第16話  [ 膝枕 ]

 

 

 

「見なさい! これがエヴァ弐号機……」

「ハックション! ぅあーベイベー!!」

うお! ついクシャミとともにベイベーとか言っちゃった! むちゃくちゃ恥ずかしいな……。

「って、説明中にクシャミするってどういうことよ!」

アスカそんなに怒って疲れないのか?

つか、ベイベーには触れないようでよかったな……。

ほら、あんたもあるだろ? ついベイベーとか言っちゃう瞬間ってさ。

…………。

誰と会話してんだろ……おれやっぱ脳がやばいかもな……。

「赤いな……」

「へ?」

とりあえず、見た感想を言ってみる。

「いや、弐号機って赤くてカッコいいな……」

「……へ、へー……わかってるじゃない」

三倍に憧れがあるからな……。

「まぁ、赤って悪いイメージしかないけど……」

「……くっ!」

「それよりさ……なんでサードって呼ぶんだ?」

「はぁ? だってあんたサードじゃん!」

「おれの事好きなの?」

「はあ!? な、なにを言ってんのよ!」

おれの突然の発言に赤面する。

「照れ隠しか?」

「くっ! なに寝ぼけたこと言ってんのよ! あんたは敵よ敵! 危ないクスリでもやってるんじゃないの?

「カルシウム取ったほうがいいんじゃない?」

「なんでよ!」

「魚食えよ」

……っ!」

なんか絶句しちまったな……。

「たく! バカにするのもいい加減にして! 私はエリートパイロットなの、あんたみたいなのと格が違うのよ格が!」

「ほー、エリートってのはそんなに口うるさいものなのか」

「ぐ……ぐぐ……」

うわー、ムカついてるって顔してるなー。

なんちゅうか、こういった馬鹿話懐かしいな。

あの頃は、おれは今みたいに突っ込みできなかったんだよな。

……あれ? どの頃だったっけ?

まぁ、いいや。

それより、まずいな……また抱きしめたくなってきた。

触れたい……アスカの匂いに包まれたい……体温を感じたい。

…………微妙に変態っぽいな……。

「な、なに黙って見てんのよ!」

こういったアスカの反応……もう会えないと思っていたのに、今目の前で動いている。

胸が熱くなってくる。

今度こそ守りたい。

もう……逃げたりしない。

あんな無様な…………。

……無様?

なんだろ? なにが無様だったんだ? 逃げだしたりしない? 何に逃げたというんだ?

たぶん、それは忘れてしまった記憶。

そして、おそらく思い出したくない記憶。

手足が震えてくる。

絶望感が襲いかかる。

血の気が引いて、吐き気がする。

「……ぐっ!」

思い出したくない……くそ! 急になんだってんだ! 見たくもないビジョンが頭をかすめていく。

笑い……。

人とは思えない、あの笑み……。

「……ちょ! ちょっと!! どうしたのよ!!」

誰かがおれを呼んでいる?

だめだ、ノイズだらけで聞き取れねぇ。

「サード!! あんた一体どうしたのよ!!」

「……逃げちゃ……だめだ……」

「……え?」 

 

――プツン

 

おれはそのまま意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

暖かい。

なんだ? 一体どうしたんだ?

おれは……今……。

わからない……わからないけど、なんだかとても居心地がいい。

ずっと、このままでいたい。

うん。

このまま、このぬくもりを感じていたい。

「……うっ……」

まぶしい?

頭が回らない。

ただ、今はとても気持ちがいい……。

「サード!! 目を覚ましたのね!! アンタ大丈夫なの!?」

……サード?

なんだ? 誰だ? ……あれ?

「ちょっと、しっかりしなさいよ!」

この声……くそ、まぶしくてよく見えない。

おれは何かをつかみ取るように右手を動かす。

なんだろ、これ? すごくやわらかくて……やわら……あれ?

あ……アスカだ……。

目の前にアスカがいる。

なんでおれは仰向けになってるんだ?

つか、なんかアスカの顔が真っ赤に……。

もう一度右手を動かしてみる。

うん……なんか、すごく良い感触だ……あれ? おれ膝枕されてないか?

つか、おれは一体何を触ってるんだ?

凝視する。

目が慣れてきたようだ……はっきりと何を触っていたのか理解する。

凝視する。

見間違い……じゃなさそうだ……。

しかし、なんだか頭が追い付かない。

だって、さすがにこれはないだろう?

夢……。

ああ……そっか、夢か……じゃなきゃこんな状況ありえないだろ?

とりあえず、確認してみよう。

モミモミ……。

うん、とってもやわらかくて最高な感触だ。

うむ。たとえ夢であっても先ほど願った夢が叶った!!

あー……アスカがプルプル震えているな。

はは……もしかしたら、これって夢じゃないのかもしれないな……。

小ぶりだが、とても形の良い……。

「……こ……」

こ? アスカ……?

「……殺す!!!」

あー殺すね……ころ…………あれ? 死亡フラグ??

 

「この変態がぁぁああああ!!!!!」

 

「ぶほぉぁあああ!!」

 

 

 

なんだろ?

とっても顔が痛いんだ。

ああ、殴られたのか?

ふふ……やっぱりアスカはおっかないね。

ごめんよアスカ……わざとじゃないんだ……。

でも、後悔なんてしてないよ。

だって……あの胸を揉んだ感触が……いやいや! この考え、まるで変態じゃん!

……いや、多分変態なんだ……。

認めたほうが楽になるって言うしな。

でも、今度から気をつけようと思うんだ。

だってさ、マジで痛いんだ。

つか、攻撃止まらないんですけど。

もう何発殴られたかわからないほど……。

ふふふ、おれ壊れてます。

つか、死ぬ……。

ははは……ナイスパンチ!

――ガクッ

 

またおれは暗闇に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

サードチルドレン……碇シンジ。

エリートパイロットである、このアスカ様に比べると、シンクロ率は低い。

しかし、いざ戦闘になると、そのシンクロ率はあり得ないほどに上昇するそうだ。

加持さんからそのことを聞いた時は、耳を疑った。

ありえない……私の記録を……倍以上に上昇したというシンクロ率を……この目で見るまでは絶対に信じることはできない。

だから少し興味を持った。

私が一番でなくてはいけないから……サードなんかに負けるなんて絶対許せないから。

サードに会うまで、私は様々な想像をしていた。

一体どんな人物なのか……。

私の考えは、『きっと嫌なやつに決まってる』で、最期を締めくくる。

おそらく、私はそう思うことで、よりサードを敵視したかったんだと思う。

そして、私がサードより上回っている事実を突きつけるんだ。

だから、いろんな意味で今回サードと会うのは楽しみでもあった。

しかし、サードは……いろんな意味で変な奴だった。

そう、私の想像していた人物像からかけ離れているほどに変な奴。

サードは、思考が明後日の方向……とでも言おうか?

妙に……わざとらしいと思えるほどに明るく、そして失礼で、少し怖い……。

そして、なぜだか悲しい目をする……本当に変な奴。

会話をしてみると、サードの変態ぶりがありえなくて、はっきり言って嫌いな奴だった。

加持さんには失礼だし、……と言うか、銃を突き付けた時、私は怖くて動けなかった。

だからかな? 無意識にその話題を私は避けている。

本来ならあんなことをしたサードに対し、口うるさく攻め続けるはずだ。

でも無視できない。

だから私は勇気を振り絞って声をかけた……なのに、私に対して、馬鹿にするような発言……さっきのアレは一体何だったのか、まるで別人のように感じる。

そして、自信過剰とも呼べるほどの発言が私をイラつかせる。

勝手に私が惚れてるとか、意味不明なことを堂々と言ってきたときは、本当にイラついた。

だけど、なぜかわからないけど、目が離せなかった。

時折見せる悲しい目と温かい目線……コロコロと移り変わる不思議な目線と表情、それは私を捕えて離さなかった。

おそらく、あまりにもムカつきすぎて、それで意識したのだと思うけど、でも不思議な感覚だった。

あんな目は、見たことがなかった。

不意に触れてしまいたくなった。

今まで欲してきた……本当の私を見つめてくれてるような、そして包み込むような空気を節々に感じ取ってしまった。

ふざけるな!

大声でそう叫びたくなった。

そして、私は更に怖くなった。

だが、そんな時、サードは急変した。

顔は真っ青になり、苦しみだし、目が虚ろになっていく。

まるで、人から人形に移り変わっていく過程を目の前で見せられているようだった。

胸が苦しくなった。

気がつけば、私はサードに膝を貸していた。

胸が苦しくて、膝枕をしているという状況を恥ずかしいとすら考えず、それが当たり前かのように目の前のサードを心配していた。

だが、結局その感情は単に私が心やさしい女性だったからなんだろう。

だって、やっぱりこいつを心配するなんてありえない。

大事な……誰にも触られたことのなかった……む……胸を…………こ、この男はぁ!

感情の赴くままに殴った。

許せない……許せない……許せない……。

幾分すっきりしだした頃、少しやりすぎたかな? そう多少冷静になれた私は、ボロボロになったサードをのぞき見た。

…………。

やりすぎたようだった……。

 

そんな時、大きな揺れが私に襲いかかった。