第9話  [ 恐怖 ]

 

 

「なんというか、大胆な作戦だな……」

敵は一定距離内の外敵を自動排除できる加硫子砲で100パーセント狙い撃ちし、相転移空間を肉眼で確認できるほど強力なA.T.フィールドを展開する攻守共に完璧と言える難攻不落の空中要塞。

さらに、敵は直径17.5メートルの巨大ドリルを下部から生やし、それがネルフ本部に向かい穿孔中。

地中に22層もの装甲版はあるが、その防壁を貫通し、時刻午前0時0分54秒に到達されると予測された。

はっきり言って、エヴァが出撃してどうにかなるものじゃなかった。

今回の作戦。

はっきり言おう。

ミサトさんは常識に囚われない人だったと。

そして、使徒という得体の知れない敵に対して、お堅い軍人などでは対処できないんだと。

ああ、だから彼女が作戦部長なんだ……そう納得しちまった。

 

『ポジトロン・ライフル』

戦自研で開発中だったものをネルフが……というかミサトさんが徴発したそうだ。

長距離から敵のA.T.フィールドを貫けるそうだ。

そして、その必要エネルギー……。

日本国内総電力の徴発……これはさすがにぶっ飛んだ。

というか、陽電子砲ということは、あたりの電子と反応してγ線に変わっちまって、真空中でしか放出出来ないんじゃないのか?

ふむ……。

撃った瞬間大爆発って事はないのだろうか?

うん……まぁ……おそらくは……大丈夫なのか?

また、撃てたとしても空気中に干渉して屈折しまくって敵に当たらないと思うんだが……。

そこら辺深く考えるのはやめよう。

つか、なんでそんな事おれ知ってるんだ?

たまにおれって頭良いんだよな。

知らないはずなのに……思い出すように。

おれって実は昔勤勉少年だったんか?

記憶曖昧だけど……それは違う気がするな……。

ま、いいや。

 

今回の大まかな作戦。

おれの乗る初号機と綾波の乗る零号機、今回は二機使用する。

一機がライフルで狙撃。

もう一機が盾で防御。

大胆不適なこの作戦……嫌いじゃないね。

 

 

 

「シンジ君は、初号機で砲手を担当し、レイは零号機で防御を担当よ」

ふむ、さすがにこういうときのミサトさんは凛々しいな。

「質問いいですか?」

「なに? シンジ君?」

「撃った瞬間大爆発しないんですか?」

「……ええ、それは大丈夫よ」

「んじゃ、陽電子砲は大気中に対消滅反応することなく真っ直ぐ撃てるんですか?」

「……随分マニアックな質問なのね……まぁリツコが言うには問題ないそうよ……」

「そうなのか?」

「確か……ライ……ライ……なんちゃら効果?」

「ああ、ライデンフロスト効果ね」

「……シンジ君……知ってるの?」

「液体をその沸点よりはるかに熱く熱した金属板などに滴らすと、蒸発気体の層が液体の下に生じて熱伝導を阻害するんだよ。今回、大気が液体で、陽電子が熱した金属板って感じかな?」

「……なんだかよくわからないわね……」

「まぁその現象で陽電子にバリア的な膜が出来て、対消滅反応しないで屈折せず真っ直ぐ撃てるって事だよ」

……なんでそんな事知ってるの?」

「ん……そりゃあ勉強を…………なんでだろ?」

「…………」

「…………」

一瞬勉強していた気がしていた。

恐ろしいほど長い間……。

意味がわかんないな……。

あまり深く考えないでおこう。

なんとなくだが、そのほうがいいような気がするから……。

手が汗ばんでるな……気持ち切り替えてもう一つの質問を……。

「あ! もう一つ質問なんだけど、盾ってどれぐらい耐えれるんだ?」

そう、これもかなり重要だ。

「え? そ、そうね、敵の砲撃に17秒は耐えるわ」

「で、もし一発目が外れたら?」

「二発目を撃つには冷却や再充電等に20秒はかかるわ」

「なるほど……一発勝負ね……」

となると、防御側が危険度高いってわけね。

「ええ……」

「……おれが防御でも良いですか?」

「……言うと思ったわ……でもね、シンクロ率はややシンジ君のほうが高いし、特に、射撃の腕……シンジ君ハンパないでしょ?」

「そこら辺機械がやってくれるんじゃないのか?」

「ええ、そうよ……でもね、前の使徒戦での高シンクロ率……あれが再現できれば、間違いなく倒せるの……一気に成功率が上がるわ」

「なるほど、賭け……か。シンクロ率で成功率が変わっちまうのか……」

「……これしか手が無いの……だから、その中でも確率の高い選択をしたのよ」

「……了解! なんとかしてくる」

 

 

 

月が綺麗だな……。

作戦開始時刻は午前0時0分0秒。

おれが一撃で仕留めれば良いだけ……。

はずしたら…………さようならってか……。

みんな……死んじまうんだよな……。

気がつくと、おれは守りたいと思う人が増えていた。

「……おれ、欲張りだな…………」

「…………なにが? ……あなたは誰?

「ぶっ!!」

つい噴出した。

「綾波!! そのあなたは誰って発言だが、同じ人には何度も使わないでくれ!」

……?」

隣で待機していた綾波が首を傾げる。

「そうだな、2回目までなら繰り返しのギャグって事で面白いが、3回目だと逆にシツコイ」

…………」

「あとは、おれのいる時だけ、それを使え」

おれが目の前で見たいから。

…………わかったわ?」

「ふー……」

つか、あなたは誰?って発言、実際はすっごく失礼な発言なんじゃなかろうか?

これは、別の言葉を考えてやったほうが……。

……それで……なにが欲張りなの?」

「ん? ああ、そうだったな」

ああ、そういやそんな会話だったな。

すごいな、あなたは誰? という発言で、すべての会話を台無しにする威力があるな。

「……いや、…………そうだな、綾波はなんでエヴァに乗るんだ?」

質問に答えづらかったから、質問に対して質問で返してみた。

「…………絆……だったから……」

「…………過去系?」

「……でも……私にはもう……何も無い……死んでるのと一緒……」

「…………おまえも病んでるな……」

「……? ……別に病気ではないわ……」

「いや……まあいいけどよ」

こいつ……絶望してるんだ。

全てに…………全て…………? あれ? なんだろ……昔おれもそんな……。

 

 

 

――覚えてるだろ?

 

 

 

――ドクン

「クッ……!」

心臓がまた跳ねる。

まただ……綾波と話すと……気分が悪くなる。

つか、おれが何に絶望したってんだよ!

アスカが殺された時か?

…………いや、あれは絶望じゃなく、憎しみだ。

…………。

っち! 考えすぎないほうが良さそうだ……もう時間だ。

「よし……行くか」

「…………ええ……いか……まも……る……」

「……ん?」

なんだ、突然歯切れ悪くなったぞ? ……てか、死んだような目に、一瞬……力が……。

……死んだような目? 

――ドクンッ!

「クッ……!」

心臓がまた跳ねた。

今、なにかを……。

くそ! 今はそんな事考えてる時間じゃねえ。

……んじゃ、またあとでな」

「…………さようなら」

乗りこんでった。

 

「この場面でさようならって……なるほどね」

あの子は、ぬくもりが欲しいんだ。

きっと、そのぬくもりを失ってしまったんだろう。

そして、それはもうどこにも無い。

綾波は……あきらめた……そして絶望しているんだろう。

なのに、この場面で『さようなら』……まるで子供が自分を構って欲しいって叫んでるようだ。

完全に絶望はしていない……そういうことね。

「綾波……レイ…………ね」

 

 

 

 

 

「……シンジ君! 日本中のエネルギーをあなたに預けるわ」

「……ああ……返品はできないぞ」

「……ふふ……落ち着いてるわね」

「……さあ? どうかな?」

無理やり落ち着かせてるだけだよ……。

おれは集中する。

前のようなシンクロ率を呼び起こすために。

エヴァ……力を貸せ……一体化しろ……。

遠くで皆の声が聞こえる。

プレッシャー……。

自分の心臓の音が、やけにうるさい。

防御より砲手のほうが精神的にきついな……。

クソッ! 緊張すんじゃねぇ! 

プレッシャー……。

おれの手で全てが決まる。

綾波を危険な目に合わさないために、一撃で……。

おれを信じてくれてるミサトさんのために、一撃で……。

苦手だったのに声をかけてくれたマヤさんのために、一撃で……。

クラスのバカどもが日常を失わないように、一撃で……。

そして、アスカに会うために、一撃で……!!

「撃鉄起こせ!」

――ピクッ

発令所からの声で反応する。

 

撃鉄…………起こす。

 

「発射まで、あと10秒……9……8……」

 

狙いをさだめる。

 

「……7……6……5……」

 

必ず当てる。

 

「……4……3……2……1……」

 

当たりやがれ!!

 

「撃てっ」

 

 

 

瞬間光に覆われた。

おれが撃った一撃が、使徒目掛けて飛んでいく。

 

 

 

 

 

突如目の前の光がぐにゃりと曲がる。

 

 

 

 

 

「ぐっ!!」

 

近くで響く爆発音。

 

 

敵の加粒子砲は、おれの右スレスレを通過し爆発した。

 

 

 

 

 

 

「……く……は、ははっ……マジかよ……」

 

自分の声が渇いている。

一気に血の気が引いていた。

 

 

「敵ボーリングマシン、ジオフロント内へ進入!」

一撃で無理だったらどうなるんだっけか?

「第二射急いで!!」

ああ、そうだ……二発目は綾波が危険だったっけ?

「ヒューズ交換っ!」

盾が17秒だっけか?

「再充電開始!!」

まいったな……ミスっちまった……。

 

 

おれの放った陽電子砲は、当たらなかった……。

 

 

 

「くそったれ!!!」

「シンジ君! 移動して時間をかせぐのよ!」

「ああ! 了解だ!」

くそ、くそ、くそ、なんてざまだ!

敵の加粒子砲と、こっちの陽電子砲が交わった瞬間干渉しあって明後日の方向へ外れていった。

敵がおれに気づいちまったんだ。

本当なら、気づく前に先に打てれば……問題なかった。

だが、気づかれた。

さっきの射線の軌跡……加粒子砲も陽電子砲と同じプラスの電荷を持っていたんだろう。

陽電子は、絶対量が電子と等しいプラスの電荷を持っている。

運が無かった…………?

クソ! 何が運だよ!! 

そんなもん、クソくらえだ!!

今度こそ、守る…………絶対に守る!!!

 

 

「目標に再び高エネルギー反応!」

「ちぃ!マジか! 早すぎるっての!」

敵の光が一直線に迫ってくる。

完全に、逃げられる体勢じゃなかった。

そこまで迫ってくる……死。

「ははっ……ここまでとはな……」

そう呟いた時だった。

綾波が、その死の光を受け止めていた。

「なっ! 綾波!」

よく間に合ったもんだ。

時間を稼ぎとして動いたおれは、かなりの距離を移動していた。

その時、零号機との距離はかなり離れていた。

実際は、おれが離したんだが。

危ない目に、あわせたくなかったから。

しかし、間に合っちまいやがった……。

おれは、一瞬……目の前の光景が理解できなかった。

 

 

 

 

だってさ……目の前で……綾波が……攻撃……されてるんだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

――ドクン!

 

盾が、どんどん溶けていく。

 

――ドクン!

 

なんだ? ぜんぜんエネルギー貯まらねぇじゃねえか!

 

――ドクン!

 

あ? 何言ってるんだ? 聞こえねえよ!

 

――ドクン!

 

エラーがなんだって?

 

――ドクン!

 

早くしろ! 綾波が……目の前で死んじまう!

 

――ドクン!

 

ポジトロン・ライフルが故障? 何言ってるんだ?

 

――ドクン!

 

あれ? それって、もう撃てないって事か?

 

――ドクン!

 

それって、死…………綾波が死ぬってことか?

 

――ドクン!

 

また会えたのに……これで終わりか?

 

――ドクン!

 

せっかく、また綾波に会えたのに! これで終わりだと……!

 

――ドクン!

 

振るえが止まらない……これは恐怖だ……圧倒的な恐怖。

 

――ドクン!

 

失う恐怖……目の前が真っ白になり、耳鳴りが激しく、嘔吐感が襲う。

 

――ドクン!

 

血の気が引いていく、妙に頭が冷えていく。

 

――ドクン!

 

 

 

 

 

そして、急に心臓の音が止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うあああぁああぁぁああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前が真っ赤に染まった。