第7話 [ 記憶 ]
「シンジ君……聞いてるの?」
「うん……聞いてるよ」
おれはミサトさんに話があると言われ、現在リビングでお話中。
その内容は…………。
おれが怪しい……って事……。
うん、だよね? さすがに怪しい……そう思うよね?
それが普通。
どうするかな……またビールネタで誤魔化す……のもなー……。
ミサトさんは、単純ではあるが鋭いからね。
「リツコも気になってるそうよ?」
「はあ……」
「わたしはシンちゃんが怪しいとは思ってないわよ」
え? そうなの??
「ただ、……変よ……やっぱり」
え? 怪しいと変ってあまり変わらなくね?
「記憶失うって、ここまで人は変化するのかな?」
「さあ、どうなんでしょ?」
「どう考えても、十四歳と思えないし、逆ならわかるけど、記憶失うと大人っぽくなるものなの?」
「いや、おれは結構ガキだと思うぞ」
「それに、シンちゃんには経験値がある」
「…………」
「本当の戦場知らなきゃ、あんな胆力や、圧力も、考え方も出来ないわ」
まずいなー、本当のこと言うしかないのか?
「特に、真剣になったときの目……多くの死線を越えて来たような空気……どう考えても変なのよ」
そりゃ、そうだろう……まいったな……。
しかし、本当のことを言ったら……。
うん。絶対信じない。
というか、言ったらおれを更に不審がるだろう。
想像してみよう……。
「別の世界から来ました。そこでは三十六歳でさ、気づいたらこんなんなってました」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………バカじゃないの?」
うあ……それマジで泣きたくなる。
「シンジ君……聞いてるの?」
「うん……聞いてるよ」
…………。
どうしよう…………。
「何を隠してるの? わたしには言えない事なの?」
そんなにつらい顔しないでよ……。
「ミサトさん……」
「…………なに?」
「……いつか、いつか話す。だから、少しだけ待ってくれないか?」
「…………シンジ……君……」
「おれ、ミサトさんのこと。大好きだよ。おれにとって守ってあげたい大事な人なんだ。だから、信じてほしい。うそじゃない」
「…………え…………あ……う、うん……」
ごめん。
言えないけどさ、今の言葉は本心だから……だから……ごめん。
「……あ、……ありがと……わたしもシンちゃんのこと……」
「……うん」
「……あ、……でも……そんな…………歳だって全然……」
「……うん」
「まさか…………そんな真剣な目で…………やっぱりダメよ……シンちゃんには、もっと若い子のほうが……」
「……うん?」
なんだ? なんか変な空気だぞ?
「……なんで、こんなにドキドキしちゃうのかしら…………ダメってわかってるのに……」
「……あ……あれ?」
「……保護者…………失格じゃない……こんな気持ち……」
「……いや、ちょっと……ミサトさん?」
なに? なにが起こってるんだ? もしかして……あれ? え? うそ! つか、なんでそんな可愛い反応?
「…………よろしくお願いします……」
「…………」
え? なにが?
「…………」
え? よろしく?
「…………」
「……って、ちょっと待て!! なにをよろしくだぁ!!」
「……ふぇ?」
よろしくお願いしますって……そんな顔真っ赤にして……なにこれ? なんの冗談だ?
つか、年齢差考えろ! 犯罪だろ! なんでおれまでドキドキしてんだ!
…………あれ? そういやおれ三十六歳だから、問題ないのか?
「…………って、問題だらけじゃぁーー!!」
「うわっ……!」
「……あ、あははー、そうよね。そんなわけないわよね!」
とりあえず、さっきのおれの台詞は家族としての言葉ということで説明した。
「いやいや、そうそう、冗談よ冗談! 冗談に決まってるじゃない!」
「……はあ……」
「シンちゃんがあんなこと言うから、ちょーっちからかっただけよ」
「……はあ……」
「びっくりした? もう大成功!! あ、あは、あはははー」
なんか、見てられないんですが……。
「危なかったわ……」
ボソッと何かを呟く
「え? なんか言ったか?」
「……え? あ、いやいや、何も言ってないわ、何も!」
「……はあ……」
「あ、そうそう、シンちゃんにお願い事があったのよ!」
ミサトさんは誤魔化すかのように、わざとらしく話を変える。
なんというか、マジで二十九歳とは思えない人だ。
「これ、レイに渡しておいてほしいの」
そう言って、1枚のカードを出す。
「セキュリティーカード……か?」
「そ、レイの更新カードよ。リツコのやつ渡すの忘れちゃっててさ、悪いんだけど明日本部に行く前に彼女のとこに届けてくれない?」
「……はあ……ファースト……ね」
「ん? 気になるの?」
「そうだな、なんか人形みたいな…………クッ!」
――ドクンッ
なんだ? いま……なにかが……。
「シンジ君! どうしたの?」
「……ん……いや、大丈夫だ……」
人形…………すごく嫌な気分にさせる言葉だ……。
胸の痛みが……騒いでやがる。
――翌日
「本当にここに住んでるのか?」
ありえない……ありえない場所だ。
廃墟じゃん! 人住む場所と思えない。
悲しく、寂しい、生活感の無い廃墟とも呼べる団地だった。
「うむ……誰もいない……」
「わたしアリス! いまあなたの後ろにいるの」
突然そんな声がまた聞こえた気がして、 つい後ろを見た。
当たり前だが、やっぱり誰もいなかった。
………………。
………………。
怖っ!! まじ怖っ!!
またかよ!! アリスってなんだよ!!
つか、これ何のホラーだよ!
おれの脳みそ……ヤバイと思う…………。
気を取り直して奥へ進む。
おれは、このボロボロの団地へ足を踏み入れた。
綾波と書かれた表札を確認する。
チャイムは壊れてて、ドアに鍵すらかかっていなかった。
本当に住んでいるんだろうか?
仕方がなく勝手にお邪魔したが、部屋の中もありえなかった……。
裸のコンクリートに囲まれて、ベッドがあるだけ。
他は何も無い……。
まるで、牢獄のようだ。
「何のよう?」
「……ん?」
あきれた顔で部屋を観察していたら、背後から声をかけられた。
そこにいたのは、風呂あがり? かと思われる裸姿の綾波だった。
「…………」
「…………いや、服着ろよ」
「…………」
「…………え? なんで着ないの?」
「……………………きゃーえっちー……」
「……え? なにその感情の欠片も無い淡々とした台詞」
「…………間違ってたかしら?」
「……いや……どうなんだろ?」
なんだろ……こいつ変だ……。
あ、やっと服を着だした。
風呂だよな? お湯出るのか? 水を浴びてたんじゃないかと思ってしまうほどこの部屋おかしいからな。
いや、水出るのか?
ま、それはいい……実際おれには関係ない。
つか、遅いな……早く着ろよ……。
綺麗な顔立ちだが、表情が見えない。
何を考えてるのか、さっぱり読めないな……。
「あ、そうそう、カード渡しに来たんだよ。ほら……」
「じゃ、カードそこに置いといて……」
「あいよ……」
なんだろ? おれ綾波を知ってる気がする。
そういや、トウジとケンスケも、知っていた。
忘れていただけ、昔も同じ中学だった同級生……。
そういや、なんでケンスケがネルフ……エヴァに興味あること知ってたんだろ?
…………ま、それはいいか……。
それよりも、今は綾波レイ……か……。
こいつも昔出会った事あったんだろうな……。
覚えちゃいないけど、この感覚は多分そうなんだろう……。
まいったな、あのころに記憶、かなり曖昧だからな……。
ふーむ…………。
……とりあえず、少し話してみるかな……。
「あのさ、綾波? 本部行くんだろ? 一緒に行こうぜ」
「…………」
む? 無反応?
「……あのさ……」
「……なに?……」
なんか、こいつ機嫌悪い?
「怪我、治ったんだな」
「…………」
「……よかったな」
「…………」
「綾波」
「……なに?……」
「きちんと自己紹介してなかったよな」
「…………」
「碇シンジだ。よろしくな」
「…………」
「…………ぐっ」
「…………」
「綾波」
「……なに?……」
「…………バーカ……」
「…………」
「…………クッ!」
「…………」
「なんで、なにも反応しないんじゃ! ボケェ!!!」
「…………」
なんだ、これ? ここまで無反応ってなんだよ。
「あのさ、綾波って変だな」
「……あなたは……」
お、自分からしゃべるのか? なんだ?
「……あなたは……誰?……」
「……はあ?……」
いや、碇シンジと言っただろう。
前に使徒が現れた時、学校で俺のこと呼んだだろ! ……あ、名前は呼ばれてなかったな。
「……ふぅ、おれは碇シンジだよ。おぼえとけ」
「……違う……あなたは、碇君じゃない……」
「……は?」
なんだ? この反応……。
もしや、勝手に碇君像を作り上げてる変な人か?
いや、そんな変な人はいないだろう……。
でも、こいつ変わってるしな……。
なんだろ……一体おまえの碇君像はどんな人間なんだ?
うん、こいつ変だ!
勝手に人様を別人に作り上げて相手にそれを要求するなんて、ちょっと病んでる。
あれ?
…………。
あ!
実際おれもトウジ君像を作った記憶あるな……ごく最近に……。
やばいな、その言葉だけは忘れたい!
なぜなら、笑いが止まらなくなるからだ!
おちつけー……そうだ、落ち着くんだ。
おっと、綾波が首を傾げてこちらを見てるぜ。
なんというか、小動物みたいだな。
これでこいつにユーモアみたいなのがあれば良いのにな。
ユーモアか……。
は! 実は今のはギャグなのか?
ということは、笑ってやらねばいけないんじゃないのか!!
そうさ、綾波はがんばって、おれを笑わせようとしてるんだ。
多分人付き合いは苦手なんだろう。
だが、同じパイロットとしてこれから付き合っていくわけなんだ。
だからこそ、こいつは懸命にギャグを言ったんだ。
間違いねぇ!
そうと決まれば、笑ってやらなくちゃいけない!
よし、まずどこが笑うポイントだったのか考えよう。
たしか……。
あなた、あなた誰? 碇君じゃない……ぐらいだよな?
…………。
…………。
…………む?
…………。
…………。
「……って、どこに笑いの要素があるんじゃぁああ!!」
「……ピクッ……」
くっ! ちょっぴり反応はあったが……無視かよ……。
なんだ、おれが笑わなかったから怒ってるのか?
逆切れってやつなのか!
目を大きく開いて驚いた顔して、この人何言ってるの? 見たいな顔しやがって!
いや、落ち着くんだ!! こいつは女の子だ。
おれは大人として……やはり笑うポイントが不明だったとしても笑ってやるべきだったのか?
ふっ……しかし、おれに大人の対応を求めるのが間違いだ。
よし、こうなったらおれが渾身のギャグを伝授しよう。
さて……なにがいいか……。
まずは、謝るか……。
「いや、急に大声で突っ込んですまんな」
「…………」
くそ! また無視だ! まあいい、おれが綾波を面白おかしくしてやるぜ!
「綾波、おまえに良い事を教えてやる」
「…………」
「おまえのギャグだと思われる『あなたは誰?』という台詞を生かしてやろう」
「…………?」
首を傾げて興味津々か?
「いいか、全ての発言に『あなたは誰?』と語尾に付け加えるんだ! わかったか?」
「…………それは命令?」
「そうだ」
「わかったわ」
よし、これでコイツも人気者になれるだろう。
まったく、世話のかかるヤツだぜ。
おっと、その前に碇君像とやらが気になるな……聞いてみるか。
「ちなみに、綾波の碇君とはどんな人?」
「……裸を見たら、騒ぐわ……」
「……は? …………ああ、一般的な男の子の反応ね……」
さっきおれが無反応だったから、騒いでほしかったからあんな 『きゃーえっちー』って台詞を言ってみたのか?
つか、普通の女性の反応じゃなかったぞ! と、逆におまえに強く言いたいぞ!
悪いが、ガキに反応しないっての! ロリコンじゃないんだから。
…………うん…………おれはロリコンじゃない…………。
は! もしかしてこれがボケだったのか?
おれが『どんな人?』と聞いて、初めて成立するギャグだったのか?
裸を見たら騒ぐ……しまった! 気づけなかった!!
……おれにはハードルが高かったようだ。
「……碇君は、変わってしまったの……?」
ん?
……いや、それとも、純粋にこいつ、昔の俺を知ってるのか?
記憶を失う前の……というか、おれがおれじゃなかった頃を……。
いつ会ったんだ?
こっちに来てから、会ってないはずだ。
話によると、来てすぐエヴァに乗って、そのまま意識を失い、その後ミサトさんの家へ……。
ミサトさんの説明では、エヴァに乗り込む前に顔を合わした程度。
そんな一瞬、しかも綾波は大怪我で意識も朦朧としていたと聞く。
おれが変わったかどうかなんてわかりゃしない。
そのもっと前ってことか……。
なんか、綾波の目を見てると、不安が押し寄せてくる。
おれは、なにかを忘れてる……?
忘れ……てる……?
――覚えてるだろ?
「クッ……!」
心臓が跳ねる。
頭が疼く。
くそ、ムカつくなぁ……誰かがおれに囁きかけやがる。
「……もう行くわ……」
「……ん? そ、そうか……って、ちょっと待て!」
「なに?」
「忘れてるぞ! 台詞」
「…………そうだったわ……あなたは誰?」
「うんうん、いい感じだ。それを他の人にも言ってやれ!」
「わかったわ……あなたは誰?」
…………なんだろ…………ムカつくんですけど…………。
綾波レイ…………。
理由はわからないが、おれを不安にさせる女の子。
とりあえず会話は成立できるようになりたいと思う。
なんか、悔しいから……。
なんだか、今日はとても暑い。
濃い青色の夏空に、照り叫ぶ太陽の熱。
その日差しの照り返しは傍若無人なまでに強く、遠くの道の先がぐにゃりと歪んで見える。
一体どこへ続く道なのだろう?
おれはなんとなく、そんなことを考えてた…………。