第8話 [ 矛盾 ]
「なんだ……この重苦しい空気は……」
たしか、綾波の零号機再起動実験を行っていたはずだ。
もしかして、失敗でもしたのだろうか?
「シンジ君……きてたのね……」
声をかけてきたのは、ミサトさん。
なにやら、言い表せないほどの不思議な顔をしている。
「あー……これ、何かあったんですか?」
「ええ……実は…………レイが」
「綾波?」
「碇指令に…………あなたは誰? って……」
「ぶはっ……!!」
噴出した。
「し、シンジ君!?」
言ったのか……綾波……。
つか、なんでおれのいない時に言うんだ!!
くそ! 見たかったぞ!!
やばいぞ、おまえすごいぞ!
クソ親父は……どうやらもういないみたいだな。
どんな顔したのか気になるな。
「あー……ちなみに、その指令は?」
「……えと……、何も言わずに出てったわ」
「ほー」
実験中だってのに、出てったのか……。
どうやら、かなり驚いた……って事かな?
くそ! マジで見たかったぞ!!
――未確認飛行物体接近!!
突如鳴り響くアナウンス。
未確認飛行物体?
「UFOか?」
「……シンジ君……絶対違うと思うわ」
「……あ! 使途??」
「……ええ……そうみたいね……」
急に慌しくなる発令所内。
どうやら第五使徒が来なすったようだ。
テストは中断され、初号機で出撃するそうだ。
零号機はまだ使わないようだ。
8面体クリスタルの奇妙な使徒。
不気味なほど怪しく輝くソレは空に浮かび静かに現れる。
第五使徒ラミエル。
前から不思議に思っていたんだが、使徒はどこから現れるんだろうか……。
…………
…………
…………海?
「ラピュタはあったんだ……」
「シンジ君……その発言は何かとマズイわ……」
ミサトさんが突っ込む。
それにしても、今度は空飛ぶクリスタルか……使徒って何なんだろ?
「シンジ君……出撃よ」
「…………」
「……シンジ君? どうしたの?」
「今回は、通常兵器による攻撃は無いんですか?」
「…………ええ……今回は出来ないのよ……」
「そっか……なるほどね…………しかし……」
「……なに?」
「いや……なんか嫌な予感がする んだよ」
「……どういうこと?」
「……ただ、なんとなく……多分、このままおれが出たら、死ぬかもしれない……」
「ちょ、それって……」
「……勘だよ……だが、この感覚は……あの日と同じなんだ……」
「……どういうこと?……」
「……おれが……死んだ日と同じ感覚なんだよ……」
「…………は?」
「…………ん?」
「…………えっと……何言ってるの?」
「…………あ! …………えーと……トイレ行って来て良いかな?」
「……ぐぅ……さっさと行ってきなさい」
「あいよー」
おれは発令所から出た。
まいったね。
さすがに、おれはまだ死ねない。
この感覚……間違いないと思う……。
しかし、出撃するしかないんだろうな……。
おそらく、国連軍から圧力がかかっているはずだ。
そんなにエヴァに実用性があるなら、見せてみろってことだろう。
でなければ、前のように通常兵器による攻撃を行っているはず。
「大人の世界は、めんどくさいね……」
エヴァが出撃し、殲滅に成功……いや、ただ殲滅するだけではあまり意味はないかもな。
おそらく、おれに求められてるのは、圧倒的な力で、使徒を殲滅しろってことだろう。
だからこそ、ネルフ側でも通常兵器は使わない。
いきなり切り札を出さなくてはいけないって事だ。
上手くいけば、ネルフの発言力も高くなり、今後戦闘が、いや政治的にも優位になるんだろう。
金銭的な問題もあるだろう。
エヴァは金食い虫だ。
おれに簡単に百億を渡せるにも関わらず、足りない……。
百億は、ネルフにとって紙くず同然って事。
そう、金はある……あるが……百億が紙くずと思えるほどに莫大な金が必要……一国が傾くほどの。
その莫大な金を各国から簡単に搾り出すために、今回はエヴァだけで倒したいのだろう。
いわば、ネルフにとって、これはチャンスともいえる。
実際、使徒ってやつはA.T.フィールドを持つ、エヴァでしか倒せない。
しかし、見たことも無い兵器……新兵器ってやつは嫌われる傾向がある。
そう、信頼性が全く無いからだ。
しかも、ネルフは嫌われ者。
だからこそ、エヴァという得体の知れない兵器の存在をアピールしなくてはいけないわけだ。
使徒には通常兵器が効かない……だから試されている。
ここで力を見せ付けないと、おそらく国連は新たに新兵器開発を進めるだろう。
と言うことは、その分回ってくる金が減る。
餓死者も今以上に増えていくだろう。
今後が苦しくなってしまう……そういうわけなんだろう。
だから、出撃するしかない……。
「ミサトさんも、きっつい立場だな……」
危険だが、それでも出撃命令を出さなくてはいけない立場……。
普通は余計な危険は避けるのが当たり前、しかし、ここは賭けなくてはいけない。
だが、危険だとしても、『信じる』事しか出来なかった。
出たとこ勝負……これはおれに一番負担がかかる。
それでも、このおれを『信じる』しか、選択肢が無かった……。
なら、ウジウジ考えるより、覚悟を決めたって事。
危険な中にガキ一人を出撃させる、ミサトさんにとって辛くて重い、その十字架を背負う覚悟……。
それが、ミサトさんの選んだ道だから……。
まあ、死ぬことはないだろう……そう考えてもいるんだろうな。
ガキを戦場に送り出す覚悟は出来てもさすがに死までは受け入れないだろう。
実際ミサトさんは他者を殺すまでの覚悟は感じられないから。
実に青臭い覚悟であり、そして眩しいぐらいに人間らしい。
ミサトさんは復讐に囚われている。
上層部の企みで作戦部長に……って部分もあるだろうが……、やはりそれだけの理由で、この若さで作戦部長にまで上り詰めるのは不可能だろう。
ミサトさんは努力した。
復讐心がどれほどのものなのか知らないが、血の滲む様な……努力を。
ミサトさんの復讐という気持ちは、単純じゃないってことだ。
自分の手を汚してでも、守りたいんだ。
守りたいものが、ちゃんとあるんだ……。
そして、それはおそらく失ってしまった家族。
失ってしまったからこそ、その大事さに気づいている。
だからこそ、それを強く求めている。
悲しい矛盾。
幸せを求めるミサトさんと幸せを望まないミサトさん……同時に手に入らない矛盾。
狂おしい矛盾。
今無き家族を守りたい……無いものを守りたいという矛盾。
螺旋する矛盾。
失った家族を手に入れたい……取り戻せないと知ってて、それを取り戻そうとする矛盾。
それが彼女の復讐心。
だからこそ、あの言葉が忘れられない……。
『わたしは、簡単に死ねない。わたしは、幸せを願っちゃいけない。わたしは、地獄を望まなきゃいけない』
くそったれ……復讐の二文字で片付けれないほどの気持ちを知っちまった。
だが……そんなの、おれは認めない。
だから、おれが全部受け止める。
今後、重い十字架を背負わないように……おれが何とかしてやる。
だから、おれはこんなことで死なない。
おれが死ぬときは、守りきってから……だからさ、あまりおれに依存するなよ。
この世界にも加持さんはいるんだろ?
加持さんが現れるまで、全力で守ってやるから、だから安心しろ。
「ミサトさん……おれの覚悟を見ていろ」
その後おれはケイジに向かったが、出撃することは無かった。
ミサトさんは、おれの発言に何かを感じ取ったのか、出撃を取り消したそうだ。
近くにいたリツコさんも納得していたようだ。
おそらく、おれの直感を彼女たちは無視できなかったってわけだ。
それだけ、おれの直感力が無視できない……そう判断したのだろう。
いくらチャンスでも、エヴァがやられたら意味が無い。
それこそ窮地に立たされてしまう。
もちろん、指令から反対されたそうだが、ミサトさんが『あの使途には遠距離からの、加粒子砲などで攻撃される可能性があります』と進言したそうだ。
その言葉でリツコさんがMAGIで調べ、90パーセント以上の確立でその可能性が認められ、指令も無理に出撃させることが出来なくなった。
ミサトさんはおれの『嫌な予感』という言葉で、その可能性に気づいたそうだ。
「まいったな……」
ミサトさんに迷惑をかけてしまったみたいだ。
おれが何とかする……そんなのは甘い考えだってわかってるさ。
だが、だからこそ……何とかしたかった。
前の使徒戦の時もそうだった、おれはミサトさんに守られている。
トウジとケンスケをエヴァ……プラグ内に入れたとき……。
おれが勝手に判断する前に、ミサトさんが指示を出した。
あれは、あきらかにおれに対しての思いやりを感じる。
ただの復讐だけなら、使徒殲滅を優先するはずだ。
そう、その判断は、はっきり言うと間違いだ。
追い詰められている人類が、死に掛けてる少数の他者を救うという選択をするわけがない。
10人殺せば100人救えるのであれば、10人を殺す選択をするだろう。
それが戦争だ。
しかし、ミサトさんは、まるで誰も殺さないように、全員を救おうと考えている。
ミサトさんはあがくんだ。
より良い道を選択しようとあがくんだ。
それは、はっきり言って甘い!
覚悟が足りないガキだと勘違いされても仕方が無いだろう。
だが、彼女は救いたい人間の中に、自分が含まれていない。
じっくり話す機会がなかったら分からなかったが、彼女の覚悟は自分の死を掲げ復讐し、他者全てを助けること。
どこぞのヒーローさんですか? と聞きたくなる。
だが、その青臭い覚悟が、おれには眩しい。
さすがにおれは他人までかまってられない。
大事な人たちを守るだけで精一杯だ。
それはおれとミサトさんの経験値によって考えが違ってしまったんだろう。
おれは他人までかまってしまうと、それによって大事な人が危険になってしまうことを知ってる。
ミサトさんには、その経験がない。
その経験の差ってやつだろう。
ただ、ミサトさんにはおれのような考え方をしてほしくない。
優しい人で在り続けてほしいから。
本当は弱い人なのに、強くあろうとしているミサトさんを、おれはやっぱり好きなんだろうな。
「……シンジ君?」
「…………え?」
おれは発令所の近くの通路にあるベンチに腰をかけていた。
そんなおれに1人の女性が声をかけてきた。
たしか、名前は…………伊吹マヤさん……だったかな?
「…………えっと、たしか、マヤさんですよね?」
「ええ、覚えててくれてたのね」
「まあ……」
なんだ? なぜ話しかけられたんだ? 一体なんの用だ?
「なんだか、暗い顔してたから……気になって……ね」
…………なるほど……顔に出てたのね……。
「まいったな……心配されちゃいましたか……」
「ええ、心配しちゃいました」
マヤさんは舌をぺろっと出して微笑む。
「ははっ……おれ、マヤさんには嫌われてるって思ってたんだけどな」
「……あ、……そっか、……そうだね。そう思われちゃうよね」
そう、マヤさんはあきらかにおれを避けていた。
理由は良くわからんが……。
「先輩がね……」
「先輩?」
「あ、リツコ先輩……なんだけど」
「ああ、リツコさんね」
「最近……元気が無いというか、とても辛そうなの」
「はあ……」
「シンジ君と会話した後……なんだよね……それって」
「…………」
なるほどね……それで嫌ってたのね。
「だから、苦手意識があったと思う。ごめんなさい」
「は? なんで謝るの?」
「だ、だって……不快な気分にさせたから……私もこういうのダメだって思うし……」
「…………そっか……優しい人だね」
「へ?」
「リツコさんのことは、おれもちょっときつい事言っちゃって反省してるんだ。だからあとでちゃんと話ししてみるよ」
確かに、あれは言い過ぎた。少し気が立っていた。
『リツコさん、あんた、病んでるよ』
うん……最低だ……おれ…………。
「あ……う……その……」
「ん? どうかした?」
「あ、いや……シンジ君って……不思議な人だなって」
「…………変か?」
「いや、さっきはすごく辛そうに見えて、よくわかんないけど、心配になって声かけちゃって、でも私はシンジ君を避けてて、嫌われて当たり前だと思って……なのに、そんな風に言ってくれて……先輩のことも心配してくれてて……」
「……ごめん……なにが言いたいのかさっぱりなんだけど……」
「え……あ……むぅ……あ、あうぅ…………」
「プッ……アハハッ」
「ああー、笑うなんて酷いわよ」
「ごめんごめん、その反応可愛すぎ!」
「はびゅ……!」
…………はびゅ?
何それ?
「あ、あ、と、年上の女性を、か、からかっちゃダメですよ……その……か、可愛いなんて……」
うわ……すっごく真っ赤になって……歳いくつだっけ? 高校生?
「とにかく、落ち着いて。おれは何も不快に感じてない。リツコさんにも申し訳ないと思ってるから、何も心配すること無いよ。大丈夫だよ」
なんだかすごく可愛く見えて、おれは必要以上に優しく伝えてあげた。
うん……マヤさんも良い子だな。
「は、はびゅば……!」
…………はびゅば?
何の呪文だ?
うわ…………なんか、更に真っ赤になっちゃってるよ……。
面白いなー……。
「シ、シンジ君って……なんか大人っぽいね……びっくりしちゃった」
「そうかな?」
「うん……あの……やっぱり……怖いよね?」
「…………なにが?」
「いや、使徒と……その、戦うのって」
「ああ……そうだね、やっぱり怖いよ」
おれはそう言って、マヤさんの手を握った。
「……え?」
――ビクッ!
ん? 予想以上にマヤさんの身体が硬直したな……。
手を握られるのが苦手?
慣れてる慣れてないじゃなく、怖がってる……じゃないな……嫌悪感的なのを感じてるっぽい。
……とりあえず、振り解く事はしないようだし、大丈夫っぽいかな?
あ、セクハラされると思ったんか?
それなら、早く手を握った理由を話さなきゃな……。
「……わかるかな? 手……震えてるだろ? すっごく怖いよ」
という理由です!
マヤさんOK?
「ほんと……だ……。わたし、シンジ君ってすごく強いって思ってた。どうして強くいられるのか不思議だった。でも、さっき苦しそうに見えて、だから、シンジ君もやっぱり、怖いのかなって……」
まだマヤさん硬いな。
「はは……幻滅しちゃった?」
「ううん! そんな事無いよ。逆に安心したって言うか……ああ! ごめんなさい」
「いや……言いたいことはわかるよ。何にも恐怖を感じない人間って、理解できなくて怖いよね」
「あ……う、うん」
とりあえず、おれは手を離す。
急にほっとした顔になってるな。
でも、握られた手をすごく意識してる感じだ……。
まぁ、それはいいや……。
よくわからんけど、苦手意識のあるおれにわざわざ声をかけてくれた……。
理解できない、怖い人、そういう人間に見えてたんだろうに……。
そういった理由もあって避けてしまった……別に人間だし、それが当たり前だと思う。
なのに、マヤさんは……。
「ありがとう。マヤさん」
「え……」
「話しかけてくれてありがとう。おかげで怖くなくなった」
と、言っておこう。
「あ……シンジ君」
「よし! いっちょマヤさんのためにも、使徒をやっつけてくるよ」
「……シンジ君……うん……うん!」
「生きて帰ってきたら、デートしてね……んじゃ、発令所のぞいてくるわ」
「うん……う……へ……!? デデデデデデデ…………」
遠くでデデデデデって聞こえる。
本当に面白い人だ。
ちなみに、使徒が怖いわけじゃない……守りたい人がいるから怖いんだ。
前は、守りたい人はみんな死んじゃったから、怖がることは無かった。
弱く……なったのかな?