「クラウド……おまえ私の隊に入らないか?」


 

―― 003 Halkeginia mythology

― トリステイン王国 ―

 

 

 

 

うれしい誘いではあった。

不審人物であったおれを、信用してくれた一言であったからだ。

先の戦いでアニエスがどう思ったのかは知らないが、悪い気分ではなかった。

だが、おれがトリステイン王国の傭兵隊となれば、その分不自由になるだろう。

おれはやはり、元の世界に帰りたいのだ。

しかし、アニエスという女剣士は諦めが悪かった。

 

 

その後、数日間ということで、宿を手配してくれた。

宿と言っても、宮殿内の傭兵に与えられていた部屋であり、なぜか一緒に訓練していた。

近いうちに仕事を紹介するからということで、それまでの間世話になることにしたのだが、彼女……アニエスは傭兵隊の誘いを諦めちゃいなかった。

「実はなクラウド、近いうちに銃士隊という隊の設立が予定されててな、私が隊長候補として名前があがってる」

「そうか」

「しかし、そのほとんどが女性ばかりでな……」

「……なぜ?」

「私より強い男がいないからだ。そして男は信用できない。この隊は強さ以上に信頼性を求めている」

「はあ……」

「そして、私の信頼できる部下が女性しか居ない事。強さだけを見ても、優秀な女性が多い事。……まあ、男もそれなりの腕の持ち主はいたが、それならいっそ全て女性でという事になってだな」

「……はあ……」

「特に王女様が乗り気なのだが、銃士隊の設立に反対するものも多い。あとは認められるだけの実績が必要なわけなんだが、どうだ? 一緒にやらないか?」

「いや、おれ男だし」

「何を言ってる。クラウドであれば問題ない! 最悪おまえは中性的な顔だし、女装という手も……」

「それは嫌! 二度と嫌!」

「ん? 女装したことあるのか?」

「…………いや、ない…………ないぞ」

「ん? そ、そうか……で、女性ばかりで嬉しくないのか? しかも陛下直属なのだぞ。一緒にどうだ?」

「いや、だから遠慮する」

「むむむ……なかなか頑固だな……」

「いや、あんたもな……」

おれはアニエスの性格の変わりように驚いた。

しかし、それだけ自分に気を許してくれたということなのだろう。

それはうれしくもあった。

 

 

――翌日

「クラウド! こっちだ!」

いきなり呼ばれたかと思ったら、そこは王室内、トリステインの王女アンリエッタ・ド・トリステインとの面会の場であった。

「アニエス……これはどういうことだ?」

「こら、王女アンリエッタ様の御前なのだ、少し黙ってろ」

「…………」

突然の急展開でおれは呆れていた。

王女という概念はおれがいた世界では存在しなかったが、偉い人物というのはなんとなく理解している。

そんな人物ととつぜん面会しているわけだ、おそらくおれを銃士隊のメンバーにするため……なんだろうが、少し強引すぎるため、大きなため息を吐いた。

「初めまして、わたくしトリステイン王国女王のアンリエッタ・ド・トリステインです」

「クラウド・ストライフだ」

目の前にいる王女は、流石というべきか気品に満ち溢れているのを感じ取った。

しかし、外の世界を全く知らないかごの鳥というべきか……その無垢な瞳が小さな子供のように写ってしまった。

「こらクラウド! もう少し態度をだなー」

「アニエス……いいのですよ。で、あなたはどこかの貴族……ではないのですか?」

「…………おれは元ソルジャーだ……自称だがな……」

「そるじゃあ? ですか……傭兵のようなものでしょうか?」

「ああ、そんな感じで良いと思うぞ」

「綺麗な目をしているんですね……」

「……あんたも、優しい目をしている」

おれはまるで妹扱いするように微笑んだ。

ちなみに、なぜかアニエスは呆然とした顔でこちらを見ていた。

「……剣の腕はアニエス以上だとか……その強さぶりはアニエスから伺っております。良いでしょう。アニエス、あとは任せます。アニエスの推薦ですし、問題ないでしょう」

「あっ……あ、は、ははぁ! ありがとうございます」

なぜか呆れて硬直していたアニエスは、急に話を振られ驚き、その後すぐさま姿勢を正して返事する。

そして深く頭を下げる。

「……あーちょっと待ってくれ」

このままだとまずいと思ったおれは話に割ってはいる。

「クラウド……あとで説明するから……今は……な」

「いや……おれは入隊するつもりはないといったぞ」

「あ……あちゃぁ……」

やはり強硬手段だったのだろう。

アニエスは頭を抱える。

「アニエス…………どういうことですか?」

王女は首をかしげている。

どうしてもおれを自分の部下にしたかったようだ……。

「無理やりすぎだろ……ったく」

そう小さく呟いた。

 

…………。

…………。

「なるほど、アニエスが勝手に……」

「あうう……すいません……」

「アニエス……よっぽど彼が気に入ったのですね」

「……あ、……いや、その……」

「それにしても、困りましたね……例の件」

「あ、……はい……」

「例の件とはなんだ?」

おれは話しに割って入った。

内容は、とある領地内でライカンという魔獣が暴れており、討伐の応援要請が合ったらしい。

 

―― ◇

 

トリステイン王国は、最上級に位置する3つある魔法衛士隊、『グリフォン隊』『マンティコア隊』『ケルベロス隊』。

その下位、2つある魔法勇士隊、『ペリュトン隊』『キリム隊』。

そして下級貴族からなる『竜騎士連隊』に平民の『傭兵隊』となっている。

しかし、トリステインで現在要請に応じられる隊は、ケルベロス隊、ペリュトン隊、キリム隊、竜騎士連隊と傭兵隊のみである。

今回の討伐するライカンは魔法耐性が強く、直接攻撃が重要視されているということで、剣士が求められ、そのスペシャリストが多い傭兵隊がメインとなる。

選抜されたメンバーは、リーダーとするケルベロス隊隊長1名と他2名、キリム隊から3名、残りは傭兵隊から14名の少数精鋭で決定していた。

しかし、ライカンという魔獣は強力であり、今の戦力では不安なのだ。

討伐依頼をしてきたのは、ラ・ヴァリエール公爵家という王家と親戚関係にあたる人物であるそうだ。

であるから、失敗は許されない。

そして、早急討伐しなくてはいけない。

そこで、クラウドの話が舞い降りる。

一流の剣士、アニエスを子ども扱いした存在、クラウド。

討伐に踏み出せなかった戦力的問題を解決できる存在であった。

 

―― ◇

 

おれは説明を一通り聞いて頷いた。

「なるほどね……別に参加するだけならいいけど……」

「え……よろしいのですか?」

「ああ、金さえ払ってもらえれば問題ない」

「あ、ありがとうございます」

「いや……というか、あんたあんまり王女っぽくないな……」

「あ……あう……」

「ク、ク、ク、クラウド! あんた何を!!」

突然大声を上げるアニエス。

よっぽどおれは口が悪いらしい。

「あー、アン……アン……? まあいいや、王女」

「ク、ク、ク、クラウドー!!」

またアニエスが大声を上げる。

名前忘れただけなんだけどな……。

「アニエス、少しうるさいですよ」

「王女! し、しかし」

「……では、アニエス、下がってていいです。彼と少しお話いたしますから」

「そ、それはさすがに」

「彼、信用できない人物なのですか?」

「あ、いえ……そんなことは……」

「では、下がっててください。いいですね」

「は……はい……」

アニエスはズコズコ部屋から退室した。

 

「さ、うるさい人はいなくなりました。ちなみに、わたくしの名前はアンリエッタ・ド・トリステインです」

「……そうか、覚えずらい名前だな」

「…………あう……」

「…………あ、すまない。まあ王女と呼べば良いだろう」

「アンでいいです……」

「ん?」

「アンと呼んでください。それなら覚えやすいでしょう?」

「…………少し怒ってます?」

「いいえ! 全然です」

「そ、そうか……では、アン。質問がある」

「! よ、呼び捨てできましたか、さすがですね」

「…………ああ……王女だったな……」

「ふふっ……ふふふっ……クラウドさんって面白い方ですね」

「……いや、無愛想だとよく言われるかな……」

「あははっ……もう笑わせないで下さい」

「……でだ、アン王女質問だ」

「あ、別に呼び捨てでかまいませんよ。なんだか少し嬉しいんです」

「嬉しい?」

「はい。気兼ねなくといいますか、王女ではなく、一人の人間として接してくれることは無いですから……」

「そういうものか……」

「はい!」

「…………」

「…………あれ? 質問あったんじゃ?」

「ん……ああ、実際どうでもいい質問だから別にかまわない」

「でも、気になります。言ってください」

「……では、アン。なぜアニエスを退室させたんだ?」

本当は違うことを聞きたかった。

いくらぐらいのお金をもらえるのか。

仕事として請け負うわけだから重要なことだ。

しかし、『一人の人間として接してくれることは無い』という言葉を聞いて聞きづらくなり話題を変えた。

「あー、それはお喋りがしたかったんです。今みたいに、普通に王女としてではなく」

「そうか……確かに王女という職業は疲れそうだからな」

「ふふっ、職業ですか。面白いですね……あ、お一つ質問よろしいですか?」

「ん? ああ、なんだ」

「アニエスからは東方の剣士とお聞きしてますが、そうなんですか?」

「あ、ああそうだ」

実際は違うけどな

「黒いマントに紫色の服……東方の剣士と聞いて納得しました。こちらではありえない服装ですから」

「そうなのか?」

「ええ、マントはメイジの象徴ですし、紫色は貴族の中でも上位の者しか身につける事が出来ない特別な色なんです」

「……へぇ……それは知らなかったな……」

「で、……その、こちらへは召喚……されたとか?」

「そうみたいだ」

「では、その召喚者……メイジはどうなさったのですか?」

「さあ? なにやらおれを召喚したことで騒いでいたので、ちゃんと話が出来ないと判断し、そのまま別れたが」

「…………それ……きっとそのメイジはクラウドさんの事探していますわ……」

「そうなのか?」

「……でも、コントラクト・サーヴァントはしていないようですね……」

「なんだそれ?」

「いいえ、なんでもないですよ。まあ問題ないでしょう。……ふふっ、それにしても人間が召喚されるなんて……」

「……やはり、普通じゃないのか? アニエスも驚いていたしな」

「そうですね、だからなのかしら……クラウドさんは変わっていますね」

「……なにがだ?」

「先ほども言ったように、一人の人間として接してくれるからです」

「そうか……」

「それに……なんだか……こんなこと言っては失礼かもしれませんが、お兄様がいらっしゃったら、こういう感じなのかしら……」

「…………おれには兄弟はいないから良くわからんが、アンはとある女の子に似てるんだ」

「とある……女の子ですか?」

「……戦友の……娘……だな……」

「娘……ですか? なんだか子供扱いされてます?」

そう言ってアンは頬を膨らます。

その仕草が可愛いと感じてしまい、気がつくと頭を優しく撫でていた。

「気を許せる相手がいないのなら、たまにおれが話し相手になってやる。だからそんな顔するな」

昔のおれじゃ考えられない行動だな。

おそらくはセフィロスとの戦いでの過程で変わっていったんだろう。

「……あ……あう……」

アンは真っ赤になってされるがままになっている。

こんな子が、王女とはな……。

「嫌なことがあった日は、酒を飲んだりして発散するのもいいぞ。毎日だと少しきついがな」

そう言っておれは笑った。

「お酒……ですか?」

「ん……ああ、そういえば最近飲んでないな……」

前はよく、シドとバレットに無理やり付き合わされたものだ。

「…………いいですね」

なにやらイタズラをする子供のような笑みを浮かべるアン。

「……ん? 何がだ?」

「少しお時間いただけますか?」

「ん? ……ああ……」

「着替えます! 変装します!」

「…………なぜ?」

「うん……なんだか楽しくなってきました。こんな気分は子供の時依頼です」

「……そ、そうなのか……で、何をする気だ?」

「うふふっ……飲みに行きましょう」

「……なるほど……別にかまわないが……ただ、金がない」

「ご心配しなくても良いですよ。任せてください」

「ああ……では下で待ってる」

「はい……なるべく早く行きます」

 

 

アンは酒をあまり飲んだことがなかったらしい。

というか、居酒屋という場所すら来たことが無いと言う。

よほど楽しかったのだろか、異常なテンションで飲み続けてた。

気がつくと、アンはおれを「お兄様」と呼ぶようになり、今までの溜まったものを全て吐き出すかのように甘えてきた。

しかし、おれは王女という立場をあまり理解していなかったようだ。

王女が部屋を抜け出すということが、どれだけ大変なことなのかを。

アンが酔いつぶれて、仕方なくおぶって宮殿に戻ると、いきなり兵士に捕まり牢獄へ入れられた。

どうやら、誘拐したと思われたようだ。

 

 

最悪だ………。

おれが無事牢獄から出られたのは、それから二日後だった。