第20話  [ 整理 ]

 

 

 

「シンジ君……あなたってなんで!」

左腕を折った件で、リツコさんにまた怒られました。

「あのですね……それで相談があって……新しい左腕作ってくれません?」

「……はぁ?」

そう、おれの左腕は完全に壊れてしまった。

それなら義手でごまかす方法しかない。

折れる心配のない義手であれば、あの鞭の動きも使えるしね。

「……今の技術では人間らしい義手は無理よ」

「ああ、人間らしい義手じゃなくて良い。んでナイフとかも義手に仕込みたいんだよね」

「……左腕だけ機械にするってこと?」

機械? あれそんな事できるのか? もしや、サイボーグみたいな感じか?

「ミサイルとか、ロケットパンチとかも出来るのか!?」

「……シンジ君、なぜ目を輝かせてるのよ」

サイボーグ……やべぇ、男のロマンだよコレ!

「ミサイルやロケットパンチは出来ません」

……凹むね……。

「あのね、義手なんかつけたら、誤魔化せないでしょ?」

ああ、まぁ、その通りだ。というか、リツコさん知らないのか……担当医に聞いてるのかと思ってたんだが。

うわー……まいったな。

「まぁ、リハビリすれば少しは誤魔化せれる程度でしょうけど動かせれるようになるわ。それに肩までなら動くんでしょ?」

「ああ、その事なんだけど……肩までは動くよ……だが、そのね……うん知ってると思ってたんだがな」

まずいな……。

「何の話よ」

「えっとですね、いやー言いづらいなぁー。えっとね……ズバリ! 近いうちに左腕とお別れしなきゃいけないんですよ」

「は?」

「はっはっは! まいったね。折れたせいでより酷くなっちまって、このままだと左腕腐るみたい。ほら笑って良いぞー」

「……ちょっと待って……何を言って……」

「だから、腐る前に切っちゃわないと大変なわけで、だから義手がほしいんだよね」

「……ごめんなさい、さっぱり意味が分からないわ……えっと、それって……」

「あ、コーヒー飲んでも良いか?」

「シンジ君!! 何言ってるのよ! あなた、なんでよ! なんでそんな事を! 運が良ければ本来の五分の1程度までは回復できたのよ! それなのになんで!」

……予想通り、とてもとても辛そうな顔されちまった。

いや、おれもまさか、ちょっとした不注意でこうなるなんて夢にも……ねぇ?

「まぁ、過ぎた事だ。前向きに考えなきゃいけないだろ?」

「……そ、そうかもしれないけど……なんでシンジ君はロケットパンチ等が出来ない事に凹んで、左腕を失う事に軽いのよ!」

頭を抱えるリツコさん。

「まぁ、元気貰ったからね」

「ああ……アスカね? シンジ君も結構辛かったってわかって、あの時はホッとしたわ」

「うげ! 知ってるのかよ!」

「ええ、あんな堂々と抱きしめあってるんですもの。ちょっとムカついたわ」

……ムカついたんですか……。

「……って! そうじゃないわよ! どうするのよ。もう誤魔化せないわよ」

「あー、だから、義手が隠れるような服を着込めば……とりあえず、無理かな?」

「……わかったわ。動かすことはできないけど、飾りとしてなら可能よ……ただ。少しだけその飾りで我慢してて……」

「ん?」

「なんとか自身で動かせれる義手を……そうね、なんとかするわ……くっ! なんとかしなきゃ!」

なんとかできる?

さっきと言ってることが違う……無理だけどなんとかしたいから作ってみるって感じには聞こえない。

技術はあるけど、使えない……そう、使っちゃいけないって感じか? てことは。

「その技術、親父の許可が必要ってことか?」

「!! ……そ、そうね……さすがね……技術はある。でも、これはネルフ内でも極秘中の極秘なの。こっそり使う事も可能かもしれないけど」

それは完全に親父を裏切る行為だから迷ってるって事か。

たぶん、こっそり使って最悪ばれたら……殺される可能性だってありそうだ。

リツコさんがこのネルフで重要人物であり、まだ利用価値……ちがうな、彼女がいなければ達成できない何かがあるんだろう。それならすぐには殺されはしないだろうが……正直無理はして欲しくないが、左腕がないのはやはり今後を考えると厳しいだろう。使えるようになれるのであれば やはり便利だし……リツコさんか左腕かどちらを選ぶか……両方ってのはやはり甘い考えだな。

「リツコさん……とりあえず、その技術で義手を作るかどうかは、もう少し時期を見て決断しよう。いいかな?」

親父に対抗できる何かを手に入れてから動いた方が良いだろう。

あいつは……油断できないからな。

「……わかったわ……ちなみに手術はいつ?」

「ああ、とりあえず義手が用意できるまで待たせてるんだが、3日ぐらいしか待てないそうだ」

「そう、で、手術後はどう誤魔化すの? というか傷が癒えなきゃ義手なんて付けれないわよ? どう見積もっても、最低3か月は左腕がない状態よ」

「それは問題ない。通常の義手じゃなくていいよ。左腕切ったその日に電動式義手の取り付け手術に移行って感じで考えてる」

「それって……そう、直接肉体に義手を埋め込むのね……拒絶反応起こす危険もあるわね」

「まぁ、大丈夫だろ?  拒絶反応とか確率低いって聞いてるし、そうなったら我慢すれば良いんでね? あと、術後エヴァ初号機に乗せてくれ。おそらくシンクロ率を上げれば外面的な怪我は治るかもしれない」

「我慢できる人なんていないわよ! しかし…………さすがシンジ君ね。 怪我の治療に気付いてたのね。でもね、実はエヴァ自体も同じ個所を怪我していないと意味ないの」

「んあ? ……あ! いや、そうだな、考えてみたらその通りだ。エヴァの自己修復能力は、エヴァ自身の怪我のみに作用してるって事だ……あの時の骨折もエヴァ自身の怪我であり、おれはその自己修復能力によってシンクロしておれも修復されたってことか? ……使えねぇ……」

「骨折ね……やはりパイロットはシンクロ率が上がれば、痛みだけではなく怪我として現実化してしまうってデーターで確認したわ……」

「あ、いや、外傷的な怪我は無いぞ」

「あるわよ……データー見てわかったんだけど、間違いなく怪我してる。修復されて気づいてないだけ」

「……ああ、そういやL.C.Lって血の味するし赤いもんな……しかも戦闘中、外傷は気付かないかもな……んじゃ、弐号機の、この左腕の時もそうだったのか? あれ? あん時上半身裸だったしさすがに気付くと思うんだが」

「弐号機に直接じゃなく、アスカを媒体にしてシンクロしたからよ。そういった特殊なシンクロだったため怪我が表面化されなかったの。それしか思い浮かばない」

「あ〜、おれって弐号機に直接シンクロしたんじゃねぇのか……そういや、あん時アスカの感情がモロに伝わったもんな〜……だからか。納得した」

そういうことか……んじゃ、あれが初号機だったら、左腕ぐちゃぐちゃだったって事か?

「もし、初号機だったら左腕は普通に修復されてたわよ。おそらくね」

「あれ? そうなん? ……あ! もしかして、おれって特殊な方法でシンクロしたために修復しなかったって事か?」

「……いえ、弐号機が自己修復しなかったからよ」

「ん? ……あ、そういや、弐号機って左腕壊れたままだったな……なぜ自己修復しなかったんだろうか」

そういやそうだった。

「きっと、初号機しかその能力使えないんじゃないかしら? エヴァにそんな能力があるなんて私も驚いたぐらいだし」

「……いやいや、じゃあどうやってエヴァ作ったんだって話になるぞ」

「…………」

「……偶然の産物?」

「うっ……そ、そんなことないわ」

「……まぁ、別にいいけどさ」

マジか? 偶然なのか? そんなもんに乗ってたのか? ……あ、いや、言えない? 極秘って事か? そういう事なのか? そういう事だよな!?

「まぁ、とりあえずスッキリしたよ。エヴァと怪我の関係気になってたからさ。とりあえず、怪我の治療は無理って事か、了解したよ」

「ふう……まだ問題点はあるわよ」

深く突っ込まなくて安心したって顔だな……。

「ん? なんだ?」

「その電動式義手……作るにしても、取り寄せるにしても、3日後じゃ間に合わないわよ」

む……そうかもしれない……。

「あー……ん? ああ、どうせ折れててギブスしてるんだ。適当なものをアロンアルファだっけ? それでくっ付けて本命……と言っても、それも仮だが、電動式義手届くまで誤魔化せば」

「あのね……なんでアロンアルファなのよ! はぁー……そうね、そんな接着剤は使わないけど、誤魔化し程度のものなら直ぐに用意できるわ。ただ!」

「あ……うん」

「一応外れないように固定はするけど、手術したばかりの腕に固定するのよ? 動くたびに痛みで発狂するわよ? しかも、下手したら切り取った腕の付け根が化膿して更に腐っていく可能性だって高いわ……お勧めできない 、というか、血だらけになるわよ」

……なんか思い出したかのようにまた怒りが溢れてきてる……リツコさんの顔怖いなぁ〜……。

「まぁ、大丈夫だろ? 腐ってきたらまた切れば良いじゃん」

あ、リツコさんの顔がピクっと……怒ってるなぁ〜。

「切れば良いじゃんって……自分の身体大事にしなさいよ! 私は、もう隠すのは止めた方がいいと思うわ。違う?」

むぅ……まぁ、その方が楽ではあるけどな……親父に腕の事バレたらどうなるだろうか?

実際は、エヴァから降ろされることはないだろう。

ただ……あれ? なんでおれは親父に知られたくないんだ?

弱みを知られるから……知られてどうなる? そう、別に今はまだおれが必要なはずだ。エヴァのパイロットだから。

逆に油断するんじゃないのか?

いや……奴が油断するだろうか? もししたとしても、隙を見せるだろうか? どっかの間抜けな悪役のように、自分の秘密をペラペラと饒舌に喋るだろうか?

ああ、それは絶対ない……そう、別に親父にバレても問題ない。

ただ、おれがあの親父に知られたくなかった……単純な話だった。

うわ……なんか理解しちまうと恥ずかしいな。

なら、問題は……ああ、そうだ。腕を切り落としたら、アスカはどう思っちまうだろうか?

そう、それだ。それが問題だった。

昨日のアレですっかり舞い上がって忘れてた。

あいつは気づいてきている。このまま隠せるだろうか?

隠し通せれば良いが、バレたら? それなら早めに知らせた方が良いか?

あいつは、自分を責める?

ああ、あいつはそう言うやつだ。間違いなく自分を責めて追い込んでいく。

それは、今知らせても同じだ。

どう転んでも、隠さない限りあいつは自分を追い込む。

そんなアスカは見たくない。

なら、隠し通して、使徒を排除し、親父の悪だくみを阻止した後、おれはここから去れば問題ない。

出来るか? おれに……。

ああ、意外とおれはまぬけだって事をつい最近思い知ったからな……。

うん。この腕折った件だ……。

守り通したあとお別れ……か。

なんか、きっついね……でも、その方が良い……。

今後、あまり仲良くならない方が良いかもな。丁度、昨日の件のせいだと思うが、恥ずかしいのだろう……避けられてるし。

「リツコさん……大丈夫だ。だから、内緒で頼むな? なるべく傷口が開かないようにするし」

「……」

リツコさんが真剣な目で見つめてくる。

どこか悲しいような、そんな感情を込めて。

「……わかったわ……」

そして、ゆっくりと、決意した表情で肯定した。

「ちなみに、電動式義手の件だけど、3週間で仕上げるわ……それまで毎日検査するから覚悟しなさいよ」

うあ……。

「ああ、頼んだ」

 

 

――――――

 

 

おれは自分の部屋に戻り、少し頭の中を整理することにした。

そうだな……まず、この世界は、別の世界なんだろう。

まぁ、未だに夢なんじゃねーのか? とも思わなくもないが、それだけ異世界というものが信じられない、ありえない事。

経験しても半信半疑……現実逃避して、おれの頭の中で勝手に作りだした世界なんじゃないかって思ったりもする。

本当のおれは、ただ寝ているだけ……いや、ここは異世界と割り切らないと話は進まないな。

いや、どっちかって言うと並行世界ってイメージか?

しかしまぁ、そんな世界があったんだなぁー……ん? なんだ? 並行世界?

――グッ!!

くそ、脳みそぐちゃぐちゃに弄られてる気分だ。

そう、おれは異世界という存在を知っていた……ああ、知ってる。知ってるぞ!

ふー……なんでその存在を知ってるのかは思い出せないが、確かに知っている。

間違いないな、ここは並行世界だ。

まだ頭がグチャグチャしてるが、とりあえず置いておこう。

まず、おれは並行世界に来た。で、その切欠……ああ、おれの死だ。

小さな少女に撃たれた……あの少女、確かにおれは油断していたが、おれを殺す瞬間も殺気というものが全く感じられなかった。

そうだな、イメージ的には……物語の中から出てきたような少女……人間らしい気配というものが全く感じられなかった。

どんな訓練したんだよ……。

で、死んだおれはミサトさんの家で目覚めた。

……ああ、無茶苦茶な現象だな。

並行世界に来てしまったおれは若返り……というか、この世界のおれに憑依したって感じだな、そしてこの世界は滅亡の危機、それを救うのはおれ……エヴァというデッカイモノに乗って、 使徒という侵略者を倒す。

……あれ? なんか魔王を倒す勇者的扱い?

この世界、使徒という化け物の存在が現実感を薄めて、やっぱ夢? とも悩み葛藤したが、戦闘時はリアル……。

生きているという実感が得られた。

ネルフ……何をたくらんでいる組織なのか未だによく分からない。

表向きは地球を救う。

だが、本来の目的……ああ、あのクソ親父の目的がほかにあると思う。

ここら辺は、リツコさんを取り込んでからかな?

あとは、加持さんにも動いてもらうつもりだ。

そういや、あの机の引き出しに入ってた箱と言うか、機械っぽいやつ。

ミサトさんに聞いたら、そんなものは知らないと言うし、現在は放熱もしていない。

そう、おれがこっちの世界で目覚めた時は、あの箱は熱を持っていた……。

試しに詳しく調べて見たが、ほとんど意味不明の中身で、おそらくパソコンみたいな物としか分からなかった。

アリス……ね。

……なんか、おれ何も分かってなくない?

「……ふー……」

おれはタバコに火を付けて冷蔵庫からビールを取り出す。

「んぐんぐんぐっ……プハァー! うまいねー!!」

ビールを飲んで思った。

ああ、なんか飲み方がミサトさんっぽくなってるような気がする。

「はー……あと、気になる部分は……綾波だな」

そう、綾波は昔のおれを知っているようだった。

昔と言っても、この世界でのおれになる前の過去じゃなく……前の世界でのおれの過去……いや、それでもない!

んじゃ、どの過去だよ!!

おれは、前の世界、エヴァも使徒もいない世界で生まれた……セカンドインパクトが起きなかった世界だ。

そこは、世界の危機もなかったが、その分急激な人口増加、犯罪増加、食糧不足に少子化など、まぁ様々な問題はあった。

特に犯罪に関しては、病んでいると一言で言えないほど酷い世界だった。

んで、36歳におれは殺され、こっちの世界に飛ばされた。

ここはセカンドインパクトで世界人口は全然少ない。

犯罪に関しても、前の世界に比べたら全然少ないし、内容もいたって普通と言っていいだろう。

その分、世界危機……使徒の存在やセカンドインパクトの爪痕による食糧不足などで、餓死者はこっちの世界のほうが酷いな。

で、おれは現在14歳……こっちの世界でのそれ以前の記憶はない。

おそらく、おれが精神を乗っ取ったって事だろう。

いや……違うな……死んでしまったんじゃないのか?

第3使徒の戦闘は、おれじゃなく、別人格、こっちの世界のおれが戦ったわけで、なんとか勝てたそうだが、かなり苦戦したそうだ。

エヴァの暴走によってなんとか勝てたそうだが、それが影響して死んでしまった?

いや……実際死んじゃいないよな? ……死を強く意識した? 精神が生きることを否定した? つまりは逃げ出したって事か?

その瞬間、おれがこの世界のシンジとして呼ばれてしまったって事か?

なんか、これが正解の様な気がする。

って事は、こっちの世界のシンジは、もう消滅しているんだろう。

おれは寄生虫みたいな存在かよ……。

まぁ、なぜおれが呼ばれてこういう状況になったのかがさっぱりわからないが、それもいつか解明するんだろうか?

知ったら……それを、真実を全て知ったとき、おれはおれでいられるんだろうか?

……。

やっぱり非現実的な状況だな。

しかし、どう考えても綾波との接点が見当たらない。

おれはほかに失ってしまった記憶がある……ああ、まだ全部思い出しちゃいないのは分かっている。

おそらく、その失っている記憶に、おれと綾波との接点があるんだろう。

綾波は何て言った?

おれを探していたとか言ってたか?

思い出せ……思い出せ……。

…………あれ?

……あ……ちょっと待て!

……いやいや、それはあり得ない! ……いや、あり得ないと言えるのか?

もう非現実的な経験をしているんだ……なら、あり得ないと否定する事もできない……。

……おれは……この世界……セカンドインパクトが起きたこの世界を1度経験している?

……これは2度目って事……か?

おれはあまり覚えていないが、この世界の記憶を、おれは知っていた……ああ、そうだ、知っていた!!

それを強く理解できたのは、空飛ぶ使徒の時。

確かにおれは、綾波に『笑えばいい』というような言葉を、ずっと昔に言ったような記憶があった。

そして、そのことを綾波は知っていた。

これはどういう事なんだろうか?

魚の使徒の時も……同じ経験をしたような記憶があった。

おれは、やはり一度この世界を経験している?

そんな馬鹿な話が!! ……だが、そう考えるとつじつまが合う……。

綾波は……おれを待っていたようだった。

あなたは、碇くんじゃない……あなたは、碇くんだった……あなたは……だれ?

っつ! 頭痛ぇ!

もし、おれがこの世界を1度経験していた……もしくは未来予知能力があったとしよう。

じゃぁ、綾波の存在はなんだ?

あいつも、この世界を1度経験していたとか?

……一度綾波とじっくり話し合ったほうがよさそうだな……。

なんか、纏まらなくなってきた。

とにかく、おれはこの世界を一度経験してる可能性、もしくは未来予知能力があること。

おれは異世界人……並行世界から来た人間であること。

綾波が謎を知っているような気がすること。

あとは……おれの記憶だ。

毎日のよう見る、孤独な夢……真っ赤な世界。

それをただの夢であると言いきれなくなってきている。

そう……あの声だ。

もう一人の自分と言うべきか? たまに聞こえてくる……あの声。

初めは、この世界のシンジかとも思ったが……絶対に違う。

……なんだか、めんどくさくなってきたな……。

今後、何かあったら、ミサトさんを連れて逃げるプランは無理だ。

守りたい人が増えすぎたから。

せっかくバイク山ん中に隠したのになー……。

つーわけで……見えない敵に立ち向かえるような後ろ盾……仲間が必要になってくる。

実際は、その見えない敵が何を考えているのか分からないことには、どうにも出来ないんだけどな。

そこら辺、加持さんあたり知って無いかな?

少し、おれも色々行動してみないといけないようだな……。

おれは、ソファーに寝転がり、大きなため息を吐く。

……眠くなってきたな。

「ふわぁああわ」

大きな欠伸をし、目をこすりながら、そのまま眠りに身を任せた。

 

 

――――――

 

 

夢を見る。

それは一人の少年が葛藤しつつも化け物に乗り、化け物を倒す。

そんな非現実的な夢。

その少年には、覚悟が無かった。自分が嫌いだった。とても寂しかった。

流されるまま戦闘を繰り返し、少年はどんどん歪になっていく。

そして、最期に少年が出した結論は、全ての放棄だった。

もう戦いたくない。戦う意味が分からない。誰かを助ける? 僕を助けてよ。誰かを守る? 僕を守ってよ。

みんな、僕に何を望んでるんだろう。何もない……こんな僕に。

好き勝手やってる大人たちのせいで世界が終る。

それに僕を巻き込まないでよ! もう終わりにしよう。これは人類全ての責任なんだ。

そう。僕はもう疲れたんだ。独りになりたいんだ。それが僕の最終結論だ。

少年は膝を抱えて閉じこもっていく。

自分だけの世界に、自分を傷つけるものが居ない世界に。

ああ、そうだ。

初めて自分自身で決めた行動だ。

それが間違っていようとも、このまま灰色の渦の中心で静かに眠ろう。

 

――シンジ!

 

誰かが少年の名を呼ぶ。

 

――シンジィ!! 助けて!!

 

その声は先ほどの結論を揺るがす。

 

――いやぁぁあああぁぁあああ!!!!

 

女の子の叫び声……惑わすな……自分で決めた行動なら、僕に助けを求めるな!!

 

「……シンジ君……」

「……あ、ミサト……さん……」

 

現実に引き戻される。

目の前に現れた女性の声で、僕は顔を上げる。

ああ、何かを望んでいる顔だ。また僕に何かをさせようとでも言うんだろうか?

……さっきの叫び声……助けを求める女の子を救いに行けとでも言うんだろうか?

独りにしてくれ! もう嫌なんだ! そんな目で僕を見るな!! 

エルフ内は騒がしい、襲われているから。

最後は人間同士の戦いだった。

それは大人たちが選択した道。

僕に関係のない歪な選択。

エルフ内の冷たい通路で少年……シンジはミサトさんに出会う。

そして、シンジはまた他人の想いで行動を起こす。

それはシンジ自身が望んだ行動ではなく、また流されていくように歩きだす。

覚悟のない行動。

苦くて甘い、大人の味に混じった悲しい『しるし』を受け、シンジは駆けだす。

それはとても小さな背中で、孤独という闇を引き連れていた。

最初から最後まで、大人たちに利用された孤独な少年は、何かをあきらめたかのように微笑み、そして世界を睨みつける。

幼すぎた精神、弱すぎた精神、誰も信じることができなかった少年は、信頼という『しるし』の意味を理解せず、再び戦場に向かう。

ああ……世界はこんなにも……愚かだ。

 

 

――――――

 

 

「……グッ……」

……。

…………。

………………なんだ……今のは……。

夢? なのに、この喪失感はなんだ?

……アスカの助けを無視するおれがいた……。

ミサトさんからの……最後の『しるし』を理解せず全てを愚かだと決め付けるただのガキの話。

……しるし……ミサトさんとキスか……。

ははっ、なんだこれ? なんでこんなにもリアルに感触を覚えている?

これが、この世界の結末だとでも言うのか?

……ふざけるなよ。

…………ふざけるな!!!

 

――プルルルルッ! プルルルルッ!

電話の着信音が鳴り響く。

その音で、周りに色が戻っていく。おれは頭を強く抑えながらソファから身体を起こす。

……くそ! ……ふー、電話か……。

おれは頭を振りながら、嫌々電話に出た。

「はい、どこぞの曲者さんですか?」

「……曲者って……あ〜っと、シンジ君かい?」

「ん? ああ、加持さんか、何の用だ?」

まぁ、ある意味加持さんは曲者で正解な気もするな。

「ああ、シンジ君に葛城の事でお話があってね。」

「話? 電話だとまずいのか?」

なんとなく読めたが、あえて聞いてみた。意地悪ってやつだ。

「あ〜……ちょっと……相談というかね」

「ふーん……浮気がばれそうなのか」

「うぐ! あ〜……そ、そういう事言っちゃう?」

くくっ。本当はネルフに知られたくない話なんだろう。携帯なら盗聴される可能性が非常に高いし、加持さんがおれの携帯番号を知っていると変に誤解される可能性もある。なにか繋がりがあるんじゃないかってね。だが、ミサトさんの家電なら、おそらく盗聴の可能性は低いし、番号も知ってて当たり前。

だから、家電を利用。

しかし、おれが住んでるわけだし、警戒もされているから、もしかしたら家電も盗聴されている可能性がある。

直接家に訪ねるパターンもあるが、それは不自然だ。

そう、家電の番号知ってるのに、わざわざ来るなんてメンドイ……何かあるんじゃないか? そう警戒される可能性もあるし、町中にカメラがあるから行動はばれてしまう。

だから家電しかない。

盗聴されても、合う理由を、嘘の情報をリークする事が出来るから。

……さらに、加持さんとミサトさんの関係を考えると、浮気という状況が好ましい。

加持さんとミサトさんは、昔付き合っていた……これはかなり有名な話らしい。

だからこそ、嘘だと思われない確率が非常に高いから。

加持さん女癖悪いからね。

本当は、浮気ではなく、ミサトさんに未練があって、一緒に住んでるおれに協力してほしいとか、そんな方向にもっていきたかったんだろうけど、甘い! 加地さん甘いぜ!

浮気のほうが面白いじゃん!

そして、おれがそう切り出しちまうと、状況的に加持さんは否定できない……そう、浮気のほうがより疑われない可能性が高いって分かっているから。ああ、面白いな。

「んで、どこに行けばいいのかな?」

「あ、ああ、隣町においしいお店あって、直接これるかな? 井上さんに教えてもらった店で、シンジ君も場所知ってるって聞いたんだが……。もちろんおごるよ」

「ん? ああ、あそこね。わかった、ミサトさんに内緒にしておくからがっつり奢ってくれ」

「ぐ……り、了解だ……」

 

井上のおっさんも絡んでるのね。

で、そのおいしいお店ってのは、目も耳もない、あの例のバーって事だ。

確かに、あそこならかなり離れた場所にあるし、途中からカメラも無いから監視されてても問題ない。

まぁ、とりあえず、この電話内容が盗聴されていない場合も考えて尾行者には気をつけよう……。

何か、動きだしたのかな?

 

夢のような物語。

おれが僕だった独りぼっちの世界。

理解できないが、理解しよう。

逃げるのは嫌いだからな……。

だから、受け入れよう。ただの夢だとしても、今のおれらしい……信念を曲げず行動しよう。

おれのおれであるための、正しいと思う選択を……。

「……さぁ。閉じた世界をぶち壊すか……」