第10話  [ 月光 ]

 

 

これ以上は殺させない。

誰も殺させない。

おれは思い出す。

あの衝撃を……。

おれがおれでいられなくなった日のことを。

 

小さな呼吸音が聞こえる。

死が、すぐそこまできている。

目の前に倒れている女性。

ゆっくりと観察する。

その女性は、全ての感情を失ってしまったような顔をしている。

じっくり観察する。

肉が潰れ、骨が砕け、下半身は細かい破片と化している。

驚くほど冷静におれはソレを見つめていた。

そういえば、突然爆発したんだった。

結婚の約束をして、今日は彼女と幸せになれる日だった。

なのに、これはなんだ?

倒れてる彼女の口がパクパクと動く。

……シン……ジ……」

聞こえたわけじゃない。

ただ、そう言ってるような気がした。

おそらくは周りは騒がしい。

なのに、とても静かだ。

そんな静寂の中で、そんな呟きが聞こえた気がした。

――ブシャ!

目の前の女性の顔が、誰かに踏みつぶされる。

その衝撃で彼女の顔は潰れてしまった。

もう誰なのかもわからないほどに。

衝撃で飛び出た眼球が転がる。

糸のようなものが、潰された顔だったものと繋がっていた。

神経かな?

右目だろうか? それとも左目かな?

頭がおかしくなったんだろうか?

冷静にそんなことを考える。

おれはゆっくり、ソレを潰した人物を見上げていく。

そいつは笑っていた。

なにが可笑しいんだろうか?

吐き気がした。

足が震えだす。

やっとその状況を認識する。

アスカが殺されたってことを……。

 

 

 

 

叫び。

全身から発散されるような爆発が、おれの中で起こった。

持っていたポジトロン・ライフルを投げ捨てた。

 

 

 

 

「グオオォォォオオォォ!!!」

 

 

 

 

おれの叫びと同調するかのように、初号機が叫ぶ。

まるでそれは慟哭。

同時に空間がぶれた。

瞬間移動とも言えるほどの速力。

 

獣が……牙をむく。

 

「…………殺す」

 

グングン使途に向かって走る。

走る……走る……走る。

「…………遅い!」

使徒はおれに攻撃を切り替えていた。

左右に飛び跳ね、それをかわす。

おれは徐々に頭が冷えていった。

冷静に、目の前を見据える。

ただ、失ったあの時の怒りだけは燃えさかる

不思議な感覚。

あの時とは違う。

ただ熱くなってしまった時とは違う。

アスカを殺しやがったヤツと対峙した時とは違う。

これは成長なのだろうか?

それとも、人間としての感情を失っていったって事なのだろうか?

「…………右……」

敵の加粒子砲が曲線を描きながらおれを追う。

「…………ちっ……」

右肩に被弾。

「……くっ……まだ足りない……」

まだまだ俺は動ける。

もっと、もっと速く動ける!

「……おまえの攻撃は……遅い! 遅い! 遅い!」

まるで呪文のように何度も唱える。

そう言うことによって、軽い暗示をかけていく。

「……ぐっ……まだ……はあっ……まだ……動け!!」

加速は止まらなかった。

おれはどんどん加速する。

留まることを知らない獣のように、そして計算されたかのような正確な動きで。

敵の加粒子砲は、その威力を犠牲に連射を繰り返す。

それをおれは的確にかわし続ける。

一瞬にして急停止し、すぐさま最高速で旋回。

 

――ブチンッ

 

何かが切れた嫌な音が聞こえる。

「……ぐぁあ……かはぁ…………はあぁ……」

左腹部に被弾。

「…………グッ…………」

加粒子砲の熱が伝わる。

だが関係ない……関係ない……関係ない。

 

――ブチブチィッ

 

また嫌な音が聞こえる。

「……はあっ……はあっ……はあっ……」

目の前が溶けていく。

全ての色が溶け出していく。

急激に身体が悲鳴を上げていく。

目がかすみ、時々焦点を外していた。

それでも繰り返す。

「……はあっ……はあっ……」

飛躍して着地と同時に旋回し、攻撃をかわす……かわす。

繰り返すごとに、嫌な音が聞こえる。

それは何かが切れる音……。

身体が壊れていく音。

 

――許さない。

 

それでも、前へ進む……進む……進む。

動く、走る、敵を殲滅するために。

それはまるで台風のようで……。

見た者に恐怖を植えつける様で……。

なのに神々しい……。

その猛々しい一匹の獣が、全ての人を魅了させる。

 

――おまえを許さない。

 

どす黒い殺意が徐々に暴れだす。

「……はあっ……ふうっ……」

 

――ボキッ!

 

「……くぅ……」

一瞬目の前が真っ白になる。

骨の折れる音が体中に響く。

 

――バキッボキッ!

 

限界……。

そんなの知らねぇ!

まだ動ける! おれは動ける!!

プログレッシブナイフを装備し、高々に空へ飛ぶ。

加粒子砲が威力重視に切り替え、おれを狙う。

「…………そんなもん……きかねぇーよ……」

おれは上空から敵目掛けてダイブする。

「……A.T.フィールド? 邪魔だよ」

莫大な熱量が襲い掛かる。

空中ではかわせない。

だが、それは関係ない。

「…………獲物が笑ってら……」

そう呟いた瞬間、辺りは巨大な光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ? どうなったんだっけ?

目の前が真っ暗で……なにも見えねぇや……。

あは……また死んじまったかな?

ということは、また別の世界にでも連れてってくれるんだろうか?

おれはやっぱり……弱いな……。

 

 

 

――ああ、弱いな。

ちっ! またあんたかよ。

――随分他人行儀だなぁ。

なんだ、なんか用かよ!

――クックック、アスカと……会わなくていいのか?

それは……どういうことだよ。

――少しは思い出したんだろう?

……ああ……。

――ここで終わりなのか?

…………これは夢なんだろ?

――さぁ? 本当は気づいてるんだろ?

……何のことだかさっぱりだよ。

――まあいい……それより呼んでるぞ。

 

 

 

「……か……くん!!」

あれ? なんだっけ?

「……かり……ん!!」

なんだ? 

「いか……くん!!」

イカ? 意味がわかんねーな……。

「碇君!!」

…………あれ? イカじゃなくね?

「……って、おれかよ!!」

「……あっ……!」

「あれ? あや……なみ?」

目の前がかすんで見える。

「……い……かり……くん……」

「……初めて名前呼んでくれたね」

「……あ…………」

「……ぐっ! かはっ!……」

起き上がろうとした瞬間、身体中が悲鳴を上げた。

「……あ! 碇君……」

「……だ、大丈夫……だと思う……きっと……」

「…………」

「……なんで、泣いてるんだ?」

「……ごめん……なさい……」

「……なにが?」

「……あなたは……碇君だった……」

「……だから、そうだって言っただろ?」

「……でも、違う人に見えたの……だから……」

「だから……怖かった?……絶望しちゃった?」

ビクッと身体を震わせる。

「前回と逆だな……おれたち……」

「!! 覚えて……いるの?」

「ん……良くわかってないんだけど、遥か昔にそんな記憶があるような気がする」

実際マジで良くわかってないんだよな……。

「……また、会えた……」

おれは静かに身体を起こす。

「……ぐ……あれ? ……」

一瞬立ちくらみで眩暈がした。

「……大丈夫?」

彼女の優しい声。

「……つっ……ああ……」

おれはその声に導かれるように彼女に視線を向ける。

綾波は綺麗な笑みでおれを見ていた。

背後から照らす月の光が、幻想的で美しかった。

「……鼻血……出てるわ……」

「…………ぐあ……」

凹んだ……。

いつの間にか鼻血が出ていたようだ……。

「……うれしい時は……笑う……碇君が教えてくれた」

「……あ、ああ……そうだった……かな? ……でも、この場面で笑うんだ…………」

「……鼻血……出てるわ……」

凹んだ……。

 

 

 

雲ひとつない空……。

虫の音が優しく聞こえる……。

だれかに、おつかれ様って言われた気がした。

まるでおれたちを見守るように、月が冴えていた。