第二章
第14話 [ 夢魔 ]
「きもちわるい……」
――サードインパクト
本当に、これが僕の望んだ世界なんだろうか?
もう二度と生命が誕生しないと思わせる死の大地。
そこに、僕とアスカだけが残った。
首を絞めたんだ……。
アスカの首を……この手で……。
僕は、アスカを殺そうとしたんだ。
なんで?
怖かったから……。
そう、僕は怖かったんだ。
アスカに捨てられたくなかった。
結果はわかってたんだ。
アスカは僕が嫌いだって……。
だから……殺そうとしたんだ……。
カオルくんと同じように……。
でも、手に力が入らなかった。
アスカがいなくなっちゃうと、僕は本当に一人になるから。
一人ぼっちを望んだのに、それが嫌だったんだ。
最低だ。
首を絞めている僕の頬に、温もりを感じた。
アスカの……僕が求めていた温もり。
「きもちわるい……」
そのアスカの呟きは、耳に残った。
僕がきもちわるいのだろうか?
僕を拒絶したアスカ……。
『きもちわるい……』
許せなかった……。
『きもちわるい……』
でも、頬をなでてくれた温もり。
『きもちわるい……』
彼女も一人になりたくなかったんだ。
『きもちわるい……』
この言葉に、どんな意味が込められていたんだろう。
『きもちわるい……』
何もいらないと言ったアスカ。
なのに、最後は僕に温もりをくれたアスカ。
そんな自分に対しての言葉だったのだろうか?
『きもちわるい……』
わからない。
僕にはわからなかった。
その後、アスカは変わってしまった。
僕を死んだような目で見つめ、微笑むんだ。
「ずっと、そばにいて欲しい……私はシンジの人形でもかまわないから……」
僕の中で何かが壊れた。
僕は、アスカはすごく強いと思っていた。
彼女に、そんな弱さがあったなんて知らなかった。
それを知った時、僕は後悔したんだ。
「もう、一人は嫌なの……ずっとそばにいて……」
今では、アスカは僕を求める。
あれだけ僕を嫌っていたのに……そばにいてくれる。
その虚ろな瞳は、何を映しているのだろうか?
何も感じれないその瞳は……僕を責める……。
僕は、彼女を人形にしてしまったんだ。
人形になんかなってほしくなかった。
僕は否定した。
もとのアスカに戻ってほしかった。
でも、ごめんなさいって何度も何度も謝るんだ。
僕はアスカのなにを見てきたんだろう?
自分のことばっかりで、なにも見ていなかった。
傷つくことを恐れて、殻に閉じこもって、助けてほしいと叫ぶだけ叫んで。
――弱い……。
――僕は弱い!!
僕が、人形であるアスカを否定した数日後……アスカはこの世界から消えてしまった……。
『きもちわるい』は否定の言葉。
でも、アスカは諦めの言葉として呟いたんだ。
寂しがりやのアスカは、心を殺した。
人形になることで、僕を求めた。
僕はどれだけこのままでいたのだろうか?赤い海を眺めながら何もせず、そのまま座り続けていただけだった。
ずっとアスカのことを考えていたんだ。
楽しかった日々 『きもちわるい……』
辛かった日々 『きもちわるい……』
そして気づいた気持ち 『きもちわるい……』
なにを考えても、アスカの言葉が耳から離れなかった。
アスカが人形になってしまった時の、あの言葉……。
『きもちわるい……』
僕は……アスカに憧れていた。
そして、それは好きに変わっていた……。
でも、何もできなかった。
怖がっていたからだ。
捨てられたくないから、好きになったアスカに捨てられたくないから……。
だから、僕はアスカを見なかったんだ。
アスカの全部を……見てあげなかったんだ。
そばにいて、優しくしてくれるだけでいい。
なんて自分勝手だ。
僕は、好きな人を守れなかった……。
いや……絶望させたんだ。
ははっ……なんだ、僕って本当に最低じゃん。
怖いからアスカから逃げて。
一緒にいたいからアスカを人形にして。
人形になったアスカが嫌だったから否定して。
そして、完全にアスカは消えてしまった。
なんだよそれ……。
「うあぁぁあああああああ!!!」
僕は、L.C.Lの海を、ずっと眺めていた。いつまでそうしていたんだろう?
何ヶ月? 何年? 何十年? よく覚えていない。
気がつくと、アスカとの辛い思い出が薄まっていた。あの言葉も、思い出さなくなっていった。
都合の良い脳みそだ。
最初は、苦しくて、発狂しそうで、でも、自分が憎くかったから、忘れて楽になりたいとは思わなかった。
ぜったいに忘れることなんてできない! そう思っていた。
なのに、……時間が僕を癒したんだ。
それが嫌だった……たまらなく、自分が嫌いになった……。
大罪を犯しても、忘れる……。
その罪を忘れてしまう。
やっぱり僕は弱いんだ。
けっきょく僕は変わらない……。
ある日、なにを思ったのか、とある希望が頭をよぎった。
たまらなく寂しかったんだ。
僕は、ゆっくり立ち上がりあてもなく歩き始めた。
もしかしたら、僕以外に生きている人がいるかもしれない……。
そんなありえない希望が、重い身体を起こした。
……一体どれだけ歩き続けただろうか?十年? 百年? 千年? もしくは、もっともっとそれ以上だろうか?
疲れてはその場で休み、寝て起きて、またすぐに歩き続ける。
永遠とも呼べるほど歩き続けた。
この頃の僕は、一体どんな日々だったか、ほとんど覚えていない。
覚えてるといえば、ただ歩いていた……それだけだ。
僕はもう、生きることに執着を無くしてしまっていたんだ。だが、もし他に生きてる人がいるのであれば……。
そんな希望は……いつしか絶望へ変わってしまっていた。
死にたい……。このまま死んでしまいたい……。
以前の僕なら、死にたいと思っても、行動に起こすことはできなかった。。
だけど、この世界では……生きたいと思うほうがおかしい。
楽になりたい。
ただ、楽になりたかった……。
しかし、僕は死ぬ事が出来なかった……。
何が原因なのだろうか?
僕は、自分の手首を切り裂いた。
それは間違いなく死んでしまえるほど深い傷。
しかし、瞬時に傷は治ってしまう。死ぬ事が許されない、まるで呪いのように。
ナイフで心臓を突き刺した。
お腹を切り刻んだ。
頭も顔も手も足も……狂ったように全てを切り刻んだ。
酷い痛みだった。
あきらかに死んでるはずの怪我はその狂おしいほどの痛みとなってかえってくるだけ。
僕は死ねなかった……。
よく考えれば、あれから僕は何も食べていないのだ。途中から食べるという思考回路がなくなっていたから忘れていた……。
僕は、おなかが空く事はなかった。
はじめは胸が苦しくて、痛くて……食欲がなかっただけだと思っていたけど。
食事すら楽しめない身体になっていたんだ。
きっと、僕は人じゃなくなってしまったんだ……。
これが僕の罰なのだろうか?
そうだとしたら、僕はそこまでの罪を背負っているのだろうか?
そうだと肯定する僕がいた。
違うと否定する僕がいた。
永遠と思えた日常に、変化が訪れた。
徐々に息苦しく身体も異常にだるくなってきたんだ。
何が原因か分からないが、思考能力も落ちているようだった。
これは病気?
その身体の異常……それは僕を安堵にさせる要素になった。
『このまま死ねるんじゃないか?』
誰かがそう囁いた。
身体の異常は、どんどん酷くなっていった。
息が吸えなくなり、体中が燃えるように熱くなり、もがき苦しんだ。
皮膚が膨れて破裂するさまは、まるで体中が沸騰しているようだった。
こんな痛みは初めてだった。
永遠に呼吸ができない……なのに死んで楽になれない。
永遠にマグマの中で溺れているような身体の痛み……なのに死んで楽になれない。
体中を切り刻むとはわけが違った。
永遠の痛みによる苦しみと恐怖。
そして、また誰かが囁いたんだ。
『一生……永遠に苦しむんだよ』 って……。
雲ひとつ無い暗闇の空に浮かぶ燃え盛る太陽が、僕を蝕む。
絶望する……。
発狂する……。
壊れる……。
果てることのない……たった一人だけの地獄……。
「誰か……僕を……殺して…………ください…………」