朝日新聞編集部長、並びに 姜 尚中 東大教授 宛て【抗議】


朝日新聞編集部長、並びに
姜 尚中 東大教授 宛て【抗議】

 学者や評論家、報道機関の編集者や記者などが、論説や記事を書く場合、事実に基づいて書くのが必要であることは、いうまでもありません。

 ところで、『朝日新聞』(大阪本社・朝刊)や『朝日新聞』(東京本社版)<九州本社版は未確認ですが‥‥>の「オピニオン」の「時流・持論」に掲載された「わしゃ、生きるけんね」という姜 尚中氏の記事には、事実に基づかない内容があり、また、その事実をチェックできない『朝日新聞』編集部の問題が露呈されています。

 私は、姜 尚中氏の「自論」そのものについて、意見や抗議をしているわけでは、ありません。意見や見解は多様であっていいのです。それが「報道や学問の自由、発表の自由であるからです。

 しかし、書かれる内容は、事実に基づくものでなければなりません。ところが、学問の府ともいうべき大学の教授が、事実に基づかない内容を書き、それを『朝日新聞』に自説を書くことは、許されるはずがありません。また、それをチェック出来なかった『朝日新聞』の編集担当者の責任を免れないと思います。

 では、どこが事実と反するのか、述べてみます。

 姜 尚中氏は、「時流・自論」の中で、つぎのように書いています。
――
‥‥人権感覚をまひさせるにいたったのか、その歴史を明らかにした「ハンセン病問題検証会議最終報告書」は、国の予算で強制隔離などの国家政策の経緯やそれが戦後も96年まで続いた原因を分析し、その負の歴史に果たした各界の役割に光を当てた点で、画期的な意味をもっている。
(中略)昨年、韓国の療養所入所者が日本政府に補償を求める訴訟を起こした。植民地でも「祖国浄化」を掲げて患者の強制収容が行なわれたのである。先の最終報告書は「大日本帝国」の版図だった植民地朝鮮に触れていないが、ハンセン病をめぐる国家政策の誤りは、日本本土に限定されていたわけではないのだ。(中略)この歴史からも、ハンセン病問題は朝鮮半島にまで広げて検証されるべきではないだろうか。そして解放後の韓国と北朝鮮で患者はどのような扱いを受けたのか、日本と韓国、北朝鮮が共同で過去の認定を行い、将来への提言を出して欲しい。」云々と。

 @『先の最終報告書は「大日本帝国」の版図だった植民地朝鮮に触れていないが』、とか、A『解放後の韓国と北朝鮮で患者はどのような扱いを受けたのか、日本と韓国、北朝鮮が共同で過去の認定を行い、将来への提言を出して欲しい」とかを姜 尚中氏は、何に基づいて書いているのでしょうか。

 @についていうと、ハンセン病問題に関する検証会議の「最終報告書」の(要約版)が、同検証会議のホームページに載っている。その中の86〜91ページは「28:旧植民地、日本占領地域におけるハンセン病政策」の項があり、「一、旧植民地に」おけるハンセン病患者の処遇と政策」として、「1、韓国」の箇所で、小鹿島慈恵医院や、小鹿島」更生園に強制収容されたハンセン病患者のことが記述されている。
 勿論、その記述内容には、多々問題点はあります。後日、そのことは私は、問題提議はしたいと思う内容では、あります。しかし、姜 尚中氏が述べているように、『先の最終報告書は「大日本帝国」の版図だった植民地朝鮮に触れていないが、ハンセン病をめぐる国家政策の誤りは、日本本土に限定されていたわけではないのだ。』と書かれると、「それは、違うでしょう」と言わざるを得ません。このような書き方うをして、――『「ハンセン病問題検証会議最終報告書」は、国の予算で強制隔離などの国家政策の経緯やそれが戦後も96年まで続いた原因を分析し、その負の歴史に果
たした各界の役割に光を当てた点で、画期的な意味をもっている。』云々とかくなら、われわれ「歴史仲間たちは」このことを「孫引き」といって、その事実だけで、研究者失格となる行為です。

 姜 尚中氏は本当に、「ハンセン病問題検証会議最終報告書」を読んでいて、この「オピニオン」の「時流・持論」に掲載された「わしゃ、生きるけんね」を書いたのでしょうか。
 私は、、「(要約版)ハンセン病問題検証会議最終報告書」を同会議のホームページで=100ページ余あり、それを「【別冊】ハンセン病に関する被害実態調査報告」と共に、読み、まだ、『最終報告書』は入手しておりませんが、『2003年度ハンセン病問題検証会議報告書』からしても、@『先の最終報告書は「大日本帝国」の版図だった植民地朝鮮に触れていないが』ということは、あり得ないことです。
 したがって、何を根拠に、「@『先の最終報告書は「大日本帝国」の版図だった植民地朝鮮に触れていないが〜』ということが言えるのかを明らかにして欲しいと思います。

 A次に、『解放後の韓国と北朝鮮で患者はどのような扱いを受けたのか、日本と韓国、北朝鮮が共同で過去の認定を行い、将来への提言を出して欲しい」とかを姜 尚中氏は書いているが、これも事実
を知らない「評論家学者」のいうことということが出来ます。
 少なくとも、大韓弁護士協会の主催で、2004年10月11日、400名のハンセン病関係者が韓国の国会議員会館に集り、(日本代表も参加して)席上、大韓弁護士協会の人権問題副委員長で、小鹿島行政訴訟の弁護団長の朴燦運弁護士(現・政府人権政策局長)が、「ハンセン病をとりまく人権問題とその解決のための方法策提示」を行い、その「朴燦運弁護士の提案」は、つぶて書房(神戸市)の『飛礫』45号=冬期号(2005年1月1日発行)の116〜142ページに掲載されております。(その「解説」は、滝尾が6ページほど書いています。)

 また、2004年8月からは、『昨年、韓国の療養所入所者が日本政府に補償を求める訴訟を起こした』と姜 尚中氏は書きながら、この原告弁護団が補償請求訴訟の原告代理人として、台湾の弁護団を加えて、訴状、意見陳述、準備書面など東京地裁民事部に提出して問題提議をしていますし、私も未来社から2001年9月には、以前掲載の『愛生』誌や『未来』誌に書いた記事を纏めて、『朝鮮ハンセン病史日本植民地下の小鹿島(ソロクト)を未来社から出版し、『植民地下 朝鮮におけるハンセン病資料集成』全8巻を編集・解説し、また、岩波書店の『世界』2004年4月号、『飛礫』誌にも提言し、また、今年=2005年の『世界』5月号のも、これは4月8日頃発売予定の「鼎談」記事を徳田靖之弁護士、朴燦運弁護士と滝尾が、岡本厚『世界』編集長の司会でして、その「鼎談」が掲載されますので、ご覧になって下さい。

 ともあれ、「人の孫引き」で、さも「ハンセン病問題検証会議最終報告書」を読んだ記事を書く行為は、研究者・学者として、許されることではないことを 姜 尚中氏は銘記して下さい。また、このことをチェック出来なかった『朝日新聞』編集部なり、企画編集部なりのハンセン病問題や「裁判」、「運動」の認識不足も、考えていただきたいと思います。

   2005年3月14日(月曜日)  16:30

   郵便番号  739−1733
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          人権図書館・広島青丘文庫 主宰 滝尾 英二より