第3話  [ 変化 ]

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 

 

意識が……薄れて……いく……。

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 

 

暑い……クソ暑い……くっ! ……目が霞んできやがった。

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 

 

……クソ……クソ……クソッタレ!……。

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ…………はあっ!……」

 

 

……もう……目の前が……真っ白になって……。

 

 

…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………もう、夕方かよ……」

 

どうやら、三十分ほど気を失っていたようだ。

 

それにしても……それにしたって!

 

「こんなの、おれじゃねえ!!」

 

貧弱すぎだ! いくらガキの身体だからといって、ここまで貧弱だとは思わなかったぞ。

 

たかが……たかが四十キロを完走するのに、十五時間以上かかるなんて……。

 

 

 

そう、早朝四時からおれは走った。いつもは、毎朝十キロ程度だが、鍛えなおすため四十キロ走ることにした。

 

ところがだ! 最初の二キロ地点でバテバテ……超スローペースで……いや、ほとんど歩きと変わらんような気もするペースで、なんとか走りきった。

 

まあ、途中気絶してたが……。

 

おれの予想では、どんなに遅くなっても四時間で走り終えると考えていた。

 

それが、結果一五時間ってなんだ!!

 

「……はぁ……帰って風呂入って、すぐ寝たいぞ……」

 

 

 

ミサトさんに怒られました。

 

 

 

理由は、おれが逃げ出したとおもってたようで……。

 

そりゃそうだよな……毎日検査検査検査検査で……記憶障害ということで、毎日が検査続きだった。

 

そして、おれはそれが堪らなくイヤだった。

 

「ミサトさん……検査はもうイヤだ……どこかに逃げたい」

 

そうぼやいた次の日がコレだったわけで……。

 

しかも、今日からおれを中学に行かせるつもりだったそうだ。

 

つか、そういうこと早く言えって感じなんだが、当日まで忘れてるってのも、ある意味ミサトさんらしい。

 

ま、いろいろネルフの件で考え込んじゃったんだろう。

 

 

 

 

 

「で……走ってたそうだけど……なんでこんな時間までかかるのかしら?」

 

うむ、ミサトさんおっかないな……。

 

「いや、遅くても四時間程度で帰る予定だったんだけど、予想以上に時間かかって」

 

「……シンジ君……確かに、あなたの状態を見ると、走ってたのは本当でしょう。でも、いくらなんでも十五時間? 朝四時からってのは驚いたけど、なんでそんなに時間がかかるのか しら?」

 

「しょうがないだろ! まさか俺だってこんなに時間がかかるなんて」

 

「はあー、で、どこまで走ってたのよ」

 

「ん? ああ、留維藻町ってとこの……すっげー山奥。すっげー田舎だったよ」

 

「留維藻町…………って、あんたあんな場所まで行ってたの!!」

 

「ああ、大体こっから二十キロってとこだろ? 往復で四十だな」

 

「あんな遠い……って、あそこって二十キロじゃきかないわよ! その倍以上の距離あるわ」

 

「いや、でもさ、……一直線にいけば二十キロだったぞ」

 

「一直線? …………あの……もしかして……あの山登ったとか?」

 

ミサトさんは窓から見える一つの大きな山を指差した。

 

「ああ、見た感じ、一番大きな山だったからね」

 

「へ? ……ごめんごめん。なんか混乱しちゃった。シンジ君の言ってる意味が理解できなくて……」

 

「そうだな、景色が綺麗なんだろうなぁって思ったんだけど、そんな見る余裕なかったな……途中道が無くてさぁ……はははっ!」

 

「……ははは……って……なんで! なぜに? ほわ〜い? 死にたいの!!」

 

「とりあえず身体を鍛えたかったんだよ」

 

「フルマラソン距離で、しかも山越え……なんでいきなりそんなにハードル高いのよ!!」

 

「いや、山があったから……」

 

「…………どこの登山家よ……」

 

「とりあえず、なんとか四時間以内で走りきれるように頑張るさ」

 

「へ? 明日も走るの?」

 

「そりゃ、当たり前だろ。体力をつけないと、使徒ってやつと戦うんだろ? なら必要なことじゃん」

 

「いや、それにしたって危険よ! それに学校もあるのよ!」

 

「あー、とりあえず学校はもう少し待って」

 

「なんでよ」

 

「最低限の体力を死ぬ気で身につけるから、それまで学校は待ってくれ! 学校まで行ってる余裕がない」

 

「でも、義務教育なのよ?」

 

「じゃあ、一週間だけ待っててくれ! それまでに四時間以内で走れるようになってやるから」

 

「……いや、人として無理でしょ?」

 

「そうかな?」

 

「そうなの! だって、あの山よ!! ほとんど獣道じゃない! そこを走るなんて自殺行為よ! いま生きて帰ってきたってだけでも驚きよ!」

 

「まあまあ落ち着いて落ち着いて」

 

「落ち着けるわけないでしょ! だって、ありえないし!」

 

「はあー、とりあえず、シップあるかな? 足がすっごく痛くて……途中で何度も吊っちゃったんだよね」

 

「それを早く言いなさい!! びょ、病院よ!」

 

「ちょっと待て!! 病院はもうイヤだ!! とにかく、今おれは無理をしなきゃいけない状況なんだよ」

 

「それにしたって、身体壊すわ! ていうか、もう壊してるじゃない! どんなものも、やりすぎは逆効果よ!」

 

「大丈夫。一週間だけでいいから、おれを信じてほしい。ミサトさん……お願いします」

 

「……うぅ……シンちゃん……その目ズルイわ……」

 

知ってるよ……わざとだし……。

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえずは、許可をもらえた。

 

ただ、監視されるらしいけどね。

 

まあ、いままでも監視されてたし、別にかまわないけどね。

 

おそらく、おれが走ってた日、見失っちゃったんだろう。

 

ということで、少し監視人が増えちゃったけど、まあ問題ないだろう。

 

ただ、やはり目線は気になるんだけどね。

 

まあいい、とにかく一週間……がんばりますか…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おれの身体は少し……いや、かなり変だった。

 

まぁ、今思うといきなり山道四十キロはアホだったのは理解した。

 

よくよく考えたら、昔のおれ……十四歳の頃、同じだけ走れたか? というと、無理だったはず。

 

せいぜい五キロがいいとこだろう。

 

なんで忘れてたんだ?

 

でも、なぜか出来ると信じておれは走った。

 

自分の身体の全盛期を知っていたからだろう。焦りなどもあったんだと思う。

 

その頃と同じことが、今の身体でもすぐに、そう、取り戻せると勘違いしていた。

 

人は無理をすると、絶頂期を迎える前に身体を壊して台無しにしてしまう。

 

そんな考えがまったくもって頭の片隅にも無かったんだからお笑いだ。

 

バカシンジってやつだな。

 

そう考え出したのが走り出して三日目だ。

 

だが、それと同時に……いや、その考えが出てきたために違和感を感じた。

 

身体の成長が早すぎるんじゃないかってね。

 

一日目が全盛期と同じような気持ちで走ってしまい、二キロでバテてしまってたいた。

 

で、二日目はそれを考慮し、ある程度の考えられたペースで最後まで走れたため、違和感に気づかなかった。

 

だが、普通そこまで酷使した身体を次の日も同じだけ酷使したら、おそらく完走すら出来ないと思える。

 

そして、あれだけ酷使し痛めた足も、次の日にはほぼ完治、筋肉痛すらなかった。

 

まあ、ミサトさんが一生懸命マッサージしてくれたってのもあるかもしれないが……。

 

もう一つおかしいこともある。睡眠中、体中が悲鳴を上げたんだ。

 

痛いどころの騒ぎじゃなかった。痛すぎて、気絶して、そしてその痛みで目が覚める。

 

それを何度も繰り返し、徐々に痛みが引いてきて、そこでやっと眠れるといった感じだ。

 

まるで、無理やりに成長していくような……。

 

五日目になると、五時間程度で完走できるようになっていた。

 

そして、身体の変化……かなり筋肉がついてきた。

 

普通はこんなにすぐ見た目が変わるほど変化することはありえない。

 

ある考えが浮かび上がった。

 

おれは、自分の全盛期を知っている。脳が、そのイメージを覚えているんだ。

 

脳の勘違いにより無理やり身体が、あの頃の身体能力に変化した……そうは考えられないだろうか?

 

人間というのは不思議なもので、脳が熱湯を浴びて火傷するほど熱いと勘違いすると、たとえそれがただの水でも本当に火傷してしまうことがあるらしい。

 

さすがに、身体能力まで勘違いで変化するってのはありえないと思ったが、それしか思い当たらないしな。

 

まあ、前例がないのだから……違うとは言い切れないだろう。

 

ちなみに身長などは変化していない。

 

いきなり身体が老けたらどうしよう? とか考えてしまったが、それは大丈夫だったようだ。

 

そんなわけで、おれは無茶とも言える悪路を走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっふっふ、三時間半で完走したぞ!」

 

あれから一週間、約束通りおれは四時間以内で走りきった。

 

「…………」

 

「……あれ? ミサトさん? どうかした?」

 

「…………」

 

「もしもーし」

 

「……え……ええ……監視もしてたから、それが本当だってことは知ってるわ…………で、なんで!?」

 

「え? なにが?」

 

「いや! 普通じゃないわよ! すぐに根を上げるって思ってたんだもん! なのに! なぜ?」

 

「いや……まあ、おれもよくよく考えたらびっくりだけどね」

 

「びっくりどころじゃないわよ……それとも、人間って実は、けっこうなんでも出来ちゃうものなのかしら?」

 

「そうなんじゃないの?」

 

「……いやいやいや……それにしたって……」

 

さすがに単純なミサトさんでも、納得できないよな……。

 

「ちなみに、これってリツコさんも知ってたりする?」

 

そう、これがちょっと怖い……おれを更に意識させる材料にはなるが……解剖とか普通にしてきそうだから。

 

「いや……あまりにも衝撃すぎて、誰にも言ってないけど……監視はされてたんだから知ってると思うわよ……」

 

「……ぐ……そうですか……」

 

「ええ……」

 

とりあえず、リツコさんにはどう誤魔化すか……誤魔化しようが無いな……。

 

やはり、とぼけるしか……ないよね? あはは……。

 

「ま、まあ、実際出来たんだし、あまり考えすぎないほうがいいぞ」

 

「…………そ、そうなのかなー……」

 

「あ、ビール冷えてるぞー」

 

「……あ、気が利くわねー、ありがとー」

 

やっぱり単純だな……。