第13話 [ 親父 ]
「碇シンジ三尉です」
「入れ」
――プシュ
「失礼します」
口調と態度と襟を正し、入室する。
「シンジ」
低く威圧感のある重厚な声がおれの名を呼ぶ。
「何の用だ?」
サングラスのせいでどんな目をしているか読めないが、なかなかの重圧感だ。
「ただの挨拶です。上司と部下の関係ですが、一応はおれの父親なわけですから……あとは、親父が何を企んでるのか気になりまして」
「貴様には関係無い」
関係無い……ねぇ……。
「貴様は……何者なのだ」
「おれは碇シンジ……自分の息子をお忘れですか?」
全く表情に変化が無いな……。
すこし突っ込んでみるか……。
「ネルフには……何があるのかな?」
「何が言いたい」
「なぜ使徒はここを目指すんだ? エヴァを狙ってるのかと思ったけど、前回の使徒……あきらかにネルフを狙ってたよね? 何があるのか気になっちゃって」
「何かを得るためには何かを失わなければならない」
ニヤっと薄気味悪い顔でこちらを見る。
「…………なにを言ってるんだ?」
何の話だよ……。
知るためにはそれなりの代価を払えってことか?
それとも、……ここに在る何かが、結果得るものになるという事か?
じゃあ、失うものは…………いや捨てるものは……って感じか?
人を……あの男は……人間捨ててるって顔してるからな……。
あの表情……まともな人間と思えない。
人間やめてる顔だ。
おそらく、これ以上この話題に関しては何も答えないだろう。
……ちっ! 虫でも見つめてるようなその表情……マジでムカつく。
「…………んじゃ、綾波って、親父のなんなのかな? まるで人形を育ててるようにしかみえないんだが」
「だからなんだ?」
淡々と喋りやがって……苛立ってくる。
全く表情の変化がありゃしねえ。
「ちっ! もう少し人間らしい生活をさせてやれと言ってるんだよ」
「貴様には関係の無い事だ」
「ふざけるなっ!」
なんなんだこいつ……マジで頭イカレてるんじゃねえか?
顔色一つ変えないで、マジで淡々と喋りやがる。
普通、そんな人間でもどこかに変化は現れるはずだ。
それが、こいつには無い……。
「良い目だ……まるで報告書と違う」
「くっ! 綾波はおれの部下だ! おれがあいつを人間にしてやる。文句は言わせねぇ!」
そう、おれは三尉で、綾波はお飾り特務三尉、同じ部署なわけだからおれの部下って事になる。
「貴様にそんな権限はない。権限を、逸脱するな」
「いや、同じ戦術作戦部の仲間で、おれが上司だろ?」
「では命令する。貴様にそんな権限は無い」
涼しげな顔で命令してきた。
本気でムカついてきた。怒りで頭が割れそうだ。
眩暈がしてきた。
おれは唇を噛みしめる。
殺してやりたい……おれは目の前の男をにらみつけた。
「いい殺気だ」
「ぐっ!」
親父はおれの殺気など気にしないかのように、静かに、そして冷たく言う。
さすがに指令をやってるだけはあるよ。
一筋縄じゃいかないってのが良くわかった。
「なんでも親父の思い通りになるなんて思うなよ。何を企んでるのかは知らないが、おれの大事な人たちを巻き込むような真似をしたら、おれはあんたを殺す。忘れるな」
そして振り返らずその場を後にした。
翌日から、監視する人数が増えた。
どうやら、警戒されたようだ。
あたりまえ……だよな……。
親父は一体なにを考えているのだろうか?
つか、あのグラサンがムカつく! なにかっこつけてんだよ! しかもあんな薄暗い場所でサングラス?
…………おれのチャームポイントだ。
とか言ってきたら逆に怖いな……。
うん。いまゾクゾクっとしたよ。
まあいい、とりあえず最初はこんなもんで良いだろう。
それよりも、今はアスカだ。
正直会うのが怖い。
「おい、シンジ」
アスカ…………守れなかったアスカ……。
大好きなアスカ……やっぱりこっちのアスカも……アスカなのかな?
実際、別人だ。
「おい、シンジ!」
でも、おれにとって、アスカはアスカなんだと思う。
守りたい……。
今度こそ……絶対に…………大好きなアスカを守ってやる!
そう、おれは……おまえが……。
「おまえが……好きだから……」
「……んな! し、シンジ……」
「へ?」
目の前には真っ赤に顔を染めたトウジが立っていた。
「やっぱり……シンジは……わしの事……」
「…………あれ?」
「わ……わしは……わしは……」
「死にさらせぇーー!!」
おれはトウジを蹴り飛ばした。
まいった、そういやここは学校の教室だった。
そして、声に出していたようだ……。
つか、なんで頬染めるんだよ!!
こいつめ! こいつめ! こいつめ!
「うぎゃ! うごぉ! うげぇ!」
蹴ってたら、さっきまでのモヤモヤがスッキリした。
「……スッキリしたー」
あれ?
クラスのみんながこっちを見ていた。
「い、碇君……ふ……ふ……」
「あ、洞木さん、どうかした?」
「不潔よぉおおーー!!」
「ぶべらっ!」
思いっきり叩かれた……。
それから数日間、ホモ説のウワサが絶えなかった。