第4話 [ 転校 ]
つーわけで、おれは約束通り学校に来ている。
転校生ってやつだ。
普通、転校生ってのは謎めいているものだ。
実はロボットだったり、超能力者だったり、水をかぶると女になったり……いろいろだ。
コレは、とある書物から得た知識だ。
しかし、おれにはそんな能力などない。
したがって、転校生としての役割を為していないと言っても過言じゃない。
たしかに、おれはエヴァというパイロットなわけだから、普通よりはマシかもしれないが、
これは極秘らしい……言えないってことだ。
教室で転校生を今か今かと待っているガキンチョ達には不満だろう。
いや、まてよ? ある意味おれは謎めいているのではないだろうか?
エヴァのパイロットという事実を隠し、学園生活を送るわけだから……。
…………だが……しかし……いや……でも……。
仕方がない。
すまない! おれは教科書に載っている顔写真にヒゲを書くのが好きな暗い少年を演じることにしよう。
ああ、なんて夢のない転校生なんだ……。
「という夢を見ました」
――シーン
「えっと、碇君?」
「なんですか? 先生?」
「いや……」
「ん? ああ、そうか、名前言ってなかったですね。おれは碇シンジです。これからヨロシクね」
おれは教壇に立ち、自己紹介をした。
…………。
……。
「あれ?」
なんだ? なぜみんな無反応なんだ? やはり夢のない転校生だからか?
しかし……もしや? 夢の話をしたのが面白くなかったか? まいったな、人付き合いは苦手だからな……。
「ああ、すまんすまん。自己紹介って言っても何しゃべっていいのかわからなくてさ、とりあえず丁度今日、変な夢を見たもんだから……」
「ええええええええっ!!!!!!!!!!!」
「うおっ!」
クラス全員が叫びだした。
なんだ、この反応は! ヒゲを書くのがダメだったのか?
「エヴァって、もしかしてあのロボットのこと!?」
「碇君って、あのロボットのパイロットなの!」
「すげー、乗ってるときってどんな感じなんだ!」
…………あれ? なんで知ってるんだ?
「…………って! しまった!! 極秘だったのに!!」
いきなりバレた。
遠くで、バカシンジって聞こえた気がした。
おれはかなり性格が変わった。
昔のおれを知っている人は、みんな別人だというほどに。
一度おれは壊れてしまったから。
アスカを失ったときに……。
おそらく、あの頃のおれは、アスカと一緒に死んでしまったんだ。
まあ今でもおれは壊れていると思う。
大切な人のためなら、その他の人間を簡単に殺せるようになった。
大切な人のためなら、おれは死んでもいい。
失う怖さ……もう経験したくなかった。
おれは弱かった……弱すぎた。
気がつくと、別人のような性格になっていた。
表面は明るく、悪ガキっぽくて、バカっぽく、どこか抜けている。
内面は他人を簡単に騙せ、冷静に友人を分析し、残酷で最低だ。
精神的な病気があるそうだ。
まあおれはあまり深く考えてないんだが、そのせいでアホな発言もあったりする。
「おい、転校生」
それにしても、学校って眠くなるよなー。
そういや、同じ教室にファースト……綾波だっけ? がいるんだっけ? 誰だろ?
「おい! なにシカトしとんのや! 転校生!!」
それにしても、さっきから変な殺気感じるんだよね。
おれ、なにもしてないし、多分おれじゃないんだろう。
たく、転校生さん、誰だか知らんが無視するなって。うるさいから。
「……ぐぐぐっ……転校生!! いい加減にしろやぁ」
うんうん。マジでいい加減にしてほしいな……つか無視されたぐらいでそんなに叫ぶなよ。
――転校生ってシンジの事じゃないの?
だれかの呟きが聞こえた。
……転校生…………あれ?
「おれじゃん!」
「うぉっ!」
そういや、おれ転校生だった……なんでかしらんが、すっごく馴染んでた。
まるで、昔からこの席でみんなと授業受けていたような……変な錯覚。
で……この人、なんで怒ってるんですかね? もしかして、転校生イビリかぁ? つか、なんでジャージ姿?
「ちょっとツラかせや!」
「うん」
ジャージ姿の転校生イビリ君は、そのまま廊下へ出る。
………………。
…………。
「って、なんで来んのや!!」
走って戻ってきた。
「おまえ、うんって返事したやろ! なんでついて来んのや! 理由があるなら言ってみいぃ!」
「メンドイ」
4文字で返事をした。
「…………ク……クク……わしは……ここまでムカつくやつ……初めてや……」
なんか、プルプル震えてる。
「なに笑ってるんだ?」
「あほかぁー! 笑てるわけやない! 怒りで震えとるだけや!」
「うん。知ってた」
「……ぐ……もう辛抱できへん……ありえへんほど、人をバカに…………」
余計に怒らせたようだ。
「ちょっと、鈴原っ! いい加減にしなさい! いきなり碇君に絡んで」
そばかすがチャームポイントの学級委員長、洞木さんが止めに入った。
うん、いい子だなー。
「委員長はだまっとけ」
しかし、彼の怒りは収まる気配が無い……しかたがないか。
「洞木さん。大丈夫だから……」
「碇君……」
「で、どこに連れてくのかな?」
「こっちや!」
メンドイが、このまま放置したらもっとメンドイと考え、仕方なくついていく事にした。
屋上。
いきなり殴りかかってきた。
かわした。
「なんで避けんのや! おとなしく殴られ!」
なんだかなー……一体なんなんでしょう?
やはり転校生イビリか? ということは……彼は番長みたいなもんか?
番長? …………番長??
「……ぷっ!」
「なにがオカシんや!」
つい笑ってしまった。
だって、今時番長って……ぶはっ! やばい! ツボにはまってしまった!
「プッ……いや、ブフッ! ごめんごめん……クッ……バカにしてるわけじゃ……グググ」
「なめるのもいい加減にせいや!」
殴ってきた。
かわした。
「いや……だってさ、今時……ぷっ……ぼ、僕番長です。って言われても……ブハッ」
「だ、だれがそんな自己紹介した!!」
「あれ?……そうだっけ?」
まいったな、脳内で勝手に彼が、そう自己紹介していただけだった……。
おれの脳内すげーな……。
「んで……その番長さんが何のよう? ……ブハッ」
ダメだ! 危険だ! 笑い堪えるのが大変だ!
僕が番長です。
ブハハハッ! やめてくれ!
僕が番長です。
うおおおっ! リピートされる!!
僕が番長です。
なんなんだ! これは呪いか! なぜおれをこんな笑いの地獄へ!
「おれをそんなに笑わせて、いったい何のつもりだ!!」
おれは指差し言ってやった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「おまえ……変やな」
「同感よ」
変呼ばわりされた。
「はあ、はあ、はあ……やっと笑いが落ち着きやがった……」
「…………」
数分後、やっと落ち着いた。すごく腹が痛い。
「んで、こんなところに呼び出して、何のよう? いきなり殴りかかってくるし」
「…………! そ、そうや! 転校生、わしゃ、わしゃあ、オマエを殴らんといかんのや!」
「だから、なぜ?」
「えーか転校生! わしの妹が今怪我して入院してんねんぞ! オトンもオジーも研究所勤めで看病するんはわししかおらん! まあ、わしのことはどうでもええ……そやけど、妹の顔に傷でも残ってみ いぃ! べっぴんが台無しや! かわいそうやろ!?」
「…………で?」
「……っく! 誰のせいやと思う?」
「……さあ?」
「……っ! オマエのせいや! オマエがあのパイロットなんやろ! ムチャクチャ暴れたせいでビルの破片の下敷きになったんや!」
「…………ふーん」
「……なんやぁ……その態度はなんやぁ!! 今度から足元よう見て戦えや! このドアホがあ!」
「……あのさ、それで、なんでおれが殴られなきゃならないのか分かんないんだけど?」
「なんやとぉ!」
「本気で、おれが悪いと思ってるの?」
「……くっ! こ、殺す!」
目の前の男が掴みかかってきた。
おれはすぐにシャツの中に手を入れ、何かを掴み、それを目の前の男の頭に押し付けた。
「…………な……なん……や……これ」
「知らないか? 拳銃って言うんだが?」
おれは、拳銃を眉間に押し付けていた。
さっきの威勢も消え、目の前の男は震えている。
無理も無い、拳銃を向けられたことがはじめてなのだろうから。
「に……偽物なんやろ? ど、どうせ……」
「……じゃあ、試してみるか?」
「……なにを……言って……こ、殺しは……犯罪……やろ……」
「おれは世界に三人しかいない、貴重なパイロットでね。殺してももみ消されるだけだ」
「……! は……は…………冗談……やろ?」
「悪いが、おれは大事な人たちが守れたら、あとはどうでも良いんだよ。わかるかな? 足元見ながら戦闘できるほど、戦場って甘いところじゃないんだよ。逃げ遅れた人がいて、それを踏み潰さなきゃ大事な人が死ぬのであれば、おれは躊躇せず踏む」
「な……なんやそれ……そんなん……人として……」
「おかしいか? 壊れてる? ククッ……そういう人間じゃなきゃ、戦争なんて出来ないよ? べつに憎むぐらいならかまわんさ、だが、殴られてやる義理はない」
おれは目の前の男を睨みつけた。
「ヒィッ……!」
……マジで怖がってるな……やりすぎたっぽいな……。
おれは拳銃を下ろした。
「……ふー、妹さん、とりあえず死ななかったんだろ? 大事なら今度は絶対守れ。んじゃな、番長さん」
「…………」
そのままおれは教室に戻った。