家管理売春――朝鮮の公娼を中心にして」が書かれ、それ以後も「ソウル大学校」の歴史学論文雑誌などに、報告論文が書かれていることは、山本さんは、宋連玉さんと親しいのですから、よくご存知でしょうし、山下英愛さんも一時、不二出版に勤め、大学院も同窓だと伺っていますから、二人の論考を通してどんな「資料」があり、何が『売買春〜資料集成』に欠けているのか、よくご存知のはずです。

 わたしも、1994年2月16日に、神戸の青丘文庫で、『在朝日本人の女性たち―「史料」からのアプローチの試み―』を書き、報告しましたし、その時、宋連玉さんもわたしの報告を聞いていただきました。しかし、青丘文庫の韓館長さんが、「滝尾君、女性史の研究は止めて、朝鮮のライを研究史を方が良いよ。5年間ばんばってごらん!」と忠告され、その理由が良く分かるだけに、以後は資料集めはしましたが、(朝鮮ハンセン病資料より、多いと思います。)朝鮮女性史の研究は、書くことを中止しました。韓先生がおっしゃったことは、卓見だったと今でも思います。それ以後は、主として「植民地支配下の朝鮮牛と皮革・食肉産業」の資料を水原(スオン)、釜山、ソウル、東京などで集め、この「資料集と論文」を書くことが私のこの世での最後の仕事=いのちより大切なものとなろうと考えています。

 

 だいぶ脱線しましたが、(4)として、林 歌子や、久布白落実、山室民子ら日本キリスト教婦人矯風会や廃娼会などの「廃娼運動」と称してなされた運動における「植民地支配の支持と容認」の問題を明らかにする事です。鈴木裕子さんたちが精力的に研究されている「婦人運動家の戦争・植民地支配の協力」の問題=フェミニズム運動を戦争・植民地支配の協力」の問題をこの『売買春問題資料集成(戦前編)』がどこまで解明の資料を収録することが、出来るかを見守っています。あれこれ書きましたが、午前5時近くなりましたので、この続きは、後日にします。出来ましたら、『売買春問題資料集成(戦前編)』第一期の「資料パンフレット」だけで結構ですので、送っていただけませんか。

 

 では、おやすみなさい!

 

  2002年6月2日    0500

          広島青丘文庫  滝尾 英二より